4章137話 迷子の子山羊達
あの……すいません。
勝手に予約投稿していると勘違いしていました。本来なら四月の中旬くらいには投稿する予定でした。全部、妖怪のせいだと思いますのでどうか妖怪を叩いてください!
「何、だと……ッ!?」
「恨みとは生きるための執着だ。なのに、今の君の目には生への渇望が見られない。そうだな、運命等と大層な事を口にする癖に、最初から死ぬために来たように見えて仕方が無い」
「それは……!」
その目は何度も見てきたものだからね。
日本で生きていた時の僕と同じ、神谷樹の目だ。家族を恨みながら、だというのに、何も出来ないでいる僕と同じ目。だからこそ、本当に腹が立つし叩き潰してやりたい。その目をする過去を僕が知らずとも、少しなりとも同情してしまうから前を向かせてやりたくなってしまう。
「ねぇ、僕は死ぬ程にワガママなんだ。欲しいと思った存在は絶対に手に入れるし、僕が見たい景色に関しては確実に見る。いや、見れるように差し向けるというべきかな」
「まさか、俺を奴隷にでもする気か!」
「そんな訳ないでしょ。君の生殺与奪の権利は僕の大切な弟に預けると決めている。君の父親は僕の仲間に渡す気だったからね。どちらもどうなろうと興味の無い話だけど、僕が見ると決めた景色を否定する権利は僕にしかない」
この世界も日本と同様に狂っている。
なら、その狂った歯車を正す人が必要なんだ。僕はそれがセトさんだと思っている。セトさんが、そしてセイラが正す人だと思うから僕は力を貸したいんだ。二人の否定は僕の否定と何ら変わりない。セトさんの思いは分からないけど駒の僕は、僕の思う最善のために動くだけだ。
「お前……もしかして大罪者なのか」
「タイザイシャ……なにそれ、本当に知らん」
「大罪者、原罪者とも言うが……原初の罪を背負った本物の化け物達だ。少なくとも俺は一人だけ見た事があるが……そうだな、お前そっくりの変な威圧感を持っていた。現に」
なるほど、余り表には出せない存在なのか。
現に、から続く言葉に戸惑っているのは口に出すのも憚られる言葉だから……と、考えてしまうのは自己評価が高過ぎるかな。とはいえ、その大罪者というのは少し興味が湧く。後でイフにでも聞いておこうかな。
「今の大罪者の中に傲慢と強欲はいない。欠けている二つの能力は原初自体が持つ者を選り好みする特殊な力だ。それを持っていたとしても何らおかしくは無い程の阿呆だからな」
「……なるほど、だが、残念な事に僕はどちらの力も持ち合わせてはいないよ。でも、それに負けないだけの力は持ち合わせている。きっと、君は本能から僕が本物の化け物である事を察知したんだ」
「そうかい……否定するのならしろよ。ただ、俺には俺なりの覚悟がある! 言葉通り俺はエルドの兄だからな! 信用出来ない化け物に弟を任せる気なんてねぇよ!」
「いいよ。遊びはやめよう」
それだけの覚悟があって何を悲観したんだ。
それだけの理由があって何を見殺した。僕は全てが嫌いだ。大切な人達を襲う全てを嫌う。大切な人達が不幸へ進む運命を嫌う。何もかもが社会のせいだとは言わない。他責の念だけに悔やむ気も無いからね。それでも……悪いのは全て世界だ。世界が狂っていなければ人は永遠の幸福を味わえる。
「心器、デスペラード」
「心器、アクセラレータ」
これは……そうか、そういう事か。
心器は当人の心を映すものだと聞いてはいたけど確かにその通りだ。漆黒に染まった片手剣、だというのに、そのモヤが消えて白い光が何度も見えている。心までは悪に落ち切ってはいない、それは分かるが今更に何かが変わる事もないか。
「縮地」
「へぇ、さすがはお兄ちゃん。やるねぇ」
「対応出来る化け物がよく言うな!」
「うん、だって」
人としての制限をかけている訳では無いからな。
イフの力も、吸血鬼の力さえも惜しみなく扱えるんだ。表に出さないだけで意外と活用出来る能力は多くあるんだよ。少なくとも血を吸った相手に関しては、ね。
「それは真似出来るから」
「ッ! 縮地!」
「連続使用。そうか、練度はさすがに負けか」
僕が使用したのはエルドの縮地だけだ。
それよりも長く、それでいて苦しい環境で戦い続けてきたフィーラの練度が高いのは当然の話だろう。だから、それらを僕は化け物としての力で覆す。持つ者が持たざる者に負けない理由を今ここで見せ付けてあげよう。
「なら、それより多く使用したらどうなる?」
「な!?」
「スキルの再使用へのインターバルはどうしても消す事は出来ない。では、僕の心器の能力でインターバルの消費速度を加速したらどうなる。ゼロに近いインターバルであればどうするか。まぁ、無理やり魔法で真似た偽物の分だけ本来はインターバルが長いんだけどね」
ブラフは混ぜた。どうせ、バレている。
買い被り結構だ。相手の能力を高く見積っておいて損は無い。戦う中で擦り合わせていけば踏んではいけない境界線を見逃す事も無いからね。それに僕がどうして目の前にいる、か弱い愚かな存在に負けると言うんだ。
「偽物が本物に勝るとでもッ!?」
「さぁね。その結果は君次第だ」
「確かに! その通りだな!」
より、速度を上げてきたか。いや、十分だ。
それがあの片手剣の能力なのだろう。現に黒百合で受けた時の衝撃はかなりのものだった。ステータスを大幅に増加させる代物、シンプルだからこそ強いな。まぁ、アクセラレータとかいう心器を手に入れている僕が言うと皮肉にすらならないか。
「悪いけど」
「はァ……ッ!?」
「それだと僕には届かない」
アクセラレータは最強クラスに強いだろう。
どのようなものであっても加速させる事が出来るという、言わば様々な法則を無視出来る代物だ。使用難易度が高い事を除けば誰だって手に入れたい逸品だろう。最初こそ、イフがいないと操作すら出来なかったが……多少は慣れた。それでも本来の力の数割程度だが。
だって、イフが使えば別物になるし。
適当に地面を蹴っただけで石が敵を貫通するんだよ。どこの大罪司教だよって話だ。加速を最大までかければ雨が降るだけで国一つを潰せるだけの力になるらしい。それを聞いて練習したけど……まぁ、脳ミソが百個は必要か、情報処理能力が極端に高くないと無理だ。絶対にオーバーフローする。ただ、今はそこまでの力は必要ない。
「アイシクルランス」
「ふざけ……ッ!」
「加速」
なるほど、百のアイシクルランスでは弱いか。
人の手よりも小さいが岩程度なら簡単に貫ける威力があったはずだ。心器で叩き切ったか、躱したか……何をしたとしても大したダメージは入れられなかった。まぁ、どうやったのかは目で追えていたから分かっているんだけど。
「見事だね。でも、やはり可哀想だ」
だって、縮地を無理やり使って躱していた。
本来の縮地はきっと、守りに特化させるべきでは無い程の価値があるスキルだろう。特に僕がエルドの真似を出来るようになってからは幾つもの使用用途が頭に浮かんだんだ。教えを乞おうとして来ない従者に教える気も無いが……今のを見ると本当に気分が悪くなるな。
「縮地は最高に近いレベルの固有スキルだ。だから、僕はエルドがそれを本当の意味で活用出来るように育成を行っている。そうだね、少なくともこれくらいはして欲しいんだ」
「分身……か!?」
「違うよ。これは縮地の極地だ。いや、使い手では無いから本当の使役者であるエルドが切り開くだろうな。少なくとも軽く教えただけで自分流の扱い方を習得してしまった。……さて、君は本当の天才が切り開く未来を見たいと思わないか」
本音を言えば、黒魔法で無理やり広げた世界。
それでも、スキルは簡単に進化していく。それが当人の覚悟や意志の影響を受けるとなれば間違いなくエルドは強くなる。それを理解しているから本物の兄へ問うんだ。僕は目の前の男を許しはしないけど嫌ったりもしない。
「見たかったに! 決まってんだろ!」
「なら、兄として受け入れてやれよ。どっちもワガママが過ぎるんだよ。少しくらい殺し合って受け入れてみろよ。そしたら世界は変わるぞ」
僕はエルドと戦って確かに教えられたんだ。
僕より弱くても殺す術はあるって、何もかもが数値だけで定められてはいないってさ。だから、僕は兄としてエルドを愛しているし、その先の未来を見ていたいと思うんだ。でもさ、それは君も同じ何じゃないかな。
「後は任せるよ、エルド」
「は、お任せ下さい」
「エル、ド……!」
目の前の可哀想な男の相手は任せている。
きっと、僕が相手するよりは彼にとって満足の行く結果になるはずだ。殴り合わない兄弟はいないからね。対等の立場で殴り合って理解し合わなければ本当の意味での兄弟とは言えないよ。だからこそ、全てを大切な弟に任せるんだ。
「フィーラ兄さん、今度こそ、貴方の命を取ります。死んでから本心を吐き合いましょう。それとも今の俺では役不足ですか」
「いいや! 過分過ぎるね!」
「でしたら! 本物の心器をお見せ下さいッ!」
フィーラの左手にレイピアが作られていく。
分かっていた事だ。エルドが相手にするには重過ぎる程に強い存在だと、二つの心器を自由を扱える間違いの無い天才だという事は……それでも天才が天才に対してどのように動くかが気になってしまったんだ。それにエルドの覚悟は僕が一番に理解しているからな。
「心器融合、デスサイズ」
「心器、サタン」
奇しくも現れたのはエルドと似た大鎌だった。
それでも額に汗は見えない。その目には間違いの無い覚悟が映っている。それなら僕は全てをあの子に任せて他に当たるべきだろう。この場には終わらせておくべき事が多くある。そうだ、手っ取り早い方法があったか。
「大爆発」
少しだけ補足……
ギドがアクセラレータの仕様の仕方を分けているのは、人としてのギドは人を殺す事に対してあまり好意的な認識を抱いていないからです。フィーラ相手に自由に扱っているのは死んだのならそれでいいという認識があるからで、そのような人では無い自身を吸血鬼としての自分としています。