4章113話 愛という名の恐怖
少しだけ緩めの話です
「……うぅ……あぁ!」
何か酷い夢を見ていた気がする。
そう言われてもおかしくないほどに大きな叫び声をあげてギドは目を覚ました。寝起きとしては最悪と言ってもいい。その額には大粒の汗が流れており寝ていた時の荒れようがよく分かる。目を大きく開き腕で額を拭う。筋肉痛の時のように上手く扱えないようでぎこちなさが垣間見える。時折、痛みからか口元を歪ませてもいた。
「これは……知らない天じ……いや、全然、知っていたわ……」
有名なネタを口にしかけたが取り消した。
見知らぬ天井、では無い。よく知っている天井、いや、部屋の構造と言った方が正しいか。目を覚ましたての回らない頭であれども記憶から何処かはさすがに分かる。ここは自分がいつも寝て起きてを繰り返す自室、もとい作業室だ。となるとーー。
「……って!」
ガバりと体を起こし周囲を見る。
何かに気が付いた様子だが無理やりに起こしたせいで傷が軽く開く。未だに魔力をゼロまで使い切った弊害が残っているようだ。普通ならば一夜眠るだけで治りきる大怪我でさえも、今は治癒の半分すら届いていない。それも少しだけ残る魔力の残滓や血の香りからして怪我を治させようとしてこれだったのだと推測が出来る。
「つぅ……あー……やっべぇ、頭痛がするし魔眼が使えないしで……僕の体、酷いことになっているな、うん」
現状を確認すればする程に過酷さが思い出される。
いつもならば勝手に起動される鑑定なども視界には映っていない。それどころか、魔力を流そうとしても魔眼の魔の字すら姿を表さないのだ。常時、止まない頭痛も魔力切れを起こした証。治そうにも怪我とは違って完治は難しい、もちろん、楽にすることは可能だが……。
「限界があるよなぁ……アキの血を飲んでこれみたいだし……」
微かな血の香り、その匂いをよく知っている。
……香りだけで誰のものか分かるのは、かなりの変態……もとい、ワインソムリエならぬ血液ソムリエとしか言いようがない。いや、どんな言い方をしたとしても数回、飲んだだけの血液の香りでアキのだ、と特定出来るのは気持ちの悪い変態としか言えないか。……だが、そんなことは当の本人には眼中に無い。それだけ頭痛などが酷いのだろう。
無作為に異次元倉庫の中を確認する。
一覧が綺麗に纏められているところを見るとしっかりとギドが整理整頓しているのだろう。
「イフに感謝だな」
一切、そんなことは無かった。
それらをしてくれたのはジェバンニ、いや、イフという常人離れした化け物だ。この一覧さえも一分とかからずに作り、コンピュータのファイルのように纏めてある。例え空間魔法を使える稀有な存在であろうとも、ここまで有用に扱えているのは数えられる程度。ギドはその事実を知らないだろうが……。
その一覧から一つのファイルに指を当てる。
回復用(ギド専用)と書かれた一際目立つ欄だ、一覧を開いただけでそこだけがピンク色で塗られハートマークを散りばめられた恥ずかしさをも覚える場所。そこに置かれてあるのは他の物とは比べ物にならないほどの回復効果を持つポーションと、そしてフェンリルとギド以外のザイライのメンバーの血が入った瓶だ。それを見ただけでギドには分かる。
「心配……かけちゃったなぁ……」
名前の欄を軽くタッチしてため息を吐く。
ある程度のロックはかけられていてもファイルが作られた時間やアイテムが入れられた時間、そして誰が作ったか、誰のものかが分かってしまう。だからこそ、ポーションが誰の作ったものかなどは一発で理解出来た。
「イフ……ありがたく使わせてもらうよ……」
中から一本のポーションを取り出す。
色は無くドロリとしたポーションならではの特徴すら無い。蓋が開けられる、が、匂いも無い。これを見ただけでは水と言われても怪しみはしないだろう。逆にポーションだと言われれば二度見するくらいの秀逸な出来。
それをギドは気にせずに喉へ流し込んだ。
猛暑日の中で買った冷えた飲み物を飲むかのように、起きたばかりで乾き切った喉を潤すために一気に飲み込む。味は……良くも悪くも無い。……いや、違う、ギドはすぐに首を振った。
「飲みやすくしてくれたのか」
自分を労わっての作品。
味も香りも今のように起きたギドが簡単に飲み込めるように無くしてあるのだ。弱っている体では普段、飲んだり食べれたり出来るものすら喉を通らない可能性があることを見越して近付けた水の味。見た目や香りは水、だが、その効力は間違いのないものだった。
飲みきった後に湧き上がる腕への力。
上半身を起こすのですらギリギリだったはずの腕が一瞬、ズキリと痛むがすぐに止む。頭痛は……少しだけ楽になった程度だろうか、病みはするようだが手で頭を押さえることが無くなった。未だに魔眼は使えていないようで小首を傾げるが、それも時間のうちだろうと考えるのをやめる。
「……強かったなぁ……」
体を再度、ベットに預けたギドが呟く。
思い出されるのは人間としての自分の本気を出したローフとの戦いだ。ゆっくりと目を閉じる、何度もミスをしてしまったが結果的には良い戦いに落ち着いた。最後まで本気を……。
「って、あれ……僕って勝ったんだっけ……」
曖昧になってしまった戦いの終盤。
倒すことに専念していたことや死力を振り絞っていたことは頭が、体がよく覚えている。でも、その終わりが記憶には無いのだ。確か……と、曖昧な記憶のタンスの一段に手をかける。頭を働かせようとしたせいで少しだけ痛むが気にした様子は無い。
「……駄目だ、変な記憶しか思い出せない……」
何とか思い出せたのは倒れる直前の記憶。
全てを出し切った後の、あの柔らかく手離したくないと思える程の感触……少しだけギドの頬が赤らむ。首を横に強く振って考えを改めようとしているみたいだが、止めては振ってを繰り返す当たり消えないのだろう。やはり変態だ。
不意にバチンと音が鳴った。
ギドが両頬を強く叩いた音だ。首を振るだけでは頭が自分の欲しい記憶を取り出してはくれないだろうと考えてのことだろうが、その頬は真っ赤になっており目元も少し涙目になっている。
「痛い……」
そんな当たり前の感想を述べるギドだが、その痛みの分だけの見返りはあったようで目元はキリッとしている。
「考えても仕方ないや、イフに聞こう」
いや、そんなことは無かった。
あくまでも他人任せのようでグッと固まりきった体を伸ばしゴギリと嫌な音をたてる。時間の感覚が無い、チラリと時計を見るが朝の七時ということしか分からない。何日の間、眠っていたのだろうか……少しばかり怒られるのではないかという恐怖を覚える。特にギドを震えさせるのはミッチェルだろう。一番に自分を愛していると言っている分だけ身勝手な行動を怒るのは彼女だ。そしてそれはミッチェルだけに留まらない。
「いや、待て待て……こういう時は違うことを考えて忘れてから行こう……。じゃないと皆と顔を合わせられない……」
そんな時に何を考えればいいのか。
勇気がいる時は……自分の好きなものや楽しいことで鼓舞すれば良い。そう考え始めて一番に出たのはミッチェルの姿だった。完璧な最愛の人物との生活、ギドの頬が緩み始める。数秒、考えただけで溶けたアイスのように落ちていた。だが、少しして首を振って消し去る。よく考えてみれば、その癒しを与えてくれる相手こそが一番に怖いのだ。頭の片隅に入れていては勇気のゆの字も出てきやしないだろう。
となれば……もっと違うことを考えよう。
楽しいことと言われてミッチェルを忘れるなんてギドには不可能だった。それ程に、この変態にとってミッチェルは大切な欠かせない存在になってしまっている。楽しいこと以外で自分が他のことを忘れられそうなことといえば……。
「よくよく考えれば知らない天井って何だ……。天井なんて誰も気にして見てはいないだろ」
どうでもいい疑問……だが、本人にすればかなりの難問のようで再度、俯く。五分はかかっただろうか、最終的には目が覚めた時の自分と同じように周りのモノが見えたために知らない天井だということで決着が着いた。
頭から離れてはいない。
それでも単純にミッチェルと会うことに対する恐怖はかなり薄くなっていた。だからこそ、足取りはとても軽やか……とまではいかないまでにしても通常と変わりない。他のことに気を取られていたからか、いつの間にか頭痛も体の痛みも和らいでいる。例えミッチェルが怖くなったとしても逃げる準備はバッチリだ。何ならばクラウチングスタートだって取れるだろう、多分だが。
階段を登り切る、もう談話室は目と鼻の先だ。
マップは機能しているので中にいる人数もギドには分かっている。そのせいで尚更、足が少しだけ震えてしまっていた。中にイフがいる、アキがいる……そして……。
「はぁ……覚悟を決めますか……」
小声で再度、自分を鼓舞する。
軽く押しただけで無情にも開ききってしまう扉、大きな深呼吸がギドから漏れた。
「おはよう……で、合っているかな……?」
無音の室内に響くギドの声。
誰もいないわけではない、ザイライの三人やフェンリルの三人……ユウまでもがいる。息を飲む小さな音でさえもギドの心音を早めさせる現状。無意識に頬を掻いていた指の動きが大きくなる。
「合っていますよ、マスター」
そんな静寂を破ったのはイフだった。
同時に理解する、これはヤバイ状況だ、と。一斉にギドを見た皆の表情、そして目元は明らかに普段とは違っていた。一目で分かる程に濃く付いている隈……そろりとムーンウォークをするかの如く後退しようとするがもう遅い。
「ギド……さん……」
「ア、ハイ……」
ゆらりと動き始めるミッチェル。
一瞬で距離を詰めたかと思うと胸に抱きついていた。その移動速度はもしかしたらローフのそれを越えているかもしれない……と、錯覚させるほどのものだ。胸に顔を埋めたままに動かなくなるミッチェル……それもそうだ、ギドにはよく分かっている。
胸元に感じる冷たい何か。
声を殺して泣いているのだろう、そう思うと本当に申し訳ないという考えしか思いつかない。軽く背中を撫でて抱き締め返す。それによって皆の何かが切れてしまったのか、ユウは安堵したような顔で、シロとアミは気にせずに涙を流し、アキとアイリはその二人を慰めると言った地獄絵図とも取れない状況へと姿を変える。
泣き虫な三人が泣き終わるのに十分弱かかった。
すいません、ケイとミラルの話まで持って行けませんでした。その話は何れ書けそうなタイミングで書こうと思います。少しだけ緩めの話を楽しんでもらえると嬉しいです。
次回も金から日曜の間に出す予定です。他の作品も書きたい意欲があるので早く出すことは無いと思います。最後にもし良ければブックマークや評価、感想など宜しくお願いします! また、是非おかしな所や辞めて欲しい部分などがあれば教えていただけると助かります!