4章115話 女子は怖い
「とりあえず談笑は終わりにしましょう。マスターも起きたばかりでお腹も空いているでしょうし」
ビンタをしてスッキリした顔のイフの一言によってギドは連れて行かれる。短い距離だというのに、逃がさないと言わんばかりにミッチェルとアキに両腕を捕まれ、連行される形で食堂へと入っていく。内心は「俺は無実だ」と言いたげに不服そうな表情ではあるが、それを発した瞬間の皆からの冷ややかな視線を想像した結果、ギドにはそうする勇気は湧かなかった。
逃げ出す意思がないとしても皆からすれば関係がないのだろう。未だに大きな胸を強く押し付けるばかりで……それに気が付いたギドは一瞬だけ口元をニヤつかせたが、バレたのか、力強く席に着かされ苦痛の表情を浮かべた。よく分からないが古傷が開いたのだろう。そうした二人の顔は素知らぬと言った感じで仕方が無さそうにギドは無言を貫いた。
少しだけ待たされてから食事が目の前に運ばれてきた。
「……ありがとう」
「感謝してくださいね」
先程のせいでギドは一言で済ませた。
言いたいことは沢山ある。でも、余計なことを口に出して再度、ビンタされるのは嫌だった。エッチなことを考えて古傷が開くのも同じくだろう。だから、代わりに笑顔を浮かべて首を縦に振った。イフの上から目線の言葉、最初こそは少しやり返したい気持ちが湧いたギドだが、それも出された食事を見て止める。
時刻は八時を回った頃。
いつもなら食事が終わり、そして片付けすらも終わっている時間だ。だと言うのに、ギドに出された食事は一から作ったであろう粥、中に入っているのも白身魚や鶏肉といった消化の良いものばかり。見れば分かる、手間を惜しむことなく作り上げたものであることくらいは。そしてこの料理もイフの照れ隠しだということが重々と。ならば、ギドが言うことは一つだけだ。
「……うん、美味しいよ。さすがはイフだね」
「あら、私が作ったのが分かっているんですね」
酷く意地悪な言葉が返ってきた。
数十秒という短時間で食事を作れるだろう人物は料理に長けたミッチェルか、もしくは精密な動作を同時に行えるイフのみ。そしてミッチェルはずっと座るギドの隣にいたのだ。分からない方がおかしいと言えるものだろう。
でも、深くは話さない。
ただ黙々と味蕾で感じながら感謝し食すのみ、もしも変なことを発してしまえば同じ失敗を繰り返すだけ。イフは変わらず優しいが、今日のイフは安心半分の怒気半分といった感じだ。触らぬ神に何とやら、おかしなことを口には出さずに時折、美味しいとだけ口にして全てを食べ切る。
味は……言わずもがなだろう。
スキルである料理を持ち、機械のように正確な味付け、それでいて人間らしく好みによって多少の工夫を入れている料理。ギドの口に合わないわけもなく、それどころか少し涙ぐむくらいには美味しい。ましてや、よくギドを理解しているからか、少量の野菜の塩漬けなどがお椀の端に盛り付けられていた。少し多めではあるが飽きなど来やしない。
「美味しかった」
「ふふ、良い食べっぷりでしたよ」
完全に怒りが消え……たわけではないが嬉しそうにイフは返した。アキやアイリなどは口元を隠して笑っている。主に食べている間も壊れたように「美味しい」としか言わなかったからだろう。笑みが零れてしまったのは安心感が急に訪れたのもあるかもしれない。
「……片付けてきます」
「ありがとう、ユウ」
「……居候ですから」
変わらずユウは距離を置いたような言葉を使う。
それでも表情は模擬戦をする前とは変わっていた。多少、柔らかくなり安心しているような顔をしている。それを見てギドはユウに笑いかけた。自分のおかげとは言えなくても悩んでいたユウが過ごしやすい環境を与えられていることが嬉しかったのだ。ユウもそれを見て笑い返す。
「片付けさせるとは良いご身分ですね」
「うん……一応は僕の家でもあるからね!?」
「いえ、マスターと愉快な仲間たちの家ですよ」
じゃあ、良いご身分でも良くないか。
口から出しそうになったがグッと堪えた。イフの喜ぶ姿を見て口に出すのが得策ではないと感じたからだ。それにユウの笑顔を見た後ならどうでもいいと思えてしまった。だからか、ギドはそのまま笑って誤魔化す……と、そこで何かを思い出したかのように真面目な顔をした。
「あの……真剣なマスターも好きですが……」
「いや、違うよ。というか、僕の言いたいこと分かっているんでしょ」
「ええ、心が通じていますから」
悪びれた様子もなく返すイフ。
心が読まれている、だとすると先程の反論も聞かれているのではないか。そんなことが一瞬だけ頭を過ったがすぐに払った。今、聞きたいことはそれではない。
「他の皆様はもう目を覚ましています。それに危惧されているであろうことは未だ起こっていません。今は準備段階の七割を終えたってところですので、やることは山ほどありますよ」
「なるほど……」
ロイス達がいないのもそれが理由だろう。
こんなに朝早くから……と、ギドは自分が倒れてしまったことを申し訳なく思った。自分が三日も寝ていなければ他の皆への負担はもっと軽くなっていたはず……そう考えると体が勝手に動いてしまう。そしてーー。
「へぶしっ……」
「まだ動いてはいけません。外へ出る作業は起きたてのギドさんには任せられません」
隣に座っていたミッチェルにビンタされた。
飛んでいくほどの力は入っていないが、それでもヒリヒリとする程度には痛む。氷が入った袋を間髪入れずに出すあたり、さすがはミッチェルと言えるがギドからすれば恐ろしく感じた。
ーー僕が見えないほどの手刀……ーー
ここで成長を感じることになるとは。
ギドの額から嫌な汗が流れる。敵は何も一人だけではないのだ。そう考えるとミッチェルの反対側に位置取るシロさえも味方では無いのではないかと焦りを覚えてしまう。
「マスターにはマスターのやることがあります。私と共にやって、外のことは他の皆に任せましょう」
「……でもさ」
「でも、ではありませんよ。言っては悪いですがマスターの魔力の流れが少しおかしくなっています。頼む仕事に関しては変わりなく出来るでしょうが戦闘などに関して言えば……逆に足でまといになりかねません」
魔力の流れがおかしい。
その点においてはギドも理解出来た。未だに上手く扱えない魔眼、それに規定量以上の魔力を外に出せない。この二つだけは日常的に発動しているか、もしくは体に纏う魔力の膜を作れないことから不思議には思わなかった。
悩みはする、任せきってもいいのか、と。
別に任せることは何も問題は無い。確かに仮定の話ではあるが戦闘中に魔法が使えなくなったり、逃げるために転移を使おうとして傷を負ったりなど、普段通りのことをして皆の手を煩わせてしまう可能性はゼロではない。むしろ高いことを踏まえると本末転倒になりかねないことを無理やり通そうとするのはギドの意思にも反する。だが……。
「皆のことは信じているんだけどさ、僕だけ簡単な仕事でいいのかなって」
「え? 簡単な分だけ量がとても多いですよ? 何を言っているんですか?」
「へ……?」
素っ頓狂な声が出てしまう。
簡単な分だけ量がとても多い……そう言われてイフの顔を見る。ただ美しい顔の口元を動かして笑みを浮かべているだけだ。だが、その感想はイフという存在を知らない人からすれば、だろう。ギドの目には到底、そうは映らなかった。
そう言えばと何かを思い出しガタガタと震え出す肩。
ギドの目に映る笑っていないイフの目。
「さぁ、行きましょうか。朝も早いですからね。皆は皆でやることがあります。起きたことを喜ぶのは全員が集まった時にしましょう」
「あの……えっと……」
「逃がしませんからね」
最大級の笑みを間近で見せギドを連れ去るイフ。
誰か、誰か、とギドは皆に視線を向けるが逸らされるか、満面の笑みを浮かべられるだけで誰も助けようとはしない。
「誰か! 助けてくれ!」
無慈悲にも閉じられた食堂の扉、小さな声だけがそこに響いた。
◇◇◇
「それではやりましょうか」
ギドが連れて行かれたのは見慣れた部屋。
というよりも、少し前まで居た場所でもある。暗く日光すら届かない室内、香る薬品の匂い、未だに残ったままのアキの血の香り、ベット代わりの棺桶、そして通常のベットが一つ……いつも寝泊まりしているギドの地下室だ。
「えっと……」
ギドから困惑した声が漏れた。
それも無理はないだろう、ギドの目の前に置かれたのは百は軽く超える空瓶達。それらから何食わぬ顔で一本、手に取って作るように差し向けてきているのだ。これらを全て作り上げるのか、そう考えると頭が痛くなってくる。イフに助けを求める視線を向けたが変わらず笑みを浮かべるばかりで返事はない。
「……これをやればいいの?」
「ええ、病み上がりとはいえ、この程度ならば魔力を使うだけで魔力の流れなどは、さほど影響がないでしょうからね」
天使とも悪魔とも取れる笑み。
少しだけ言いたいことがギドにはあったが、それを飲み込んでイフの手から空瓶を受け取る。どちらにせよ、何もやらないという手はギドには無かった。それにポーション作成とは言え、この仕事に関しては自分やイフの右に出る者がいないことは理解している。多いのも……信頼のうちと思うしかない。
「大丈夫です、最初は体のことを考えて一本ずつ作っていきましょう。魔力が少なくなれば私の血を飲ませます。こう見えても普通の食事をし始めたおかげか、体臭もするようになりましたし血が鉄の味をし始めたんですよ」
そんなギドの気持ちを察してか、イフが話す。
イフの体は人のものであって人のものではない。
人によってはホムンクルスと呼ぶのかもしれないが、それもまた不鮮明だ。というのも、イフの体を作り出した方法は禁忌に指定されるほどの魔法。ギドですらも知るのはよろしくないとイフに言われるほどの力だ。
そして、そう呼ばれるだけの効果がある。
主にイフが今、話したことが違いだろう。ただの不完全な創作物に過ぎないホムンクルスでは、魔石などで核を作らない限り自力で魔力を作り出すことは不可能だ。それに核を作ったところで中身の魔力を使い切ってしまえば生命活動すら怪しくなってしまう。人間らしい身体的特徴など以ての外だ。
それに引き換えイフは違う。
顔こそ作られたような美しさはあるが自分自身で魔力を作り出し、睡眠をとることで回復したりもする。汗をしっかりとかき、体から発する匂いすらも人と大して変わらないのだ。……だからだろう、この人体を作り出す魔法が禁忌に指定されたのは。考え方一つで如何様にでも悪用出来る魔法をミスミスと許す馬鹿もいない。
とはいえ、ギドからすればそれは関係の無いことだろう。イフの話を聞いてもどこか上の空、今からやらなければいけない仕事の量に唖然とするしかなかった。それを息子を見守る母のように見詰めるイフ、不意に何かが途切れたのかギドを抱き締める。
「休みたくなったら休んでください。さすがに意地悪が過ぎましたから、して欲しいことがあれば何でもしてあげますよ」
「何でも……」
何でもしてあげるという甘美な言葉。
目の前の色気すら感じるほどの綺麗な女性を目の当たりにして、変な考えが浮かばない方がおかしな話だろう。だが、ギドはその考えをすぐに消し去った。嬉しいことではあっても問題点がそこでは無いことに気がついたからだ。
「……それなら頑張れそうかな。これも一種のデートだと思えば嫌な気も起きないし」
「それは良かったです。嫌なことがあればすぐにでも、『大丈夫? おっぱい揉む?』といった感じで私の胸を差し出す準備は整えております」
「うん! それは別にいいかな!?」
即座に否定してポーション作成を始めるギド。
そして、それを見ながらも「マスターはおっぱいよりも好きなものがある」とメモし始めるイフ。変な関係ではあるが最終的にはイフも笑顔のままでギドに寄り添ってポーション作成を見守り始めた。
三人称で書けば一人称で書きたくなり、一人称で書けば三人称で書きたくなってきます。とはいえ、もう少しだけ4章が続くのでギド視点はまだまだ先かなと思っています。仕方が無いので時々、気晴らしに書いているカクヨムの作品の方で我慢することにします。
次回は一週間以内に、出来そうなら日曜日あたりに出せるようにしたいなと個人的に思っています。ブックマークや評価などもよろしくお願いします!