2章31話 笑顔は大切なものです
ほぼほぼアイリ会です
「私を連れ出してどうしようとしているのですか? 片付けもあるというのに強引ですね」
冷たい目で僕を見てからアイリはため息を吐く。これはツンデレなんだよね……?
「なら戻るか」
「仕方ありません。少しくらいなら話を聞いてあげましょう」
あっ、ツンデレですね。
狼の時はあんなにデレデレだったのに人型になったらこれですか……。これはこれでありだね。
「無理しなくてもいいよ」
「仕方ないと言っていますよね? 許可したのですから主様の話したいことを教えてください」
「どっちが主になっているんだか……。それで話だけど、アレだよアレ」
「アレ、とは?」
……やべぇ、なんて言えばいいんだろ。まさかそのまま慰めに来たんだ、じゃアイリの傷を抉るだけだし……。えーと、えーと……。
「良いだろ、別に何でも。ただ話したかったんだよ」
「……理由もなく私を連れ出すなんて」
誤魔化してみたら理由がないのに連れ出したと勘違いしてくれたみたいだ。それに軽口を叩いているくせにニヤケながら尻尾をパタパタ左右に振っている。尻尾は正直だなぁ。
「嫌かな?」
「嫌……なわけありません……」
「それならいいじゃないか。ほら、夜空が綺麗だよ」
「……誤魔化されている気がします」
そんなわけないじゃないか。
人聞きの悪いことを言うなぁ。
「……本当はずっと離れていたからね。寂しくなっちゃったんだ、ごめん」
「あっ……謝らないでください。寂しくなったって……ミッチェルがいたじゃないですか」
「それは……三人を残していくのは心配だったんだ。三人とも好きだからさ。ミッチェルとの生活は確かに楽しかったよ。でも全員でいる時の方がもっと楽しい。……アイリのモフモフを堪能出来ないのは結構辛かった」
「私の……モフモフ……」
「ゾンビウルフの中で一番、毛が綺麗だっただろ? アキとアミもそうだけどさ、アイリは別段触れていたいと思えたし」
「触れていたい……」
自分の気持ちを言葉にする。
すごく難しいなぁ。地球だったら割と簡単に言えたけど、目の前にいる人に対して適当には言えない。本当に好きっていうのは異世界に来て初めて知るとはね……。
「前も言ったけどアイリは可愛いからね。より触れていたくなったよ」
言外に進化した後の方がいいと褒めておく。
アイリだけ気にしていた節があったからなぁ。なんか撫でられなくなったからかもしれないけど。……狼の時の方が素直になれたから戻りたいとかかな。でも今の方が僕的にはベストなんだよなぁ。
「ふぁっ」
「その金色の髪が好きだよ。今は長めだけど切っても可愛いだろうね」
「えっ、と」
「もっと自信を持っていいんだよ。アキとアミに負けないくらい可愛くなったんだから。ほら、こっちに来てよ」
「それは……」
可愛いなぁ。
尻尾で僕の方を指して足は右だけ僕の方へ、左はその場に留まろうとしている。ここまで来ても素直になれないのか。
「ちょ!」
「主様の命令だよ。こっちの方が月や星が見やすいからね」
「なっ! なっ!」
土魔法で柔らかめの椅子を作る。
僕はそこに座って膝の上にアイリを置いた。抱きしめやすい身長差なんだよなぁ。それにこっちの方がモフモフを感じやすいし。何より僕とアイリとの間の尻尾がパタパタと忙しなく動いて面白い。
「……もう……勝手にしてください……」
「うん、そうさせてもらうよ」
いやー、月が綺麗だ。
材料があるのならお月見なんていうのも悪くなかったかもね。異世界だと十七は成人らしいからお酒も飲めるし。……お酒は我慢しよう。倫理的にダメだね。せめて後一年だ。
この世界の月は二つあるんだな。今まで気にしたことがなかったよ。月とは思えないほどに赤く輝いて辺りを照らしている。
星は疎らだけど探せば結構見つかる。
どれも一等星並に強く光っていて月と合わせて神秘的な何かを感じない人はいないだろう。この中から一つでも欠けてはいけない気がする。
月の反射がアイリの綺麗な髪を輝かせて僕の目を暖かく癒してくれる。アイリは月、だとは思わないけど影の立役者だ。誰も知らないところで頑張って普段は素知らぬ振りで動く。
「……月が綺麗ですね……」
「うん、僕もそう思うよ」
僕がそう言うとアイリの顔が真っ赤に染まる。僕はなにかおかしなことを言ってしまったのかな。尻尾もさっきより強く動いてくすぐったいし。
「……主様……今日は一緒に寝て欲しいです……。手は……出さなくてもいいですから」
「……そっか、分かった。皆には伝えておくね。……明日からまた頑張ろっか」
「はい」
普通の音量と声。
それに見合わない尻尾の動き。
自然とニヤけてしまう。
「なんなんですか!」
「本当に可愛いなって」
「よくわからないです!」
僕は林檎のように顔を染めたアイリを連れて家へと戻って行った。アイリと寝ることは簡単に許可が取れたしロイスも了承している。アキだったら話は別だったかもしれないけど幸いアイリの胸はお察しだ。ロイスに刺激が強いということもない……はず。襲う気もないしね。
「……絶対に襲わないでください」
「この年まで童貞の僕にいつまでそんなことを言うのかな? 本当は襲われたいんじゃないの?」
「そんなことはありません。再三の忠告はしていた方がいいだけですので」
ベッドの上で何回同じ問答を繰り返すのか。
そんなに襲われたくなかったら他の部屋に行けばいいのに行く素振りはない。言い訳としては他の仲間に僕の毒牙がかからないようにらしいけど、僕って誰ともやった事ないんですけど……。
とりあえずギャーギャー騒ぐアイリの喉元を撫でる。狼の頃から変わらないアイリのデレへと変わるスイッチだ。
その後は楽だった。
寝転がって左腕をロイスに差し出すと、勝手に右腕をアイリが占領する。時たま尻尾を僕の腰まで持って行って戻してを繰り返して、僕の首元の匂いを嗅いでは瞳を開けたりしていた。
不思議と嫌な気分はしない。どちらかというと心地いいね。瞼が勝手に降りてきて僕は意識を手放した。眠る前にアイリの告白じみた寝言が聞こえてきたのは胸の内に閉まっておこう。
◇◇◇
「ここで待っていて欲しいですわ」
「いきなりでごめんね」
僕とミッチェルはグリフ家に来ていた。
兵士さんがいたけどギルドカードを見せたらペコペコしていたよ。なんか貴族社会の闇を見てしまった気がする……。
セイラに通された部屋で待っていると程なくしてセトさんとセイラが現れた。初めて見るスーツ姿とドレス姿だ。こうして見るとさすが貴族の令嬢と思ってしまう。
「……髪型は変えたんだね」
「流行りには乗らないの家を馬鹿にされるのですわ」
ドリルのような金色の髪型は下ろされて可愛らしい高校生のようになっていた。ただ髪型だけを見れば、というだけで服装や仕草から高校生だとは全然思えない。
「別に貴方から髪型が悪いからと言われて変えたわけではないですわ。勘違いしないで欲しいかしら」
おー、テンプレ的な王道ツンデレですね。
ただうちにもアイリというツンデレがいるのでキャラかぶりのように気がするけど。でもセイラはセイラですごく可愛いからなぁ。貴族とか関係がなかったら好きになっていたかもしれない。
「可愛いセイラのことは置いておいて、どうかしたのかな? 冒険者ギルドでの活躍も聞いているけど、それを話しに来たわけではないんだろう?」
「お察しの通りです。僕が今受けている依頼のことはご存知ですよね?」
「あー、アレか。きな臭いとは思っていたけど何かあったんだね?」
「そうです。依頼書にあったビックウルフ、そんなものはいませんでした。代わりにいたのは番のブラッドウルフです」
「……はぁ……そうか。いや、済まなかった。本当はギド君に報酬を増やすのにうってつけの依頼を頼んだはずなんだけどね。……こうなってしまうとは……」
ため息混じりにセトさんは天井を見上げて顔に手を置いた。少しの間、セトさんの口から乾いた音が響いて不意にセトさんが手をどかす。
「冒険者ギルドのギルドマスターとしっかり話をしないとね」
「いえ、論点はそこではありません。ジオさんはしっかりと働いていますので、余った僕が楽に攻略しそうな依頼を選んだんです。それがこのような依頼だったのでジオさんも別に動いてもらっています」
「……君が許すなら構わないけど。とりあえずお咎めなしという訳にはいかないから、何か冒険者に大して不利益になるようなことは少なくなるようにさせよう。領主には……話しているんだろうね」
「はい、ジオさんに任せてあります。嘘をつくにしても僕をグリフ家に行けと言ったのはジオさんですので出来ないはずです」
「……さすがだ。僕がグリフ家の家紋を任せただけはある。聞いたよ、ミッチェル君が奪われそうになった時に相手をボコボコにしたそうじゃない」
なんでこんなに嬉しそうなんだろう。
ケラケラと笑っている姿は本当に幼さの残る中学生みたいなんだけどね。……ただ隙がない。これが貴族としての、宰相としての覚悟なんだろうか。
「ミッチェルを奪われるくらいならこの街ごと敵に回しています。滅ぼすことは無理でも尋常ではない被害を出すことは可能ですし、第一、この街の冒険者で本気を出した僕を殺せる人はいません」
「だろうね。鉄の処女でも君達を抑えるのは無理だろう。最悪は僕がいかないとダメかな?」
「……勝てる見込みは薄いですね。ただ逃げることは出来ます」
「安心していいよ。僕はギド君を気に入っているんだ。この街が勝手に君の場所を奪うなら僕も一緒に反乱を起こしてあげる」
「……宰相の言う言葉ではないですね」
「宰相なんて名ばかりだよ。まぁ、国家財政を動かそうと思えば簡単に出来るけどね。……さすがに君のために動かしたりはしないよ?」
当たり前でしょ……。逆に僕のためだけに金貨とかを簡単に出してしまったらドン引きするわ……。
「また酷いことを考えたなぁ? 僕でも傷つく心はあるんだよ?」
「お父様が傷つくなんて……天と地がひっくり返ってもありえないですわ……」
「……セイラとギド君が殺されでもしたら例外じゃないよ。どこまでも追い詰めて殺してやる」
酷く冷淡で背筋から心に向かって寒気が過ぎる。心まで凍ってしまった気分だ。オークキングなんかの比じゃない。……僕が手を出してはいけなさそうな人だ。出す気もサラサラないんだけどね。
「……お褒めに預かり光栄です」
「もちろん、君もね。ギド君の愛しのお姫様なんだから」
「お姫様……そうですね。私も二人が傷ついたらその人を殺しに行きそうですし」
「頼むから僕のために死ぬとかはやめてよ……」
なんでそんな何言っているの? みたいな顔をするの! 僕変な事言っていないよね? ミッチェルの信者っぷりが酷いよ!
「すいません、話を元に戻してもいいですか?」
空気が冷たくなってきたので話を変える。
話さなければいけない話の二つ目だ。セトさんから「いいよ」と言われるのを待って僕は深呼吸をした。
「実はその依頼の村であった出来事なんですけど……」
僕は正直にあったことを話した。
ロイスのことや村人達の話、そして依頼に関係する番などの説明。セトさんもセイラもじっと目を凝らして時々細めたりを繰り返していた。ロイスの話の時にはセイラの表情が少し曇ったりしていたので、本当に優しい人なんだなと笑ってしまう。
……その度にセトさんが僕とセイラに視線を行ったり来たりさせていたけどね。からかうのはやめて欲しいよ。……純情な心に傷が入ってしまいそうだ。
【マスターに】
はい! 純情な心はありませんもんね!
どうも、すみませんでした!
依頼の話を終えた頃にはセトさんは首を縦に振るだけだった。僕の視線に気づいてか、顎に手を置いて背もたれにずしりと背中をつける。
「村への話は領主としっかりさせてもらうよ。ところでそのブラッドウルフは、ギド君が倒してくれないかな?」
僕は口を噤んだ。
言われるだろう言葉の中にその話はあって答えも出していた。でもここに来て僕は口を噤んでしまった。やっていいのか、僕が終わらせてしまっていいのか。
僕がブラッドウルフを倒すのは簡単だ。
オークキングよりも弱いし番であっても二対一は一度経験しているからね。でも僕がやってしまっては村人達の思う壺だし、ましてやロイスのこともある。
ロイスにブラッドウルフを倒させてあげたい。でもそうすればロイスは村人達にいいように扱われてしまう。
じゃあ倒さないのか。
倒さなければ村に居る人達は全滅。悪ければロイスも殺されて街にまで来てしまうかもしれない。そうなれば倒せる者なんて限られているし被害が出ないとは到底思えない。
「……何か考えがあるんだろうね。ごめんね、そこまで悩ませるつもりはなかったんだ」
「いえ……本当は即座に良いですよと答えるつもりでした。……ですけど本当にそれが最善かと、そう思ってしまいまして……」
「ゆっくり考えればいいさ。僕は急かすつもりはないし依頼の不手際や情報を持ってきただけで報酬を渡してもいいと思っているしね。ゆっくり考えて行動してくれればそれでいいさ」
……いい人だなぁ。
得体の知れない僕を信用してここまで言ってくれている。……お言葉に甘えて今回は見送らせてもらおう……。
そうだ! 三つ目に話さなきゃいけないことがあったんだった。
「最後に僕が渡しておきたいものがあったんです。要らないかもしれませんけど今までのお礼です」
「へぇ」
僕は机にオークキングの剣を置いた。
遠目でセトさんはそれを見つめてニコリと笑う。
「ありがとう」
「……喜んでもらえてよかったです」
「愛息子から贈り物を貰った気分だよ。セイラ、これは大切にしないとね」
「……私に振らないで貰いたいですわ。でも……キチンとしまっておきますわ」
二人が嬉しそうに剣をメイドさんに運ばせていた。
でもさ、メイドさんに「傷をつけたらどうなるか分かっているよね」って威圧するのはどうかと思うけど。でも、本当によかった。
その後は雑談をして僕達はロイスの家へと戻った。ミドとジルは街の兵士との合同訓練でいなかったので会えなかったけど元気だそうだ。次は会えるといいな。
セトさんの気持ちとかも三章で書いていきたいですね。セイラの章を作りたいのに全然入れない……。
年末が近くなってきたので毎日投稿できるか分からないです。書け次第出していきます。
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