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4章117話 無欲という名の強欲

かなり長めです

「……これで終わりかな」

「はい、規定量は完成ですね」


 ギドの前にある机、そこに並べられているポーションの瓶の中に新しく作られたものが置かれた。見てすぐに分かる圧倒的な数、勉強机よりも少し大きめなそれが覆い隠され物を置くスペースが無いほどになっている。


「……しっかりと三百、確認させて頂きました」

「これでも……少し物足りない気がするけど。まぁ、最悪は在庫から出すつもりだから何とかなると思うよ」


 置かれた三百のポーションが消える。

 ギドのポーションはそこらのポーションよりも効力が高い。ギドが所属している商人ギルドが月一で契約するほどに、売れば数十分で在庫が無くなるほどに儲けのある道具だ。一つ売ったとして大金貨が何枚になるか、といった一つの財を築ける宝の山。それらを何に使うのかをギドは知っているからこそ、何も言わずに頷いている。


「ローフに恩を売るんでしょ?」

「……バレてましたか。まぁ、私の考えなんてマスターには筒抜けでしょうが……少しだけ悔しいです」


 ローフに恩を売る、そうギドは言った。

 悔しいと返すイフだが表情にそのような感情は見受けられない。どちらかというと最初からバレていたことを知っていたような、普段と変わらない笑顔を浮かべている。ギドも顔を見て少しだけ悩んだ素振りをしてから口を開いた。


「うちのメンバーだけなら予備で何とかなるだろうしね。となると、外部の人間のために急遽、作らなければいけなくなったって考えるのが当然だろ。金ならあるからケイさんに売るとかも無いから、それなら冒険者ギルドしかないよなぁって」

「お見事です、完全にその通りですね」


 イフの表情に驚きはない。

 飄々としており何もせずに座るギドの隣にいる。それをチラッと見た後、はぁと小さくため息を吐いてから立った。どうするか、そんなことを考えたが何も思いつかない。それでもボケーッとするのはギドからすれば一番にしたくない行為だった。


「ソワソワしてますね」

「うん、ポーション作りが終わったのなら他にやらなきゃいけないことを探さないと。やらなくていいと言われてもどうしても、ね」


 体に異変があると言われても、だ。

 そうだとしてもギドからすれば、自分が始めた事に対してギド自身が活躍しないのは間違っていると思えてしまう。文化祭とかのように誰かが決めたことを皆で何とかしようとしている生徒の立場がギドなのではない。その決めた存在が自分自身なのだ。


 それでも戦闘は少し怖い。

 ポーション作りでさえもギリギリだったというのに戦いともなると……イレギュラーが無ければステータスのゴリ押しで何とかなるだろう。だが、もしもギドの知りえぬ何かが現れてしまったとして、安全に戦うことや逃げることは出来るのか。そう聞かれてしまうとギドは首を縦に振れなかった。


 なら、何をするか?

 制限があればあるほどに何も思いつかない。立ったはいいが何も行動に移せていないのはその制限のせいだ。いつもなら元気よく次は戦闘などと言ったようにテキパキと動けるのに。ギドの頭の中に小さな焦りが現れた。ただの指示待ち人間ではないからこそ、どうしても指示を待たなければ何も思いつかない自分が悔しいのだろう。


「それならこのまま私と一緒に冒険者ギルドまで行くのはどうですか? どちらにせよ、渡しに行くのは決まっていたことですし、他にマスターも安全に出来そうなことがありませんので」

「……なるほど」


 笑顔で話すイフにギドも小さく笑みを返した。

 確かにそれならば今のギドであっても容易に出来ることだ。体に異変はあっても今までやってきた交渉術に弊害が出ることは無い。考えれば考えるほどに他にやれそうなことも無い、そう思い十数秒だけ悩んだ後に首を縦に振った。


「それでいこう」

「分かりました、どうせ行くのであれば早く行きましょう。準備は良いですね?」

「もちろん」


 イフの手を握るギド。

 その二人の体がボヤっと淡い白い光に包まれる。徐々に徐々に包まれていく範囲が広くなり、全体まで及んだかと思うと……二人の姿は地下室から消えていた。瞬き一つで一気に景色が変貌してしまうのだ。本当に恐ろしい魔法である。だが、その恐ろしさを感じたのは飛んだ二人では決してなく……。


「こ、これは驚きましたね……」


 飛んだ場所である冒険者ギルドマスターの部屋にいたミラルだった。普段の冷静を保つ声ではなくどこか変に高くなってしまった、動揺を隠せないそれを喉から出してしまう。それも仕方の無いことだ。別に室内にいたのがミラルだけであったわけではない、単純に飛んだ位置のせいだろう。


「……少しだけ位置がズレてしまったようです」


 小さなイフの声。

 変な抑揚こそないが話したセリフ通りイフは少し焦っていた。二人が飛んだのはミラルが座っていた椅子の前の机の上。飛ぼうとしていた場所とは数センチしか違わない場所とはいえ、イフにしては珍しい失敗だろう。


 それを何か言うわけでもなく見るミラル。

 そんな静寂が数秒だけ続いた。はぁと大きなため息が聞こえる。それを出したのは偉そうな、それでいて高そうな椅子に深く座る男、冒険者ギルドマスターのローフだ。


「いきなりの登場だな」

「まぁ、どんな天才であっても失敗はありますからね。机代を払うのでうちのイフを許していただけると助かります」

「……別に気にしないがな」


 ローフが面倒臭そうに頬を掻き書類を机に置く。

 その数、かなりのもので高さだけで四十センチは軽く超えていた。そのまま椅子を動かしギドの方を見てから再度、大きくため息を吐く。


「悪いが座る場所はない。ケイやミラル、そしてスケイルの三人全員が揃っているからな。少し時間を貰えれば席を持ってきてやれるが」

「いえ、自前があるので大丈夫です」

「……だろうな、お前のような空間魔法使いがそういうものを持っていないわけが無いもんな」


 ローフが乾いた笑みを浮かべる。

 飛んできた場所は非常識とはいえ、魔法国の家というかなりの距離を一瞬で飛んできた二人の空間魔法の性能は疑う余地がない。軽い皮肉混じりの言葉を口に出してからギドに指で座るように合図した。


 それを理解してか、椅子を出し腰を下ろす。

 冒険者ギルドマスターの訪客を招く高いソファに負けず劣らずの椅子だ。それを見ると余計にローフのため息を強くさせてしまう。別に羨んでいるなどのマイナスな考えがあるわけではない、どうしてもマイペース過ぎる二人に頭が痛くなってしまうだけだ。


「長い間、眠っていたようだが体調はどうかな」

「僕の方は良い感じです。少しだけ魔力に難がありますが回復は時間の問題かと」

「そうか、それは良かった」


 ハッハッハと豪快な笑い声を出した。

 それでも心配そうな視線をギドに向けイフの顔を数度、チラと見ている。イフはそれに気がついたのだろう、咄嗟にニコリと微笑み首を縦に振って見せた。全ての不安が取り除かれたわけではないが納得したようでローフも笑い返す。


「実はな、俺も目覚めたのは一日も経っていなくてな。この書類を見てくれ。起きたての俺にここまでの仕事を押し付ける鬼が五人もいるんだぜ」

「それがギルドマスターの仕事では?」

「元も子もねぇことを言うなよ」


 軽口を返したギドにローフは笑ってしまう。

 イフに返したような愛想笑いとは違う、心の底から嬉しそうな笑みだ。釣られてギドもハハと隠さずに笑い声を上げた。他の皆も微笑みはしたものの笑い声をあげたものはいない。ここで声を出すのは無粋と感じたからだろう。数秒間、笑った後にギドは少し心配そうな視線を向けた。


「それでも倒れてはいけないですよ。仕事とはいえ、やることは数えられないほどありますから」

「確かにな、だが、ケイであっても冒険者ギルドを動かすことは難しい。俺にしか出来ないことなら無理してでも俺がやらないといけねぇだろ。それに体調は、お前の仲間に回復魔法をかけてもらったおかげか、倒れる前よりもいいしな」


 ローフの言葉に「確かに」と返す。

 回復魔法と言ってイフを見たことを察するにそれをしたのはイフだろう。間違いなくギドも含めてギドの仲間はチートと言っていいほどに強い存在が多い。中でもイフはギドよりも上の存在だ。そんな存在から回復魔法をかけられたのであれば、そんな不可思議なことが起こっても不思議ではない。


「……と、まぁ、雑談はここまでにしよう。それで何の用だろうか。俺と同じく眠りについていたギドが来ているのだから、どうでも良い話ではないように思うのだが」


 さすがに雑談をするだけに時間は取れない。

 それは積み重なった書類から見ても納得出来る話だった。用がないのなら終わらせなければいけないことを済ませて、その後で話せばいいだけのこと。仲が良くなったとはいえ、この緊急事態時においてギドのためだけにローフは時間を割けなかった。


「ええ、確かに今後に関わる話ですね。……単刀直入に言います、今回は交渉で来ました」

「交渉……なるほど、俺らのギルドに飛んでくるということは俺達との交渉ということで間違いないか?」


 ローフの言葉にギドは肯定した。

 その素振りを見てから少し悩んで見せて、ローフもすぐにニカッと笑みを浮かべる。少しだけ強面のせいで恐怖を感じるような笑みだ。どこか、そちら側の人達のような凄みを感じてしまう。


「それならば早く交渉を進めよう。運が良いのか悪いのか分からんが、その道の存在が二人もいるわけだからな。対等な立場で、平等に進められるだろうし」

「ああ、その心配はありませんよ。交渉とは言いましたが今回は物を貸し渡すと言った方が正しそうですし」


 ローフの顔が困惑に染る。

 貸し渡す、と言われてもローフにはピンとくるものがなかった。今は準備の真っ最中、腕のある冒険者のいくつかに声をかけ必要なものは大概、ケイ経由で揃えた後での言葉だ。他に必要なものがあるのか、と首を傾げてしまうのも無理はない。


「して、その貸し渡そうとしているものはなにかな。貸し渡すということは消耗品では無いのだろうし、武器となると個々での愛用している得物があるから意味は無いだろう。なら」

「いえ、消耗品ですよ。僕が貸し渡そうとしていたのはポーションです」

「は? ポーション?」


 素っ頓狂な声が勝手に出てしまう。

 それだけローフにしてみれば意外なものだったのだろう。だが、嫌がる様子はない。少しばかり考えた素振りを見せて「ふむ」と小さく声を上げて笑みを見せた。


「そこまで言うのならかなりの質なのだろう。ポーションに関しては余って損がないからな」

「ええ、僕が作った一級品ですよ」


 僕が作った、それを聞いた途端にケイとミラルの表情が一変する。どこか焦りを覚えたような顔付きで様子を伺いながら何かを言おうとして止めていた。


「……して、二人はどうしてそんな顔をしているんだ?」


 それを見たからだろう。

 ローフは二人に対して疑問の声を出した。二人もまさか話を振られるとは思っていなかったようで一瞬だけ驚いた表情を見せる。それでもさすがは商人、小さな呼吸を一つしてすぐにそれに対する言葉を考えついた。


「彼のポーションがかなりの物だからです。それこそ商人として喉から手が出るほどに」

「……そういえばそうだったな」


 嘘をつけない状況。

 ミラルは素直に自分の気持ちを伝えた。一度、ギド作成のポーションを買った時に品質の差を知っている。そして、それがどれだけ高価で使い道が多いかが分かっているからこそ、貸し渡すと言われて何とも言えない表情を無意識に浮かべてしまった。


 商人としての悪い癖だ。

 師と弟子ということもあってか、無意識に同じ顔を浮かべてしまったのかもしれない。そんなことをギドは考えて頭を振った。商人としての凛々しい二人しか知らないからこそ、あの時の顔を思い出すと笑えてしまうからだ。


「余れば買い取れば良いだろうに」

「シード、儲け話は逃さないようにしなければいけないんだよ。……今回に関しては話を折る結果になってしまって申し訳ないと思っています」

「いや、僕の品を評価してくれるのは有り難いですからね。後でそれに関して話をしましょうか」


 ミラルに笑いかけてローフに視線を戻す。

 ローフは悩んだように顎に手を当てていた。


「要らない話でしたか?」

「いや、お前のポーションの凄さは俺も感じたことがあるからな。緊急時がいつ来るか分からない状況において持っていて損は無い。ただ……」

「ただ?」


 聞き返すギドにローフはフンと鼻を鳴らす。


「あまり金がない。だから、買いたくても買えないってことだ。俺が領主を逃がさないために声をかけた冒険者を雇うには大金貨百枚で足りるかどうか」

「ああ、そのことですか。買取金に関しては別に後回しでいいですよ」


 ギドの言葉にローフは変な顔をした。

 肩透かしを食らった……のはもちろんのことだが、何を言っているのか分からないと言った感情も含まれている複雑な表情だ。ギルド相手に商売をするのもそうだが、別にお金は要らないという話は普通の商人では決して有り得ない話。領主を倒せる確証すらも危うい、儲けを確保出来るかも分からない……だと言うのにギドは気にした様子もなく飄々としているのだ。


 こんな顔をするなという方が無理な話だろう。

 何万という人を見てきたローフでも初めて会うような掴めない人。稀有な強き者であることは知っていても、ここまで何度も驚かしてきた人はいない。普通ならば疑ったりするのだろうが……ローフにはそんな考えすらない。酷くおかしいと言わんばかりに大きな笑い声をあげギドを見詰める。


「いいんだな? 契約書を作成するがそれでも今の発言は撤回しないな?」

「ポーションなんて作ればいいだけですから。それよりも貴方とケイさんに恩を売った方が利益が出ますよ」


 なぜ、そんなことを聞くのか。

 そう言いたげに返すギドにローフは何も返せなかった。その言葉は間違いなく嘘偽りない心からのもの。色々な考えが頭を巡る。油断をさせるための罠……そこまで行ってローフは考えることをやめた。


「なら、契約書はなしだ。借りれるだけ借りよう」

「それは……!」

「シード、ここでそんなものを作ってしまえば俺はギドとの生死を分けた本気の戦いに泥を塗ってしまうことになる。ワガママだと何とでも言え。それで裏切られたのなら俺に後悔はねぇよ」


 何百という冒険者を束ねるローフ。

 そんな存在が口にしては決していけないような重い言葉だ。失敗すれば、裏切られてしまえば全てを失ってしまう可能性すらある。なのに、後悔すらないとまでローフは言い切ってしまったのだ。それだけの存在であるとギドを認めたということだろう。


「それにな」

「はい」

「俺の立場一つで起こるかもしれない死の危険性を一つでも減らせればいいだろ。死ななければ何でも出来るんだ、俺をナメるなよ」


 不安そうなシードにそう返すローフ。

 二人の会話を無視するようにギドは自分達が立っていた机にポーションを並べた。大きめの商談する出来る机だと言うのに端から端まで埋め尽くされてしまう。それだけの圧倒的な数を見せられ、それでいて明らかに濁りすら見えないポーションを並べられ全員が言葉を失ってしまった。特にケイとミラルはハッと息を飲んでいる。一瞬にしてそれらの価値を理解したからだろう。


 仮にSランク冒険者パーティ四つを大金貨百枚で雇えたとしよう。これらは莫大な大金貨百枚が端金に感じられてしまうほどのものだった。それを貸し渡すというギドに何を言えばいいのか分からない。……だとしても、そんなことはギドにはどうでもよかった。イフに視線を向けたかと思うと笑って言った。


「親しき仲にも礼儀ありと師匠は言いました。ローフさんが良くても僕にはシードさん達の不安は分かりますからね。なので、契約書は作りますよ」


 イフの手から渡された一枚の紙。

 それを受け取り目を向けた瞬間にローフは驚愕した。


「……本当にこれでいいのか?」

「はい、何度も言いますが無ければ作るだけです。それ一つで危機が回避出来るのなら貰い物ですよ」


 ローフの言葉を返すギド。

 その契約書に書かれていたのは……()()()()()()()()()()()()という一言のみだった。

忘れていたのですが前話で二百五十話を超えていたんですね。マイペースに書いていましたがここまでの数字を見ると長い間、書き続けていたんだなと感慨深い気持ちに襲われます。その中で何個の色々なネタを入れてきたのか……被らないように気をつけようと思います。


また次回はもしかしたらスケイルの三人とケイ、そしてミラルの関係性や過去を書くかもしれません。少なくとも次か次の次くらいには書く予定です。軽く出していましたが緩い話ではなく胸糞に近いものなので書く際には前書きで警告させて頂きます。これからはちょこちょこギャグやユルい話ではなく胸糞系の話も混ざると思いますので、苦手な方はご注意ください。


後十数話だけ拙い三人称ですが4章を楽しんで貰えると嬉しいです。次回も一週間以内を目指して書こうと思っています。ブックマークや評価なども宜しくお願いします!

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