4章111話 弱気
血が飛び散った、黒を帯びた赤い血が。
誰のものかは明白だろう。現にその者は口元を大きく歪ませている。死を感じるほどの痛み、だが、歪ませているのはそのせいではない。自身の甘い考え故に倒れかけた存在から庇えた事、それこそがギドの表情を大きく歪ませていた。
甘かった、とても甘かった。
最初に自分の力が強かったことに慢心していたか、それはゼロではないだろう。そのせいで仲間が傷付き、自分も大きな怪我を負ってしまっている。胸元に付いた大きな拳の後、受け切って立っている自分の体すらおかしく思えてしまう。……だが、その目には未だに闘志が宿っていた。
敗北が見える、それでも諦めようとはしない。
覚悟なのか、はたまた仲間を守りたいという気持ちからだろうか。そのどちらであってもギドからすれば構わないだろう。今のローフの攻撃で確かにギドの何かがプツリと切れたのだ。誰にも聞こえないほどの小さな呟き、それに呼応するかのように光がギドの左手に集まっていく。ドラグノフの姿はもう左手にはありはしない。あれだけの力を持つ心器を消してまで使うべき武器があるのだろうか。
ローフの顔が強ばっていく。
倒しにいきたい、ローフの頭がその一つの感情に埋め尽くされてしまっていた。勘が叫んでいるのだ、ギドの出そうとしているものを使わせてはいけないと。それだけ光が現れた時点で異様な雰囲気を放っている。だが、それは叶いはしない。見てしまったのだ、間近で自身が一番に恐れていた魔眼を。
突如として起こる寒気と痺れ。
……動くようになるまで二秒はかかっただろう。ローフからすれば短いはずなのに長く感じられてしまう。十分だった、それだけ時間があれば武器を入れ替えることくらいは出来る。すぐに新しく現れた得物を確認しようと後ろへ飛びながら左手をチラリと見た。
その瞬間に大きな衝撃がローフを襲う。
何が起こったのか分からない、それほどの速さで何かをされたのだ。変わったことがあるとすれば得物が杖へと変化したことくらいだろう。まさか心器か……そう思いはしたが辞める。心器を二つ以上、持つ存在など聞いたことがない。とすれば新しい得物は何か。考えるが当然、答えは見つかりはしない。
どちらにせよ、不可解な現象を起こした存在が現れた杖であることは理解している。今の強化した自分でさえ目で追えない攻撃をした武器、どのように対処すればいいかも分からない。ただ一つだけ分かることとすれば……止まらない胸の高鳴りぐらいか。
「加速・回復」
一瞬、瞬きをしただけだ。
その時にはもうギドとカルデアの傷は癒え切っていた。先程、見せた回復とは桁違いの速度。もちろん、それも武器の能力なのだろうと予想はつくが……まだ理解したとは言えない。ましてや、その考えすらも今は邪魔に感じられた。
「……イフはこんな力を制御していたのか……」
ローフにさえ届くかという小さな声。
ギドの手にあるのは自分の分身、相方であるイフが使っていたアクセラレータだ。元は自分の心を表す心器の片割れだったとは聞いていても出せるかどうか、使えるかどうかでさえも不明だった武器が手元にある。能力は分かっていた、原理も手で握った瞬間に把握は出来た。それでも高々、殴打と慣れた回復魔法の速度を早めるだけで頭がショートしそうな程に痛む。普通に魔法を使う時よりも多くの魔力が勝手に外へ流れてしまう。自分の魔力が自分のものじゃなくなる感覚に襲われてしまう。
これを顔色一つ変えず、笑いながら、それでいて状況を見ながら扱っていたイフは一言で表すとしても化け物としか言いようがない。使ってみて分かる圧倒的な強さ、そして人が使うべきではないとさえ思わせる弱点。元がスキルであったイフだからこそ完璧に扱えていたのだろう。
「……ツヨイナ」
「ええ、扱い切れるのなら僕の武器の中で一番に強いですから」
僅かな時間で理解させられた。
確かに人が使うべきではないほどの手に余る武器だとはいえ、その能力は絶大。ましてや、ギドの心器の一つなのだから扱い切れないとは言えないだろう。慣れさえすれば恐らくは……ただ使うにしても重要な場面で出すべき武器ではなかったと少し後悔はしている。だが、これ程までに心強いものはない。
要は慣れさえすればいいのだ。
最初こそは戸惑いや扱い切れない部分はあっても対策は取れるだろう。分からないならば考えればいい、考えることは嫌いではない。黒百合とアクセラレータを強く握り交差させて構える。まずは痛みに慣れなければいけない。話は……そこからだ。
「加速」
「ガッ……!」
またしてもローフが大きく飛ばされる。
今度はガードの体勢を取っていた。それでも何の前兆もなく放たれる一撃を防ぐ手段は無くローフの体は紙切れのように飛ばされてしまっている。まだ流火のおかげで体勢を立て直すのも早く、ダメージも少なく済んでいるが……そのバフも時間の問題だ。
勢いのままに体を無理やりに起こす。
その眼前にいるのは追撃を加えるために飛び込んできたカルデアだ。体勢を少しでも崩すということは攻めの好機になるということ、そんな敵を許す相手ではないとローフも理解していた。だからこそ、咄嗟に流風の構えを取る。そう……取りはしたのだが……。
攻撃は予想していたものとは違った。
カルデアという小さな存在の突撃、選択を誤ったとすぐに悟る。確かに流風ならば攻撃を受け流せはするが突撃のような一瞬で詰められるような攻撃ならば話は別だ。流したところで他方へ回られ違う行動をされるだけ、そう考え流風から空掌への構えに変えようとした。
「そこだ」
「ッ!」
ズダンという大きな音。
鈍く、それでいて全てを貫くような音が周囲に響き渡った。ローフでさえ見えるかどうかの弾速であり高火力な一撃、それがガラ空きの胴体へと当たり砂煙が舞う。当たったローフだけでは無い、通った道でさえも地面の土を巻き上げ視界を悪くしているのだ。間違いなくローフが流風を解いたのは失敗だったと現状を見れば言える。それ程に周囲は大きく変化していた。
何個、新しい戦い方を考えなければいけないのか。
ドラグノフを撃ち込んだギドは顬を押さえながらそう考えていた。今の一撃だってそう、単純なドラグノフの一撃では倒せないと踏んで作り出した技だ。命令に忠実に動いたカルデアの稼いだ時間を、フルに頭の回転へと利用してようやく出来た攻撃、さすがのギドでも心器を二つ出すことは出来ない。使い慣れた銃を出すのであれば可能性はあったがアクセラレータともなると話は変わってくる。
扱いの難しい空間魔法とアクセラレータを併用しての一撃、その威力が弱いわけ無いだろう。新しい空間を一時的に作り出してドラグノフの銃弾を固定してから、アクセラレータで回転数を上げて作り出せた現状。その大技の対価もまた威力に負けないほどに大きなものだ。
倒れていてくれ……そんな淡い希望。
回復魔法を頭にかけながら、それで何とか立っていられるだけ。もしも戦いがこれ以上、続くのであれば今のような勝てる見込みのある一撃を作り出せるかは不明だ。本当に淡い、願望でしかない祈りを捧げながら砂煙が消えるのを待つ。
「いやいや……嘘でしょ……」
希望は希望でしか無かった。
苦笑いだけが漏れてしまう。
「サスガニ……コノジョウタイデモイテェナ」
無傷……では無い。
それでも殆どダメージを受けていないローフがそこにはいた。流すことは出来なかったようで銃弾を受け止めたであろう両腕からは血が流れている。傷という傷は……それ以外には見えない。嫌な汗がギドの額から流れる。今の一撃は確かに自分の最高の火力を誇っていたと自信を持って言えた。それこそカブトやワイバーン相手でも貫けるほどに強化したはずなのに……さして効いている様子はない。
「アタラシイワザカ?」
「そうですよ」
さも楽しいといった風に笑みを浮かべるローフ。
ギドもフッと笑みを見せアクセラレータを構える。余裕そうに見せてはいるが内心、焦りが強くなっていた。込み上げてくる吐き気、回復魔法をかけているのに止まない頭痛、そして底が見えてきた魔力……どれをとっても勝てるとは思えやしない。それだけ今の一撃は本気と呼べるだけの準備をして考え尽くした結果の技だった。
どうすれば勝てる……?
今まで使ったスキルでは同じように躱されるか、効かないかの二択だろう。それ以外ならば……いの一番に思い付いた能力を消し去るように頭を振る。駄目だ、それは使いたくない。どうしても呪魔法という強過ぎる力は使いたくないのだ。甘美過ぎるが故に簡単に振り払えない甘え、まるで本当の悪魔のような存在だろう。
存在自体は嫌っていない、今だって使うかどうかを躊躇してしまっている。確実に使えば耐性のないローフを楽に倒せるだろう力、勝ち目は簡単に見い出せるかもしれないが……そこまで行って目に魔力を込める。
考えるのは後だ、まずは憂いを無くす。
また考え込んで攻撃を受けたら勝ち目どころの話ではなくなる。底が見えたとは言え、もう戦えないというレベルで無いわけではない。空間魔法という魔力を多用に消費する魔法やスキルを使わなければ問題は無い。その考えで行けばアクセラレータも後、五回使えれば御の字というところだろう。
「マガンカ!」
「本気を出せと言ったでは無いですか」
弱音を隠すためにウインクして見せた。
その目は確かに真紅に染まりローフも警戒を強める。目を見てはいけない、簡単なことのように思えるが少しばかり難しい要求だった。数秒の硬直に比べればマシだろうが目の動き等で得られる情報も多くある。一体二ならば尚更だ、視線次第では次の一手を予想する材料になるのに手に入らない。
もしも、某漫画のキャラのように足の動きだけで予測し戦うなんて芸当が出来れば話は別だが、さすがのローフであっても無理な話だ。出来て相手の攻撃に合わせて動くか、流風で茶を濁す程度だろう。後は……一つの案が思い付く。だが、その考えは今のローフでも選べない一手だった。どうなるか分からない、だからこその恐怖がその選択にはあるのだ。
両者共に全身全霊の戦い。
表に出さないようにしてはいるが、どちらもいつ倒れたとしてもおかしくないのだ。そんな中で勝負を決めるために先に動いたのはギドだった。一気に距離を詰めアクセラレータを振る。そこに加速のかの時もありはしない。自己強化のみの素の一撃。
それをローフは右手で受け止めた。
今だ、そんな心の声が漏れるかのような速さで左手でアクセラレータを持つ手を掴む。グリンと、本当にその擬音が正しいような勢いでギドを回転させた。やるのであれば早期に終わらせなければいけない。流火のデメリットが強く感じられるからこそ、そのまま右手に魔力を込め轟々と燃やしながら強く突き出した。
無理やりなせいで完璧な一撃とは言えない。
それでも良かった、今ローフにとって問題だったのは時間を稼がれること。焦りがバレようと隙ができようと、その選択肢を潰せるだけで多少は許容出来る。狙い通りギドの空いた腹へと一撃が決まった。吹き飛べーーそんな願いと共に眼孔を大きく開く。
願いの通りギドは飛んだ。
勝った、そう思いはしないまでも攻めの好機が出来たことには変わりない。すぐに体の炎をより強め詰めの構えを取る。そして気付いた。
ーー手が戻せない!ーー
ローフの右腕が少しも動かないことに。
未だにギドの腹の部分で止まったまま、何度も動かそうとした。なのに、叶わない。本気で、流火のバフがありながらもピクリとも動いてくれないのだ。焦りが酷くなる、呼吸が荒い、冷や汗が一気に流れ始めた。
「空間……固定……ッ!」
そんな小さな叫び。
ギドはフッと口元を緩めた。
「ごっぢを見ろッ! ハウンドハウルッ!」
口に溜まった血のせいか鼻濁音が混じる。
叫び、それでいて獣よりも美しい声が響く。それに魅了されるかの如くローフの視線もギドへと向けられた。もう腕は動く、なのに、体が、目がギド以外を見ようとはしない。例えギドを見ることが最大の悪手だと分かっていても……ローフの体は拒めなかった。
次回! 多分ですが長かった模擬戦が終わります!
少しだけ「これで良かったのかな」と思う自分もいますがギドという存在の考えや戦い方からして適しているものが今、書こうとしている終わり以外に無いと思っています。もちろん、読んでいる人の中には色々と感じることがあると思いますが、それを加味した上で楽しんでもらえると嬉しいです。次回はも同様に金から土曜日の間に出します。
最後にもし面白い、興味を持ったと感じていただけたのであればブックマークや評価など宜しくお願い致します。作者のモチベーションにも繋がります!




