4章103話 心器とは
少しだけ短めです
最初に動いたのはリリだった。
フッと小さく息を吐いたかと思うと瞬間的に距離を詰めガルの腹へと入る。すぐに盾を向けて守りに入るが攻撃が来ることは無い。かと思えば、後ろへと回り込んで突きを放とうとする。攻撃が来る前に盾を向けるが、やはり攻撃は来ない。それが何度も続く。
ただ煩わしさを覚えさせるように、ぴょこぴょことガルの周囲を走り回る。ガルにはその行動の意味が分からない。それでも易々と攻撃を受けるわけにはいかないために、盾をブンブンと振り回さざるを得なかった。そこを軽い突きが通る。
攻撃自体は鎧に阻まれるせいでダメージはないのだが、少しだけガルを後方へ飛ばすことが出来た。何もダメージを与えるだけが攻撃ではない。それをよく知るのは搦手を好むギド、そして近くにいるリリのような遊撃だろう。いつも行うような連撃をせずに、また距離を取る。
大きな呼吸音、紛れもなくガルから発せられているものだ。普通ならば次があるか分からない絶好の攻撃チャンスのはず……それでもリリは攻撃を行わない。先程、やられた反撃を恐れているのはガルからしても目に見えている。分かっている、ガルも分かっているのだ。
ーーこんな時にシードがいればーー
そんな思いが頭を巡る。
ガルは強い、それこそ並大抵の攻撃はその盾と剣で流したり受け切ったり、最前衛としての仕事を遺憾無く発揮するほどに。だが、そんな存在でも弱点はあるのだ。それはガル自体に決定打が無いということ。防御性能に関してはSランクと同等クラスな数値だが、攻撃面に関してはCランクと大差ないのだ。
仮に攻撃をしに行くとしよう。
そこで怖いのはリリに気を取られ見失ったエミ、そして隙をつかれた時の対処の遅れ。防御力が高かろうと決定打が無いガルからすれば攻撃を受けることが一番に安全牌に感じられた。リリやエミに見せた能力にだって縛りがある。そう易々と使えるものでは無い。いつもならば前を走り傷を負った敵を狩ってくれるシードがいたのに……彼はもう倒されてしまった。あまり確認は出来ていないがウルも懸命に少女と戦っていると思うと……。
「俺が耐え切るしかない」
呟く声、それと同時に距離を詰めるリリ。
今度は初撃からレイピアを当ててきた。それでも力は抜いているようで盾で流さずとも当たった瞬間に弾ける。手を抜いている……そういうわけではないことをガルは理解していた。どうやったかは分からないが攻撃を任されているシードを倒した存在だ。愚策を簡単に打つとは思えない。
すぐに剣を構え直す。
横振りの構えを見せられリリは即座に距離を取るが攻撃は来ない。ただ構えを見せたままでリリを一心に見つめている。何か策があるのだろうとリリもすぐには動けなかった。……だが、動かないという手はリリにはない。
もう限界に近かった。
いや、限界など疾うに過ぎていたのかもしれない。一瞬、我に返ったリリが見たものは滴る自分の血達だ。少し立ち止まっただけの場所に小さな赤い水溜まりがいくつも出来ている。視界のボヤけがシードと戦っていた時の比ではないのだろう。そして何も出来ないままで終わる気などリリには毛頭ない。
「来るか」
「ああ!」
最後の走りと言わんばかりに一直線に距離を詰めて首元目掛けて突きを放つ。もちろん、バレバレの攻撃が見逃されるわけもなく向けられていた盾で弾かれた。突如として感じる強烈な痛み、意識が飛びそうなほどの感覚が体の内側から外側へと向かっていく。
そこを片手剣が迫るが、それは通らない。
当然と言うべきか、その攻撃を隠れていたエミが受け止めていた。どこか辛そうな顔をしているエミだが、その目には信念が確かに見える。リリを一瞥してからジロリとガルを睨みつけた。
即座に横薙で振られるエミからの一撃。
だが、盾でガードされて少し動いたところで止められてしまう。届かない、少しもダメージを負わせることが出来ない。普通ならばそんなマイナスな考えが浮かぶはずなのに……エミは笑った。
ガルもその表情に気が付く。
遅かった、もっと早くに気が付いていれば……そんなことを思う余裕も無く盾を持つ左手にリリのレイピアが刺さった。綺麗に鎧と鎧の数センチも無い隙間を縫う一撃……それでも今のリリにはそれが精一杯でしかない。
「後は……言った通りに、ね……」
「ああ、任せろ」
微かに笑って見せてリリは光となった。
対してエミの顔は少しばかり暗い。
「これで一対一か」
「そうだな」
簡素な会話、自分のした事は自分が本心からしたいと思えない行動だった。その手を取ると脳内で連絡をしてきてから何度も反対の意志を伝えてきたのだ。だからこそ、エミは離れたというのに……リリは強行してしまった。それが一番の勝ち筋だと、エミならば勝てると信じたから。その意思が伝わっているから……エミは覚悟を決めた。
「行くぞ」
「来い」
囮に出来ない、仲間を守りたい。
嘘ではない……何と言われようとエミは嘘と認めるわけにはいかないのだ。だが、勝つことに執着したいのならばそれは足枷にしかならない。エミだってよく分かっていた。シロに言われてから何度も何度も考え直している。それでも……作戦であっても仲間の命に関わることはしたくない。
強い思い、自分の全てを乗せた一撃。
その攻撃はしっかりとガルの構えた盾に衝突して大きな金属音を鳴らす。最初、盾で受けたガルの表情は余裕に満ちていた。それが徐々に消え始め最後は冷や汗を流し始める。先と同じように流しきれると考えた攻撃が上手く外れてくれない、それどころか……。
ーー威力が……強くなっている!ーー
そう確信せざるを得なかった。
恐らくエミは気が付いていないだろう。リリの時と同じだ。いくら自分を映し出す心器とはいえ、完全に能力を理解することなど時間のかかることだろう。それこそ成長の中で自分という存在を正しく見定めていく思春期の状態、心器は言わばアイデンティティを確立させていくのと変わりない。自分を曝け出せることも才能であり、成長出来るかどうかも才能なのだろう。
その中でエミの心器は体を輝かせることも、結界のように新しい能力が付与されるわけでもない。知らずに使ったのは自分に一番に足りない何か。派手派手しさも、皆を魅了する能力も、そんなことは本心からエミは望んでいないのだ。
「ギドならば……隙を無理やり作る」
その言葉通り、だが、ギドとは少しばかり違うやり方ではあるが、力任せに振られた心器ギドニルはガルを大きく吹き飛ばした。エミが散々、苦しめられてきた天才的な流す技術も、自分の少しの油断から来る反撃すらも今のガルからは出ない。いや、出せなかった。
「リリの目は本物だ。アイツの真の力は足の速さでも、幾重にも張られる戦略の多さでもない。戦いながら状況を正しく測る力」
そして、それはエミには出来ないこと。
幼い頃から英才教育を施されてきたエミだったが学問という分野においては、これっぽっちも才能が無かった。何度も羨んだ、何度も無い物ねだりを繰り返した。だが、手に入らないものは手に入らない。ならば……。
「持っている仲間が近くにいればいい。そしてオレの唯一の才能で二人を守るだけのこと」
その考え方で言えばエミが心器を発言させて、すぐに結界を扱えたのは納得が出来る。もちろん、仲間を本気で大切にする理由の根本に有るものとは少しばかり違うことなのだが。それでも大切にしたいと思えた理由の一つであることには変わりない。そして託された情報と力。
「お前の魔力の流れは左手から来るみたいだな。お前の持つスキルさえ封じてしまえば高いだけの防御力を持つ木偶の坊と変わりないだろうな」
一方的に送られたメールに書かれていた。
何分と打ち合い続けてもエミには理解出来なかったガルの能力、それを少しの打ち合いで見抜いてしまう。これを才能と呼ばずして何と呼ぶのだろうか。エミは小さくフッと笑う。
「オレだって」
リリの最後の顔を思い出す。
「信じられているんだ」
「なっ……!」
無理やり盾に魔力を流し込む。
同時に起こる嫌悪感、それでも途中でやめることなど出来やしない。止めれば負ける、ウルへと負担をかけてしまう。先程の一撃で頭が、体が負けないために無理やり体を、心を動かしている。エミに仲間を思うという負けたくない理由があるの同じように、ガルにだって負けられない理由があった。
そんな気持ちとは裏腹に盾ごと腕が強く上へと飛ばされる。力任せ、ゴリ押し……エミからすれば何と言われようと構わない。それがエミにはとっての強さなのだから。搦手や魔法なんて今は必要が無い、今は正面突破で敵を飛ばせるだけの単純な力さえあればいい。
「反撃ッ!」
「痛く、ねぇッ!」
心器がガルの鎧にぶつかると同時にエミの口から血が流れていく。傍から見れば攻撃を与えているのはエミのはずなのに、ガルはただ体で攻撃を受けているだけなのに……ダメージを強く受けているのは、どう見てもエミだ。それでも攻撃をやめない、力をより強めてガルの体へと心器をくい込ませていく。飛ぶ、何がとは言わない。いや、言えない。もしかしたら、それは大切な命なのかもしれない。だが、やめるわけにはいかない。
「飛べよ!」
「ガッ……!」
遂にはガルの体から魔力の流れが消えた。
どうしてもガルが自分の能力を使うには体全体へ魔力を流す必要がある。一点に左手へ流すよりは嫌悪感などは少ないだろうが、それでも魔力を上手く扱いにくいのは間違いない。空中へと高く飛んだガルの目は白く染っていた。意識が消える際に何を思ったのか、何が映ったのかは分かりはしない。だが、その表情は清々しかった。
地面へと強くぶつかる音。
小さくため息を漏れてしまう。ようやく倒しきれた、頭の中には大きな達成感が募っていた。一人で倒せていたのならばここまでの気持ちをエミは味わえていなかっただろう。一人では絶対に勝てなかった相手、本当の強敵を、仲間が、自分には無いものを持っているリリがいたからこそ、ギリギリであろうと倒せたのだ。
「後は……一人だ……」
少し緩んだ口元を結び直し剣を構える。
チラッともう一人の仲間がいるであろう方向を見た。自分では足でまといかもしれない、小さな不安感はある。だが、あそこまで傷付いたリリでもエミを最大限サポートしたのだ。自分の手を見て強く握る。少なくとも弾除けくらいにはなれるだろう。軽い自嘲をして走る構えをとった。
その時だった。
大きな爆風が周囲を包んだ。
作者なりの心器に対する捉え方を書いたのですが抽象的ですみません。一応、心器を出せることも才能(学校や職場などで自分を曝け出せるか、自分という存在をしっかりと見定められているかどうか)、心器の力を発揮出来るかどうか(自分が本当に望んでいるものを理解しているか)というような解釈をして貰えると助かります。()内で書かれていることならば現実世界で生きている人でも自分に置き換えやすいのかな、と思っています。実際は心器を出せる条件がコレだけというわけではありませんが……。
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