4章108話 乱入者
多少の書き直しはするかも知れません。
ギドの目に映るローフはまさにウルと重なった。
手に火を纏ったりなどはしていないが目は真っ赤に変わり、無規則な振りを繰り返す。確かに傷を負わせてからの詰めはギドから感じても最善策と思える。だが、ギドからすればそれまでだった。
自己強化は入っているのだろうが、速度は目で容易く追えるくらいのもので、ギドレベルであれば他の方向へ意識を飛ばしていたとしても躱すことは出来る。
先程とは違い攻撃のすぐ後に次の手を繋げようとしてくるために、そう簡単には回復を行い攻戦へと変わる、そんな期待通りの状態へは変化させられないが……それでも、まだマシな方だろう。結界を三重にすれば黒百合やワルサーでなくとも受けきれている現状、そこまで辛い状態へと追い込まれているとは決して言えない。
今、ギドの中で一番に問題なのは現状では決してない。流水と呼ばれた自身の全身全霊の氷魔法を一瞬で砕いた技だ。素手での連撃自体は両手剣の時よりは強くなっているが、流水を使われた時ほどの火力は無い。
その分だけ多量の魔力を消費する事になっているのだが、どちらにせよ、守りの姿勢だけでは勝ちには繋がらない。ましてや、魔力を多く消費しなければいけないのは徹底的に攻戦へと打って出たローフも同じだ。
「どうしたァ!? さっきまでの威勢がねぇな!」
「うる、さいですね!」
顔の横を過ぎった腕を払い顔目掛けワルサーを構える。……撃てない、先程の技を警戒しているようで執拗に引き金を引かせないように攻撃を重ねてくる。技の発動条件などは未だにバレていなさそうに見えるが、同じように使うには準備がかかり過ぎてしまう。現状からして準備よりも先に行わなければいけないことが多すぎた。
何をするにも時間が足りない。
攻戦一方のローフを足止めする何かが無ければ泥沼化は免れない。泥沼化して負けの要素が増えてしまえば……戦うのを楽しみたいとは思っても覚悟を見せた三人に合わせる顔が無いだろう。
「多重結界」
「なっ……!」
数秒でいい、その数秒で勝ちの要素が増やせる。
その一心でギドの周囲を結界が張られていく。魔力の消費量はかなりのものだったが狙い通り簡単に結界を破壊出来されなかった。十秒、たったの十秒だったが結界はローフから時間を稼いでくれたのだ。
バリンという大きな音が響く。
ギドの見た目に変化は無い。一つだけ見て分かる変化と言えば手にあるのは得物くらいだ。小さなワルサーではない、長く大きなドラグノフが握られている。少しだけ回復も行えたのだろうか、口元を流れていた血も今では見えない。
即座にローフも少し引き身構えた。
回復されたことも、もちろん警戒すべき理由だが今はそれよりも得物の方が恐怖だ。戦闘を行わないものが見れば高々、十秒でしかない。それでもローフはその十秒、いや、数秒に助けられたことが何度もあった。だと言うのに回復と共に必要としたのは別の得物、警戒しないということが出来るわけないだろう。……その警戒が数秒の時間を稼がせてしまっているのも忘れて。
「リロード時間、ありがとうございます」
リロード、その言葉の意味を知らない。
確かにリロードの意味は分からないが、自分の取った行動が悪手だったことは分かる。すぐに構えを変えた、その構えは殴りに出ていた時のものでは決してない。ギドからすれば体勢を立て直せる嬉しい誤算、ローフからすれば鋭過ぎた警戒心から来た失敗。失敗、そう失敗のはずなのに……ローフの心はいつも以上に弾んでしまう。
「戻ってこい! コレクト!」
「はァ!」
大きな得物同士の鍔迫り合い。
黒百合と呼ばれるギドの愛用している大剣と、コレクトと呼ばれたローフの元へと戻ってきた大剣の間からは小さな火花が散った。それでは終わらない、いや、両者とも終わらせようとしない。最初に鍔迫り合いを解消するため動いたのはローフだった。
顔面へと目掛けて放たれた拳。
直前で結界へとぶつかるがローフは表情を変えやしない。鍔迫り合いを断るために動いたせいでギドの方が優勢になる。そのまま続ければ体勢を崩すのはローフだとギドにも分かっているはずなのに、フッと笑みを浮かべたかと思うとドラグノフを構え出した。
「流風!」
瞬時に反応して流しはした。
流しはしたけれどもギドへ返せはしない。速度も火力もワルサーとは比べ物にならないもの、体勢などが万全だったとしても返せるかどうか分からないものだった。体へ当たらなかっただけマシだとローフは再度、攻撃をしようとしたところで小さな声が聞こえた。
「隙が出来ましたね」
ハッとギドを見る、反応が遅れたと気が付いたのは直後に感じた顔への鈍い痛みの後だ。魔法が得意な体も細い少年から放たれる不釣り合いな蹴りがローフへと決まってしまう。グラりと体が傾いてしまう……それでも倒れるまでいかないのは意地があるからかもしれない。
それで焦りを覚えたのは他でもないギドだ。
その一撃はローフの気を他へ逸らした後の完全な奇襲であって、加えてギドの身体強化を最高まで溜めたものだった。ローフの横に結界などを張って蹴りの角度も調節しやすくしていたのに倒し切れない。鍔迫り合いの直後にやったせいで距離も間近……ヤバいヤバい、頭が警鐘を鳴らし続ける。
「ここだッ! 無形流・流土ッ!」
「……ガッ!」
しゃがみこみ地面を殴るローフ。
殴られることを前提にガードの構えを取ったのもまた悪手だった。ローフの叫びとともに起こったのは自分の真下からの一撃。衝撃波と言うべきような風圧が、本当に殴られたような感覚がギドの顔へと襲う。飛ばされる、同時に起こる地震のような揺れの後に地面が波打ちギドをローフから引き離してしまった。
その攻撃はギドの虚を衝いた。
目に見えて分かる大きなチャンス、ローフからすればこの場面で動かないという手はどこにも無い。相手の手の内が見えない中で動くことの危険性は重々承知している。現に新しい技を受けて攻撃を受ける側に回ったギドを見ているからこそ、攻めることが完全な好手とは言えないまでも……いや、今のローフにそこまで長ったらしい考えは不必要だったのだろう。
「ここだ!」
「流風!」
地面の波が突如として消える。
その波で身を隠すようにローフがギドへと突撃を行った。五十メートルあるかないかの、ローフが距離を詰めるまでに放たれた弾丸は計二つ、そのうちの一つ目は準備を整えていたであろう流風によってギリギリ背後へ流されてしまう。それでも二つ目を簡単に流し切るということは難しいようで、肩へと当たりながらも深手に陥る前に何とか流し切っていた。
ダメージは大きい、抉られた肩が利き腕である右だったという点も痛いだろう。だが、ここで耐えきれたことは、それを加味しても失敗ではなく成功だったとローフの胸を高鳴らせる結果だった。
ドラグノフという大きな反動を起こす武器を、しっかりと経っていない状態で撃ち込まなければいけなかったのだ。ましてや、地面も最初の時のような整地されている平地ではない。凹凸が目立つ地面で踏ん張るには少しばかりギドでも難しいものがあった。
足が縺れる、ガードの体勢すらままならない状況で黒百合を構えるが間に合わない。張る途中の結界諸共、放たれた大振りの突き上げによって破壊されてしまった。一発では終わらない、空中に固定されたかのように二発三発と顔や腹へと重い殴りが何度も行われていく。
倒し切れる……倒し切れるはずだった。
そのギドへの攻撃が途切れた理由は大きな竜巻、横から吹き荒れた強風に為す術もなくローフの巨体が飛ばされてしまう。いつの間に魔法の準備を……そんなことを考え構え直したローフの目に映ったのは小さなイタチ。
最初は目を疑った、その小さな体に自分を吹き飛ばせるだけの力がどこにあるのか、ましてやギドとの戦いの中でどうやって現れたのか。……そんなことをローフは考え始めたが相手は待ってくれやしない。殺気に満ちた目や纏う風は明らかにローフを殺そうとするもの、瞬時に察知して流風を構えを取った。取ったのだが……。
「ガッ……!」
「キュイィィィィィ!」
放たれた風の弾丸の一つも流せない。
まるで自分が纏った風すらも壊すかのようなイタチの一撃、ギドのような百もの魔法を展開したわけではないが食らったら分かる。CやBといった生半可なランクの魔物ではない。これは……きっと、そう……。
「S、ランク……!」
自分の技が通じないという味わったことのある圧倒的な恐怖。そう、それを齎したのは他でもないSランクの魔物だった。初めて対峙した自分のランクを大幅に上げることになった戦い、そして失った仲間。思い出してからのローフの行動は早かった。
「コレクトッ!」
「キュウ!」
即座に得物を手元へ戻して再度、放たれた風の弾丸を受け切る。一発一発の威力はそこまで高いわけではないが、不可視に近い攻撃でありながらも傷を付けるくらいの威力がある。そんな恐ろしい攻撃をわざわざ受けてなどいられるわけがないだろう。
ーーコイツに無形流は通じねぇ!ーー
流風は流すための風の衣を剥がし切られ、流水はタネがバレれば簡単に対処が出来、ましてや身が小さなイタチには効果は薄い。それでは流土はどうだろうか、これも効果はイマイチだ。そもそもの話がイタチは尾に風を纏わせたまま空を飛んでいる。地形を変えたところで盾にするのが精一杯だ。最後の技も……使えば確実に勝てるだろうが後が怖い。諸刃の剣を易々と使えるわけもなく安全牌である両手剣で戦うしかローフにはないように思えた。
「キュルルル……!」
「来る!」
身構えた瞬間に全身が切られていく感覚がローフに襲いかかった。見えない何か、薄皮一枚を切れるかどうかの刃がローフの周囲を包んでいることに気が付いたのは、そのすぐ後だ。まだ何かが来る、そう思えば思うほどに足が震え出す。それはギドと戦っていた時とは違う意味での震え。
ーー怖いーー
誰もが感じたことのあるもの。
確実に、魔物として命を奪いに来ている目の前の生物を本能が拒否している。自分が手も足も出ずに負けてしまう、あの時と同じ本能が教えてくれる恐怖。負けたくない、そんな感情が生優しく感じられるような生きたいという感情。もう使うしかない……手に魔力を込め始めた時に小さな声が耳に届いた。
「カルデ、ア……やめろ……」
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