4章121話 強くなりたい
クリスマスなんて〇んでしまえ!
と、思いながら書いていました……。
見えた時にはもう遅い。
丸太のような大腕で拘束され斧の先を向けられているラメ。動けば殺すと言いたげに鼻息は荒くコチラを睨んでいた。血眼で足を踏み出そうとするだけで鋭い刃をラメの頬へと近付けてくる。もしその目にゴブリン特有の女を甚振る欲求があったのなら隙は作れそうだったが……それよりも命の方が大事なのだろう。少しも窺えなかった。
それが余計に俺の心を焦らせる。
早く助けなければいけないという感情に反して、動くことすらままならない現状。完全に回復さえしていればラメだって動くことが出来ただろう。手負いのゴブリンキングは足が使い物にならず左腕は俺の後方に転がっていたんだ。まぁ、それを踏まえたとしても物理的な身体能力があまり高くないラメには拘束を外すことは難しかったと思うけどね。
このまま逃げられたらどうするのか。
その時はそれしか頭になかった。知っていると思うけどゴブリンに連れ去られた女性達の最後は無残だ。顔が原型をとどめずに朝昼晩と生殖行為をされるだけ。俺はラメが好きだったからさ、そんな結末を望んだりなんて一切していなかった。
それなら殺すしかない。
でも、殺すために、助けるために動いてラメが死んでしまったら……そんなことになれば元も子もないだろう。……連れ去られた後のことを考えれば死んだ方がマシなのかもしれないけど。いや、それは俺が許せなかったか。どんな姿になろうとも大切な人には生きていて欲しいんだよ。自分自身で相手の心を裏切らない限りは俺には大切な人を捨てることは出来ない。
どうするか、どうすればいいか。
チラリと見えたミラルは俺と同様に硬直、ゴブリンキングから注視されていないガルやウルは雑魚を倒しながらの治癒で動けない。まさに八方塞がりってところだったよ。……ラメを殺すしかないのかって考えすら頭を過った。俺が一番に望まない結果を辿るしかないのかって。
もちろん、そんなこと出来るわけないだろ。
きっと君も同じように思うはずだ。認めたくない未来を受け入れるくらいなら何をするべきか。今の自分では出来ないことを出来るようにすればいい、口にするのは簡単だけど行動するには難しいそれをやりきればいい。二人の才能に負けないくらいのことを俺がすればいいだけの事。
じゃあ、その出来ないことは何なのか。
そこを考えてみれば不可能なことではないことは分かった。まずは相手の意識を自分に逸らすこと、次に相手の動きよりも速く俺が攻撃を仕掛けること、そして攻撃するための得物……この三つが俺には必要だ。
一つ目は出来なくはないだろう。
俺にさえ意識が向けばミラルの動きは多少、自由になるからね。逆転の一手はそこで打ち込める。でも、変なことをすればラメが死ぬ、そこの塩梅がかなり難しい。
二つ目は……これは分からない。
鈍足とはいえ、振りの速度は馬鹿に出来たものじゃなかったからね。殺す手前まで持っていっても殺し切れなければ道連れにされてもおかしくはない。というか、その可能性が高いだろう。
そして一番の問題である得物。
これが無ければ得物以外の二つが解決しようと意味が無い。ならば……と思考を張り巡らせる。時間は少ししかない、持って一分、早ければ十数秒で時間切れだ。解決策は何かないか……ふと、一つの可能性が頭を過った。他の二つを同時に解決させられる最高の一手だが……まぁ、成長とかの話で済まない難しさがそこにはあったんだ。
だから、その一手を無視するか。
答えは否だ、それ以外に良い手が思い付かない。伝説をどうにか自分自身で再現する、そのために何を考えるべきか。自分の成長のために必要な要素は……大切な人の笑顔を思い浮かべること。馬鹿らしいと今でも思うよ、でも、それが欠けてしまっては俺が俺として保たれなかったんだ。
「ウィンド・ランス」
駄目で元々、動かなければラメは死ぬ。
それならば一縷の望みに賭けてみればいい。運が良いことに背中を任せられる、それでいて肩を並べて走れる存在がいたんだ。怖がる理由なんてない。ただ目の前の少女を笑顔にするために……そのためだけに走った。
風の槍、攻撃のためではない。
ゴブリンキングの目を奪えればよかった。一秒も要らない、本当の一瞬でいい。それだけで俺はゴブリンキングの隙を作れる。俺がやることは難しいことではあっても不可能だとは決め付けられない話だったのだから。
動け、動いてくれ。
そんな身勝手な意思のままに距離を詰める。魔法でゴブリンキングを殺せるとは思えない、出来てもラメを縛り付ける腕を解かせることくらい。それも出来るかどうかの可能性がかなり低いものだった。なら、魔法に頼れはしない。
その時に俺は自嘲したよ。
ラメに言われた通りに魔法を頑張ればなって。魔法が苦手だからって、剣術や動きに重きを置いた努力がここに来て首を縛るとは。教えて貰いながら頑張れば危機を脱するくらいの選択肢として使えただろうにってさ。
でも、それは結果論だ。
剣術や動きを努力で強化したことで助かったことだってある。魔法を重視していれば早く死んでいた可能性だってあったんだ。……そして、すぐにその考えを振り払った。今の戦いにおいて不必要な話だったからね。
殺す、殺して大切な人を守る。
それだけのことに、それだけのことをするのに世迷いごとは要らない。要るのは生き残った後で見たい景色、止まることのない森を吹き荒れる暴風への対応……それだけでいい、それだけで良かった。満身創痍のゴブリンキングからラメを奪うためにはそれだけで……。
「砂嵐!」
その時に俺は手に入れたんだ。
いや、無理やり手に入れたって言った方が正しいのかもしれない。あの時に折れてしまったレイピアと瓜二つの心器をね。……今となっては少しだけ後悔しているけど。もっと好きな見た目に出来たんじゃないかってさ。まぁ、ただのちょっとした我儘なんだけどね。
少し話は変わるけど昔から風が好きでさ。
自分のしたいことを自由にしている風って俺の中では凄く憧れていたんだ。それこそ、ラメに対して、ミラルに対して憧れに近いものを抱いていたのはそのせいかもしれない。自分の好きなものに似ているからこそ、俺も近付きたいって。
だからさ、心器を握った時に思ったんだ。
心器はその人の心を映す鏡だって。その言葉は俺の好きだった賢者の物語の一文だったんだけど、自分が手に入れてようやく理解出来たよ。俺の心器は風を操るんだ。使ってでは無く頭が勝手に能力を理解していた。おかしいよな、初めて手に入れて使う武器なのに今までの武器よりも数段、手に馴染むんだよ。
その時に使った技だってそうだ。
自分の周囲の風を集めゴブリンキングの腕にぶつけたに過ぎない。でも、今までだって使えた技なのに格が違いすぎる。一発放っただけなのにゴブリンキングの腕にまとわりついて切りつけていたんだ。それも俺の意思を反映するかのように人質のラメには少しも触れず攻撃をしている。
危ないと感じたんだろう。
すぐに手に持つ斧でラメを殺そうとした。だが、その時の俺にはそれすらも遅く、愚かに感じられてしまったよ。体が軽い、遠かったはずのゴブリンキングへの距離が近く感じられる。……俺の前を歩いていた二人でさえも近く感じられるほどの無敵感があったんだ。
そして、それに見合うだけの力が確かにあった。
軽く縦に振ったレイピアが斧を真っ二つに切り裂く。斧の持ち手は未だにあるが刃だけが簡単に切り落とされた。ズドンと大きな音を立てて落ちる刃にゴブリンキングの表情が一瞬にして曇ったが関係がない。何かを悟ったように、それでいて情けを求めるような顔をしていたのを覚えているよ。
でもさ……。
「許さねぇよ、豚畜生」
ラメ達を傷付けた奴を許せはしなかった。
やるのなら残虐に、そう思えてしまったのはそれだけゴブリンキングに憎悪を抱いていたからだと思う。頭目掛けて放った突きを躱すことも出来ずにゴブリンキングを壁まで押し込む。それだけなら生きることも出来たかもしれない。死ぬまで数分の猶予があったかもしれない。だが、俺がしたのはゴブリンキングをただ苦しませる攻撃。
「砂嵐」
ゴブリンキングの内部から風の刃が飛ぶ。
脳天を貫いていたせいか、何か見たことの無い液体が周囲に飛んでいたよ。それで死ねたら楽だっただろうに並以上の耐久のせいで生きてしまうゴブリンキング。……自分でも嫌な記憶だけどさ、あの時の俺って笑っていたんだ。人から聞いたとかじゃない。心ここに在らずって感じで体と頭が分離していたんだよ。
飛び散る血、それを見ながら俺は笑った。
不意に見えたガルやウルは怯えていたし、ミラルでさえもどうすればいいのか分かっていないようだったんだ。ああ、俺って終わっているなって思った時だった。柔らかな感触が俺の胸元を襲ってくる。
大丈夫だよ、そんなことを呟かれた。
まるで子供をあやす母親かのように頭を撫でられ続ける。それでさ、理解したんだ。ラメに抱いている大切って意味が全然、違っていたんだって。好意とかじゃなく、分け隔てない優しさで想いやってくれるラメが大好きなんだってね。
そこからは早かったよ。
俺はすぐにラメに対して告白をして、ケイさんに何度も「お前じゃ釣り合わない」って言われて。何回も振られて、時には距離さえ置かれた時もあった。まぁ、少し遊んでいた節があったからさ。それでラメから嫌われてしまっても仕方ないとさえ思っていたよ。元から釣り合うわけがない、天才を好きになってしまったんだからね。俺のような平々凡々な一市民では手が届くわけのない別次元の存在。
さすがに話しかけてくれなくなった時は枕を濡らしたよ。
告白したことさえも後悔した。男は振られたとしても友達として関係を続けられるけどさ、女性はそういう風には出来ていないって聞いていたからね。もう話すことすら出来ないのかって何回も泣いていた。ガルやウルにも慰められたのは今でも覚えているよ。
だけど、その事件があった数ヶ月後。
冬が始まった頃ら辺に、景色が雪化粧をし始めた頃にラメから誘われたんだ。一緒に買い物しようって。すごく嬉しかった、話せなかった分だけ聞かせたい自分の中での話題が沢山あったからね。また笑顔を見られるかもしれないって思うとすごく胸が高鳴ったよ。
飾ることもしない服装でさ。
少し皺が付いた服で待ち合わせ場所にいたんだ。それだけでデートなんてした事がありませんって教えられているようだったよ。すぐに気が付いて恥ずかしそうにする姿は魔道具でもあったら記念に残していたかなぁ。
「行きたい場所があるの」
とか言って無理やり連れて行こうとしたんだ。
手を取ってきて驚いたよ。あの時は本当にドキドキで何も感じられなかった。だけどさ、俺もある程度は男女の遊びをした人だからそのまま行こうとは言えなかった。軽く頭を撫でて「先に行く場所があるよ」とか言ったら頬を赤くしていて可愛かったっけ。それも記念に残しておきたかったよ。
簡単に服を選んで、自分の一月の稼ぎをラメの服のために使い込んで、そして少し高めの食事をする……何時もしていた事のはずなのに新鮮だった。ああ、この子はこんな風に笑うんだとか、こんな風に喜ぶんだって……見なかった分だけ遠くなっていた何かが戻り始める感触があったんだよ。
楽しくて朝の九時とかに待ち合わせたのにさ。
全部を遊び切ったのは夜の七時。ラメに「後で怒られるんだろうな」って軽口を叩いたらビンタされたよ。冗談だって分かっていたんだろうね、全然、痛みとかは無かった。だから早く帰ろうとしたんだけど……ラメはどうしても行きたい場所があるって言って無理やり連れて行かれたんだ。
最初からそこに行きたかったみたい。
でもさ、連れて行かれたのはミラルが働いている商店だったんだよ。何でとか色んな考えが浮かんだ。だってさ、着いてすぐに二人は仲良さそうに話をしだしたからね。振られたのかなって思って帰ろうとしたんだ。でも、ミラルに呼び止められたんだよ。
他人のイチャつく姿を見たくは……。
そう口にしようとした時だった。何かを決意したような顔でラメが俺の事を見ていたんだ。昔から見ていたはずなのに、見た覚えのない顔……真剣な表情で俺の右手を取ってきたんだよ。少しだけ力が籠っていて痛かったけど……すぐにその痛みは続いた言葉で掻き消えた。
「今でも私のこと好きでいてくれている?」
って、聞かれたんだ。
もちろん、好きだった。
でもさ、いきなり聞かれるとやっぱり怖気付いてしまうんだよね。何かを口にすることも出来ずに首を縦に振るしか出来なかったよ。そんな俺に対してラメは馬鹿にすることもせずに言ったんだ。
「なら、付き合お」
って、満面の笑みでね。
ミラルも共犯だったんだろう。二人きりでって商店の一室を貸し出してくれたんだ。そこで一晩、一緒にいてさ。昔のことを色々と話し合って、将来のこととかも話して……そうしている内にいつの間にかラメは寝ていて俺も次いで寝たっけ。まぁ、信じてもらえないと思うけど何もしていないよ。
それからは幸せだった、もっと強くなろうとも思った。
大切に想っているラメの隣にいるために、幼馴染として背中を押してくれるミラルのために、壊したくない未来のために……だけど、そんな平和も続かなかった。一人の糞野郎のせいで全てが壊れてしまったんだ。そう、ギドも大嫌いなディーニ・エレクによって。
ようやく書きたかった話(胸糞要素強め)を出せそうです。後残り一話か二話でシードの話は終わります。そこからは4章の終わりへと進んでいくので、ようやく本当の終わりが見えてきたって感じです。スランプももう少しで抜け出せそうな気がします。……こんな風にクリぼっちも回避出来たなら……辛いですね(笑)。
今年はもう出せないと思いますので来年。次回を楽しみにして貰えると嬉しいです。宜しければブックマークや評価などもよろしくお願いします! 増えるとすごく嬉しいです!
ではでは、良いお年を!