4章112話 大人気なく
大きく書き足しをしたことと若干、中身を変えたため再投稿しました。詳しいことは後書きにて書いておりますので読んでもらえると有難いです。
「喰ら、えよッ!」
動くことの無い格好の的。
もう体はボロボロでフラついているせいか、動けないローフに向かって真っ直ぐ飛んで行ったのは数えられる程度。それを見越してか、ドラグノフの弾丸も魔力弾へと変えられていた。威力は低い、だが、リロードの時間は確実に短縮されている。数を撃てば必ず当たる、もっとも分かりやすい攻撃の仕方だ。
微かなダメージか、運に頼るか。
そのどちらが正解なのかは誰にも分かりやしない。それでも焦りの表情を見せないギドが無策に攻撃を開始したとは到底、思えない。ローフもそう感じたのか、分かりやすいほどに表情を歪ませた。だが、その表情もすぐに元通りへと変わっていく。
身体の拘束が弱まっている。
ドラグノフを撃ち込み始めたことで空間魔法による体の固定に緩みが生じ始めたのだろう。ギドであっても今、多数の魔法とスキルを操作するには足りないものが多過ぎる。それが理解出来ているからこそ、ローフはすぐに流風の構えを取った。
「キュウ!」
カルデアの小さく心強い声。
打ち返せはしない、それが最大の負け筋だと分かっているギドがカルデアへ指示を飛ばしているのだ。攻めることを止めさせ、全てを流風という遠距離最大の敵を消すことに専念させる。それでも風が消えていないことを見ると、それだけでローフの流火という技が如何に強いか感じられるだろう。
弱められた風……それでは流し切れない。
威力は低い、その分だけマシだが問題はそこじゃない。今、攻めの流れを持っているのはギドだ。続け様に放たれた弾丸を流し続けたとして、先に倒れるのは流火が切れ始めたローフか、はたまた弾幕を張り続けるギドか。それにノーダメージというわけでもないのだ。長期戦では確実に不利なのは目に見えている。
だからこそ、今のギドの行動はとても有難く感じられた。今のギドの攻撃は明らかに長期戦を嫌っての行動、そのためか延々と流れ続ける冷や汗とは対照的にローフの表情はどこか涼しげに見える。
限界も近い、ならばこれしかない。
ギドの連撃さえ乗り越えればローフにも最後の、最高な一撃を与えられる。だからこそ、倒れるわけにはいかない。一見、ギドが優勢なように思えてもローフからすればこれで良かった。ただ流し切れればいい、受け切れればいいだけのことなのだから。
自分は誰なのか、ふと思う。
思えばギルドマスターになってからというもの、ここまで心躍る戦闘は一度とてなかった。人外への第一歩であるSランク以上の魔物を倒した冒険者、そしてスケイルというAランク冒険者パーティを育成した存在でもあるからこその悩み。幾度となく書類という何よりも強い敵と戦い、都合の良いように街では手に負えない魔物の処理を頼まれる……強いことには強くても楽しませてくれる相手なんかではなかった。
少しも驕らない、ここで二つの格上を倒せずしてどうして、その誇りを保つことが出来ようか。手を強く握る、ローフだって魔力は無くなりかけている。それでも無理に捻り出して流火を持続させた。呼吸が荒い、戦士として見せてはいけない恥だとは理解している……が、今はどうでも良い。
「踏んバリどこロだゾッ! 底力見せロヤッ! 俺ッ!」
解けかけの中の遠吠え。
ギドとカルデアの体が強ばる。威圧、そんな意味合いは一切ない。自分への鼓舞、ただただその一言に限った行動だ。ギドの銃撃が止めどなく続く。ローフに躱す素振りは少しも無い、無形流の力を信じ先に見える勝利を掴むために流すだけだ。目に集まる魔力、充血などとは言えないほどに真紅に染まっている。タラりと血が流れた。ローフに気にした様子はない、こんなギリギリの戦いを心のどこかで望んでいたからだろう。
「ここだ!」
「……フンッ!」
流風に風穴が空いた。
一瞬の隙……そこをカルデアに流風の弱体化という形で突かれてしまっている。四つの十円玉程の小さな穴に銃弾が通ったのだ。それも二発、狙い通りにドラグノフを撃てないギドを鑑みればそれ以外に感想があるだろうか。……いや、それは傍から見れば、の感想だった。
頬から垂れる流血。
傷を負ったことには間違いは無い。それでもローフ側から攻撃出来ないからこその反撃方法を練り出していたのだ。流風の中に簡単な流風を展開する。ボロボロの体で二つもの大技を決めようとしたせいで外側の流風は弱められてしまったが、内側までは干渉されやしなかった。風の流れに沿い返された銃弾、結界で流されはしたもののギドに焦りを覚えさせることが出来た。
ここで踏み出さずにどうするのか。
敵の力を理解し始めた上で、まだ本気を出さずに倒せると思える相手なのか。そんな選択の失敗を体験したはずだろう、高々、模擬戦というわけではない。どうするのか、答えは……考えずとも決まっている。悩む必要など無い、すぐに見つかったローフの答え。
辛さ、楽しさ……感じられる全てを噛み締めるように魔力の放出を最大にする。血の流れがより早く、そして大きい。漆黒の炎が薄赤く染まり始める。不思議と痛みは感じない。体の全てが曖昧な何かへと変わってしまっていく。デジャブ……流火を好まなくなった戦いと被る場面が似過ぎている。
勝ちたい、その一心でローフは炎をーー。
「アアァァァッ!」
「なっ……」
ーー喰らった。
些細な傷が全て癒えていく。圧倒的な自己治癒能力を持つギドですら驚くほどの速さだ。それだけでは無い、今度は流風すらローフは展開していないのだ。顔まで覆った炎の隙間からチラリと見える表情に知能の二文字はない。あるのは勝利という欲望を叶えるための笑みのみ。
不意にギドの腹に激痛が走る。
距離を詰められたのだ、と気付いたのは大きく突き飛ばされた後だった。その速度は神速と読んでいいほど、アクセラレータを使ったギドと同格と言ってもいいものだ。結界を背後に張り衝撃を背中で受け止める。ギドからすれば今は痛みよりも体制を立て直す時間の方が大切だった。突き飛ばされて立ち上がるまでの時間はローフの速度を見れば無いと考えていい。
そして、それは正解だった。
全身全霊、本気のローフは確かに強力だが明らかに終わりを急いでいるように、ギドへと再度、距離を詰めようとしている。それが見えた瞬間にドラグノフを撃ち込む。今度は結界で銃口を固定して構えを取っているローフに外さないように引鉄を押す。
数秒間、何度もドラグノフで撃ち込んでいった。
構えを取っている時間、確かにローフは動かないようで弾丸全てが狙い通りの場所へと当たる。大したダメージは見たところない、リロードを早めるために威力が低い弾をしているとは言え、ドラグノフの一撃がゼロに近いことに少しだけ焦りを覚えてしまう。
小さな呼吸、すぐに身構える。
突如として現れたのはローフだ。動きを目で追えたわけではない、それでも一瞬、見えた黒い何かに反応するように右腹に黒百合を当てた瞬間に突きが放たれた。大きな衝撃、背後に作った結界が割れる音が聞こえたと同時にギドはまた吹き飛ばされる。それでもガードを取れた分だけマシだ、傷が大きくなりはしても空で何とか立ち上がりは出来る。
三重の結界に背中をぶつけさせ、ようやく体制を立て直す。三つに重ねたのは正解だった、予想通り二枚は衝撃に耐えられずに容易く割れてしまったのだから。すぐに視線をローフへと向け直す、見えた姿は次の攻撃のために構えを取っている最中だった。それを見るに……とても一撃一撃の効率が悪いようにギドには感じられてしまう。
一回だけならば油断を誘うためと思えたが二度目となれば話も変わってくる。特に今ならば構えなど取らずに突き進んできていたのであれば、間違いなくギドは致命傷を負っていた。今の技を使う前のローフならばそんな隙を逃さなかっただろう。意識はあれど追撃が難しいのか、はたまた単純に意識が無いのか……どちらにせよ、そこが一番の勝機としか考えられない。
二回の攻撃を受けただけ。
それだけでMPもHPすらギドの体には少ししか残っていない状態へと追い込まれてしまった。ガードも取らずに二回も直撃を受けていたのならば数秒前に敗北していただろう。息も荒く魔力の枯渇が近いせいか、頭痛が酷い。だが、それも悪くないように思えた。
「無駄な考えを……消せる……」
軽口を叩いてドラグノフを再度、構えた。
次の、狙っていた最後の一撃を決めるのはローフの攻撃を受けてからだ。動かない時間があるのならば狙っていた技を簡単に当てられるだろう。最悪なのは当たらないことだ、どれだけ強い技であっても外してしまえば意味が無い。魔力だってギリギリなのだから外せば確実に敗北は確定する。
もしかしたら自分の最大級の技であっても耐えられる可能性だってあるかもしれない。それだって使えなければ確認することも出来ないのだ。ならば何をするのか……。
耐えろ、耐えれば勝ち目がある。
それだけを目的にすればいい、そう考え最後の準備のために体全体へ魔力を流す。出来るか、出来ないかでは決してない。不可能を可能にさせているのも変えるだけ、攻撃の手を止め全てを回復へと専念する。治癒はしていくが構えを取る時間も四秒あるかないか、それで大して回復出来るわけではない。だが、それでもよかった。耐えられる可能性が高まれば高まるほどに勝ち目が現れていく。
カルデアに最後の指示を出す。
その直後にローフは突進を始めた。目では追えない一瞬の突撃、それでもまた見えた何かに勝敗を任せ黒百合でガードを取る。その上に張られた三重の結界、そして……カルデアの作り出した風の壁。確かにギドの一秒と無い時間に見えた何か、もしかしたらギドの勘が表に出たものかもしれないが、それの通りにローフの一撃がそこへと決まった。
一度、攻撃を与えられた横腹。
パリンと大きな嫌な音がする。一つ目の結界が割れた音だ、次いで二つ目が割れる、三つ目が割れる……ギドの体を纏わり付く風の壁がローフの炎によって掻き消えていく。……ミシミシと嫌な音がした。骨が軋む音、そして黒百合にヒビが入り始めた音……ギドの最高傑作と言えども破壊し始めるローフの一撃。
「ガアァァァ!」
「アァァァァ!」
受けようとするギドを見て何かを察したのか、ローフは大きな叫び声を上げた。それに負けぬようにか、ギドも大きな叫び声で返す。十秒あるかないかの攻防戦……二人の獣の体は少しずつ変化していた。方や身に纏う炎が剥がれて行き力を出し切ったかのように肩で息をする、方や火のせいで服のほとんどが燃え尽き痛々しい痣だらけとなった上半身を晒す……もっと言えば体全体から大量に血が流れており倒れるのも時間の問題にしか見えない。
そんな時にーー。
「僕の……勝ちですよ……」
ギドは赤い目を光らせフッと笑った。
強い風が彼を攫う、最早、体制などといった戦闘に必要な考えなど頭には無い。大きく吹き飛ばされる中で黒百合とドラグノフが手から消える。代わりに現れたのはアクセラレータ……動けないローフの周囲を魔法陣が展開されていく。一度、見た光景……だが、一つだけ違うことがあった。
「高速……処理……!」
頭が割れるように痛い。魔力がなくなりそうなだけでは無い、無理に頭の処理能力をアクセラレータで高めているのだ。長時間、稼働させていたパソコンが熱を出すのと同じようにギドの頭も限界だと悲鳴をあげている。それでもこうしなければギドのしたかった技は出せやしない。
複雑な脳の処理、イフがいたならと思う自分自身がいる事は気が付いている。無い物ねだりだ、自分で戦うと決めたのに痛みを感じたことで覚悟すら捨て去ろうとしてしまう。本当に悪い考えだろう……だが、感じる痛みと同レベルの勝利への確信を覚えられる。その痛みこそが脳の限界を超えたギドを自信付けさせてくれるのだ。
時間がかかる大技の展開……それが一秒とかからないのを見て負けた時のことを考えられるか。いや、そんなことは出来ないだろう。日本にいたからこそ考えられる柔軟な、それでいて厨二染みた大技……人に使うのも憚られるような威力の技だろうが、ローフ相手ならば少しも遠慮はいらない。例え今、考えている技を想像の十二分に使えたとして倒しきれるかどうかも不明なのだから。
「空間歪曲ッ!」
ローフを狙って放たれる弾丸。その全てがドラグノフの銃弾だ。そしてその全てにアクセラレータによる加速が付与されている。例えAランク冒険者と言えども普通ならば死んでもおかしくない技、それでなければローフを倒せないと考えての今、出来る最大級の一撃だ。
ローフの速度と変わらぬ速さ……躱そうにも逃げ場などローフにはない。受け止めるしかない、そう考えたのかもしれない……ローフの体はただ一つの技を使うために動いていた。一級品の技には同じく一級品の技で返すのみ、例え命を削ることになろうともローフは次の一手を止めようとはしない。
「流、風ッ!」
勝ちへの貪欲な執念。
勝つためには耐えきるしかない、だが、闇雲に流したとしたら自分の首を絞めることになる。体験したからこそ同じ手を食う訳にはいかないと、本能から最適解を無意識に導き出した。全ての弾丸を綺麗に地面へと流す……そんな常人離れしたことをしてようやく耐えられるかどうかの技だ。負けられない、負けたくない……それだけの高揚感だけが技が切れかけ倒れそうなローフを支える。
自身の周囲に炎と風を纏わせ始めた。
ただ負けたくないという二人の気持ちがぶつかる。砂埃が舞う、火の粉が舞う……視界が悪くなる、それでもギドは攻撃を止めない。倒れてしまいそうな気持ちも、最後のイアの顔やカルデアのことを考えれば無視出来た。もう魔力は無い、魔力無くして魔法を使おうとするギドの消費しているものは生命だ。ゼロになれば死んでしまうHPをギリギリまで使用している。一歩でも間違えれば確実に死が訪れる……そんな芸当を可能にさせているのも高速処理のおかげだろう。
果たしてそこまでする必要があるのか。
常人ならば命を削ってまで戦う二人を馬鹿にするかもしれない、愚かだと思うかもしれない。確かに二人は戦うことを好む馬鹿だろう、だが、二人を本気で戦わせている理由は間違いなくある。片方はワガママを貫かせようとする仲間との絆のため、片方は忘れていた何かを取り戻すため……それを聞いて誰が二人を愚かだと言えるだろうか。
……きっかりと三十秒で弾幕が止む。
土煙が周囲を包み二人の姿さえ覆い隠してしまっている。何も聞こえない無の空間……そこでバタりという大きな音が周囲に響いた。時間も経ち煙も地面へと吸い込まれていく。そこで見えたのは……倒れたギドだ。
その姿は膝を付き息も絶え絶えに瞳を下ろさぬように抵抗をしている。すでに目も虚ろで気を抜けば一瞬でスヤと眠りに付けてしまうくらいには瞼が重い。体が言うことを聞かない今の状態では、次の一手を起こすことは出来ないだろう。一縷の望みと言えばカルデアくらいだが……不思議と声が聞こえない。
魔力が底をついたギド……同じように動こうとしたのならば例えカルデアとは言え、倒れていても不思議ではない。薄れる意識に抵抗するようにカルデアのことを考え、そして笑う。ああ、よくここまで僕を援護してくれたな、と嬉しくなってしまっていた。カルデアと出会ってからの期間は数えられるくらいだ、大きな思い出というものも特には無い……なのに、自分を是が非にでもと守ろうとし助けようとしたカルデアには頭が上がらない。
「これが……やりきるって事かな……」
顔が上がらない、上げたくても力が入らない。
小さな足音が聞こえてくる……負けの二文字が頭から離れようとはしない。でも、その顔には後悔なんて言葉は似合わない程の笑顔が浮かんでいた。異世界に来てから負けるということをしなかった事や、産まれてこの方、本気で何かを成し遂げたことなんて少なかったからかもしれない。目に見えて得られた皆からの信頼、そして達成感……一つだけ負の感情があるとすれば鉄の処女の三人の覚悟に背いてしまったことくらいか。
「僕の……負けだ……」
もう意識が消えてしまう。
足音が目の前でする……戦うことも出来ない今のギドにはそう言うのが精一杯だった。最後の情けか、すぐに攻撃をして来ない相手を少しだけ訝しみながら小さく笑い声をあげる。でも、相手の反応はギドの想像とは大きく違った。感じる暖かく大きな感触……次いで小さく耳元で囁くような声が届く。
「マスター、よく頑張りましたね」
ああ、この感触は……。
下品な考えが頭をチラついたせいか、もしくは相手が誰かを悟ったからか……そのどちらかかは判別が効かないが、そこでギドの意識は途絶えてしまう。春が訪れた時のような暖かさがそこには残った。
今回、再投稿したのは112話の後半を大きく付け足したこと、それとローフの必要性の薄い過去の話を消したためです。ローフの過去の伏線は流火の時点で軽く出していたのでここで書く必要は無かったのでは、また作者が読み直してみて諄く感じたので消させてもらいました。どうしても読み直すと作者の4章を早く書き終えたい、ローフの良さを出したいという自己満にしか感じられませんでした。そのため悩みましたが前回の部分を忘れてもらいたく再投稿しました。やはり読み直してみると悪いところ、書き直したいところがゴロゴロと見つかってしまいますね。あまり良くないかもしれませんが似たように再投稿することもあるかもしれません。その時は優しく見守って貰えると助かります。
次回の話は今日の十二時か十八時に出します。ケイとミラルの軽い会話の予定ですので、短くあまり面白くは無いかもしれませんが読んでもらえると嬉しいです。最後に良ければブックマークや評価、感想など宜しくお願いします。頑張って書こうという励みになります!