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閑話 変わらないもの

シードとケイの前哨戦前の会話です!

ちょっと長いですがシードは作者が三番目くらいに好きなキャラクターなので許してやってください。……書き始めると止まらなくなるような魅力をシードが持っているのが全部、悪いんだ!(人の所為)

 ボーッと一人の男は夜空を眺めていた。

 普段の素振りの姿とは裏腹に窓から上半身を出し、凭れ掛かる今の姿はどこか悲しげに見える。灰になりかけた紙の煙草を口にしては離し、溜まった灰を小さな皿へと移す。その皿すらも何度も煙草の灰を落としたせいで鼠色の山を作りあげていた。


 フゥと小さく息を吐くと口から真っ白い息が辺りへと充満した。昼間よりも温度は一気に冷え込み、ところどころでは咳やクシャミの音も少なくないほどに聞こえる。だと言うのに、男は少しも表情を変えずに煙草を再度、口にした。


「随分と堕落しているな」

「……久しぶりの休日ですから」


 女の声が室内から聞こえた。

 一瞬だけ男は眉をひそめたが即座に表情を戻し、適当な返事をする。それに対して女は大きく溜め息を吐いて室内にある椅子を引っ張り出し腰かけた。暗い室内にギィという音だけが響く。


「それにしても何の用ですか、ケイさん。夜に男の部屋に来るなんて、淑女として有り得ないですよ」

「安心しろ、私は淑女では無い。それに……姪っ子の夫の部屋に用なく入っては駄目なのか」

「当然ですよ。こう見えても年頃の男の子。年齢など関係なく女性が入ってきたら襲うようなケダモノですから」


 冗談交じりにガァッとケイに顔を向ける。

 両手を上げて今にも襲いかかるクマのようなポーズを取りながら笑顔を見せた。だが、昼間の表情に比べて笑顔に艶がなく、美しい顔立ちも目に付いた隈のせいで見るに堪えない。


「随分と疲れているみたいだな、シード」

「疲れていませんよ。あの時に比べれば」


 フッと自嘲気味に笑い、ケイから顔を背ける。

 その様子から何も言い返すことができずにケイは「それならいいのだが」と言い、大きく息を吐いた。白い息が舞い、不意に小さな溜め息が聞こえる。


「お寒いでしょう。閉めますよ」

「ふむ……そうして貰えるとありがたい」

「はいはい」


 最初からそのつもりでいただろうに。

 苦々しげに笑い、手にある小さくなった煙草を灰の中に埋め込む。そのまま体を起こして窓を閉め、近くに置いてあった椅子に腰かけた。


 数分間、沈黙が続く。

 どちらも目を合わせようとはせずにボーッと何も無い空間を眺めるだけ。だが、それに我慢の限界が来たのか、シードがスクと立ち上がりケイの前まで歩く。


「用がないのならお帰りください。ケイさんは私達の神輿のようなものです。無駄に時間を使うのであれば休んだ方がいい。休める時に休まなければ疲労が残るばかりですよ」

「シードがそれを言うのかい。お前こそ、休む時間が必要だと思うが」

「なら、休むためにも一人にして頂きたいものですね。まさか、義理の叔母になるはずだった女性を前に小汚く眠るわけにもいかないでしょう」


 薄笑いを浮かべてシードは返す。

 傍から聞けばケイを嫌っているような発言。だが、シードと長い関係があるからこそ、ケイはその意図を理解してしまった。


 頬を強く叩いてシードを見詰める。

 その目には明らかな覚悟が備わっており、先程までのただシードの軽口を聞く姿とは打って変わっていた。それを見てシードは小さく息を飲み優しく見詰め返す。


「何か用があるのですか」

「ああ……ようやく話す覚悟が決まったんだ。思えばお前と話す時に腹を割って話す事は少なかったからな。どうしても……お前を見ると素直になれなくなってしまう」

「はは、俺に恋でもしているんですか」

「そんなわけがないだろう」

「そうですよね、ケイさんは昔からミラルが大好きでしたものね」


 その言葉を聞いてケイは一瞬で顔を赤らめる。

 普段なら怒り、「軽口を叩くな」などとシードを非難していただろう。だが、ようやく元のシードに戻りかけている言葉を聞いてケイは嬉しそうに口元を緩めた。


「その通りだ。歳を言い訳にしてミラルとの関係を拒否していたが心のどこかでは望んでいたさ。ラメとシードの子供を手に取る姿、ミラルとの子供を産む姿、そして……」


 そこまで言ってケイは俯く。

 どうかしたのだろうか、そんな感情はシードには湧かない。分かっているのだ、普段は弱音を吐かないケイが涙を隠している事に。


 だからこそ、シードはケイを抱き締めた。

 自分の母親が苦しんでいる、そんな感情が湧いてしまったからこそ、抱き締めてからシードは小さく溜め息を吐いた。自分らしくない、消えかけていた人としての気持ちが蘇ってきている事に。


 シードはずっと嘘を吐き続けていた。

 過去の話をした時もそうだ。あの時に言った旅をしたいも心の底では思っていない。元よりラメが嫌っていたタバコを口にしたのも、これが本当に最期の楽しみにしたかったから。なぜなら、戦いが終わった時にシードは……だからこそ、誰もいない場所へと向かいたかっただけなのだ。だが、その気持ちはケイの顔を見て一気に冷めてしまった。


「俺、戦いが終わったら旅をしようと思っているんです。……何でだと思いますか」

「気分転換……じゃないのか」

「いえ、あのラメがもしかしたら他の誰かとして転生しているんじゃないかって思っているからです。アイツは小さな時から蛇のようにしつこかったですし。……それに変な確信があるんです」


 それは十何年と共にしてきたからこそ、感じられる確信。多くの人は今のシードの話を聞いて笑い、否定するだろう。だが、ケイはそれを聞いてフッと笑い顔を俯かせた。ただの軽口でしかないはずなのにシードの表情はどこか晴れやかに見えた。


 だからこそ、ケイはそれを言わずにいられなかった。


「私がラメに鋏を渡したんだ」

「……何を言って」

「ラメの最後の頼みだったんだ。惨めな姿のままで生きていたくないから鋏を手元に置いて出て欲しい、と」


 俯いているせいでケイの表情は見れない。

 シードはケイの言葉に驚きの顔を見せることしか出来なかった。なぜなら、シードはずっとラメがディーニの手の者によって殺されていると思っていたからだ。今のケイの言葉には何故という疑問と疑念だけが浮かんでくる。


「あの子は姉にそっくりだったんだ。聡明で無垢なままで……だからこそ、私はずっとラメが嫌いだった。全ての責任を私に任せて死んでしまった姉と似ているラメが」

「だから、殺させた、と」

「分かっていて聞くな。私だってラメには生きていてもらいたかったさ。だけど、治らない病に陥ったラメを、仮に足腰がしっかりしたとしてもどうすればいい。ただただ暗い地下室に閉じ込めておくなんてできるわけもないだろう」


 そう言うのは自由にさせれば自分で命を絶っていたと安易に予想ができるからだ。治るかどうかも分からない身体的な傷、そして治ることの無い精神的な傷……その両方を分かっているからこそ、ケイにはシードと同じ考えはできなかった。


 シードにはそれが分かっていた。

 内心、元に戻らない事を理解していながらもラメに生を与えていたかった。どこまでもラメのために生きて自分の望む幸せを掴み取るためにラメへと強制していた。……そう、強制していたのだ。


「あの子は掠れ声で言っていたんだよ。意識があるのは今だけかもしれない。自分が自分である今のうちに死んで楽になりたいって。もちろん、最初は私も死なせたくなかったさ。だけど」

「だけど……?」

「……糞尿を垂れ流し、自身の愛する人に介護してもらっている姿を見て憐れに思ったんだ。お前は見ていなかったのかもしれないが、ラメはずっと悲しい顔をしていたのだよ。もちろん、お前と一緒にいる時は大概、楽しんでいたようだがね」


 それは第三者だからこそ分かる事。

 そして、そのラメの立場を自分に当て嵌めた時にケイは酷く思い知ってしまったのだ。愛おしく思うミラルに全てを任せる情けない自分をどうして許せるのか、と。それもあって年が離れている事を許せなかったのだ。介護をさせるためにミラルと共になりたくない、と。


「私は……間違っていたと思うかい。姉夫婦が事故で死に、残されたラメが死を願う事を許さない方が良かったかい。姉の話をして無理にでも止めるべきだったかい。……分からないんだ。今でも頭に過ぎる。もしかしたら良い選択肢があったのかもしれないって」


 顔を上げたケイは笑いながら涙を流していた。

 声は普段と変わらず淡々としているが、それでも今のケイを見て思いが偽物だとは到底、思えやしない。ましてや、自分が母親のように慕うケイが相手だからこそ、シードは何も出来ずにいた。


「商談ではここまで悩まずに済むんだけどね。お前達の事となるとどうしても簡単に済ませられないんだ。お前と喧嘩をした時だって……お前がラメを想っているのが分かっているから許せなかった」

「知っていますよ。……俺もずっと意固地になっていましたから」

「いや、お前は間違っていないさ。ラメに死んで欲しくないと思うのは当然の事だ。きっと私の考えこそ間違っていて」

「間違っていないですよ。多分、俺もケイさんも間違っていないです。命は確かに大切ですが、ラメの気持ちも大切でしたから」


 それは今だから言える事。

 シードには分かっている。何度も似たような話をケイからされていた、と。だが、こうして怒りが湧いてこないのは昔と違い、ケイやラメの気持ちを少しだけ考えられるようになったからだろう。それは大人になれたからでは決してない。ラメを忘れることができたわけでもない。ただ一人の男によって少しだけ客観的に物事を考えられるようになっただけだった。


「ありがとう」

「感謝するのは俺の方です。ラメを想っていたのに、そのラメを無碍にする事をしていたのですから」

「それは違うよ。シードと話をする時は本当に楽しそうにしていたんだ。演技だとかではなく心の底から笑っていた。シードだってそれくらいなら分かるだろ」


 それを聞いてシードは苦笑いをしながら首を縦に振った。どこかケイの言葉に気恥しさを覚えてしまったのだ。だが、それを否定する気も無い。


 ラメと一緒にいられる時間。

 それが楽し過ぎて生きて欲しいと願っていたのだ。紛れも無くシードがラメを愛し、そしてラメがシードを愛していたから……その考えが頭を過りシードは目元を袖で拭った。


「本当に……煙草を吸わないとやっていられませんね」

「そう言うな。……でもな、シードの言葉を聞いて少しだけ嬉しかったんだ」

「何がですか」

「ラメが転生しているかもしれないって話の事だよ」


 ケイの言葉にシードは素っ頓狂な顔をした。

 それのどこが嬉しいのだろうか、ケイも同じような確信があって喜んでいるのか……ケイのような現実主義者が転生するという事象が起こり得るとは思わないだろう。だからこそ、不思議そうにケイの目を見詰めていた。


「何、不思議なことでは無いさ。ただお前がラメとそっくりだっただけ。……あの子も死ぬ手前に言っていたんだ。私が死んだ後はきっとシードが仇を取ってくれる。その後は転生した私を見つけてくれるとね。本来なら信じられもしない話だが……お前達ならもしかしたらありえるかもしれないな」

「それは買い被りすぎですよ。……ただ俺にはラメ以外の女を好きにはなれないでしょうから」


 フッと笑い窓を再度、開けた。

 何かを口にしようとしているのだがシードは簡単に言葉を紡げない。悪い意味などは少しもないのだ。ただ……その一言を口にするには気恥しさが勝ってしまう。


 一つ、新しい煙草を取り出し火をつける。

 そのまま口にしてから白い息をハァと吐くと遂に覚悟を決めたのか、赤く光る月を見詰めながらシードは口を開いた。


「アイツがどうしても見つけて欲しいと言うのであれば世界の裏側にでも言って、俺の横に連れ出してみせますよ。それが彼氏の務めです。まぁ、あの月にいたとしたら骨が折れそうですからね。かなり時間はかかってしまいそうですが」

「ふん、素直に愛しているから見つけ出すと言えばいいだけの話なのにな」

「ケイさんだってミラルからの告白を有耶無耶にしているではありませんか。俺達は似た者同士なんですよ、どこまで行っても」


 シードの言葉にケイはクッと口元を一瞬だけ歪ませたが、すぐに笑みを浮かべてシードの隣で窓から体を少しだけ出した。明日から起こるであろう変革とは縁も無さそうな世界。


 ケイは軽く目を擦って笑みを深めた。

 もしも、あそこにいる人達のように暮らせていたのならば……そんな起こり得るはずが無い想像に浸りかけてしまっていたのだ。自分らしくないと思いながらも腹いせのようにシードの横腹を軽く小突いた。


「煙草は程々にしておけよ。お前が死んでしまったら私やミラルが困ってしまうからな」

「大丈夫ですよ、これが最後の一服です」

「ふん、最期じゃない事を願うよ」


 そう言ってケイはシードの胸元から煙草を一本だけ抜いた。そのままシードの見よう見まねでライターで火を付け、口にする。


 ずっと好めなかった臭いと不思議な味わいに吐きそうになりながらも煙を胃へと通し、外へと吐き出す。姉の旦那と同じ銘柄……横目でそれを確認しながら嘲笑うかのようにフッと声を立てて笑った。


「本当に美味しくないな」

「はは……本当、ゴミみたいな味、ですよね」


 シードはそう言って半分以上、残った煙草を灰の海へと沈めた。

これにて本番に入る前の準備は終わりです。次回からはようやくディーニとの争いに関する話になってきます。準備にどれだけ時間がかかったのかだったり、どういう編成になるのかなどの足りていない部分は次回から分かってくると思います。


一応、三月までには出したいなと思いながら書いていますが仕事や他の作品との兼ね合いによって変わってくるので何とも言えません。気長にゆっくり待って頂けるとありがたいです。


面白いと思って頂けましたらブックマークや評価、いいね等も宜しくお願いします! 執筆の励みになります!


ではでは、次回をお楽しみに!

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