4章131話 激化する戦い
伏線は回収したらすぐに張るものですよね(適当)
ギド達が突入してから早二十分が経過した頃。
その中でミッチェルは一人、イフが作り出した指揮用のチャンネルで指示を飛ばし続けていた。額には冷や汗を流しており、周囲での戦闘の苛烈さを象徴している。
「お疲れ様です」
「……ええ、これくらいならいつもやっている事ですから」
「すみません……あまり力になれずじまいで」
ミッチェルに話しかけたのは商人である少女だった。彼女もまた商人間での連絡網で情報を共有する存在だったのだが、それでも明確にミッチェルほどの中核的な仕事はできていない。いや、ミッチェルと同等の仕事などギドやイフを除いて誰もできないだろう。
言葉だけの情報交換、それならば商人間でも容易にできていた。だが、ミッチェルがやっているのは前線で闘う者達の現状をリアルタイムで確認しながら、戦局に応じて適した指示を飛ばす行為。言わばイフを通す事で可能にできている明確な情報の共有だ。
だからこそ、その脳内にかかる負担というものは計り知れない。現在、視界を共有しているのはシロ、アキ、キャロ、そしてエミの四名だ。どれかを注視しても、どれかを疎かにしても適した指示を出せない手前、その緊張感は周囲の比になりはしない。ましてや、その視界は一気に脳内に送り込まれるという厄介な特性を持っている分だけ少しでも気が休まる時間は取れなかった。
「三番、左翼に数名の怪我人発見。回復班から三名送ってください」
「了解しました。回復班三名を三番左翼に、派遣ができなさそうであればポーションの利用も許可します」
「……全隊において敵の魔物の量が増えた。どこからか出している。いや、それなら魔物使いがいるはず……そういう気配も無いのなら……」
ミッチェルは明確に焦っていた。
普段なら助けてくれるイフもギドとは連絡が取れず、あまつさえ、敵の中にはオーガやオークジェネラルといった魔物さえもいる。それらが敵同士で戦いあっているのならまだ良い。だが、共闘して対抗してきているのだ。
倒した兵士の数は既に百を超える、魔物ならば五十は倒した。ただ、それに対応するかのように冒険者の中で戦闘不能に陥った者は十数名、怪我を負った者で言えば軽く三十を超える。
それが烏合の衆なら気持ちも楽だっただろう。
だが、前線に立っているのはCランク以上の冒険者しかいない。そこまで至れば将来は安泰、加えて能力においても一定以上の保障がなされている存在であっても苦戦しているのだ。
元はと言えば作戦自体が酷く脆いものだった。
それは頼んだギドですらも分かっていた事。冒険者達を四班に分け、それらを円のようにして屋敷を囲うことによって逃げ道を無くす。下水道は自ら志願したユウを含めた八名の者達によってカバーするという作戦。
仲間として集った冒険者は計三百あまり、その中で確実に戦力となるCランク以上の冒険者は半数程度だ。これは大都市であるパトロの街だからこそ、これだけ集まったと言える。だが、その数を持ってしても円の層を厚くする事はできず、予備戦力すら作れない程の劣勢な状態だった。
「シロは……さすがに手を回せない。アキ達だって崩れれば確実にコッチに敵が回ってくる。ロイス達も……」
ミッチェルの口から小さなため息が漏れる。
一瞬だけ考えてしまったのだ。エルドがいてくれればどれだけ楽だったか、と。後方からの支援を行うイルルとウルル、それに対してロイスとキャロが前線に立つ事によって四番隊の防護はほぼ無敵と言えた。
だからこそ、そこに予備戦力としてエルドがいれば一から四番隊を自由に動かせたのだ。いなくなってから分かる大きな存在、とはいえ、ため息で済ませたのはそれが甘えだと分かっているからだろう。
「イフ様なら何をするか……ギドさんならどのように動かすか……いや、動かす必要は無い……?」
「ミッチェルさん?」
「すみません。少しの間、指示を任せます」
導き出した答えは一つだけだった。
それは……自身が動き出す事。指示を出すだけの存在にはならず、四つの箇所を見ながら手が足りない場所へ赴くという一手だ。もちろん、それは自分でも可能かどうか分からないような不明確な一手。それに負担がより大きくなる事が目に見えるものでもある。
だが、その目には迷いなど無かった。
「どうせ、動かなければ手が足りなくて消耗戦が続いてしまう。だったら、少しの無理をしてでも前線を保っておいた方が良い」
小さな独り言、そして最後に続ける言葉は彼女が自身を奮起させるためのものでもある。
「ギドさんならきっとそうしている。それに私に任せてくれた仕事を失敗したくは無い……!」
小さな意地、されど、何にも変え難いような大切な想いでもあった。物事を抱え込みやすいギドが早い段階でミッチェルに頼み事をしたという状況、全てを自分で決めて相談もしない酷い男がようやく頼んできたのだ。
頼まれたからには失敗したくは無い。
頼んだ事が間違いだったとは思わせたくない。
そんな大切な人への想いのために第五の視界である自身の目を開き、手が薄くなった三番隊にいる鉄の処女の元へと走り出した。足取りは良いとは言えない。それは五つもの視界の情報が一気に頭に入ってくるせいで処理が追いついていないのだ。だが、それでも問題無く動き考え続けられているのはミッチェルの能力の高さ故だろう。
「情報通り……でも、最悪じゃない」
当然と言うべきか、三番隊がいる右後方はかなりの乱戦状態となっていた。左翼に数名の怪我人が現れた事によって微かながらに間隙が生まれてしまったのだ。そこからは前線が少しずつ押され、本来は隣合っていたはずの一番隊右翼との距離もかなり開き始めている。
ただし、一点だけ良かった事があった。
それは敵の魔物や兵士はギド側の戦力の殲滅に躍起になっているという事。円の外側にいる商人や回復役などの非戦闘員を攻撃するのではなく、闇雲に冒険者達へと攻撃を仕掛けている。そして戦闘不能に陥った者はいても死者は出ていなかった。
それが何を意味するか……戦闘において一番に重要とも言える士気が少したりとも下がってはいないのだ。いや、むしろ、余所者でもある鉄の処女が前線で活躍をしている事で上がり続けていた。余所者に負けられないという男ならではの馬鹿な意地、それがどうにか敵の攻撃をギリギリで押さえ込んでいる。
そこを利用しない手はミッチェルには無い。
「超加速」
一気に前線を押された左翼前方の敵に単騎突撃を開始し、針の目を縫うように独自のルートを進んでいく。斬りながら突き進む姿はまさに狂気とも呼べる。そして、それに一番の恐怖を抱いたのは他でも敵だった。
目で負えない速度で仲間が殺されていく。
押していた場所が唐突に劣勢に追い込まれているのだ。士気が一気に傾いた、いや、優勢な空間がある事で何とか保っていた状態だったのだろう。見るからに三番隊前の兵士達の動きが極端に鈍っていた。
「進め! 今しか好機はねぇ!」
『おおぅッ!』
三番隊に響くのはエミの怒号に近しい声。
だが、その声に畏怖するものは誰もいない。いるのは鼓舞され自身の出せるだけの力を捻り出した冒険者達のみ。押す力が強まったかと思うと聞こえ始めたのは敵兵士の狂乱に満ちた悲鳴だった。
「もう少しだけ……もう少し数を減らせば……」
そう、それだけで確実に勝利へと導ける。
───そこにイフですら予想できない敵が現れなければ……。
「あーあ、やっぱり、来ちゃったよ」
「ッ!? 誰っ!?」
ミッチェルの首に当てられた冷たい感触。
それが幼さの残る女性の手だという事に気が付いたのは跳ね除けた後だった。自身よりも少しだけ身長の低い女の子……顔は見えてはいない、それでも相手が女の子だとミッチェルは確信できてしまった。
「……ユウ?」
「うーん、それは正しくて間違いかな。いや、貴方の言うユウでは無いから間違いか」
「何を言って……!」
「考え過ぎは良くないよ。いつも言っていたでしょう。ギドさんは考え過ぎだって」
また首元に冷たい感触がした。
それを強化した力のままに振り解き距離を取る。ミッチェルの額には冷や汗がダラダラと流れていた。目の前にいる存在、その気配は紛れも無くユウと少しも変わらないものだ。なのに、相手が口にするようにユウとは異質なものにも感じられてしまう。
「大丈夫、私は貴方を殺しはしない。もちろん、鉄の処女も幻影騎士もフェンリルも……ただ貴方と話をしたくて来ただけ」
「……時間稼ぎですか」
「ああ、フレクとミラドが来たからそう思ったのかしら。それとも貴方が戦ったベルクが近くにいると分かったから……まぁ、どちらでもいいわ。それが正しかろうと間違いであろうと私には関係の無い話だし」
フレクとミラド、その名に一つの心当たりがあった。それは王国の中で英雄視される組織、それでいて王国の秩序を守るために暗躍する十転に属する二人だ。そしてベルク……名前に心当たりは無くとも言葉からして誰かは分かってしまう。
あの時、自身達を圧倒した化け物のような存在。
それがベルクなのだろうと確証は無いなりにもどこかで確信していた。そして恐怖からミッチェルは視界の共有を解く。間違いなく化け物のような存在、そんな存在を目の前にして手を抜いた選択は取れるわけが無い。それに視界の共有はチャンネルが維持されていれば簡単に行えた。切るデメリットよりも切るメリットの方が圧倒的に大きい。
「どうして……分かるのよ……!」
「私の名前はミミ。豊穣の神の名を冠した存在よ」
「豊穣の神……そんなわけがありません! それはハーベ様が関する名前のはず!」
「そう、今は、ね。でも、言葉の意味はすぐに分かるはずよ。ミッチェル、貴方なら特にね」
嘘……そう思うにはミミが発する威圧は強い。
ミッチェルにはミミの口にする言葉の全てが偽だとは到底思えなかった。だからこそ、何も返答をする事ができずにミミの吸い込まれそうな淡い青い瞳を見詰める事しかできない。
小さなところにオマージュを捩じ込む……やっぱり、ただ書くよりもネタが入っていた方が書いていて楽しいですね。ちなみに4章を書く上でミミに関しての話を書くのが一番の楽しみでした。なので、ウキウキしながらダラダラ長ったらしく書いています。
今回の作品内で書くか分からない設定ですがイフが視界共有をよくしていると言っていますが、実際はそれよりも重要な何かが無い限りは常時、一部のギドの仲間の視界を共有して見ています。主にリーダー格であるミッチェル、アキ、エルドとして貰っており、された側は見られている実感が無い事を悪用してギドの視界も共有している事がしばしば……だから、勝手な事をしても筒抜けなんですよね!
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※すいません、スランプ気味で本気で書けません。書こうとしても上手くキャラクターが動いてくれないので少し休みます。期日までにもう一話くらいは書けるように頑張りますが期待しないでください。