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4章110話 不甲斐なさ

少し長めです

 最初の一撃は大きな銃声からだった。

 もはやアサルトライフルとしての扱いのように脇と結界で固定されたドラグノフから放たれた銃弾は、綺麗にローフの元へと飛んでいく。二発、セミオート状態で撃てたのはそれが限界だった。フルオートでは火力が劣ると考えて、だったのだが、その考えすら今のローフには無駄だったと撃ってから気付く。


流風(ナガレ)!」

「なっ……!」


 銃弾の軌道が横へと外れされた。

 刹那、胸元への強い衝撃が走る。熱い、痛い、その二つの大きな何か。ただの殴り、それも連発したわけではなく一発本気で殴ったに過ぎない。ローフの一撃……それは確かに今まで倒した魔物の中で一番に強いと感じたワイバーンの完全上位互換だ。


 即座に痛みに耐えかね対応しようとした。

 それでも例えば攻撃を逸らすにしても受けてからでは遅い。為す術もなく強い衝撃に流され吹き飛ばされてしまう。反応に遅れただけでここまでのダメージ……油断すらしていない状況での一撃は確かに禁ずるに相応しいものだ。少なくとも油断をしていたのならば受けることすら難しいほどの速度、だが、驚いただけで敗北の要素などは一筋も見えない。


「キュウ!」

「キカヌ!」


 追撃、さすがにそれはカルデアが許さない。

 十数の風の刃、ギドのピンチに即座に出せるカルデアは確かにローフが畏怖するのもおかしくはない強さだ。カルデアを視認してギドを追うことを辞めたのもそれが原因なのかもしれない。腕の一振で風の刃を掻き消し隙を逃さぬために踏み込む、そして愚策だったと悟った。


 本気の腕の突きを放ったというのに当たらない。

 もちろん、何とか躱し切れたとしか言えないのだがローフからすれば躱されたことが問題だった。強化した自分の最大の速度、それを超えるカルデア。カルデアを早く落とそうと思えば攻撃を続けるだけでいいだろう。そうすれば片方を倒し切る事は出来る。……全て続けられるとしたら、という前提の元でだが。


「喰らえ!」

「ワカッテイルワ!」


 そこをギドが許すわけが無い。

 黒い刀身を輝かせ振り下ろされた斬撃には先程よりも力が込められているのを感じ咄嗟に空いた片手で弾く。一撃、されど一撃。そのような言葉があるように一撃、たかだか一撃でしかない。少なくともローフからすればその程度にしか考えていなかった。だからこそ、これ以上のカルデアへの過度な詰めは行わない。片方が危なければ片方がヘイトを取りに行く、そんな冒険者に必要不可欠な能力が兼ね備えられた敵なのだ。可能性が極限に低かったとはいえ、一撃で片方を倒し切れるだけの力が自分にあるという甘えを断ち切れただけ御の字。ここでの甘えはイコール敗北を意味するのだ。甘えを潰していくことで敗北する未来を小さくしていける。


 拳と刃がぶつかり合う。

 今度は両者共に本気の殴り合いだ。見たことのある打ち合い、だが、今度は明確に両手剣の弱さが現れる。打ち合う速度は同様に速くなる、変わりない打ち合いなのに徐々にガードを崩されていくのはローフではなくギドだ。素手という小回りの利き易さ、加えてギドの振りを容易く返せるだけの力がローフを優位に立たせているのだろう。……それでも決め手に欠けてしまうのはギドが相手だからか。


 どうしても攻撃に焦りが出てしまう。

 殴りに行っても結界で流され、次いで打ち込む突きは黒百合に弾かれてしまうのだ。いかにローフと言えども攻撃が通じない現状に焦りが見えるのはおかしなことでは無い。


 本当ならば攻め込んでしまいたいのだ。

 だが、当たれども掠るだけ殆どが逸らされてしまう今、前へ出過ぎてはいけない。一対一ならば多少の強化のゴリ押しも可能だが、今回の場合は片方に気を取られ過ぎればタダでは済まないことは分かり切っている。現に流火を使う原因になったのは相手となる存在が格上だと判断したからだ。絶対に勝てる時以外は前へ出られない。相手の力を測りきれていないからこそ、前へ出るのはリスクが大き過ぎるのだ。


 まだ力がいるのか、少しだけ体が震える。

 事実、まだ流火は全ての力を発揮していない。だが、どうしても使えない。殺してしまうからなどの相手の強さを鑑みての理由とはまた違う。そんなことを考えていたのならば制御も難しく嫌いな技を使ったりなどしない。出そうには出せる、恐らく抑えを外してしまえば二倍の力を出し切ることは難しくはないだろう。けれども、出せない。それは経験で力の代償をよく理解しているからだ。ましてや、使おうものなら先にボロが来るのは果たしてどちらなのか。


 先走り過ぎたか、小さな舌打ちが響く。

 ローフは打ち合いに移行したことを強く後悔していた。いや、大きな誤算があった故にと付け足した方が正しいか。もちろん、近距離戦闘にしたのは勝ち目があったからこのような状況へと変化させた。その勝ち目の中に技によって得られた炎の力で行動力を減らす目的もあった。


 しかし、ギドにはそれが一切効いていない。完全に力の強さと火力のゴリ押しで落とせると踏んだのに、そんな甘い考えのせいで少しも勝機を見い出せない現状へと変えてしまったのだ。打つ手無しでは無いが……それでも選択のミスを一つでもすれば容易に破られてしまうことは明らかだろう。


 対してギドも焦っていた。

 寸分足りとも狂ってはいけない結界の配置、そして攻め手に欠ける現状。刻一刻と精神力がすり減っていくのだからギドからすればたまったものではない。まだ危険が迫ればカルデアが風で小さな時間を稼いでくれるからいいだろう。それでもほんの一秒未満の、瞬きすら出来ない程度の時間だ。勝機を見出すにはとてもじゃないが短過ぎる。


 一層のこと攻めに転じようか。

 そんな考えも過ぎるが無理だ。一番にステータスの高さだけで言えばギドよりもローフの方が圧倒的に高い。技で翻弄するにしてもローフの放つ熱気の中では得意の氷魔法は使えやしない。もう片方の呪魔法なら……いや、それは以ての外だ。考えはすれども殺したい存在以外に使いたくない。その力は呪の名を冠するように扱いを間違えれば相手を容易に殺してしまう。


 ローフのことは嫌いでは無い。

 寧ろ武人としては好んでいる。人としてどうかは未だに測りきれてはいないが殺したいとは嘘でも言えやしない相手だ。だからこそ、使いたくはない。呪魔法に関しては本気などの話には含まれるとは思えやしない。どちらかというと畏怖や嫌悪に近い能力だと言えるだろう。となると、他に倒す算段はあるのか……。


「ココダ!」

「うっ……!」


 そんな思考が隙を生んでしまう。

 本当に些細な隙だが、ローフが相手では勝敗を分ける隙へだろうと変化させられる。今回はギリギリで直撃を免れたが少しでも反応が遅れていたのなら負けで済んでいたかも分からない。最悪は死、いや、さすがに吸血鬼の上位種であるギドが頭の一つや二つ吹き飛んだところで死にはしないだろう。それでも再起不能に近い大怪我を負わせられる可能性は極めて高かった。ヤバい、考えなくとも頭が理解しているからこそ危険信号が常時、止むことなく発せられる。


 次に思考へ身を委ねたら……。

 ほんの少し空いている脳のキャパシティが限界に近いほど働いている。接近戦の今は思考や視線をローフから逸らせない、なのに、思考を巡らせ視線で周囲を把握しなければ勝機を見出せない。八方塞がりとまではいかないまでも今のままでは勝てないのは明らかなことだろう。そのうち押し切られて……。


 そこで目を大きく見開く。


「グッ!」


 咄嗟にローフは目を逸らした。

 目の前にあったのは見たことのある赤い目、そう魔眼だ。負けられない、負けたくないという強い気持ちが、体が脳を無視して勝機を作り出す一手を出したのだ。本気を出すと言った手前、少しも間違った選択だとは考えていない。それどころか、一瞬、本当に一瞬でしかないが魅了状態がローフには効いた。隠したが見ていないわけではなかったために硬直が入っていたのはギドにもよく分かっている。反応出来ずに距離を取られたとはいえ、これはとてつもないと言っていいほどの情報だろう。


 チラと見えたローフの顔は焦りに変わっていた。

 当然といえば当然か、このまま接近戦を続け同じ手を使われてしまえば一撃を貰いかねない。隠している技があると分かっていながらも攻めきれなかった。ただの一手がギドの求める状態へと現状を変化させ始めている。流れが変わった、中距離へと飛んだ瞬間に勘が伝えてくる。


「……使いたくなかったんだけど」


 そんな呟きが聞こえてくるが詰められない。

 ましてや構えたままで詰めてくる気配もない。ローフからすればそれがとても怖かった。勝ちへのチャンスを見つけ出せても詰めない、知ってか知らずかローフが一番して欲しくない行動をギドはしてくるのだ。冷や汗が止まらなくなってきた。流火を使っても尚、敗北の二文字が強くなってしまっている。


 そんな中で横から風の刃が飛んでくる。

 飛ばしたのはもちろん、カルデアだ。牽制のつもりなのだろう、詰めてこようとは一切しない。呟き通りギドの目はもう赤みが消えているが、近接を誘っている可能性もありローフも詰められない。ましてや、前方のギド以外に右側にはカルデアがいる。そういう点でもどうしようもないように思えた。


 だが、策が無いわけではない。

 どうするか、睨み合いの中でカルデアの風を再度、弾きながら考える。小さな油断、そこを突いたのはギドでは無い。襲ってきたのは追い討ちをかけるかのような強烈な吐き気だ、体が限界だと叫び始めてきているのだ。胃から漏れ出しそうな吐瀉物をすんでのところで飲み込む。表情は変えない、険しさを残したままにギドを睨むだけで隙は見せない。もはや選考の余地は無いとローフは顔をより強ばらせた。


 失敗すれば負けへと繋がるが、それは戦いを長引かせても同じこと。そう考えると思い付きの技を使うのも悪くは無いように思えていた。もしも自分の思い通りに行けば……ローフの体はもう動いている。脳の命令など今のローフには要らないのだ。倒す、ただそれだけのこと!


流土(モグラ)!」

「ふっ!」


 無形流唯一の遠距離攻撃である流土。

 先程よりも大きな衝撃波が炎と共に地面を這うようにしてローフを中心に起こった。だが、ギドも二度と同じ技は通用しない。地面を殴った瞬間に空へ跳び結界の上に立った。このせいで先程のような隙を作り出せはしなかったのだが、ローフの顔からはもう焦りは消えている。いや、その顔にあるのは笑みだ! 予想通りの行動をギドがしてくれたことへの笑み! そして!


空掌(クウショウ)!」


 叫びに近い大声。

 それと共に突き出された掌から飛ばされた衝撃波はギドを結界上から突き飛ばした。まだギドだからこそ大したダメージもないが、真に恐ろしいのは飛ばした衝撃波に流火特有の炎が付与されていることだろう。それにローフも炎でダメージを与えることが空掌の目的ではない。


 ヨロリと体勢を崩し地面へ落ちたギド。

 だが、追撃は無い。もう流土の効力も消えていたために咄嗟の結界も肩透かしを喰らってしまっている。……後悔した、即座に結界を解いて走り出す。追撃の代わりにローフがしたのは……。


「キュウ!」

「空掌!」


 炎耐性の無いカルデアへの無慈悲な一撃だった。

 ギドへの危機に飛び出したカルデアの横を突く強烈な一撃。それも飛ばす衝撃波をゼロ距離から撃ち込んでいるのだ。小さく脆いカルデアにはキツすぎる攻撃だ。大きく飛ばされそうになるカルデアとの距離をローフが再度、詰める。攻撃が当てられるかも不明な存在を早めに処理しておきたい感情がどうしても優ってしまっていた。


 ……それは叶わなかった。

 飛び出していたギドからの一撃、カルデアへと意識を向け過ぎていたせいで詰められていたことに気が付けていなかった。カルデア同様に大きく飛ばされるローフ。それでも傷は浅い、その点で言えば未だに立ち上がれないカルデアに詰めようとしたのはミスでは無いだろう。リスクよりもリターンの方が大き過ぎたのだ。そして成功した、もはや痛みすら心地よく感じられてしまっている。


「キュ……イ……!」

「ごめん……」


 ギドの頭に申し訳なさが募る。

 脳内での命令が途切れたせいでの大切な相方が大ダメージを受けたのだ。まだ戦う意思を示してはいるが飛んでいるカルデアの体は震えている。それを視認してしまうと、痛々しく思えてどうしても……不甲斐なさを責めてしまう。


 二度も同じ技を簡単にギドが受けないようにローフも受けないと予想がついていたのに、対処し切れなかった。命令をしなかった時のカルデアの行動も予想がついていたのに、自分の防御ばかりを優先させてしまった。魔眼を使えば牽制出来ると知りながらも使いたくないというワガママでカルデアが……全てが自分のせいに感じられる。


 二度目だ、二度も迷ったせいで失敗した。

 次は大切なカルデアまでもを命の危険に晒すのだろうか。痛みで倒れそうなカルデアを痛めつけようとするのか。高々、自分の吸血鬼としての能力や魔法のせいで……突如として腹に強烈な痛みが走る。油断、思考へ身を委ねた結果。長考という大きな隙をローフが許すわけもない。


「キュイィィィ!」

「サキニオマエダ!」


 またカルデアが戦おうとする。

 また自分を庇おうとする。


 まだ回復もしておらず立つことすらままならないというのに……倒れたギドのために間に入り命を燃やそうとしているのだ。身近に感じる敗北、そんなものを許容していいのか。大切なカルデアをこれ以上、傷付けさせてもいいのか……迫る拳がスローモーションのように感じられる中で考える。今だけ脳のスペックはイフと同等のモノへと変わっているのかもしれない。良いのか、良いのか……いや、良いわけが無い。無理やりに魔法を展開してギドはカルデアの前へと転移した。

長くなったのでここまでで一旦、110話を終えます。考えていたプロットがあったのですが、その通りにしてしまうとギドの意思に反してしまうのと、クソゲー感が強過ぎてどうしようか悩んでいます。話の流れから何の力の話をしているのかは分かると思いますが……。もしかしたら少しだけ次回の投稿が遅れるかもしれません。一応、次回も金〜日曜日のいずれかに投稿するつもりです。


最後にもし面白い、興味を持ったと感じていただけたのであればブックマークや評価など宜しくお願い致します。作者のモチベーションにも繋がります!

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