4章105話 覚悟の差
休みがあって書く時間が取れたので出します。後書きで詳しく書きますが前話を書き直ししたので、もし読んでいない方は読んでもらえると助かります。少し書き足す部分があるので流れだけ理解して貰えると嬉しいです。
8/8 前話と今回の話を大きく書き足ししました
遅かった、最悪のタイミングでは無かったが少しだけ気付くのが遅い。躱すこともままならないままに向かってきた火球を体で受け止める。熱い、辛い……だが、耐えられないほどではない。
「効かない!」
半ば自分を鼓舞するために強い言葉を吐く。
右に大きく振った腕と共に体にまとわり付いた炎は弱まっていく。大きな呼吸の音、脳が揺れるような感覚。それは最後の一撃と呼ぶに相応しい攻撃だった。上手く頭が回りきらない、早く対処しなければいけないことは戦っているウルが一番によく分かっている。
ーー隠れたか……!ーー
何もわからない状況。
だが、イアが見当たらない現状からしてそれだけは分かっている。すぐに周囲を見渡し気配を探った。後衛職がよくやる魔法展開までの時間稼ぎだ。同じ立場の存在、上手く隠れられる技術を持つ存在……自分ならばどうするか、そんな事を考える。
「火炎風!」
唐突に放たれた火を纏った手での横薙ぎ。
横一線に飛ぶ火の一撃が姿を眩ませていた何かに強くぶつかる。悲鳴は聞こえない、当たったのかすら分からない。それでも勘を頼りに距離を詰める。攻撃した場所に間違いなどない。明らかに逃げようとした何かが視界の端を通り、咄嗟に首元に手を伸ばす。
「私達の勝ちです」
「まだ!」
大きな爆発が再度、起こった。
同時に起きた二つの爆発。
片方はエミの抉ったウルの肩に、もう片方はイアの首元から起こったものだ。肩の内部から爆発されたのだろう。ウルは爆発を起こさせてから咄嗟に手を引いている。だが、遅すぎた。霧散とはいかないまでも肩に十円玉程度の穴が空き、着けていたであろう防具もそこだけボロボロになってしまっている。
対して急所に直接、攻撃を加えられたイアの首元は大きく爛れて視線もどこを見ているのか分からないほどに左右を行ったり来たりしていた。その後、地面に膝を付けたまま体を動かすことすらしない。脳内が揺れているのだろうか、それとも戦意が喪失してしまったのか……それでも戦うのを辞める気は無いようで武器を構えた。
「……油断しましたが……それまでです……」
呼吸が荒れ、まるでガス欠で付いたり消えたりを繰り返すコンロのような両手の炎を無理やりにでも保つウル。また距離を詰めイアの近くまで左手を近付ける。さすがに右手は先程の攻撃のせいで使えないようで、時折、痛む右肩をチラりと見ている。
「吹き飛べ!」
「ま、だッ!」
エミが感じた風圧。
それを圧倒するほどの爆風がイアとウルの間に巻き起こる。両者共に予想以上の爆発のせいで後ろへと飛ばされ背中を強打した。……いや、一つだけ違うことがある。それは方や背中を打ってから立ち上がれないままでいる者と、方やすぐに立ち上がり距離を詰める者だ。
すぐに立て直さないといけない。
そう考えイアは動こうとするが無理だった。足が動いてくれない。痛いとか、辛いとか、そのような外部的な何かのせいでは無い。心が戦うことを拒んでいるのだ。
首元を捕まれ持ち上げられるが、まだ動けない。
これが敗北、一度、味わったことのあるもの。その時は正反対に自分が一番に倒されていたっけ、そんな考えが頭を過る。勝敗、強さ……そんなものに拘ってきたことは無かった。ただ皆と笑うために努力してきたのに……初めて簡単に積み上げてきた自信をへし折られた。忘れようにも忘れられない思い出。
だが、嫌な思い出ではない。
あの後、もっとエミやリリと仲良くなり、そして自信を折ってきた人達とも友情を深めていった。今となっては少しだけ重めの、強くなるための分岐点に過ぎない。……でも、その時に築き始めた自信さえも再度、折られてしまった。今度は自分の見た目よりも幼そうな女の子に……勝ち目すら見いだせない程の圧倒的な力を見せられながら。
暑い、体を燃えている感覚が襲う。
恐怖のせいで動かない心、かろうじて負けられないという気持ちから、吐きそうな体を無理やり酷使しているようなものだ。地面にぶつかる音、不思議と痛みは感じない。だが、体は少しも動きやしない。残った、本当に小さな何かが切れた瞬間に外に出されてしまうことは目に見えている。
どこか蔑むような目をしたウル。
何度も体験した視線……いつから人の目を気にするようになったのか。そんなことはイアの記憶の中には残っていない。ただ覚えているのはハーフエルフとしての劣等感、認められない自分が、人々から差別される自分がそこにあることくらいか。
エルフの血を引くというのに魔法は人並み、人族として肉体的に強いわけでもない。頼れるのはこの魔法くらいしかないというのに一人では勝てやしない。今だってそうだ、エミがやられた瞬間に捕まり敗北の寸前、いや、死の淵を見せられている。
「……終わりです」
薄らと聞こえたウルの声。
顔に手を当てられる、今度こそ、チェックメイトだ。終わってしまうことが目に見えているのに戦えない……強く自分を恨んでしまう。エミならば、リリならば戦っているだろう。戦おうと思った理由のギドも……自分に戦い方を教えたユウだって。
ーー馬鹿に……されるな……ーー
薄らと笑みが漏れてしまう。
楽しいからじゃない、何も出来ないせいで負けてしまう自分への嘲笑。弱くてゴメンなさい……そんな事だけが頭を埋めつくしていく。二人が折角、敵を倒してくれたのに何も出来ないイアを許して欲しい。ただただゼロ距離で起こるであろう爆発を受けることしか今のイアには出来そうにない。
「……最後に聞きます。貴方が戦う理由はなんでしょうか。片方には聞きましたが貴方には聞いていないので」
ウルの少しだけ優しげな声。
それが無性にムカついた。でも、何かを出来るわけではない。朦朧とし始めた頭を回して自分なりの何かを探す。……十数秒は経っただろうか。見つからない、本当にエミの言ったことがイアには戦う理由に感じられてしまった。何も無い、その考えに行き着いた時に一つの言葉を思い出してしまう。
『イアの戦う理由って何?』
簡単な一言、それでいて的を得た発言。
今、イアに手を近づけているウルよりも憎たらしい存在の顔がチラつく。その時だってすぐには返事が出来なかった。十数秒なんて短さでは決してない。一分や二分はかけて考えついたのは、どうしても表向きに話していた言葉だけ。
『仲間を……守りたいから……』
『仲間を守りたい、それってそんなに重要なことなの? 自分すら守れないで、自分すら偽っていて、そんな虚言で騙そうとするの?』
すぐに看破されてしまう。
本当に憎たらしい、思い出しただけで口元を歪ませてしまった。何度も本気で挑んで、そして何も出来ずにやられる。ユウの教えは得るものはあった、失うものもあった……掛け替えのない大切な時間。分かっているからこそ、反論してしまう。
『才能がある人には……分かんないよ……』
『才能があるってことはそれだけ背負うものが大きいってことだよ。ユウにだって背負うものはある。だから、出来ないことでも頑張って出来るようにした』
『そんなの……!』
何も言い返せない。
努力はした、強くなろうとした。それでもエミやリリが引っ張ってくれるおかげで危険という二文字は感じなくて済んでいた。良くも悪くも努力が目に見えていない。そのせいでユウの言葉は分かるようで、完全には分からない。ましてや否定なんて以ての外だった。
『イアだって才能はあるよ。教えているユウだから分かるし。それに背負うものが何も無い人はいないから。そんな人がいたのなら、こうやって馬鹿にされても強くなろうとしないよ』
何も言えないイアに淡々とユウは話す。
才能がある、それは別に何度も言われたことだ。自分よりも強くて、一緒にいたいと思えたギドにだって言われている。ミッチェルやアキにだって、エミやリリにだって……でも、その人達に言われるのとは少しだけ違うように感じられる。自分より幼い子に言われているからか、もしくは本当の自分を見つけ出させようと本気で向かってきてくれているからか。
『本当はイアにだって……あるんでしょ?』
感情表現が薄い自分に似た存在の笑み。
何度も自分を倒してきた人の言葉。恐らく戦いが終われば馬鹿にしてくるであろう、思い出したくもない人。この言葉すら、木刀で飛ばされた後に言われたものだ。どうやって強くなったのかも教えてくれず、そうやって戦う理由を聞き出そうとする嫌な言葉。
忘れようとしていたはずなのに……どうしても頭から離れてくれない。教えてくれた時だって、その言葉に返答することが出来なかった。なぜ、戦うのか……背負うものは無いのか……両方に同じことが言える。無いことは無い、だが、明確な訳でも無いのだ。……でも、一つだけ言えるのは……。
「……認めて……欲しかったから……」
それだけは自分の気持ちに間違いなく合う。
薄らと涙が溢れてしまう。共感できる人を見つけた時、間違いなくイアは運命を感じられた。何も無かった自分を救ってくれた二人、そしてエミとリリ以外に何も無かった自分に生きる楽しみを、生きる楽しみを与えてくれたのはギド。沢山の人に認められたいんじゃない。自分が守りたいと思える人に認められたくて戦っているんだ。守りたい気持ちよりも、その気持ちの方が大きい。
「……救えませんね。貴方の方が身勝手だとは。申し訳ありませんが……聞いて損をしましたよ」
ウルの馬鹿にしたような言葉。
分かっていた、そんな返答が来るなんて。でも、嘘はつけない。気付かされたその気持ちはエミとは似て非なるものだ。似ているせいで気付かなかった。もしかしたら汚い願望だと思って見て見ぬふりをしていたのかもしれない。それでも……もう気付いてしまったからには忘れることは出来ない。
「確かに……身勝手だと思うよ……。イアよりも試している三人の方が気持ちは強いかもしれない」
か細く消え入りそうな声。
近くにいるウルでするようやく聞こえるか、という程に小さなものだ。ウルは少しだけ困惑していた。どうせ、また身勝手な言葉をツラツラと並べてくるだけだろう。気分を害する言葉を吐かれるくらいならば止めてしまいたい。そんなことを考えているのに……聞いていたいと、イアの声で思えてしまっている。
「でも……」
そんなウルを無視するようなイアの声。
目の前にいる人は、馬鹿にしてきた、戦い方を教えてくれたユウでは無い。決して届かない相手ではない。守りたいもの、認めて欲しい人……思いを託してくれた人の顔が過ぎる。
「何も無いわけじゃない!」
「ッ!」
ウルの顔に伸ばした手。
届かない、体が小さいせいで、覚悟が違いすぎるせいで……でも、諦められない。自分に出来るのは遠距離から仲間を支援することだけ。近接の出来ないイアの唯一の才能。その気迫があるからこそ、ウルは首元を掴んだ手を離してしまった。ヤバい、そう思った時にイアの大きな声がウルの耳に響く。
「覚悟を笑うのは良い! だけど、イア達が戦う理由を馬鹿にされたくない! 諦めない! もう! 一人になるのは嫌なのッ!」
分かっている自分が弱いことなんて。
いつからか、それでいいと思ってしまっていたのかもしれない。別に気にしなくていいと思ってしまっていたのかもしれない。だが、今のイアはそれを見て見ぬふりなどしないだろう。
ーーもしも……願いが叶うのならーー
何度も求めたもの。
自分だけが持たぬもの。
ーーどうか、力をくださいーー
ウルの手に魔力が流れるのが分かる。
負けたくない、本気で負けたくない。今のイアは動かない、恐れている存在ではない。汚かろうと自分の気持ちを受け止めた上で、真の覚悟を持った上で格上の敵を倒したいと思えてしまった。だからかもしれない。
『だったら貸してやるよ』
そんな声が聞こえてしまったのは。
「なッ……!」
「お前が……吹き飛べッ!」
黒い杖、先には赤い玉が付いている。
届いた、ウルの首に杖がつき大きな爆発が起こった。イアが行ったとは思えないほどの圧倒的な一撃、直撃したウルが飛ばされてしまう。また体勢を整えよう、何とかまだ戦えるウルはそう考えたが体を起こしたところで甘かったことを悟った。
一瞬で周囲を炎の壁が包む。
そしてすぐにウルへと向かったのは上下右左、全ての方向から来る火柱。躱すなんて不可能、ましてやその火力は今までの一撃とは比べ物にならないことなど目に見えている。負けられない、ウルはそう考えていたが……体に火柱が当たった瞬間に覚悟は恐怖へと変わってしまった。魔法の耐性があるローブの端が一瞬にして消えてしまったのだ。恐怖を抱くなという方が難しいだろう。
負け、最悪は死。
それらを悟り目を閉じた瞬間に熱さから開放された。目の前に映ったのは横になり眠りについている仲間達、自分のために片方を落とし、片方に大ダメージを与えてくれた二人。……小さな安心感を抱いた。だが、それは同時に油断だったのだろう。
「これで……良かったのかな……」
小さく笑みを見せてからウルは倒れた。
閉じられた目には何が映っているのかは分からない。けれど、その顔に怒りや焦りなんてものは少しも無かった。まるで太陽に燃やされていくようにウルの心器は光へと変わっていく。
ウルの負け、それは中で攻撃をしていたイアにも明白なことだった。倒れた瞬間に火の壁から薄らと漏れる光、それが遠距離から見ていたギドの目にだって、もちろん、攻撃を行っていたイアにだって見える程の輝きがあったのだ。
倒せた、それを頭が理解したと同時にイアはヨロヨロの足を無理やり動かし進んでいく。体の怪我のような外傷のせいでは無い。それは遠目から見ていたギドならばよく知った症状だ。完全なるMPを全て使い切ったことによる魔力欠乏症。苦しいはずだろう、並の人ならばゼロに近ければ近いほどに、イアほどのMPならば百を切ったところで倒れてもおかしくないほどの吐き気や頭痛に襲われてしまう。それでも歩みを止めない。
「……すいません、少しだけ時間を」
「別にいい」
軽く会釈をしてギドはイアの所まで走った。
歩く方向からしてイアの目的は分かっている。すぐに動かなかったのは自分の考えが正しいかどうか分からなかったからだ。でも、今は完全に理解している。目前まで来たギド、それを見てイアの表情が和らぐ。
「頑張った……よ……?」
「うん、三人とも良くやったね。遠目からだけど全部、見ていたから」
ポフリとイアの体がギドへと寄りかかる。
軽く抱き締めるギドに対してイアは腕を動かそうとするが力が入らない。それが本当の限界、今までの知ったかぶりで言っていた限界とは違う。せめて抱き締め返したいな……そんなことをイアは考えるが無理だった。
「後は……お願い……」
「任せておいて」
頭を撫でられる。
もう意識は保っていられなかった。イアは笑みを浮かべながら光へと変わり外側へと出される。それを見送るようにギドは消えてしまったイアの幻影を抱きしめ続けていた。そこにあるのは構えなかった後悔と、イアの本当の気持ちを知れた小さな喜びだけ。
「よっし!」
不意に大きな声を出した。
顔をバシンと強く叩いて……というか、強く叩きすぎたせいで両頬を真っ赤にしている。それでも頬を気にした様子はなく、イアのいた場所を見て笑顔を浮かべて黒百合を構えた。自分のワガママに付き合いながら真の成長を見せ付けた三人の覚悟、それを一番に嬉しく思っているのは他でもないギドだ。だからこそ……。
「僕は負けない」
呟いてから振り返りローフに大きく礼をする。
待っていたくれたこと、そして戦士としての敬意を払っての礼だ。ローフはそれに対して同じように礼を返す。それ以上の言葉は二人には要らない。ただ武器を構えて戦う意思を示すだけだ。
「ザイライのリーダー、ギド」
「パトロのギルドマスター、ローフ」
『いざ、参る!』
大きな力がぶつかり合った。
前話に関して一部、書こうとしていた部分が無かったため書き足ししようと考えています。主に問い掛けの意図などが抜けており、加えてウルが気持ちの強さを測ろうとしている理由が欠けているため、自分で読んでいてもハテナマークが浮かぶような中身となってしまっていました。ウル含む三人が強くなろうとした理由、どうしてエミの一言で怒ったのか……そこら辺を強調するために書いていたつもりでしたが重要な部分が無さすぎて面白くないと思った人も多いと考えています。本当に申し訳ありませんでした。
書き足し自体は仕事の終わりに目処がつくであろう八月の半ばまでには終わらせたいと考えています。少しだけ時間がかかると思いますが御理解いただけると幸いです。また、書き足しの中身によっては今回の話も書き直すかもしれませんが流れは変えないことと、投稿し直すことは決してしません。新しく投稿する時に書き直した旨を前書きや後書きにて連絡しようと思っています。最後に勢いに任せて物語を進めてしまい本当に申し訳ありませんでした。以後、このような事を減らせるように尽力したいと思います。