4章136話 遊びの先に
「へぇ、それが限界かな」
「化け物、が……ッ!」
「うんうん、良い動きだね。やっぱり、君に発破をかけておいて良かったと本当に思えるよ。それだけの事をしてくれないと戦う楽しみって一気に減ってしまうからね」
「たの、しみ……!?」
そんなに驚くことなのかねぇ……。
僕からすれば所詮は戦いなんて楽しむための要素の一つでしかない。まぁ、戦闘狂かって聞かれれば否定したい気持ちはあるよ。それでも命の奪い合いという一点においては……いや、自身よりも格下の存在相手だから余興でしかないかな。
僕は物事において楽しむって大切だと思う。
簡単に言葉で表せられるけど、それを得るためには十全以上に努力が無ければ得られないものだ。それが歳を重ねれば重ねる程に尊いものだって分かるだろう。だから、僕は今の僕をただ楽しんで生きたい。
「戦いというのは命の奪い合いだ。殺し合いの中で自身の至らなさをより鮮明に理解出来る。その点で言えば決められた答えを求めさせられるテストに比べれば幾分も楽しいだろう」
「それは……貴方も同じだと……?」
「当然だろう、だが、その手を使えば簡単に殺せてしまうから使わないだけだ。だから、学ぶとすれば三十手程度の劣化な案を使用した場合の相手の動きを見ているだけだがな」
「そう……本当に……化け物……ッ!」
そうだな、僕は確かに化け物の一端だ。
僕は吸血鬼の真祖、つまりは吸血鬼の中でも最上位に至る存在だ。それが手を抜いたとはいえ、所詮は最上位が下位の者を甚振っているのと何ら変わりは無い。だけど、僕はそれを辞める気は無いんだ。だって───
「君はお気に入りだ。だから、遊んでいる。生きたいと心の底から願うのなら格上が受け入れてやるのが技量というものだろう」
「グッ……ガハッ……!」
「殺すのは容易い。でも、殺せば能あり感情ある君を捨てる事になる。僕はそんな不公平な世界は望んではいない。力のある者達が思い描くハッピーエンドなんて大嫌いなんだよ」
十分程度は経っていただろうか。
その間に手を抜いていたとはいえ、心器すら出せない格下が僕を引き付けられていたのは本人の器量だ。もっと言えば……環境から見捨てられた少女をただ見捨てるだなんて僕には無理だ。人を殺そうとも芯に残る考えは変わらない。
「ごめんな、続きは後で聞くよ。もちろん、僕に仕えた後の話だって全部ね」
「理不尽……本当に化け物……!」
「少し休んでいてくれ」
少女を呪魔法で気絶させた上での転移。
自分でもこんなに高等な技術をよく詠唱無しで行えたと思うよ。それも連続でなんて多少は褒められてもいいんじゃないか。いや、これは褒められても良い事だろうからね。今のを出汁にしてミッチェルやイフに甘やかして貰うとしようか。
「さて……まぁ、あっちも負けはしないか」
誤算はない、ただダメージは大きそうだな。
まぁ、ウルという魔法役がいる時点で回復は定期的に行われるはずだろう。ただ、前線で暴れているオッサンのせいで割く魔力も尋常では無いだろうからなぁ。そこら辺がミッチェルやセイラのよく言う惚れた弱みというものなのだろうか。
「これ、は……!」
「黙って飲め」
「……感謝する! ギド殿ッ!」
それに俺はよく救われてきたからな。
ウルが仲間のために命を賭したいというのなら僕はそれを重んじる。二つの天秤の中で彼女達は僕の方に賭けてくれたんだからな。誰一人だって欠けさせずに全てを終わらせてみせるさ。何と言っても僕は魔神から加護を貰った存在なんだ。
「全てを始まりへ、零」
高々、前衛全てを完治しただけだぞ。
それでどうして、そこまで狼狽えていられる。こんなのはイフなら軽く手を振るだけでいいというのに本当に何も出来ないんだな。まさか、削ればどうとでもなるとでも考えていたのか。その程度で済むのなら連れてきてはいないぞ。
「……なるほど! 手を抜いていたかッ!」
「さすがに化け物! さっさと潰すぞッ!」
おいおい……敵味方関係無く化け物統一か。
いや、まぁ、いいんだよ……どうせ、家に帰れば主か神で統一されるからさ。それにこういう行為っていうのは余裕があって、尚且つ大量の魔力があるから出来ているだけの事……いや、あの子を相手にして余裕がある方がおかしいか。
魔力ポーションを三つ飲みワルサーを構える。
十分……それだけの時間で僕の結界を壊すだなんてやはり普通では無かったみたいだな。あの結界は呪魔法も込めた耐久性という一点に置いては誰にも負けないものだったというのに……自信が無くなるな。
「しっ……!」
「それで傷を付けられるとでも?」
「思ってはいないさ! ただ傷さえ与えられれば!」
「だから、無駄だって」
速度に全ての重きを置いた連撃か。
確かにエルドが相手ならギリギリだったかもしれない。でも、それは心器を解放する前の話でしかないからな。僕に傷を付ける事が出来た今の僕の弟に比べれば溜め息すら出ないよ。
「魔障波」
「ガッ……!」
「最初から僕に勝てる道理が無いんだよ。それくらい君達は弱くて脆い。それが分かっているから僕の判断で攻めている訳だからな」
僕は別に強いとは言えないだろう。
上を見れば上がいるし、対して下を見れば下がいる。そこで上を見るか、下を見るか……それが今よりも強い自分を手に入れられるかの分岐点なんだと思う。少なくともチート能力を与えられた身としては今の段階で下を見てられないからな。
「つまらないな、ただ殴っただけで沈んでどうする。今の一撃はエルドですらも耐えられたようなものでしか無いのだぞ」
「エル、ドが……ッ!」
「そうだ、その意気だ。あの時に見てすぐに分かったからな。お前……エルドの兄だろ」
その言葉と共にフィーラは表情を歪めた。
吸血鬼の特性として血の匂いに関しては誰よりも敏感だからな。特にエルドから忠義として血を与えられた時点で分別くらいは容易くつく。もっと言えば、そういう細かい違和感が無ければミラルと出会った時に殺していた。
「おいおい、図星か」
「……兄を名乗る貴方がその言葉を口にするとは思ってもいませんでしたよ。まさか、今更になって私の中にエルドへ兄弟の念が残っているとでも思っているのですか」
「いいや、でも、半分は正解だろ」
コイツは……暗殺者と兄の間で漂っている。
だからこそ、分からないのだろう。暗殺者として長く生きた人間からすれば他の生き方を学べはしない。教師の多くが文面だけの社会を教えるのと変わりは無いな。……それが僕には本当に嫌いだ。
「貴方は……何を求めているのですか。分かっていて聞くなど非常識この上無いですよ。まさか、暗殺者の私が常識を知らないとでも」
「まさか、僕が欲しいのは自由だよ。それでいて誰もが求めるような最高級の熱狂だ。前の世界では味わえなかった僕が求めていたものを得られるように生きているだけ」
「狂って、いるのか……?」
「人なんて最初から狂っているだろう。狂っているから自分の考えとは違う存在を否定したがる。自分が至れぬ世界にいる存在を煙たがるんだ。欲望に忠実過ぎる姿を見て狂っていないだなんて誰が言えるんだい」
僕は欲望に満ち溢れた存在を知っている。
獣だと多くの者は呼称するけれども、アレを獣と訳すのは笑えてしまう。悪魔と対して変わらない、燃えるゴミにもなれない存在……それだと悪魔が可哀想か。本当にあの人達には勝てる存在の方が少ないだろうな。
「僕は獣だよ。獣だからただ強くなるためだけに生きて、群れを作っていくんだ。君達のような仲間ごっことは一緒にしないで欲しいね」
「私を! 馬鹿にするなッ!」
「馬鹿にはしていない。ただ興味が無いだけだ」
ただ前に詰めれば僕の首を跳ねられるとでも。
叩き切るのは簡単だが、それでは僕の配下が望んでいた事を無碍にするからな。だから、同じ結界に閉じ込めるだけに済ませたんだ。黒魔法が混じっていない分だけ脆いだろうが……そんなのはどうでもいい。
魔法を展開してフィーラにぶつける。
ただ水を作り出し、操る事でぶつけただけだ。魔法と呼ぶには少しばかり幼稚だろう。だが、こんな存在相手に得物を抜くのは御免だ。剣の打ち合いは話し合いでもある。それをこんな自分の無い奴のために行ってやるのは僕の矜恃に反するからな。
「ふざけるな! 圧倒的な力の前に力無き者が平伏すのが運命だ! それを貴様一人の力で壊されてたまるものか!」
「運命……そんなものは壊すためにあるだろ。決まった未来になんて価値が無い。価値を見い出すために世界はあるというのに……決まった世界に定められるとは何とも詰まらない存在だな」
だから、横から来る水に気が付けていない。
殺そうと思えば簡単に殺せると理解して欲しいものなんだけどな。今のだって水を鋭利にするだけで簡単に串刺しに出来た。そうしなかったのは殺す理由が無かっただけに過ぎない。壁に叩きつけられても尚、すぐに立ち上がれる気力は褒めてやれるが……それまでだ。
「俺が! 抗わなかった訳が無いだろッ!」
「なるほど、確かにその通りかもしれない。……だが、それが何の成果を出した」
「ガッ……だが! 一撃は届いた!」
騙されたな、それは偽物の僕だ。
未だにミラージュへ実体を与える事は出来てはいないが、切った感触を与える程度の事は出来るようになった。実践するのは初めてだけど……アキが見抜けなかったような技だ。フィーラ程度では対応も出来ない。
現に下がるのと同時に拘束する事が出来た。
魔法というのは本当に使い手次第なんだろうな。今の水の操作だって昔好きだった漫画のキャラクターの真似をしただけだったんだけどな。まぁ、アニメで見ていたから映像の分だけイメージはしやすいからね。ただ砂を水に置き換えただけでしかない。
「……君は本当に悲しい人だね」
補足です。零は本当の意味で全てを元通りにする訳ではありません。ただ、対象の体力を回復させた上で自身の魔力を譲渡しているだけの技です。なので、本人にとっても技名は(仮)のような状態となっています。水の操作は某影の一人をイメージしています。
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p.s 4月6日
そろそろ、また書いて投稿しまする。