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4章125話 演説(中編)

少しだけ短めです

 その眼に一点たりとも曇りはなかった。

 凛とした、ディーニの息子と言われても疑ってしまうほどに美しい顔立ち。だが、見下すような視線も一切せずに台の上に立つ姿は確かに著名な一家の子息と言われても疑えやしない。それもあってかエルドの言葉に誰も何も口出しをすることは出来なかった。


「……その御子息が何用で?」


 ウェイトの視線が鋭くなる。

 当然だ、目の前の青年の父親こそが街の混乱を齎した存在。だからこそ、ギドと名乗る青年の配下であることを聞いて「はい、そうですか」と気を抜けやしないのだ。本当に敵ではない、密告者ではないとは言い切れない。もしも、これが二人の企む罠だとしたら……そんな考えが浮かんでしまうのも仕方がないだろう。


「御子息と呼ぶのはやめていただきたい。先程も申しましたが元です」

「申し訳ありませんが元であろうとディーニ様の血を引いていることには間違いはありません。どういった理由で話をするのかは分かりませんが、私からすれば名前で呼ぶのも憚られる程に身分が違う存在ですよ」

「身分が違うのであれば一冒険者の執事になどなりはしませんよ。私も一冒険者ですので同じ立場だと考えていただけると助かります。私はエルド、ただのエルドです」


 ウェイトが口にした言葉は間違いなく皮肉だ。

 それをエルドは気が付きながらも関係がなさそうに笑い返した。目の前の男達が自身に敵意を向けようと戦う理由は特には無い。エルドからすれば主であるギドから話されたことを遂行するために動くだけだ。元い敵対する何て目的はない。


「ただのエルド……ですか」

「そうです、とはいえ、今のままでは信用していただけないでしょうが」


 軽く頬を掻きながら微笑を見せる。

 横に立つローフは口元を隠し笑った。ああ、この子は本当にディーニの手下ではないのだ、と。それは現にエルドが見せる仕草の一つ一つや言動が主であるギドそっくりだからだ。頬を掻く素振りだって何だって返答を考える際のギドの癖と類似している。


 そんな行動が気に入らないのか。

 数人、いや、数十人から威圧を向けられてしまった。もちろん、数十人とはいえギドの本気の威圧感を知っているエルドからすれば大したことはない。その程度であれば、それが余計に悪かったのだろう。反抗してこないエルドに向けられる威圧が数を増す。それを微かに感じ取ったからか。


「ウェイト、信用出来るかどうかは彼の話を聞いてからでいいんじゃないか」


 ローフが助け舟を出した。

 ローフからすればギドは自分の直属の部下であるスケイルに次いで信頼が出来る存在だ。だが、ローフからすれば、というだけで目の前の荒くれ者達からすれば若く闘志に燃える青年という見方しか出来ないだろう。ディーニの息子ともなれば当然のことだ。


 ならば、何をすべきか。

 それはギド自身がよく分かっていることだ。嫌われ者の息子を公衆の面前に出させるという街の住人の気分を逆撫でするような行動、そこにどのような意味があるのかなんてローフには分かりやしない。どんな意味があるのか、ローフは心のどこかで続きを期待していたのだろう。だが、その続きを知るためには先に言わなければいけないことざあった。


「そのためには敵意を向けるのをやめろ。それは目の前の青年の話を聴いてからでも遅くは無いはずだ。ギドが前に立っていた時はオドオドと腰を抜かしていた癖に、配下である存在が出たらそれか。第一に何度も教えてきたよなぁ」


 ローフは弱い者イジメを嫌う。

 それは何故か分かりはしない。性分故かもしくは違う何かがあるのか。だが、どちらにせよ、今の冒険者達の行動はローフからして目に余るものが多くあった。何も名乗ったエルドが力の弱い存在だとは言わない。ローフからして弱い者イジメと感じたのは他でもないエルドの立場故の行動の制限だ。


 ギドがそうであったように敵対する意思はない。

 そのエルドの考えを察しているからこそ、配下であり殴りやすくもあったエルドに対しての冒険者達の行動が気に触ってしまう。小声で詠唱をする者や威圧を向ける者、武器の持ち手に手をかける者……今までに育て上げてきた人材がこうも身勝手ではギルドの長としての面目が丸潰れだ。だから、ローフは威圧感を強め冒険者達に酷く小さな声で続ける。


「調子に乗るな、と」


 その声に優しさ等は欠片も無い。

 彼等が普段、目にしている誰にでも平等に、それでいて仲間達を守る優しい存在では無いのだ。無論、そうさせたのは他でもない彼等なのは言うまでもないが……そんなことを考える前に男達が出来るのは自衛しかない。数度だけ見た事のあるローフの本気の怒り、領主からの搾取も無く自由に生きていけたのは目の前の抑止力があってこそだった。


 そして、その矛先がどれほど自分達には向かないようにと心に決めていたはずなのに……色んな意味で凄惨となってしまった現場を見てきた彼等だからこそ、ローフが嘘で怒っているわけではないことがよく分かる。


「お前らが動かなかったことは事実だろう。それに敵意を向けるのは勝手だが相手が兎のような存在である確証は無いはずだ」


 敵意を向けられたはずのエルド。

 その立ち振る舞いやギドの気にした様子もないことから相当な実力者であることは明白であった。今のローフの威圧にさえも動じることなく笑顔を向ける当たり、止めたことがどれだけの英断であったかをローフは悟る。


「気を付けるんだな、俺からすれば目の前のエルドという男は兎には見えない。例えるのであれば簡単に人をも喰らう虎だろう」


 さしづめ続けるならギドは龍か。

 そんな言葉は飲み込み一気に威圧感を解いた。途端に今までにエルドに敵意を向けていた者達の多くが腰をつき、人によっては汚い水溜りまでも作り出してしまう。ローフは一瞬、俺のせいかと溜息を吐いたがすぐに頭を振るった。微かにギドより少し弱いだけの強烈な威圧感の残滓を感じ取れたからだ。


 ーーああ、確かにこれでは耐えられまいーー


 立ったままでいられたのは十数名。

 ウェイトを除く全てがAランクという冒険者の高みに立っている者達だ。立っていられた者達を褒めるべきか、もしくはへたりこんでしまった者達を慰めるべきか……まぁ、その両者共が敵意を向けた愚かな存在であるためにローフはそのどちらも行動に移すことはしなかった。


「まだ文句がある奴は言え。無いなら二人の話を何も言わず、何もせずで聴くんだな。いいか、聞くんじゃない。聴くんだ」


 これも何度、口にしたか。

 大きく溜息を吐いてエルドに軽く頭を下げた。エルドが冒険者達に敵意が無いように、ローフ自身もギド達を敵に回す意図など無い。いや、ローフからすればコレが一世一代の最後のチャンスだと思っていた。最悪な領主の好きなように出来る街からの真の脱却、闇ギルドの撤廃……裏で何度も画策していた望み。それを馬鹿な行動一つのために消させるわけにはいかない。


「俺個人の話をするのであれば手を貸して欲しいが……それを決めるのはお前らだからな。よく聴いて考えて欲しいんだ。お前らの本当の敵は誰かってことを」


 その言葉に誰もが口を閉ざした。

 ただただ出来たのは首を小さく縦に振るだけ。恐怖からか、もしくはローフへの尊敬の念からか。どちらにせよ、冒険者達の否定する意志を折ったことには変わりない。だが、自分達のしていたことがどれだけ愚かだったか、そう考える者は多くはないだろう。


 それが分かるからこそ小さく溜息が漏れた。

 冒険者を束ねるギルドマスターともなるとただ否定するだけでは駄目なのだ。そして個性を尊重すると言って放任するのもまた違う。時には真の親のように荒くれ者達の望む、それでいてギルドも繁栄させられる最善の選択を考えさせなければならない。恨むべき存在の息子と言うだけで当たりが強いのは理解は出来ても許してはいけないのだ。


 冒険者の中には悪行を働く者がいる。

 では、その存在が産んだ子供は果たして同様に許されるべきでは無いのか。敵意を向けた者の中にだって悪行の大きさに差異はあれど、人を殺す者や暴力によって金品を盗む者も、強姦する者もいたというのに……虐げられる痛みを受けていた本人が知らないのか、とどうしても思ってしまう。


「では、話を続けさせていただきます」


 再度、エルドは頭を下げた。

 何を話さなければいけないのか、それは前日から主であるギドと教えられている。もちろん、それを話すことにはかなりの覚悟が必要だった。だからこそ、話したくないのであればとギドからは許しさえ出ていたのだ。日が変わるまで悩み続けて決めた選択、エルドの喉が異常な程に渇きを覚えていく。覚悟はもう決めた、エルドは無理やりに口角を上げて続ける。


 そこから全員に教えられたのは過去の話だった。

 今まではローフが与える威圧によって恐怖を覚えていた冒険者達は、次第に表情を大きく強ばらせていく。彼等が想像する以上にエルドの体験した過去が重たいものだったからだ。商人のボンボンという悪い印象が徐々に変化していく。


 愛していた存在とのすれ違い。


 ようやく仲直りしてすぐの永遠の別れ。


 そして……手足を失い死の間際を彷徨った事。


 当たり前だが、そのどれもが普通は体験しない事だ。加えて話している最中に感情を隠しきれなかったことも大きかっただろう。最後のギドの話をした際に微かに笑みを浮かべた事、話させた罪悪感からギドは俯き目元を濡らした。


「エルド、少しだけ外の空気を吸ってくるといい」


 その目は乾きながらも確かな信念があった。

 どうしてそんな事を言っているのか、エルドにも分かっている。安心させるように頭を撫でられ目に何かが溜まる感覚からエルドは首を縦に振って外へと出た。男としてのプライドだとギドはすぐに冒険者達へと向き直り大きく深呼吸をする。


 何の成果も得られませんでした。

 そんな事は確実にさせてはいけない。弟のように思える仲間の傷を抉らせ、それでいて自分の類まれなる回復魔法の話もしたのだ。失敗は絶対に許してはいけない。少なくとも話し始めの時とは比べ物にならない程に冒険者達のギド達を見る目が変わっていた。


「それで聞かせて欲しい」


 口調は元には戻さない。

 ただ感情をぶつけるだけ。


「君達はこの街をどうしたい?」

次回で演説の話は終わりです。その後は2、3話だけ前夜を書いて4章のラストへ、といった風に考えています。個人的には前夜の部分は少し重要な話になるかなと思っていますので楽しみにしていただけると嬉しいです。その時には今回みたいにシリアスでありながらもバレるかバレないかギリギリのネタを組み込んでいきたいですね。

また自分勝手ですが次回までに百二十四話の前編を軽く書き直しすると思います。出してから少しだけ納得出来ない部分がありましたので、書き直した後の最新話にてお知らせします。その時に再度、読み返していただけると嬉しいです。


次回はカクヨムに書いている作品も書きたいので三月の半ばより後になると思います。ただ三月中には必ず出しますのでお待ち頂けると助かります。またいつもの事ながらブックマークや評価等もよろしくお願いします! 増えると嬉しいですしモチベーションにも繋がりますのでどうか!

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