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4章102話 負けぬ覚悟

 リリはその光に気が付かない。

 今、持てるだけの力を……ただそれだけが今のリリの頭にあった。他のことを考えている暇があるのならば勝ちを作る一手を考えた方がいい。シードと距離を詰めて突きを放つ。先程のリリでは考えられない特攻にも思える攻撃、だが、シードの虚をついた。


 ……速い、先程の速度とは比べ物にならない一閃が向かってくる。油断こそなかったものの、突如として起きた速度変化に対応出来るわけもなくシードの頬を掠る。まだ傷は浅い、この程度なら……そう思った矢先に微かな異変を感じた。頬だけじゃない、今まで与えられてきた傷の部分が異様に疼くのだ。痛い、辛い、痒い……色々と不快な感情を与えてくる。


「……何をしたか聞いても?」

「魔力の流れを変えたまでですよ。そちらの風を封じて損はありませんから」


 小さな舌打ち、攻撃方法がバレて少しだけ動揺が見える。魔力の流れを変える……意味も分からず対応の仕方も思い付かない。もし仮にシードが考えたことが、相手の魔力の量を自由に変化させられるとしたのなら、それは人ならざるものにしか出来ないことだろう。


 だが、ただ一つだけ言えることがある。それは魔力を体から流そうとする度に傷口から湧き上がってくる不快感だ。もしも、リリの話す意味の分からない言葉がこの症状を引き起こしていると考えると……シードの身が軽く引くつく。


「封じた……ね……」

「ええ……見たところ完全に、とはいっていなさそうですが」


 見えるほどに風を展開させるシード。

 だが、その表情は酷く強ばっていた。当然だろう、風を維持するだけで不快感が続くというのに使わなければ負ける要素が高くなる。まして、見えるようになってしまったのも魔力の制御が出来ないからだ。……それでも嫌な気は少しもしていないようで笑みを浮かべている。


「さすがAランクだ。悪いがナメていたよ。……そうだよな、危機に陥ってからが本当の戦いだ。長らく忘れていた」


 スケイルは強い、それこそ、ここ最近では自分の命の危機を感じる時がなかったくらいだ。誰にも負けずに前衛を務めるガル、後衛で魔法を撃ち続けながらオーダーをするウル、そして二人の見えないところ、痒くても手が届かないという時に手助けをするシード。このパーティならばワイバーンすらも倒せるかもしれないと噂されるほどだったのだが……それは幻でしか無かったと悟る。


 勇者ですら苦戦をするワイバーンが相手だ。鉄の処女を弱いとは思わなくても、より強いだろう敵を想像してしまえば自信が揺らぐのも仕方の無いことだろう。それでもシードは自信が揺らいだとしても終わりにしない。失った自信は戦うことで得ればいい。


「手は抜かない、今更では遅いが死ぬ気でやらせてもらおう」

「……来い!」


 レイピアを構えたシード。

 手でクイクイと煽るリリ。そんな弱い煽りでは何も感じることは無い。それでも高揚はした、本気で倒したいと思える存在になってしまった。その目にあるのは力を測ろう等といった上からリリを眺めるものでは無い。格上の相手を見る目、ヒーローを見る子供のような憧れがそこにはある。


 遅かった、この気持ちを知るのがもう少し早ければ、この気持ちをより長く楽しめたというのに。そうシードは思いながらレイピアを強く前に突き出した。外れた、余裕ではなさそうだったが纏った風の攻撃ごと綺麗に躱されてしまう。


 速い、それ以外の言葉が出てこない。

 先程とは打って変わって攻撃のほとんどが当たらない状況が続く。相手の速度が上がり当たったとしても風でかすり傷を与えるだけ、その程度では大怪我を負っているリリ相手とはいえ、倒しきることなど出来ないだろう。時間の先延ばし、それすらも状況が違いすぎる。今度こそ守り切れもせずにやられるのが目に見えていた。


「君がそれだけ強いということは他の二人も同等の強さがあるのだろう。ガルのためにも君を何とかしなければいけないね」


 そう嘯いて見せるが内面、焦っていた。

 早く倒したくても詰め切るための一手が今のシードには無い。魔力もほとんど扱えず、ましてや大技であった大砂嵐によって残り三百あるかないかだ。これでは風を纏うことで精一杯、そして風を纏うだけでは崩し切れないのは今の戦いで分かっている。


「こっちもエミが苦しんでいるからね」

「どちらも早く倒したいのは間違いないか」


 冷や汗が止まらない、魔力を流そうとする度に不快感が強くなる。慣れていた、嫌な思いをすることは何度もあった。死にたいと思えることも経験していた……そのはずだったのに今の不快感は耐え難い。


 幸福に生きていたんだな、とレイピアを構え直し自嘲する。幸せに気が付かない幸せ者を馬鹿にしていたシードからすれば、それはとても良いことのように感じられた。気が付かないでいたのなら自分が馬鹿にしていた者達と大差なかったことになってしまう。


「君のそれは心器かな」

「……ああ、その通りだよ」


 シードの一言にリリの頬が強ばる。

 答えるかは悩んだ、別に嘘をついたとしても良かっただろう。それでもリリは嘘などつかずに事実を答えた。心器を持つ者、それは少なくともSSランク以上の力を持てるだけの才能がある存在ということだ。持っているだけで重宝され、多数の国や街が喉から手が出るほどに欲しい存在。


 もし仮にシードが性格の悪い人間ならばリリが心器持ちであることを他にバラすだろう。そうなれば今の生活は送れなくなる可能性がある。他国から刺客が来るかもしれない。……この肯定はリリからすればとても重いものだった。


「やっぱりか、実は私の武器も心器だったんだよ。もしも普通の武器に負けたとなれば私も心が折られそうだったからね」


 気にした様子もなく返される。

 リリの胸から重い何かが落ちていく。もちろん、物理的な思い何かではなく精神的な意味で、だ。その話をするのであれば、きっと一番に重荷を背負っているのはイフかエミだろう。何のことかよく分からなくなってきた。


「風を操る心器かな」

「そういう君は魔力を操作する心器だろうか」


 勢いよく距離を詰め鍔迫り合いになる。

 両者、一歩も譲らない拮抗した勝負。だが、そのせいでシードは気が付いてしまう。徐々に無くなっていく意識や力、今は心器で自己強化出来ているに過ぎない。すぐに距離を空ける、が、やはり詰められてしまい胸元を切られてしまった。余計に視界がボヤけてくる。


 勝負は一瞬、冷や汗が流れてくる。

 レイピアをリリに向けて手の甲で支えた。瞳を閉じて最後の魔力を全て流し込む。冷や汗が余計に酷くなってきた。それでも本当に楽しいのだろう、笑みを少しも崩しはしない。……それを見て察したのだろうか、リリも追撃をしようとはしなかった。追撃をすれば魔力を貯めている以外に何も出来ないシードを倒すことは容易だ。それでもしない、いや、冒険者として、戦士としてそれは出来なかった。


「これで最後の一撃だ。本気の一撃で止められるようであれば私は最初から君には勝てなかったってことになる。その時は……潔くガルに全てを任せることにしよう」

「仲間を信頼しているんだな」

「ああ……君もそうだろう?」


 瞳を閉じているというのに二人は同じタイミングで笑い声をあげた。リリの「違いない」という言葉にシードも魔力の量を増やす。意識が飛ぶ、その直前まで魔力を練り続けた。


「喰らえ、風翔ッ!」

「来い!」


 風の刃を纏いながらの一突き。

 その名の通りに駆け巡る風がリリの体を傷付けていく……が、シードはそれを見ることが出来ない。もうシードに意識は無かった。即座にシードの姿がその場から消えてしまう。最後まで見なくてよかったのかもしれない。シードの最後の一撃はリリを少し傷付けただけで終わってしまったのだから。


 腕に軽いかすり傷を負ったリリはレイピアを構え直して小さくため息を吐く。思った以上のダメージは負わなかった。だが、今までの蓄積されてきたもののせいでリリの意識も少しばかり遠い。小さく自嘲する、リリ自身でも愚かだったと思いながらもその顔に後悔はない。あるとすれば……。


 すぐにリリはエミの元へと走った。今の力ならばエミを助けられるかもしれない、助けられてきた記憶を思い返しながらレイピアを片手にぶつかり合うガルの肩めがけて突きを放つ。……しかし、その攻撃は鎧によって弾かれてしまった。


 弾かれた……にしては違和感が強い。

 リリの顔が固まる。盾で弾かれたわけでも、剣で弾かれたわけでもない。純粋に鎧の奥までレイピアが届かなかった。石を付いた様な感覚、自分と同等の力で押し返されたような感覚と言うのが正しいのかもしれない。


 一瞬、強く放たれた殺気。

 後ろへ下がり武器を構え直す。


「なるほど、シードは負けたか」

「ああ、手強かったよ」

「そうだろう……俺の仲間だからな」


 どこか誇らしげなガル。

 その体は少しだけ赤く染っていた。ガルが傷付いているのではない、その血は……一目見ただけでリリは理解してしまう。だから、すぐにそれが言葉に出てしまった。


「エミは負けたのかな?」

「負けてなどいないな。攻撃したとしても当たらないことが分かっているから守りに入っているだけだ」


 その言葉を聞いて胸を撫で下ろす。

 退場したわけではないということは自分でも勝ち目があるか分からない相手に、勝つ方法を見いだせるかもしれないということ。エミが言っていたこと、「オレでも勝ちが見えなかった相手」という言葉が頭を過ぎる。


「アイツは攻めに特化しすぎていた。アイツと一緒に戦うのであれば完璧な守りが必要だったんだよ」

「妙に饒舌だね」

「当然だ、シードを倒した強敵と戦えることが俺にとっては楽しみ過ぎる。言葉の一つや二つくらい増えてもおかしくはないだろう」


 盾と剣を構えながら徐々に距離を詰めるガル。

 対してリリは距離を詰めることも離すこともしない。詰めようにも先程の反撃であったり、当たったとしてもダメージが通らない。ましてや、離したとしても自分の傷からして長くは持たないことは理解している。


「防御こそ最大の攻撃、俺がそれを見せてやろう」


 高く上げられた剣がリリに振り下ろされる。

 速度自体は緩くシードとは比較できないほどに遅い。躱そうと思えばリリならば簡単に躱せるはずなのに……少しも動こうとはしなかった。諦めたか、そんなことをガルは思いながら力を強める。だが、その攻撃はリリの頭上で止まってしまった。


「ようやく、終わったのか」

「ああ、待たせたね」


 ひょっこりとゆっくりとした足取りでエミが現れる。

 そのままリリの隣まで歩き武器を構えた。方や満身創痍、方や軽傷……加えて両者ともに敵に対して決定打がない。だというのに、二人は目を合わせた瞬間に笑みを浮かべた。負けるなどという感情はそこにはない。あるのはただ勝利を得ようとする欲望だけだ。


「私達は三人で一人だからね。二人でようやく常人になるかならないか、だ」

「お前と同様にオレは守ることしか出来ねえからな。攻撃を担ってくれるリリがいるのなら、お前の一人や二人は楽勝だ」

「……それは無理かなぁ」


 ガルにはそれは軽口に聞こえた。

 どこからそんな余裕が出てくるのか、そう思いはしても馬鹿だという感想は出ない。最後の足掻きだとも思えやしない。素直にガルは二人を見て思った、「俺では勝てないだろう」と。


 なぜ、そう思ったのかガルも分からない。

 もちろん、首を横に振ってマイナスな考えをガルは咄嗟に振り払った。それでも拭いきれない負けという感情。自分の力に自信がある、例えシードが相手だろうと防ぎ切れるだけの能力があると自負していた。だが、小さな恐怖を捨て切れない。


 少し震える足を止めようと努力しながら向かい合う。ガルはガルで負けられない理由があるのだ。恐怖を抱く相手とはいえ手負いの獣、小さな失敗を減らせば勝てないわけではないだろう。大きな深呼吸、シードとウルのためにと自分自身を鼓舞させた。

総合評価2200を越えました。七月中に2300を超えることを目標に今月はマイペースながらに頑張っていこうと思います。ちなみに風翔はフウショウという技名で考えていましたが変えるかもしれません。こういう時に自分のネーミングセンスの無さに嫌気が差します。厨二病なのに……こういう時に閃いてくれないとは……。後、リリの心器の詳しい能力は次回にでも書けると思いますので、お楽しみに!


次回は来週の木曜日までには出せるようにします。もう少しだけ鉄の処女VSスケイルの戦いを書きますが残り三話くらいを予定していますので、ゆったりと何も考えずに読んでもらえるとありがたいです。もし面白いや興味を持ったという方がいればブックマークや評価、感想などよろしくお願いします!

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