4章120話 ムカつくやつ
期限が無くなると書きたくなってしまいますね。
最初は何か分からなかった。
俺の頭の中に天使と悪魔がいて、その中の天使が最後まで抗えって口にしているのかな、とさえも思ったよ。そんなこと有り得るわけがないのに。それでも頭より体が先に動いていた。その一言が生きなきゃって気持ちを与えてくれたんだ。
風を切るように瞬間的に前へと突撃してゴブリンキングの股下を滑って避ける。ギリギリまで動かなかったからゴブリンアサシンもゴブリンキングも瞬時の対応が出来なかったみたいだった。すぐに振り返っていたけど俺の目的自体が撃破ではなく耐えることだったからね。睨みつけてきたけど怖くは無かった。それどころか……。
「感動の場面に水を刺さないでください」
そんな声と共にゴブリンキングが吹っ飛んだ。
誇張表現とか無しに本当に横に飛ばされたんだよ。一人の男の強烈な蹴りでね。ソイツは動かなかった俺を見下ろしていたんだ。何で動かなかったんだ、ってね。
何を返せばいいか分からなかった。
初めて抱いた『本当の死』だったからさ。今までどれだけ甘えた世界で生きていたんだって思えたよ。格上を屠ったことがあるとはいえ、それでも当時の俺達とゴブリンキングの差ほどはない奴らばかりだった。加えてゴブリンアサシンに対してもそうだ。姿が見えないことに対して初めて恐怖を抱いてしまった。
「いつまで座っているんですか。せっかく貴方の大切な幼馴染が助けに来たというのに」
責められるんだろうなって思っていた。
なのに、ソイツがしたのは俺への心配、そして手助けだ。立ち上がろうとしない俺の手を無理やり掴んで起き上がらせてくる。多少の怒りはあるんだろう、掴まれた手は少しだけ痛かった。
「なぜ、等という野暮な質問はしないでくださいよ。私と貴方の間柄に『どうして』なんて要らないでしょう」
ニコリと微笑んでくる。
俺の話題の引き伸ばしを無理やり止めてくる、そのやり方……何度経験して嫌な思いをして、それでいて助けてもらったか。……まぁ、お察しの通り助けに来てくれたのはミラルだったよ。本当はさ、自分の無力感を噛み締めなければいけないのかもしれないけど……その時の俺は違った。
「本当の『スケイル』が帰ってきたってところかな」
「今だけ、と付け足させていただきますけどね。幸いにガル様やウル様は負傷はすれどポーションで治せる程度でしたし、ラメに至っては自分で何とかしていました。少しの時間を二人で稼げば、アイツを何とか出来るかもしれないですね」
商人としての回りくどい言い方。
要は「私達ならば敵を殺せるから手伝えよ、馬鹿」って言っているんだ。本当に腹黒くて性格が悪い奴だと思うよ。さっきまで怖気付いていた俺を無理やり戦わせようとしているんだから。それでも、仲間としていてくれるのであればこれ以上に心強い存在はいない。一言、「お前がいれば倒せる」って言えば可愛げがあるのにね。いや、これくらいの性格の悪さが無ければミラルではないか。
動かないゴブリンキングから視線を逸らす。チラリと見えていたラメはもう全快しており先程に見えたはずの光景が幻覚に思えてしまったよ。話に聞いていただけのガルやウルの傷も治り切るのは時間の問題だったからね。それでもゴブリンの残党を倒しながら、となるから時間はかかりそうだったけど。さすがに全てを俺達が、何て完璧超人のようなことが出来るわけが無い。
俺は俺らしい戦い方をしなければいけない。
なら、俺はどうするべきか。……折角の鼓舞を受け止めて俺の調子を取り戻す。ギドと話したこともあるから俺がどんな奴かは軽く分かるだろ。割と俺と君は似ている気がするんだ。ミラルが君と簡単に仲良くなれたのも俺が関係しているんじゃないかって思って……いや、君まで強く首を横に振らないでくれないか!? 俺にも心というものがだな!
……ダメだな、どうしても俺は関係の無い話をしたがる人間らしい。君も俺やミラルと似ていてどこか性格の悪い人間のようだ。好きか嫌いかで言えばもちろん、好きだけどな。もっと笑いたいが……そんなことをしている時間もない。だから、続きを早く話すことにしよう。俺らしさを取り戻すためにはどうするべきなのか。……答えは一つしかないよな。
「五人で向かった場合の倒せる確率はどれくらいかな?」
「八割でしょうね」
「そう、ならさ」
冷静そうに返してくるのならば……。
どうしてもね、こういう時に限ってやり返したいって気持ちが湧いてしまう性が俺にはあるんだ。戦えなかった自分が言うのも何だけどカッコイイ場面を奪われてしまったわけだし。だから、聞かせてもらった。
「俺達が本気を出せばどのくらいになる?」
「……答えは分かっているでしょう」
俺らしさを取り戻すため。
そして、ミラルの気持ちを再確認するため。ちょっとカッコつけたとは思うが気にはしていない。それを話すとなると少し恥ずかしいけどね。そしてすぐにミラルは聞き返してきた。
「それで、どうしますか?」
「ミラルはどうしたい?」
少し嫌な気持ちを抱きながらも間髪入れず返す。
その返答は無意味だと分かっていたさ。だが、意地悪く聞いてくるのならば、こちらも同じくらいに意地悪く返すしかない。俺達の仲だ、どうせ、ミラルはフッと不敵な笑みを見せてから一言口にする。返ってきた言葉は予想通り……。
「シードと同じことを考えていますよ!」
「行こう!」
先に突撃を仕掛けたのは俺だ。
いつも通りに動いて時間を稼ぐ、ただそれだけ。残党程度ならば傷を負っているガルやウルでも何とかなると分かっていたからね。それならば俺達のしなければいけないことは隠れたゴブリンアサシンと、目の前の木偶の坊の注意を引くこと。今ならば背中を預けられるガルやウルでも当時の俺には任せきることは難しかったからさ。だからこそ、俺が唯一、背中を任せられるミラルが来たことはすごく嬉しかった。それはまた一緒に戦える今の状況でも同じことを思っているよ。
「まずは足を狙ってください! 注意はこちらが引きます!」
「分かっているよ!」
薄皮一枚を剥ぐ。
それに変わりはなくても次は少し違うところがあった。今度は足だけを狙ってより速度を落とす、このやり方はミラルが好んでいた戦法だ。今どうなのかは知らないけどね。どんなに遅かろうと速かろうと動けなくなればコチラの手が増えるから良いってさ。俺は一番良い手を、ミラルは選択肢を増やすっていう考えの違い方があったんだ。その時はミラルが指揮している以上、何をして欲しいのかは頭ではなく体が理解していた。
ゴブリンキングの足の皮を剥ぐ。
あわよくば貫いて穴を開ける。
無謀にも近い突撃、だが、何も恐ろしさはなかった。死ななければいくらでもやり直せるんだ。少しはカッコイイことをしないと俺はガルとウルに顔向けが出来ない。ミラルもいるんだから多少の無理はどうにでもなる。そんな俺を見て何かを察したのだろう、ゴブリンアサシンが首を狙いに来たが遅い。その時の敵は先と違って俺だけじゃなく、何にも変え難い大切な俺の幼馴染がいたからね。
「させないですよ」
姿を現したのは愚策だったんだ。
元より風魔法で強化した俺ならば足の速さでゴブリンアサシンに負けることはない。それでも俺が動かなかったのは知らない恐怖故だ。緩和される何かさえあれば止めることは出来ない。ゴブリンアサシンの振ったナイフは俺が加速したせいで空を切り、代わりに腹へと大きな何かが突き刺さった。
血が舞う、目の前が一瞬だけ見えなくなった。
俺にとっては好都合だ、それもミラルがくれた敵を屠るための機会だったんだろう。もし仮にこれを逃したとしてもきっとミラルが手助けしてくれる。そう思えずにはいられなかった。だって、今までだってそうしてくれたのだから。
ならば、俺は気負わずに行動すれば良い。自分の背負うものの比重が減りさえすれば動く選択肢は増やせる。そう考えると……先程の俺がなぜ戦うことを恐れていたのかが分からなかった。選択肢の少なさがそうさせたか、仲間の姿を見て無理だと悟ってしまったのか……どちらにしても、その時の俺には不安因子の両者が頭にはない。すべきことをするのみだ。
血の霧の中に隠れ得物を回す。
クイッと軽く回転を加えるだけで良い、残りは付与させた風魔法の力に任せるだけ。差し込みさえすれば足は貰える、なぜか、そんな自信が強くあった。そうだなぁ、今、あの時の技に名前を付けるとすれば……そう、螺旋突とかかな。少しカッコつけすぎたかもしれないけど。
そして……予想通りに刺さった。
目の前に走り込んでくると踏んで振り下ろしたであろう大斧も意味が無い。俺がしたのは先と同じこと、地面を滑りゴブリンキングに右足元に潜り込む。その時に見えたのは明らかに焦った表情だった。魔物にしては人間らしい気持ちの悪い表情。だが、興味なんて無かった。だって……俺達が死ぬか、ソイツが死ぬかの二択だったから。
突き出す瞬間、そこを間違えればやり直し。
でも、その時の俺は失敗しなかった。分厚く固いゴブリンキングの両足を俺のレイピアが貫く。それでも抜き切る事は出来ない。無理やりに滑り込んで隙を作っただけなんだ。数秒の時間さえ自分の身の安全を考えれば作ろうとしない方が良かったからね。
仕方なくレイピアを刺したままにゴブリンキングの背後に回り込んだ。冒険者になった時から使っていたレイピアだったからこそ、そのままにするのは辛かったけどさ。それでも命に代えられるものはない。泣く泣く捨てた愛武器はすぐにバキリと嫌な音を立てて折れてしまう。だが、それをするだけの価値は間違いなくあった。
折れてしまったせいで抜けない刃。
右足だけは持ち手があるから抜けるかもしれないが、馬鹿力のゴブリンキングには難しかったみたいだ。抜き切る事さえ出来ずに足に刃の一部が刺さったままになってしまっている。刺さったままだと走ることさえ痛みで辛いだろう。ましてや、俺の程度の低い付与とはいえ風が纏われているレイピアだ。足の内部から飆によってズタズタにされている。
すぐさま自身の状況に気が付いたようだが……。
そのまま走り逃げようとゴブリンキングはしたが出来るわけもない。ほぼほぼ痛みで使い物にならなかったんだろうね。走る構えを取った途端に苦痛の表情と共に腕から倒れ込んでいたよ。それに足が無くなったに等しいゴブリンキングを易々とミラルが見逃すわけもない。
へたり込むゴブリンキングへと飛んだ。
逃がさないと言いたげに得物で左肩を切り付ける。それでもさすがはゴブリンキング、一発では半分にすることは出来なかったようで左腕だけを切り落としていたよ。すぐに危険だと後ろへ最後の力を振り絞って足で飛んでいたし。まぁ、そのせいでもう足はお陀仏になっていたけどね。
それでもミラルは猛攻を辞めない。
徐々に距離を詰めて行き得物の刃を向ける。冷静ではあったんだろう、一気に詰めてはいなかった。どんな最後の手段があるか分からないからね。……それでも一瞬だけ見えたミラルの目には明らかな殺気が篭っていたからさ、俺も何かを察してしまったよね。普段のミラルとは似ても似つかない威圧を体現したような姿があったんだ。仲間がボロボロにされたからか、それとも……まぁ、そこはどうでもいいか。
ミラルの一閃。
だが、それは外れた。最後の力を振り絞ったんだろう。ミラルのいた方へ腕の力だけで飛んだかと思うと何かを投げつけてくる。それを見て俺も再度、体を動かし投げられたそれを地面へと叩きつけたが……悪手だった。
結果論でしかないけど投げられたものはゴブリンアサシンだったんだ。死体ではなくまだ息のある魔物……目の前が真っ赤に染まったかと思うとゴブリンキングはすでにどこかへと移動を終えていた。移動した場所がどこか、それが一つの悲鳴で分かってしまう。
……未だに回復し切っていないラメだ。
少しばかり付け足しですがシードは決して戦闘面でガルやウルを信頼していない訳ではありません。長年の付き合い上、ミラルの方が癖も理解しており合わせやすく、また不遜さに負けないだけの強さを持っていることも理解しているだけです。読んでいてその要素が足りなさそうだったので後書きで付け足させてもらいます。
次回の投稿日時もまた書かないようにします。『書かないといけない』というプレッシャーが自分にとっては悪い方に進んでしまうようで、『今日書けないから明日にしよう』と思える今の方が伸び伸び書けて楽しいんです。どこか、そのまま書かなくなるのではないかと思う自分もいますが……。
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