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4章112.5話 目指す道へ

タイトルこそ仰々しいですが中身は薄いので軽く流して読んでもらえると有難いです。後、かなり短めです。

「……ふむ、さすがに啖呵を切るだけの実力はあるようだな」


 女性の独り言が響く。

 彼女には戦闘能力というものが微々として無い。というのも、彼女が産まれた家系は他都市にまで名を轟かせるような有名な商家、剣を取る時間があればペンを取るように教えられるような家だった。だからこそ、守りたかったモノを守れなかった事が多々ある。産まれた家を恨んでいるわけではない、だが、羨んだことが多くあるということだ。恨んだことがあるとすれば一つだけ……。


「ケイさん、震えていますよ」

「ミラル……すまないな。悲願が叶うかもしれない、そう考えると嬉しさで体が勝手に動いてしまうんだよ……。ようやく……皆に顔向けが出来るかもしれないと思うと、どうしても、な……」


 思い出す汚い男の顔、それに土を付けられるのだ。

 これを楽しみに思わなくてどうするのか。チラリと微笑を浮かべるミラルが見えた。人前では決して見せるなと教えこまれたケイからすれば、ミラルに見せてしまった弱音を少しだけ後悔してしまう。だが、何度もこの優しさに助けられ甘えさせてくれたからこそ、今の商人から尊敬されるギルドマスターという像を保てる。


「その顔……私も嬉しいですよ、やはりケイさんには追い詰められた顔よりも笑顔の方が似合います」

「なっ……!」


 そっと握られたケイの手。

 気が付くのに少し時間がかかった。ケイの顔が一気に赤らむ。林檎、そんな在り来りな比喩では物足りないほどの赤さだ。それも無理はないか、相手は自身よりも一回り若い、それでいて街で一、二を争う美形の青年。そんなことをされれば、ケイで無くとも同じことになるのは想像に容易い。


 二の次が浮かばない、愚痴を聞いてくれることはあってもただの男女としての行動をされたのはこれが初めてだった。普通ならどうするのか、そう考えても男性の経験がゼロに等しいケイには思い付きやしない。


「どうかしましたか?」

「手ぇ! 手だッ!」

「ああ……なるほど。ふふ、ケイさんにも可愛い姿があるようで」

「う、うるさい! 黙れ!」


 本当にコイツは意地が悪い。

 人が一番に嬉しがりながらも嫌がることを平然と言ってくるのだ。頭の回転が早いと褒めるべきか、商人として必要な狡がしこさだけが自身から継承されてしまったと考えるべきか。どちらにせよ、商人の中で一番に手強い相手である事には変わりないだろう。今まで交渉した多くの商人の中で掴み所がなく唯一、自分を越えられると感じたのはミラルくらいだ。本当に末恐ろしい、先程とは違う意味で体を軽く震わせた。


「嫌……でしたか?」

「そ、それは……」


 そんな少しの変化を見逃さなかったのか。

 ミラルは面倒な、はいもいいえも返したくない質問を聞いてきた。どちらを取っても自分の本心であり本心では無いのだ。それならば素直に全てを述べるか、それはそれで目の前の男に負けた気がして良い気がしない。慌てふためく自分の姿を微笑ましそうに見詰めるミラル、直視出来ないためにどうしても繋がれた手の感触が際立って感じられる。


 その度に小さく荒い呼吸音が漏れてしまうのだ。

 早鐘のように鳴り響く心臓、全ての聞かれたくない音が隣の男に聞かれているかと思うと苛立ちを覚えてしまう。本当にムカつく、少し強めにミラルの胸を空いた左手で殴った。何も返ってはこない、あるとすれば握る手が強まったくらいか。文句の一つでも言ってくれれば楽だっただろうに。


「難しい質問でしたね。すいません」


 軽い会釈、商人らしい謝罪の仕方だろう。

 だが、その顔に張り付いた表情は間違いない満面の笑みだ。本当に嫌な奴だ、とケイも口をへの字に曲げる。


「その顔は似合いませんよ。やはり人間誰しも笑顔でいるべきだと私は思います」

「……否定はしないよ」


 誰のせいでこうなっていると、口から漏れてしまいそうな言葉をぐっと飲み込む。


「素直じゃないですね」

「うるさいヤツだ、受付嬢達に見せたら何て言われるだろうな」

「あの人達が何と言おうと私にはどうでもいいですよ」


 完全に言い返されてしまった。

 素直じゃない、か……ふと自分のことを再認識する。そう言えばと一つだけ思うことがあった。あんなにも頭にこびり付いていた冷静さを欠いてしまう考え、武者震いがミラルの行動一つで和らいでいた。


 確かに自分の恨みを晴らせるだけの戦力がようやく確保出来た、それには変わりない。長い間、苦渋を飲まされながらも何も行動出来なかった最大の問題は、一人の青年の一言によって解決されてしまっている。


 王国最大級の冒険者ギルドの協力。

 平均Aランク以上のクランの協力。


 この二つがギドの勝利によって確証されたのだ。それは嬉しいこと、でも、それで終わりでは決してない。ここからが始まりと言っていいのに冷静さを欠いてどうするのか……ミラルの行動にはただの悪戯だけではなく、そんな商人としての基本を思い出させるようとしているようにも思えた。と言うよりも、ケイはそう思いたいと考えるようにした。そうでなければまた腹を殴ってしまいそうになってしまう。


「……良い顔に戻られましたね」

「ああ……迷惑をかけたな」


 ミラルの呟くような声。

 その考えは間違ってはいなかった。自分と同等以上の相手の考えを読めただけで少し嬉しくなってしまう。もちろん、からかわれた事には変わりないのだから強めに腹をグッと殴り睨み付けておく。今までに見せたことのない姿だからこそ、調子づかせて関係が逆転することだけは避けなければ……そんな意味を込めたのだがミラルには聞いた様子は無い。それどころか……。


「いえ、ケイさんの笑顔が好きですから迷惑だとは思っていませんよ。何よりも喜びだけで来た震えには到底、見えませんでしたので、一皮脱いで見ましたがその顔を見るに成功したようですしね。それに給料を上げる材料が手に入ったので確実に利益の方が大きいですよ」

「……最後の一言が無ければ完璧だったな」


 喜ばせてくれることを平気で口にする。

 最後の一言は本当に余計だったが、ミラルも視線を合わせない当たり恥ずかしさを隠すために付け加えたのだろう。そう考えるとイラつきが薄くなって、ミラルと同じような優しい目を向けてしまう。ミラルもすぐに気がついてふいっと視線をあさっての方向へと向けた。……喜びだけの焦りには見えなかった、客観して見ているミラルがそう見えたのならばそうだったのだろうと心を沈めさせた。


「今日から忙しくなりますね」

「ああ、だがまずはローフとギド……この二人が目を覚まして回復してからだな。それと……シードとも話をしておかなければいけないか」


 ミラルがこれ見よがしに話を変えてくる。

 戻す必要性もないからとケイもすぐにその話に乗っかった。だが……新しい話題も話題で頭が痛くなることばかりに感じられてしまう。嫌なわけではないが気が向かない。また怒鳴り合いになるのが目に見えているのに話をしなければいけないのだ、と、どうしても気が滅入ってしまう。嫌いだからでは無い、どちらかというと冒険者の中では一二を争う程に信頼している。単なる依頼としての話ならば楽しく話せるというのに……。


「私が尽力しますよ」

「……心強いな。だが……」

「私に任せてください、アイツは馬鹿ですが愚か者では決してありません。ケイさんもよく知っているはずですよ。素直に話せば分かり合えると」

「……」


 優しさ故の突き落とし。

 分かってはいる、目の前のミラルと同様に食えない存在ではあるが、誰よりも優しい人だということは。苦しんでいる姿を見続けたから、深く根深い恨みの感情を見続けたから、だからこそ、本心を伝えるわけにはいかない。出来ればスケイルの三人にはもう領主と関わらないで欲しいとまで思っている。


 だが、それは誰も許さない。

 自身の考えを悪いと否定されたわけではないが、それを重んじた行動は確かに誰からも同調してくれるものでは無かっただろう。単純なる我儘だとは重々承知している。それでも……。


「そこまでです、考え過ぎは毒ですよ」


 思考の途中、ミラルによって区切られる。

 確かにな、と小さく呟くとミラルも首を縦に振って笑みを浮かべる。間違いなく今、考え込む話では無かった。何も話す話さないは後で決められるような事、また冷静さを欠こうとしていたのかと自嘲して見せた。


「あの馬鹿が目を覚ますまでに数時間の余裕があります。話をするとなればもう少し時間が増えるでしょう。話すかどうかなど、その中で決めればいいことです」

「……そうだな……余裕はある、か……」


 フッと自嘲に近い笑みを浮かべた。

 本当に頭が上がらない、こと自分の大切に思う相手になると商人としてはいられないようだ。自分の大きな欠点、それを補おうとしてくれるミラルに返す言葉が見付からない。


「今、考えなければいけないことを先に考えましょう。忙しくなると言ったではありませんか。今のうちにやらなければいけない事は多くありますよ」

「ああ、間違いない」


 ミラルが手を強く握り離す。

 それだけでケイには無駄な考えが消えていく気がした。もちろん、ゼロになったとは言えない。高々、不安を忘れるための現実逃避の一言でしかないが今はそれでよかった。確かにケイはシード達を思う存在ではあるが、その前にエレク家の後継者で名高い商人だ。他の者達が動いた中で自分が動かずにどうするというのか。


 とすれば、最初にすべき事は何か。


「まずは……情報集めだな」

「ええ、お任せ下さい」

「頼りにしているよ」


 既に二人の顔には笑顔は無い。

 固い表情のまま一人の女性に頼み事をする。自分達をここへ移動させた女性からすれば至極、簡単なこと。一つは商人ギルドへと自分達を戻してもらうこと、そしてもう一つは……それを伝えた瞬間にミラルはクスリと笑みを浮かべた。瞬間、周囲が野原から見慣れた仕事場へと変わる。瞬きをしただけ、少しだけ揺れを覚えた以外には何も感じない。


「本当に敵に回したくないものだな……」


 小さな部屋にそんな声だけが響いた。

今回はミラルなどにフォーカスを当てませんが、そのうち深い話を書く予定です。なぜケイに従うのかなどは今度、書けそうなところで書きます。次回はスケイルとケイとの会話を書く予定です(場合によってはイチャついた話を書くかもしれませんが……)。楽しみにしてもらえると嬉しいです。


次回は金から日曜日の間に出します。急な予定が入らなければ書けると思いますが……ないことを祈ります。どうか、フラグになりませんように……! 最後にもし良ければブックマークや評価、感想など宜しくお願いします! 書く意欲に繋がります!

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