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4章109話 主人公の悩み

 声の主……一人の男と一人の獣がそちらを見る。

 ボロボロ……とまでは見た感じ思えないが口元から少し血を垂らすギドがそこにはいた。ローフに対して申し訳なさそうな顔を見せてから、カルデアと呼ばれたイタチを手招きし始める。すぐに「キュイキュイ……」と心配そうに鳴き声をあげるのを見るに敵ではない、ローフはそう理解した。


「ごめん、不甲斐ないばっかりに心配かけちゃったよね。でも、ほら、僕は元気だよ。殺しあっていたわけじゃないんだ。だから……カルデアもローフのことを殺そうとしたら駄目だよ」

「キュ……ウ……?」


 言葉は通じているのだろう。

 ギドが背中を撫でながら諭すように優しく話し終えた途端にローフとギドを視線で追っている。それでも何か思うところはあるようでローフに対しては未だに風魔法を展開させ警戒しているが……攻撃はギドが止めたこともあって勝手にしようとはしていない。


「頼むよ、あの人は敵じゃない」

「キュウ……!」


 ギドの言葉にコクリと頷く。

 どこか従魔というよりは甲斐性のない旦那を守ろうとする女房のようにも見えてしまう。これでは立場が逆だろうとローフが、ギドすらもそう思うが、守られている側はこれはこれで悪くないような気すら思えていた。カルデアが勝手に現れてしまった理由だって、箱庭外で見ていた自分の体たらくを嘆いてのことだろう。いや、もしかしたら主が死ぬことを想像し拒んでの行動だったかもしれない。


 イフが一対一の戦いにギドの考えを無碍にする行動は取らないことは明白、イフ抜きで箱庭を突き破って入ってくるなどカルデアであっても不可能だ。それならば他に入ってくる方法に何があるか。それはギドの体を通って移動を行うことぐらいだろう。ギドが許可を出していないのだから簡単にギドの近くに現れることは困難なことは、イフからはよく聞かされていた。尚更、それを知っているせいで責めようにも責められない。移動してくれたのはカルデアなりの()()というものがあったのだから。


「……ありがとな。気持ちは嬉しいよ」

「キュウ! キュウ!」


 顔を両手でくしゃりと包む。

 女房、いや、彼女……もしかしたら妹としてなのかもしれないが、まるで一人の女性のようにギドの頬に擦り寄る姿はローフから見てもこそばゆく感じられてしまった。先程の威圧感や圧倒的な力とは打って変わって優しく一人の存在を守ろうとする姿……ローフからすれば本当にギドは珍しく面白い存在に思えてしまう。


「これ使ってください」

「お、おう!」


 投げられたドロドロの液体を内包する瓶。

 二つ出されたうちの片方をギドが飲んで見せてからローフも続けて喉に流した。……瞬間、体を襲う異様な感覚。何かを飲んで感じるにしては不思議なものだ。味は……悪くない。甘く喉に残ることも無い。そして……飲んで時間がさほど経っていないというのに体中の浅い傷はもう完治していた。魔力だって半分は回復している。


 これを戦闘中に使われていたら……そう考えるとより恐ろしく感じられてしまう。カルデアに語りかける時に付いていた傷だって話し終える頃には少なくなっていた。もしも模擬戦ではなく本当の殺し合いで圧倒的な回復力とポーションを使われていたのならば……そんな恐ろしい考えを振り払うかのように頭をブルっと一度、振ってからギドに問う。


「お前は……剣士では無かったのか?」

「……はい、僕は魔物使いです。この子も少し前に従えた仲間で……」


 そこで言葉を詰まらせる。

 首を傾げ沈黙でローフは続きを急かすが、すぐに出ては来なかった。別にギドが続きを話したがらないのは構わない、ローフはそう思っているのだが、どうしても、いちギルドマスターとして、人との関わりあいを大事にするものとしてお節介を焼きたくなってしまう。


「出す気は無かったとかか?」

「……」

「その子を信用していなかったか? 主の命の危険を感じて姿を現した、その子を?」


 ローフの優しい声に首を振る。

 信用していないのか、そんなことはギドには分かりっこない。嫌っているのなら追うつもりもない、それでも近くにいて甘えた姿を見せてくれるのなら一緒にいたい。ただそれだけのことで続いた関係でしかなく、信用だって今の今まで悩むほどに考えたことはない。使うかどうか悩んでいたのだって、ここまで姿を出させなかったのだって、もっと簡単な理由がある。それは何だったろうか、ギドにはよく分かっているはずだ。


「戦いが始まる前までは一緒に戦おうと思っていましたよ。ですが、あそこでの連撃の前までは勝ちを確信していたので出す場面がありませんでした」

「つまり元より本気を出すつもりはなかった、と」

「それは違います!」


 少し低めのローフの声にギドが大声で返す。

 短い期間だったとはいえ、未だに見たことのない姿にローフも少しだけ驚く。冗談の意味も含まれていたのだが侮辱の意味がそこに含まれていたことをローフもすぐに理解した。自分がもし、そう言われていたのなら……同じように返していただろう。


「僕は戦いを楽しみたいんです。命を取り合う戦いではなく、本気を出しながらも相手の手の内を探って勝ちを見出す……そんな戦いが好きなんです。そのために相手の詳しい能力を知ってしまうのなんて面白くないじゃないですか。そういう風に考えて行動してしまうと、どこまでが力を出して良くて、どこまでが僕の力なのか分からなくなってしまうんです……貴方が強ければ強いほどに僕は……余計に考えてしまうんです」

「なるほど……」


 ローフは何も返せなかった。

 その言葉は……ローフにとっても他人事では無かったのだから。自分自身へも刺さる言葉であり、そしてギルドマスターとして解決させてあげたい悩みでもあった。無理やりに閉じた記憶を思い出し命の重要性を再認識した今だからこそ、封印していた技を使うかの択を迫られたからこそ、普段より強く考えさせられてしまう。


 思えばローフはローフで悔やんでいた。

 カルデアが現れて自慢の無形流が通じない相手に恐怖を抱き、あまつさえ、倒れることを怖がって本気すら出していなかった。まさにギドへ話したことの全てが自分へ跳ね返ってしまうのだ。楽しいからこそ、殺してしまうことが恐ろしい。自分が自分ではなくなることが恐ろしい。強い力にはそれ相応の対価が必要になることはよく理解している。でも、それを戦いで思い出させてくれたギドが相手なら……。


「実はな、俺も……手を抜いていた」

「それは何か使えない理由があったってことですか?」

「ああ、その通りだ。お前に何か暗い、もしくは明るい過去があるように俺には俺の歩んできた道ってのがある。その中で俺の無形流の技で使いたくないって思えたものだったからな」


 ニカッと笑みを見せる。

 先程までの楽しいという感情から来るものでは無い、珍しく若者らしい迷いを見せたギドを安心させるための年長者ならではの笑顔。それがギドにはとてもありがたく思えた。少しだけ沈黙が流れる、小さなため息……静かな時間はそれによって掻き消された。


「分からないなら使ってみてから考えればいいんじゃねぇか? 俺はお前と戦ってみてそう思ったんだ。二対一だろうが、その従魔を従えさせたのがお前であることには変わらねぇ。ここからは気にせずにいくらでも使え、許可する! だからよ! 俺は俺の出来るだけの力を見せてやる!」

「それは……」


 言葉を詰まらせてしまう。

 確かにそう言ってもらえるのはすごく助かる。だが、同じように選択ミスをして……カルデアがさっきみたいに怒りで我を忘れてしまった時に……もしもローフの本気が過大評価であれば……最悪はローフが死んでしまうかもしれない。


 逆も有り得るかもしれない。

 本気に対抗出来ずにカルデアが死んで、いや、大怪我を負ったとすれば……そうなった時に果たして模擬戦をして良かったと、自分のエゴを通そうとしてよかったのかと考えてしまう。こうなったのは間違いなく領主を殺したいと本気で思った自分のエゴだ、模擬戦も二人のギルドマスターを従わせるために利用しているに過ぎない。楽しみたいという気持ちがあれども、それが戦う理由になっているのだ。


 ここまでチートを制限した自分は脆いのか。

 自分の嫌いだった、馬鹿にしていた物語の主人公のように自分はなれそうにない。ただただチートを本当の自分の力と思い込んで、ただただ自分を信じきるような酔狂な狂人(馬鹿)になどなれやしないのだ。分かっている……良くも悪くも自分はただの馬鹿になんてなれやしないんだ、と。だけど、そんな悩みをローフは無視してくるのだ。


「いいか、ギド。お前も、そこのお前の従魔も俺が本気を出すに相応しい程に……本気を出さなければ勝てないほどに強いことはよく分かった。いや、使わないといけねぇ。今、本気で戦わなければ俺は絶対に後悔する!」


 その目に宿るのは自分の枷を外すための覚悟。

 真正面から向き合うにしては大きすぎるほどの暗い何かを背負った眼だ。ゆえにギドもその覚悟に見合った覚悟を示さなければいけない。分かっているはずだ、イフから何度も言われるように考え過ぎている、と。そして仲間からの圧倒的な信頼をチート能力で理解しているはずだ。


「最早、お前がどうとかは知らねぇな! ただ俺の本気を簡単に往なせると思うなよ! 負けたくないのなら本気で来いやァ! そこの従魔が大切なら死ぬ気で来いやァ! さっきまでの威勢はどこに行ったッ! テメェは本気を出さないで負けて後悔しないのかァ!」

「……ッ!」


 肩を強く殴られる。

 それでも本気ではない、ジンジンと鈍く痛むだけで倒すための攻撃ではないと理解している。後悔しないのか、もしも、ここで負けを認めたら自分はどうなるのか。深く考え込んでしまう頭をフル回転させる。後悔、後悔……動かなかった時の最悪な結末は……見たくない。もう二度と戻りたくない世界を作り出すなんて……居るはずのない神にだって願いたくは無い。


「いいか、この技は二度と使わないつもりだった。……使えば言葉通りに全身全霊で戦えるがその後が怖いからな。でも、お前らになら使ってもいいと思えた! 後のことなんて知らねぇ! 俺は楽しみたい! 楽しみたいんだ! 得物を抜け! 無形流の最終奥義を無理やりにでも見せてやる!」

「……分かりましたよ! ええ! それなら本気で行きますよ! 何も躊躇なんてしません! 勝つために戦わせてもらいますよ!」


 つい勢いで返してしまった。

 だが、ギドの顔に後悔は無い。


 本気でやる、それはつまりカルデアを使うこと。


 本気でやる、それはつまり新しい戦い方を見出すこと。


 本気でやる、それは出し惜しみをしないこと。


 本気でやる、本気でやる……それだけが頭を巡った。

 本心は怖い、怖くて怖くて簡単に取り消せるのなら言葉にしているだろう。本気でやるということは簡単に口には出せるが行動にすることは難しい。ましてや、ギドが本来から持つ能力ではなくチート能力だ。扱いを謝ればどんな存在だろうと簡単に死ぬ。


 だけど……存外それも悪くない気がしていた。

 いい、見せ付けてやればいい。自分は何なのか、ギド自身がよく分かっていることのはずだ。何故か異世界に転移させられてチート能力を持たされた小説のキャラのような一人。何を怖がる必要があるのか、持たされたものを考えればギドは自分で認めるほどに主人公のような素質を渡されているのだ。負けることなんて考えてはいけない。少なくともギドが求めていた成長への糧に繋がる戦いになるはずだ。


 嫌っていたはずのテンプレがそう言っている気がした。


「なら、来い! 焔よ! 俺の身体に灯れ! そして全てを喰らわせろ! 無形流・流火(トモシビ)!」


 ローフの周囲が黒炎で纏われていく。

 その姿は正にウルの上位互換のよう、そして体全てを覆った瞬間に焔を喰らい始める。焼けるような、それでいて乾き始める喉を実感しながら唾を飲み込む。あの時のようだ、勝てるか勝てないかの瀬戸際を感じたワイバーンとの戦い。その時だって自分は成長へと繋げたのだ。負けられない、ギドはその覚悟を示すために大声をあげた。


「カルデア! 僕の言う通りに動け!」

「キュイ!」

「勝つぞ!」

これからの投稿予定ですが少しだけやりたいことがあるので週一くらいのペースにしようと考えています。毎度の事ながら書けるかどうかなども気分次第で、早く書ければ出すつもりですが、大体は金〜日曜日の何れかに投稿するつもりです。場合によっては週二や三の時もあるかもしれませんが、今のところは何とも言えません。


ローフとの戦いの結末も決めて、4章という物語の核となりながらも始まりの場所の終わりも見い出せ始めました。小さな伏線はこれからも拙い文章や無いに等しい語彙力で何とか頑張って捻り出していくので、良ければブックマークや評価なども宜しくお願いします。「自分なりの絶対に面白いと思える小説」を目指して書いていかねば……!

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