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4章126話 演説(後編)

少しだけ重要な話がありますので時間があれば後書きも読んでいただけると助かります。

 ギドが戦うことを望んだのは簡単な理由だ。

 目の前の人達を救いたいわけではない。誰かの元へとつくわけでもなく自由に楽しく生きていきたいという有り触れた理由、そんな馬鹿らしいとさえ思える事のためにはエルドの笑顔が必須だったに過ぎなかった。ギド以前に立ち上がった人々のような苦しんでいる人を減らしたいなどという正義に満ち溢れた英雄気取りの理由では決してない。


 どこまでいっても自分優先。

 仲間を大切にするのも死ぬ前に手に入れられなかった幸福を得ようとするためだけ。だからこそ、イフも本人も彼をワガママな存在だと評していた。その幸せを逃さない為ならば本気で、自分の欲を叶えるためだけに勝手な行動をしてしまう。セトの今回の行動の真意を理解出来ないのもそのせいだ。


 確かにギドは人を蔑みはしない。

 それでも今までにされてきた嫌なことを、最低でも人と思える存在にはしないという彼なりの礼儀からしないだけだ。未だに彼の脳内の一部では目の前の荒くれ者達を本当に仲間として向かい入れるべきか考えていた。自分の威圧感に何も口を出すことが出来ず、あまつさえ、立場の弱さから言葉を返せない人には攻撃的になる……エルドを弟のように思うギドからすれば腹立たしさで済む話ではない。自分が最も嫌っていた、立場に頭を下げる教師と同じ存在を好めやしないのだ。


 それにギドの仲間達は言わずもがな強者ばかりだ。

 一番に弱くてもイアレベル、そのチミっ子ハーフエルフでさえ目の前の冒険者達が束になっても易々とやられないだろう。いや、威圧で尻込みした奴らだけならば一人でも壊滅させられる。そのような人達がいるのに助けを求める必要が果たしてあるのだろうか。どうしても、そう思えて仕方がないせいで疑念感に拍車をかけてしまう。


 少なくともローフ達はそんなことはしない。

 大きな恨みがあるからこそ、共に戦いたいと思えた。同等の重さと呼んでいいかは分からないが、ギドは死ぬ程に憎んだ相手がいるからだ。恨んだ相手を刺し違えてでも復讐するためだけに生きた。でも、目の前の人達はそれを当然と享受している。だからだ、ここまでにギドが煽りを入れるのは。


「今、お前達が動けば英雄と呼ばれるだろう」


 動かなかったからこそ、苦しみ続ける。

 血の繋がりさえないおじさんの家族に迷惑をかけ続け、そして殺されかけた。何度も握った包丁を振り下ろしさえすれば大切な人の涙は見なくて済んだはずだ。それは目の前の馬鹿達と変わりないかもしれない。


「今、動かなければ愚鈍と罵られ続ける。少なくとも僕はそう呼び続けるね」


 その目に負けるなんて負の感情はない。

 動かなくて悔やむのは何度も経験してきた。チャンスを待っていると言い訳しておいて、何度も自分から見て見ない振りをしてきたのだ。確かに目の前の人達が完全な善人ではないことはギドもよく分かっている。殴ってやりたい気持ちも消えてはいない。


 でも、感情を押し殺してまで煽り続けた。

 要らないかもしれない、それでもローフの気持ちを知っているからこそ、パトロの街を美しく生きやすい場所にするために。ここで動かないのならばそれでよかった。


「誇りに価値など感じなくても少し頭を回せば分かることだろ。ようやく、今までの恨みを返す場面がようやく来たんだ。お前達がどんな恨みを持つかは分からない。それこそ、僕やローフ相手に叶わないかもしれない」


 力だけが理由でついてこられても要らない。

 ギドが冒険者達に戦って欲しいのは無くしたプライドを取り戻してもらうためじゃない。これも一つの自己満足だ。過去の自分のように動かないで座すだけの、結果だけを見て後悔してもらいたくはないだけ。


「でもな、お前達じゃ勝てない奴らは僕らが処理してやる。こんな街じゃ住みづらいだろ。だから、僕らが手を貸してやるよ。それが出来るだけ僕らもローフ達も強い」


 確実にギドとイフを相手に出来る存在はいない。

 そんな自信があるからこそ、表情に恐れの欠片も残さずに平然と言い切った。それこそ、先にギドとエルドの強烈な威圧感を身をもって体験した冒険者達だ。その自信を壊せるような要素が一つも感じられない。


「外見だけじゃなくて内面も綺麗に掃除してやろうぜ。この街に闇ギルドなんて要らない。君達のような荒くれ者に必要なのは誰か一人が得をするだけの制限された街ではなく、楽しく幸せに生きれる、馬鹿になれる街だとは思わないか」


 制限された街に冒険者達の体がピクリと動く。

 彼らには他にどんなことが付属せよ、共通点が一つだけある。いや、冒険者のほとんどがと言うべきかもしれない。生きていくためのお金、生き残るための力……そのどれもが違う。彼らは縛られずに生きるために、自由のために冒険者に就いたのだ。故にギドの言葉がどうしても燻っていた負け犬としてでは無い、真の冒険者としての誇りに火をつけてしまう。


「いいか、これは革命じゃない」


 なら、なんだというのか。

 そんな疑問のせいで全員がギドから視線を逸らせなくなってしまう。そうなることが分かっていたのか、ギドも目を逸らさずに不敵な表情を見せて大きな呼吸音を出した。全員の耳の感覚が一気に鋭くなる。


「ただの大掃除だ。こんなに広い街を掃除するのに少数じゃ足りないから手を貸して欲しい。そう思えば気分は楽にはならないか」


 たっぷりと十数秒間は使っただろうか。

 表情を変えずに続けた言葉に全員がキョトンとした顔をした。その間にもギドは何かをブツブツと呟いて見せていたが誰の耳にも届いてはいないだろう。だというのに、気にした様子もなく少し声を大きくして続けた。


「手伝いさえしてくれれば報酬も出すしね。自分以外を縛る馬鹿達を潰して腹一杯に酒を飲もう。こう見えて酒は強いからね。全員で街の酒を尽かせてやろうぜ」


 酒は全てを流せる魔法だからさ。

 そう言うギドは満面の笑みを浮かべていた。そこに今更、訝しさを感じる人は冒険者達の中には一人もいない。だからこそ、ギドの劈くような言葉の後に返答を出来る人もおらず数十秒の空白が空いてしまった。ローフも反応を示さなかったせいでお得意のポーカーフェイスも崩れてしまう。そんな中で一人の男が手を挙げた。


「飲めるってどのくらいだよ」

「嗜む程度に……って、言っておくけどランクに見合うだけの酒は飲めるよ」


 不満そうな顔を見せながら聞く。

 その男は誰かギドも分かっていた。最初にギドへ反感を示した大斧のAランク冒険者だ。未だにギドに対して思うところがあるのだろう。返答に一切、表情を変えやしないが、それでも思案げに顎に手を当てて考えて見せた。そこから数秒後に大声で「やめだやめだ」と叫んだかと思うと男は続ける。


「分かった、俺は手を貸す」


 半ば躍起になってしまったのかもしれない。

 だが、そう言う男の顔は明らかにギドへ反感を示した時とは違っていた。図星を突かれて苛立っていただけの表情は消え、どこか朗らかそうに覚悟を眼差しを見せている。確かにそれはギドが最初に感じとった反逆の意思だ。このままではいけないという自由のために戦う冒険者らしい姿がそこにはある。


「いいんですか?」

「聞くな、決心が鈍る。それにあの子に八つ当たりしてしまったしな。報酬が出るのならそれで何か奢ってやりたい。お前の言う酒を一緒に飲むのも悪くは無い。飲めば糞領主との違いもよく分かるだろうからな」

「さすがはAランク冒険者のアンクですね」


 その言葉にアンクはフッと笑った。

 瞬間、大きな跳躍力を見せたかと思うとギドの頭を腕で締め付ける。「おう、嫌味か。てめぇ」とじゃれてみせる腕には幾らか血管が浮き出ており本気で絞めているのが分かるのだが……相手はギドだ、腕をパンパンと叩いて「痛いですよ」と戯けるだけで苦しむ素振りは見せない。


 それが余計にアンクを楽しませたのだろう。

 笑い声は次第に大きくなりギドを見る眼差しを優しくさせた。ガハハと大声をあげる様は間違いなくギドのイメージする冒険者像と相違ない。徐々にギド本来の姿であろう悪戯好きな子供のような笑みへと変わっていく。ギドの顔を見たアンクは何かを決意した。


「お前らはどうする? 俺はこの命を捧げるつもりで大掃除に参加するぜ。俺らの大切なギルマスが頭下げているしな。それに見合った報酬も出るって言うんだから最高だ」


 腕を解き冒険者達を見下ろすアンク。

 その眼差しは鋭く真にギドとローフに手を貸そうとしている。続けるように「俺ら冒険者が仲間を求める時はどうするか分かっているよな」と口にしたアンクは悪い笑みを浮かべていた。その顔に畏怖したものは少なくはない。それは当然のことだろう、手がかけられた大斧は反対する者を力で捩じ伏せることを意味しており、ことタイマンによる近接戦闘においては冒険者内でもトップクラスの存在がアンクだった。もちろん、アンクも無意味な戦闘に興味はない。


「テメェら! いい加減に腹を決めろ! このまま糞領主に飼い慣らされたままになるか! 自由な獅子として! その牙をゴミ共に刺して貫き殺すか!」


 その叫びがどれだけの冒険者の心を揺らしたか。

 同じく地べたを這いずり回る負け犬だったアンクの覚悟がどれほどに価値があるものだったか。このままでいいのか、ギド達の質問に誰もイエスと答える人はいない。では、どうしなければいけないのか。それは全員が分かっていることだった。


「逃げられないようにしないといけませんよね。この街の下水道に関しては詳しいので私に任せていただけないでしょうか」


 笑いながらそう口にしたのはーー。


「ウェイトさん」

「ウェイトでいいですよ。貴方より私の方がランクが低いですから。それにどうせ、やるのなら埃一つすら許したくないですしね。私の力は結構、使えると思いますよ」


 そういうウェイトの顔は清々しそうだ。

 数秒の沈黙、その後に徐々に一人また一人と手が挙がっていく。それはもちろん、共に戦うという人だけだった。閉鎖的な集団心理だろうか、いや、違うだろう。全ての冒険者が手を挙げた時に後悔した表情を浮かべていた人は誰一人としていない。そこにあるのは誰が何をするか、そんな遠足を待ち望む子供のように自分のすべき事を話している楽しそうな姿だけ。


「助けて頂き! ありがとうございます!」


 そう言い頭を深々と下げるギド。

 その頭を掴んだかと思うと無理やり上げられた。


「俺らを動かそうとした奴が簡単に頭を下げるなよ。俺が戦おうと思った奴の頭はそんなに軽くはねぇからな」


 荒々しいながら口調だがギドにはそれが心地よかった。

 小さく「おう」と返すとアンクは途端に恥ずかしくなったのか、「じゃあ、俺もやることがあるからな」と足早にその場を後にする。その姿にギドは「エミさんと一緒だな」とどこか面白く感じクスクスと笑って見せた。


「馬鹿な奴らだろ」

「そこが面白いです」

「間違いない」


 ローフの言葉にギドは間髪入れず返した。

 確かに最初こそ冒険者達に対して必要性も、共に戦いたいという気持ちは感じなかった。でも、今の本気で共に大きな敵に立ち向かおうとする姿を見ると、文化祭前の準備期間のような高揚感さえ覚えられる。


 そんな楽しい話でもないんだけどな。

 呟いた言葉にギドはハッと気がついた。ああ、そうかーー未だに自分は自分を救いたいんだな、と。あの時に捨てたはずの自分をエルドと冒険者達に重ねてしまっている。この大人数が一人の自分なんだろう、と考えたギドはすぐに首を振った。


「僕はここまで汚い顔はしていない」

「へ? 私のことですか?」


 キョトンと自身を指さし聞くウェイト。

 やべぇやべぇとギドはすぐに首を振って「考えごとをしていたんだ」と誤魔化すが遅い。「テメェのことじゃねぇのか」と冒険者達が互いに互いの顔が汚いと罵り合い一気に騒々しくなってしまった。だが、それを止めようとするものはおらず皆、時たま起こる殴り合いを見世物のように楽しみながら眺めている。


「動じていなさそうだな」

「これが冒険者ギルドの風物詩だとよく聞いていますので」


 止めるわけでもなく笑みを浮かべるギド。

 ローフはその顔を見て「誰のせいでこうなったと」と言ってやりたくなったがやめた。喧嘩こそすれど同じ大きな目標のために冒険者を立ち上がらせたのは他でもない目の前にいるギドだ。感謝はしても些事なことで怒る理由はないだろう。椅子を出し高台の上で座りながら眺めるギドを横目に「物は壊すなよ」と一言だけ口にして、それ以上に言及はしない。


「にしても良かったのか」

「領主にバレるかもしれないのにってことですよね」


 ボソリと呟くローフ。

 ギドはその言葉に少しだけ表情を歪めてから返した。ギドからしてもデメリットの多いせいで簡単に全てを肯定することは出来ない。「必要だったかは分かりません」と付け加えるギドの表情はとても思案げだ。だが、冒険者達を焚き付けたことに関しては焚き付けられた冒険者達と同じで一切の後悔がないのだろう。すぐに「ですが」と笑みを戻して続けた。


「王国から援軍を呼ぼうにも往復で一月はかかりますよ。それにゴミ掃除に大きなゴミを許してはいけません。やるのなら徹底的に、ですよ。そのために人手は要りますから」


 その顔にローフは内心、強く思った。

 ああ、この青年が敵ではなくて良かったーーと。だが、間違いなく演説の最初に放つ時の威圧感のような恐怖は感じられなかった。本心でローフは喜ぶ、恥ずかしさから口には出せやしないがギドと共に戦えることを本気で。一瞥してきたギドの背中を見送りながら自身の部屋へと足を進めた。

これにて一旦はセトの命令に関する話は終わりです。前にも話した通り2、3話だけ領主と戦う前夜の話を書きますので4章の終わりはまだまだ後です。ですが、最近の話を書いていて総合評価が二千七百へ行ったり一気に下がったりを繰り返しており、自分自身で面白いと考えて書いていた話が本当に面白いのかどうか分からなくなってしまいました。今までの「テンプレを書くのが楽しい」という感情が無くなってしまい、このままでは迷走したままになってしまうかもしれません。なので、もしかしたら再度、長期間のお休みを頂くかもしれません。もちろん、話していた2、3話は書ききりますし、休みを貰った間にもカクヨムなどで同時に書いている他の作品(現実世界はゲームと変わらないようです)を続けるつもりです。また、テンプレも序盤の構想が固まっていない部分の書き直しをするつもりではいます。……が、メインで書くのを辞める可能性はあるかもしれません。書くこと自体は辞めませんのでそこに関しては御安心ください。


それでは次回をお楽しみに! 次回に関しては三月中、もしくは四月の初めまでには出しますので! ブックマークや評価、感想などをしてお待ち頂けると嬉しいです!

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