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2章19話 そんな君でも

※2021年1月5日に加筆しました。

「……私に少しだけ話をさせていただけないでしょうか」


 崖を降りようとした時にミッチェルからそんなお願いをされた。不思議に思いながらも「なぜ?」と聞くと数秒黙る。


「理由もないなら」

「違います。確認したいことがあるんです。それに伝えたいこともあります」


 明らかにいつもと違う目だった。

 僕の知っている優しそうなミッチェルではなく、本当に何かを伝えたいだけの目。それが真摯に僕を見つめている。


「……分かった。ただ危なくなったら間に入るからね」

「ありがとうございます。ですが危なければ私が斬ります。だから安心してください」


 ミッチェルから頼まれることは少ない。

 あるとしても意見だけでなくてもいいといった感情が見え隠れする。だからこそ意思は尊重したいと思った。でもな、今の緊張しきった感じじゃ上手く出来ないだろうね。


「えっ……ギド……さん……」

「無事でいろ。その代わりに終わったら話したいことがある。全部とはいかないけど僕の秘密だね」

「それって……」

「うん、信用しているよ。だから、まあ、なんだ……頑張れよ」


 頭を撫でながら抱きしめる。

 オークすらも首を落とせるだけの筋力がありながら、その体は比較的華奢だ。抱きしめれば折れてしまいそうな、それでいてこのままでいたいと思わせる魅力がある。


 小さな「はい」という返事だけを頼りに半ば我慢しながら拘束を解く。その足でミッチェルと共に氷の階段を下りた。


 ドリトルは壁際でへたれこんでいた。それもそうだろう。素行は悪いにしても実力は確かにある人ばかりだったからね。その人達が数分という短い時間で全滅したのだ。その絶望感も半端なものではないだろう。


 ミッチェルはただ静かに僕を制して一人、ドリトルとの距離を詰めていく。一歩一歩と着実に縮まっていく中で、ようやくドリトルもミッチェルに気がついたようだった。


「おっ、お前は!」

「お久しぶりです。ドリトル様」


 綺麗な作り笑顔と所作。

 ミッチェルが貴族の令嬢だと言われても疑問を持たないほどに美しい。ドリトルもそれを見て頬を綻ばせる。


「お前は助けに来てくれたのか! それは良かった! もし助けてくれたら奴隷から解放」

「いえ、もう私はあなたとは関係がありません。どちらかといえばあなたの敵となるでしょう。今の主はあなた達を殲滅した人物そのものなのですから」


 助けてくれるとでも思っていたのか、幸せそうな顔が一瞬のうちに歪む。


「それに私はもう奴隷ではありません。加えて私ですらあなたの雇っていた冒険者の一人や二人、簡単に殺せていたでしょう」

「きっ貴様ァ! 主に向かって!」

「だから主ではないと伝えたはずです。助かりたいと思わないのですか? もしキチンと話をするのであれば考慮に入れますが?」


 ピシャリと言葉の鞭でドリトルを打つ。

 ドリトルはその言葉に返事も出来ないようだ。……いや、変に機嫌を損なわないように、一縷の助かる希望にかけようとしているのかな。


「あなたがここに来た理由を事細かに、正確に話してください」

「わっ、私はここで宝があると考えていた。もしダンジョンであれば御の字、そうでなくても、ゾンビウルフの素材は高値で売れるからな」

「それだけではないはずですよ。私の主の話ではもう少し続きがあるはずです。主に嘘をつこうとしても見逃されるわけがないでしょう」


 その目は酷く冷徹で見るもの全てを凍らせるほどの不思議な魔力に充ちていた。それに加えて淡々とした感情のこもっていない言葉。威圧でも放たれているのか、ドリトルの表情は曇っていくばかりだ。まあ、ステータスがかなり離れているからね。成長率がSに近い人と全てDかEの成長しかしない人とでは格が違うよね。ドラゴンにゴブリンが睨まれているようなものだし。


「……中に人がいれば我が陣営に……奴隷にしようと考えていた……」

「その通りです。だからこそ素行の良くない冒険者達を雇っていたようですし」

「頼む! あの時のことは謝罪しよう! 金を望むというのなら払えるだけの金額を出す! だから、だから命だけは!」


 僕は一つだけ疑問に思ったことがあった。

 それは陣営に入れて何をしようとしていたかについてだ。ぶっちゃけ知っていようと知らないでいようと大して関係はないだろうけどね。


「陣営と言っていたがそれはなんだ?」

「……我がルール家は由緒正しい家系である。弱きものは淘汰され強きものだけが誇る。私は兄上のように秀でた才能はないからな。……使える存在が欲しかったのだ」

「……どうでもいいな」


 それで迷惑をかけられる側の人間の立場にもなってみろよ。考えられないなら動くな、とすごく思う。やっぱりこいつは人の上に立つ資格はない。


「それに由緒正しい家系が他人を奴隷化したり、自分の利益だけを考えたりしないだろ」

「ルール家を馬鹿にするな! どこの貴族の話をしているのか分からぬが、ルール家をこえる貴族の家系などない! 伯爵家を馬鹿にするというのか!」

「現にこのような状態になっているんだけどな。お前の判断ミスで招いたことだろ? それしか見ていない状況でどう判断しろというのだ?」


 貴族であれば家族をも蹴落とす。

 血筋より誇りといったところかな。……絶対に僕と相いれない存在だよ。誇りで食っていけるのならいくらでも持っていただろうね。


 誇りなんてものは元の世界で、元の名前と共に捨てた。僕は新しくなったんだ。自分の好きなようにしても構わないだろう。


「以上だ」

「なに! ルール家を馬鹿にしておいて勝手に話を終えるなど!」

「僕が終わると言ったんだ。やめないのであれば先程の話はなかったことにするけど?」


 渋々といった形だけど、そう切り返すことで黙らせた。その後はミッチェルが続きを話すと思って僕も黙る。するとミッチェルは無言で僕の方を見てきた。


 えっ? いやいや、僕が対処するのは見当違いでしょ! 僕は聞きたいことがあっただけだし! 聞いて済む話ならイフを使いたくないだけだし!


 そうは思ったけどその目はまだ変わらない。奥底には捨てられたばかりのミッチェルが見える。それを見ても僕は今までのことを思い出した。


 笑顔を見せてくれて純粋な……いや、少し信者に近いけど好意を抱いてくれている少女。僕はその子を守りたかったはずだ。


 片や捨てて戻ってきたかと思えば略奪をしようとした貴族。下手をすれば皆、あいつの奴隷となって僕は牛馬のごとくこき使われて、仲間は夜のお供にされていたかもしれない。


 その前に冒険者達に傷だらけにされていたかもしれない。その中で僕は相手を許せるのか。


「……」

「……ッツ……」


 僕はただ首を横に振った。

 その瞬間だった。


 太く汚らしいドリトルの首が宙を舞う。まるで体操選手のようにクルクルと、周回軌道を描くようにとび、地面への着地した。もしこれが例えのままであれば大失敗で特典なんて貰えないだろう。


 僕がその首を見ていたのは数秒だけだ。気がついた時にはドリトルの遺体も首もシロが喰らい尽くしていて、残っているのは泣きじゃくるミッチェルと呆然と空を見つめる僕だけ。


 切るのに使用したミッチェルの心器であるレイピアは真っ赤に染まっていた。地に刺さりひたりひたりと血溜まりを少しずつ広げていく。


 僕はユラユラと体を動かしミッチェルの隣に座る。温もりが欲しかった。ミッチェルがそんなことをするとは思っていなかったから、僕に殺すことを任せると思っていたから。


 ホラーゲームと一緒だ。来るとわかっていれば準備も出来るし怖くはない。だけど想像していなかった出来事が、それもインパクトの強すぎる光景は頭から離れない。


「うあ……あっ……うぅぅぅ……」


 すすり泣く声を傍らで聞きながら頭を僕の方へと移動させる。「大丈夫か」と聞いてみるけど返事はない。


「ミッチェル、何があったのかは聞かないし、泣いていることを咎めたりしない。だから泣ける時に泣いておきな。僕でよければ支えになってみせるから」


 すすり泣く声が小さくなった。

 泣き止ませようとは思っていない。子どものように泣けばいい。僕だって泣きたい時には泣くのだから。


「僕は人ではないんだ。もしそんな存在でも隣にいていいというのなら、このままでいて欲しい。死ぬまで、とは言わないけど仲良くしていて欲しい」

「……うっ……きゅ……吸血鬼なのは、ヒック……知っていました……。……それでも……ギドさんが……うぅ……大好きです。……こんな……弱虫でよければ……汚い私でもよかったら……いさせてください……」

「汚くなんてないよ。何をもって汚いって言っているのかは分からないけどさ。僕って少し変態の気質が強いんだ。だから、多分、大丈夫なはずだよ」


 言いきれないのは男の性だと思う。

 それでもミッチェルが処女とかでなかったとしても僕には些事たることだ。処女厨とかではないしミッチェルの心自体が好きだったから。


「僕も弱虫だよ。だから仲間が欲しいんだ。支えてくれる人が欲しいんだ」


 その言葉を合図にミッチェルは黙ってしまった。だけど数分間、僕の胸の中で泣いてから顔も見せずにポツポツと話し始めた。


「私は……ドリトルと性的な関係は結んでいません。……でも色々なことをさせられました。裸を見せるように指示されたり、体の至る所にムチを打たれたり。……私の体は汚らしいです……」

「なーんだ。その程度なんだ」


 僕の言葉にミッチェルはビクッと震えた。

 配慮が足りなかったね。僕は強くミッチェルを抱きしめる。


「その程度のことでこの感情は揺らがないし汚いとは思わない。なんて言ったって変態でロリコンのマスターと言われるくらいですから」


 半ば自暴自棄気味に続ける。

 マスターってその道を極めた者って意味もあるよなぁ。……変態でロリコンを極めた男とか絶対に嫌なんですけど……。


「僕なんて吸血鬼なんだよ。ほら、犬歯が長いでしょ? もしこれのせいで魔族だ、とか言われて嫌われたら嫌だなってずっと怯えていたんだよ」

「……それすらもカッコイイです。何よりも変え難いギドさんの魅力がその程度で潰えるはずがありません!」

「それと一緒だよ。そんな大したことのない出来事で、ミッチェルの良いところ全部が消えるわけがない」

「でも……」

「……別に僕がいいと言ったらいいだろ。嫌じゃないんだったら素直に受け止めておきなよ」


 まだ涙を溜めているミッチェルの頭を撫でる。

 そうだ、僕なんてミッチェルの数倍、色んなことを隠しているんだ。嫌われたくない、そんな感情は隠し事と同じくらい強く思っている。どうすれば彼女の心をこじ開けられるか……僕がよく分かっているんだろ。


「どうせバレることだから言っておくよ。僕は吸血鬼であり勇者と同じ国に生まれ、そしてこの世界へと生まれ落ちた転生者だ」

「……え」

「生まれた環境が違うし学んだものも百八十度違う。そんな僕と、ミッチェルの見てきた人達が同じ感想を抱くと思うかな。……いいかい、もう一度だけ聞くよ。こんな隠し事だらけの僕をミッチェルは嫌うかな?」


 性格が悪いのは承知の上だ。

 この子にこんなことを聞いたら何て返すか分かっている。分かっていて意地悪く聞いているんだ。絶対、イフに怒られてしまうだろうけど……まぁ、知ったこっちゃないね。


「大好きです! 変わることがありません!」

「なら、気にするな。それで汚いと思うくらいなら言葉通り汚れて捨てられたミッチェルを仲間にしようとは思わない。ミッチェルが自信を失い自分を疑うのは同等に僕の抱く恋心を否定するのと一緒なんだよ。僕は変わらずにミッチェルを愛している。それでいいじゃないか」


 こういう時こそイケメンスマイル!

 転生して良かったな。あの時の僕の顔ならこんなことを言えばビンタものだ。というか、こんな状況になることすら無かっただろう。……本当はもっと好意を理解させられるやり方があるのに出来ないのはちょっと嫌気が差してしまうけど。まぁ、それも時間の問題だろう。


「こんな私でも……いいのですか……」

「いいよ」


 間髪入れずに返した。

 また泣き出したミッチェルが泣き止むまでの数分間、僕はミッチェルを抱きしめ続けていた。その頃には僕の考えていた不安も苦しみもどこかへと消えていた。そう、この子と一緒にいればきっと……こんな痛みはどこかへ消えてしまうんだ。信じよう、例え裏切られることになったとしても僕はこの子のことを……。


 チラリと見えたレイピアは血が全て落ちきり綺麗な純粋無垢な白さが輝いていた。光に変わって消えていく。小さな光が舞い散っていく。舞って舞って、そして、僕の背中をすり抜けてミッチェルへと戻っていった。

これでようやく二章前半終了です。

次回から後半ですが書ける時に書くので少し間が開くかもしれません。楽しみに待っていて貰えるとありがたいです。


後、2章後半では鉄の処女とゾンビウルフっ子が主に活躍する予定で書くつもりです。エミさんメインで書いたので次は他の子が。


ブックマークや評価、よろしくお願いします。


※ミッチェルがドリトルを倒した武器と、その描写を新しく細かく書き足しました。

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