4章123話 上司がすべき事
休みが明けたばかりのせいか、無性に眠いですね
シードの話を聞いた次の日。
ギドとイフはセトの屋敷へと来ていた。というのも、表向きとは言え、後ろ盾を担ってくれている自身の主の話も聞かずに勝手な行動を取ったためだ。これに関しては何度もしてきたこととは言え、前日のシードの「成功すれば国は何も言わず。失敗すれば国家転覆の大罪人」という一言が強く利いていた。今までの自分で尻拭い出来る話とは大きく違う、そのために話さないという選択肢を取ることは出来なかった。
「久しぶりだね」
「そんなに月日は経っていないと思いますよ」
小さな背丈に合わないブカブカな寝間着。
どこからどう見ても魔法国の重鎮とは思えない風変わりな、それでいて変わりなさにギドは軽く頭をかいてしまう。それだけ気を許しているということは分かっているのだが、本当にそれだけの地位があるのかと疑問が過ぎってしまうのだ。座る際も「よっこらせ」などと見た目に合わないジジ臭さを醸し出すせいで、その疑問を強く助長させてしまう。
「ふふ、この服のことを気にしているのかな」
ギドの視線に気付きセトは聞いた。
ギドはどう反応するか少し悩んだが当たり障りのないように「ええ、まあ」と笑みを見せる。その言葉にセトは嬉しかったのか笑みで返して見せた。軽く上半身を捻ったりして見せて来ている服装を自慢する。
「これはね、所謂、勇者の国であるニホンのジャージを真似られて作られたものなんだよ。動きやすさに特化されたもので寝ている最中に襲われても大丈夫といったわけさ」
「ううん、そこでは無いんですけどね」
セトの頓珍漢な返答。
確かに気にしてはいたが、そこが原因ではない。そのために咄嗟に軽いツッコミのような言葉を口にしてしまった……が、ツッコまれた当の本人は首を傾げている。何でそんなことを言っているんだろうかと本気で訳が分かっていなさそうに。加えてジャージに関しては転生者であるギドがよく知っている道具だ。心の中で余計にツッコミをいれてしまうのも仕方の無いことだろう。
「まぁ、それは本題には関係無いですよね」
このままでは変な話ばかりをしてしまう。
ギドは小さく深呼吸をしてそう口にした。未だにセトは考えてはいたがギドが、新しい話をしようとしたのを察して笑みを引っ込める。ここからの話が笑いながらすべきものでは無いことはよく分かっているからだ。
「知っているさ、パトロの街で領主を消すんだろう。セイラから聞いているよ」
「……ええ」
見たことの無い覇気のある姿。
多少の怒りも混じりながらギドを品定めするようにジロと見つめる。そこに巫山戯ていた元のセトの姿は欠片も無い。強くなりSランクをも軽くいなせるギドですら小さな恐怖を抱くような威圧。ただのステータスの強さだけに留まらない、ギドが持ち合わせていない強さがそこにはあるのだ。それを感じてしまえば魔法国のトップを担うセトを一瞬でも疑ったことを恥じるしかない。
「また勝手な行動をしたね。これで何度目だろうか」
「……すいません」
「セイラから聞いているよ。その言葉は何度も口にされたから信用出来ない、ってね。……まぁ、それでも許して助けようとするのはセイラの悪いところだと思うけど」
乾いた笑いにギドは体を震わせた。
今までの我儘とは重みが違う、あまり感じることのなかった事の重大さを今更ながらにギドは知ったのだ。いや、再理解させられたというべきだろうか。ただただギドを思って従う仲間達とは違う意味で思ってくれている人からの重圧。嫌っているからギドを怖がらせているわけではないことはギドがよく知っていた。
そんな理由ならばもっと前に捨てられている。
何度も何度も我儘を許して手助けをする必要性がセトにはないのだ。もちろん、短い期間でAランクへ進んだ才能を見越して捨てなかったという可能性もあるが……もし、そうであったとしても親子揃ってギドだけではなく、ギドの仲間達をも親身にサポートしはしない。セトの風変わりさを理解しているからこそ、普通の人の考えが通用しないのだ。それに……。
「僕の前では『すいません』はやめてくれと何度も話しただろう。壁を感じると、これも何度、口にすればいいのか」
セトは酷くギドと仲良くしたがってる。
それは出会って半月程度の短い期間の中で何度も言われたことだった。意味も無くギドの家へとお忍びで遊びに行き、そしてたわいもない世間話をしてから帰る。嫌いならばそこまでする理由があるのだろうか。……ギドは軽く俯いてからセトの目を見て口を開いた。
「……ごめんなさい」
「そう、それでいいんだよ。悪いことをしたのなら『ごめんなさい』ってキチンと謝る。今回に関しては事が事だからね。セイラは……まぁ、どうせ許すだろうから言わなくていいけどさ。せめて、僕には話して欲しかった」
「そうですよね……」
笑みと共に威圧が解かれた。
怒ってはいても、見放していたわけではない。セトの本心を感じとったギドは心の中で胸を撫で下ろす。主がどうこう、後ろ盾がどうこうという話ではない。ギドはセトやセイラのことを大切に思うからこそ、嫌われていないことを知って幾分か気持ちが楽になったのだ。それを得意のポーカーフェイスで隠してはいたがセトにはバレバレなようで……。
「まぁ、こうして話してくれたんだ。叱りはしたが重く考えなさいとまでは言わないよ。やっぱり君に頼られていることが分かるのは嬉しいからね。自分で何でも熟してしまう自慢の存在だからさ、次からは軽くでもいいから話して欲しいくらいかな」
ギドを実の息子のように甘やかした。
そんな優しさがむず痒く感じられサッと視線を逸らす。「了解しました」と呟くことしか出来ずに来る時に出されたコップの水を飲み干した。出されて時間が経っているはずなのに水は未だに冷えている。だが、それでさえもギドの羞恥から来る熱を冷ますことは出来ない。
「それにしても」
一分や二分ほどの沈黙。
それを破ったのはセトの声だった。特に変わった様子もなく笑いながらギドの顔をジーッと見つめている。セイラほどの大きさの娘がいるとは思えない幼く整った顔がギドの感じる思いと矛盾してしまい、そのせいもあってかギドはまた頬を赤くし目線を逸らす。それを見て小さく「可愛いところがあるじゃないか」と呟いてからセトは続けた。
「随分と思い切ったことをするね」
「……」
優しく楽しそうにセトは言った。
最初は何を言いたいのか分からずギドは沈黙を守り通してしまう。だが、徐々に顔の熱も冷めてきて普通を取り戻した脳が回転を始めた。何を言いたいのか、それは脳が働かずとも分かる。先に話したディーニとの戦いのことだろう。脳が回っても分からないことは……どうしてセトが嬉しそうなのかくらいだった。
「本当に無茶をするよ、だけど、面白い」
「そう……ですか……?」
「うん、少なくとも僕には面白く感じられるよ」
久しぶりに顔を上げたギドに再度、笑みを見せる。
本当に面白く感じているのだろう、目元をキラキラさせながら反応を窺っている。また沈黙が流れる、が、すぐに破られた。考える時間があれば普段通りの返しは出来る。小さな深呼吸の後にギドは口を開いた。
「どこら辺が面白いんですか」
当たり障りのない返答。
それでもセトからすれば嬉しかったようで口元を綻ばせていた。どこか解釈の違いで怒らせてしまったのではないか、と考えていたのだ。話を続けようとしてくれることがセトにとっては心の底から嬉しかった。
「自分のためではなく、仲間のために強大な敵と戦おうとするところかな。少なくとも僕にはその気持ちが分かるけどさ、簡単に決意することなんて出来なかった。君にとっては長く考えたのかもしれない。でも、僕からすればアッサリと選択したように見えるんだ」
「いや、否定しませんよ」
「ふふ……ギドならそう言うと思っていた。普通なら怒ったりするんだけどねぇ。君に関して言えば事実だってすぐに認めてくる。……やっぱり、色んな意味で面白いよ」
先程とは違う意味合いを込めた黒い笑み。
とはいえ、そこに利用などいった悪い意味は込められてはいない。値踏み、という言葉が一番に近いのかもしれないが、それとも少し違う。魔法国の宰相という高位の役職ならではの視線、視点。一瞬だけギドも身構えるがすぐにやめる。少なくとも陥れる意味合いが無いのはギドがよく知っているからだ。
「……すまないね、悪い癖が出てしまったみたいだ」
「いえ、気にしていません」
「……うーん、それも本心なのかなぁ。全然、見抜けないよ」
今度は詰まらなさそうに口をへの字に曲げる。
本当に表情が豊かな人だ、とギドはまた笑みを浮かべる。それに呼応するかのようにセトもフッと口角を上げ、ギドと視線を合わせた。もうギドは視線を逸らしたりしない。そのせいか、次はセトが恥ずかしさを覚え、頬に手を当てて「いやんいやん」とおどけてみせた。
「僕はセトさんもセイラも信じていますから。悪い癖と言うのなら信じて忘れるだけです。僕が好きなのは二人の立場ではなく一緒にいたいかどうか。そこに役職や癖なんて関係無いですよ」
「……全くその通りだね」
予想だにしない返答。
そのせいでセトは一瞬だけ素っ頓狂な顔を見せた。慣れからすぐに元の飄々とした表情をしはしたがギドの顔を見て「はぁ」と小さくため息をつく。満面の笑み、いや、ニヤニヤしていると言った方が正しいのかもしれない。隠しきれなかったことでセトに小さな羞恥を味合わせたが、それで諦めもついたのか笑い返す。
「君は本当に僕好みの返しをしてくれる。演じられたゴマすりなんかじゃない、本心で僕の気持ちを理解して共に笑ってくれるんだ。……もっと早くに会いたかったよ」
「……もっと早く……?」
口が滑ったのだろう。
笑みを引っ込めたギドの質問にセトは答えなかった。「何でもないよ」と誤魔化すように笑って見せるが、先程までの愉快と言いたげな笑みでは決してない。どこか諦めと怒りが混じった嫌な笑みだ。話したくないのなら無理には聞かない、それでもセトの性格からして……そこでギドは考えるのをやめた。
「いつか話せる時に教えてください」
「……そうだね、きっといつかは話せる時が来る」
「ええ、その時を心待ちにしています」
そう言って話を終えるだけ。
ギドからすればそれで良かった。それ以上に求めてしまって関係が壊れてしまうくらいならば、例えこの先に必要な情報だろうと無視をする。他人が触れてはいけないことを地雷というがセトの持っているそれこそ、まさに関係を一瞬で壊すだけの地雷だと感じ取った。ならば、その先など要らない。
「そうだ、一個だけ言うのを忘れていたことがあったよ」
今までで一番に長い沈黙が流れたからか。
セトは無理やりに喉元から声を捻り出した。
「さっきの決断に関して、だ」
「はい」
「うん、君がそうしたいのなら僕もさせてあげたいって気持ちもあるし。それに今回に関しては改革に近いから失敗なんて出来るわけがないでしょ。だったらさ、成功させるために僕としても幾らか手助けをすればいいやって思ったんだ」
その言葉はギドからすれば有り難い。
そう、確かに有り難いのだが……ギドからすれば不安も幾つかある。勝手に動いていて何ではあるが、それでもセトに大きな迷惑をかけたくはない気持ちがある。だからこそ、その言葉に意味は無いことを知っていながらギドは聞いた。
「表立って動いて大丈夫なんですか」
「君が動いた時点で僕まで影響があるからね。それならば成功した時の利益を最大限まで大きくした方がいいだろ。こう見えても僕は宰相なんだ。利益の得方ぐらい知っているつもりさ」
「……なるほど」
そこに暗い感情は何も無い。
ギドならば失敗などしない、そう言いたげに笑顔を浮かべながら鼻歌を鳴らす。その顔を見てしまうとギドは何も言えなかった。今のセトを否定してしまえば自分の行動すらも間違っていると思えてしまうのだ。
覚悟を持たなければいけない。
そう思っていながら中途半端だったのは自分だったのだとギドは理解した。余程、自分の周囲の人の方が戦う覚悟を持ち勝利を貪欲に信じ求めている。何故に勝利を得るための手助けを振り払う必要があるのか。……心の底から自分を思ってくれるセトに感謝をした。そんな顔を見てセトはギドに言う。
「それでね、君にやって欲しいことがあるんだ」
楽しそうにセトはギドに話し続けた。
セトがギドに頼んだ事とは何だったのでしょうか。そして、これが何故に必要なのでしょうか。次回、書きますので楽しみにして貰えると嬉しいです。……投稿日時などは未だに設定することが出来ませんが……。
後、二章十九話「そんな君でも」を加筆しました。今まで書いていなかった事を書き足しましたので辻褄などが合わなくなる部分があるかもしれません。もしも、気付いた方などがいらっしゃると感想で送って欲しいです。自分で読み返していても気が付かない事が多々あるので、とても助かります。
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