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4章101話 求める先

 幸いリリのレイピアが貫いたのはシードの利き手ではない左肩だ。突き自体は右手に構えているレイピアで何とかなった。だからといって楽に対処できるわけではない。徐々に左肩から広がる痛みのせいで少しずつ表情が歪んでいく。だが、それは攻撃を行うリリも例外じゃない。


 小さいながらも荒い呼吸、突きの速度は遅くなる気配すらないが出血は止まらない。守りきれさえすれば確実に一人は落とせる……そう思ったがシードは首を振る。仮に落とせるとしよう、それでシードの見たかったものが見られるのだろうか。ましてや、守りきれる保証すらない。


 丁度、シードの首元をレイピアが掠った。

 もう守るという選択肢はシードにはない。このままだと負けるのはリリではなくシードであると悟ったのだ。……練度の高い攻めには、それと同様の、いや、それ以上の練度を誇る攻めで返さなくてはいけない。


 精一杯の力を振り絞り強く弾き返す。


「守るのはやめだ」


 レイピアの先を向けてリリを睨む。

 さすがに警戒しているようでリリが距離を詰めることはしない。……シードは思いっ切りレイピアを引いてからリリ目掛けて放った。傍から見ればそれだけのはずなのに……リリの脇腹に四つの斬撃跡が出来る。リリの頭にいくつものハテナマークが現れるがシードは待ってくれない。第二、第三の刃と言いたげにまた引き前へと突き出す。


 弾いては、また弾いて……突きの速度こそ先程よりは遅くはなっているものの、未だにギリギリ躱せるかどうか速度を保っている。ましてや、躱したと思ってもレイピアから距離が近ければ傷が出来てしまう。徐々にリリの表情が曇っていった。


 躱した、そのはずなのに体は傷付く。

 ダメージ自体は大きくはない。それでも躱しきれないことこそがリリには怖いのだ。ただでさえ、先程の大技のせいでリリの体はボロボロになってしまっている。長い時間をかけて戦うということも出来ず、躱したと思ってもダメージのある攻撃のせいで近距離で戦えない。もし仮にレイピアに触れてしまえば、かすり傷で済まない可能性すらあるのだ。


 そんな気持ちを弄ぶかのようにレイピアがリリの胸元に当たる。気を抜いていたわけではない、何なら躱せると感じながらリリは動いていた。なのに、その体はリリですら気が付かないほどに、少しずつ体が動かなくなってしまっているのだ。まだ鎧のおかげで命に別状は無い。地面の上を滑りながら飛ばされるだけで済んだのだが、今の一撃のせいで鎧は見るも無惨な姿へと変わってしまっている。


 摩擦で火を起こすかといったところでようやく止まった。背中がヒリつくように熱い。寝転んでいられないと直ぐに立ち上がろうとした。だが、行動が遅すぎる。もう間近まで迫ってきたシードが見えているのだ。悠長に立ち上がる時間すらも今は惜しい。すぐさまレイピアを構え直すが座りながらでは満足に躱すことも出来ない。


 最初は右、それを弾くが鎧すら無くなったリリの横腹を傷付ける。左、弾くが左腕が傷付く。真ん中、右、左……負け……それがリリの目に色濃く見えてきた。ついに弾き切れなくなったレイピアが首元に迫った時……シードが吹き飛ばされた。


「おい、大丈夫か?」

「あ、ああ……」


 聞きなれた声、見慣れたエミの顔、少しだけ安心したが首を振って気持ちを改める。今は油断など出来ないのだ。差し出されたエミの手を取り何とか立ち上がる。それでも立っているのがやっとのようで足が少しだけ震えていた。……もしかしたら恐怖も感じているのかもしれない。


「お前らしくないな」

「……すまない」


 それしか返せない。

 いつもそう、リリはエミがいてこそ輝けていた存在だった。理解している、気が付かないようにしていたわけでは決してない。それでも自分の無力感を強く感じてしまう今の状況、リリにはとても辛かった。


「冷静さでも欠いたか?」

「……少しね」


 手をグーパーと動かして確認する。

 まだ動く、使えはする。時折、力が入りにくいこともあるが戦いに支障をきたすほどではないだろう。レイピアを構えた、まだシードは向かってきてはいない。さすがに重量のある鎧、剣と盾、そして大きな体躯のガルを持ち上げることで精一杯だったようだ。


「……悪いな」

「仕方ないさ」


 体を起こし埃を払う素振りを見せるシード。

 どこか、その姿は余裕が垣間見えていてリリに小さな焦燥感を抱かせる。でも、その感情とは対照的に体は戦い初めのように動かせるわけではない。先程のシードへの連撃、それが精一杯だったのだ。


「油断はするなよ」

「していない、お前と違って攻撃は受けていないからな」

「本当に口が減らない奴だよ」


 やれやれと言いたげにシードは笑う。

 ガルは表情を変えずにただただエミを見ていた。ガルはガルでエミに投げられたことが頭に残っているのだろう。模擬戦では命を賭けて戦おうとなんてしない。勝ちを見出すために戦うことが模擬戦では重要なのだ。その中でエミが咄嗟に取った行動はガルからすれば意外性が強いもの、今までされたことのない攻撃だった。だからこそ、シードに呟く。


「そっちも油断はするな。相手は俺達が考える以上に強い」

「ガルが言うのならそうなんだろうね。……それでも私達ほどではない」

「同感だ」


 ガルは小さく口元を綻ばせた。

 盾を前に突き出す、それを見てシードは構えた。少しだけ痛む体に鞭を打つように大きな咆哮を口から漏らす。ガルは飛び出した、そしてエミの大剣と盾がぶつかり合う。エミの物理攻撃値はかなり高いのだが簡単に崩すことは出来ない。ガルはもう片手にある剣、それを振るうが傷付けることが出来ない。どうしてもエミの張る結界を少し傷付けただけ。


 だが、今のガルからすれば状況は変わった。


「風穴を開けてあげよう」


 エミの背後から攻撃をするようにシードが思いっ切り引いたレイピアを放とうとする。一対一では決定打の無かったガルからすれば、ようやく戦闘が一歩先へと進む、そう思っていた。……それはうっすらと見えたエミの顔によって変わる。


「シード!」

「は……がっ!」


 横から流れるように入った一撃。

 運悪く攻撃を受けたのは利き手である右腕でかなり深くへと刺さってしまった。分かっていた、だからこそ、ガルの声でシードは気配を感じた場所へレイピアを撃ち込んだというのに……結界で弾かれて無意味に終わってしまう。躱せない速度では無いが向かい打つつもりでいたシードからすれば結界を張られるのは想定外だった。


 何もシードの考えはおかしなことではない。

 結界の多重展開、そんなことが出来るのは稀代の勇者か聖女くらいだ。たかだか田舎町の冒険者ごときが、おいそれと使える能力ではない。もちろん、結界を使えるようにしているのが心器だと理解していれば話は変わっていたかもしれないが。


 それでも攻撃を受けたことには変わりない。

 いくら嘆こうとも自身の判断ミスが最悪な方向へと進みかけているのだ。シードの顔が曇る、痛みだけではない、自身への不甲斐なさ故に。


「退場してもらおう」


 鮮血が舞う、リリに与えたかすり傷から漏れる血、そして……シードの胸を斜めに切った血の二つが空中で泳ぐ。美しい、そう思えてしまうような連撃がリリから放たれる。放てば放つほどに流れていくリリの血、気にした様子もなくシード目掛けて放ち続けた。


 遂には躱し切れずにリリのレイピアがシードの胸元へと当たる。ギリギリ鎧を貫通する寸前で弾いたが意味は無い。また体勢を立て直して次の攻撃へと繋がるだけ……シードは二の突きを左手の短剣で無理やり受け止めた。だが、力が入り切らずに吹き飛ばされてしまう。


 そこを見逃すわけもなく追撃するが、もちろん、それを許すガルではない。


「通さない」


 リリ最大の一撃が盾で弾かれてしまう。

 続けてガルが片手剣を振るうが速度はシードの攻撃ほどでは無い。盾を蹴りヒラリと身を翻すようにリリは回避した。ガルにはその次はない。シードやリリのような剣の才能も、速く動けるだけの身軽さも持ち合わせていないのだ。ただ持ち合わせているのは……。


「反撃!」

「リリ!」

「ああ、分かっている!」


 エミの声、だが、リリは間違ってしまった。

 ガルと対峙していたエミだからこそ分かる。その一撃を放った直後、エミの顔は一気に青くなっていた。それも当然だろう、リリのレイピアがガルの盾へとぶつかった瞬間にリリは吹き飛ばされたのだ。いや、吹き飛ばれたという優しい言葉でいいのだろうか。


 空中で数回転しながら体から血を撒き散らす。

 スプリンクラー……そう思えても仕方がないほどの出血量だ。浅い傷が深くなってしまったのだろう。起き上がろうにも簡単に起き上がれやしない。頭の中にこびり付いた敗北、かき消すための力は残ってはいない。強い疲労感と脱力感……そんなリリとは打って変わってエミは特に気にした様子もなくリリを見つめる。


 リリはハッと息を飲んだ。

 完全に油断していた、そう分からされたのは目の前にシードのレイピアが迫っていたからだ。連撃を与えたとはいえ意地で立ち上がったのだろう。シードは強い、それこそ貫通力の高いレイピアによってリリはボロボロにされてしまったのだ。だが、その力でさえエミの結界を壊すことが出来なかった。


 そのシードに対して大剣を振るいリリから距離を取らせる。当たりすらせずともエミにはどうでもよかった。本当の目的はそんなことじゃない。


「まだ立てるか?」


 普段と変わらない優しい声。

 例え大怪我を負ったとしても変わらずに接してくれるのだろう。男っぽい性格でありながら本当に仲間を思う存在、それがエミなのだ。今も昔も変わらない、リリの大切な親友。


「悪いな、教えるのが遅れた」

「いや……飛び出した私が悪いよ」


 手を差し出しているものの取ろうとはしない。

 いや、リリには取れなかった。自分が何をしたところでエミが全てを覆すのだろう、と。何度死にかけることがあってもいつもエミに助けられたな、と口元を歪ませる。エミは少しも悪くは無いのに……リリの胸はとても痛がっていた。


「……どうすればいい」

「さあな」


 心で考えていたつもりが口に出てしまう。

 あっさりとした回答にもならない返事がリリの胸をより締め付けてきた。身勝手な感情だと分かっている、なのに力を持っている人が憎い。才能がある人が憎い。


「……負けか」

「それはどうだろうな」


 エミの呟きにリリは小首を傾げてしまう。

 何を言っているのか……そう思いリリは指さされた方向をを見た。……すぐにその表情が変わる。結界に付けられた浅いいくつもの傷、それを一回の攻撃で起こしたのだ。眠りたがる頭をフル回転させてリリは勝ちを探る……あるにはあった、見つけはした。だが、それは……。


「いくらでも守ってやる」

「本当に……すまないな」

「気にするな、その泣き虫な癖……嫌われるぞ」


 女性にしては太い指、とても暖かく感じた。

 覚悟……それが少しだけ定まってしまう。いつかユウに言われたことを思い出す。どうすればいいか、自分はどうしたいのか……負けたいのか、いや、そんなことはこれっぽっちもリリは求めちゃいない。


「良いってことよ。オレもアイツと戦っていて勝ちが見えなかったんだ。リリがいれば……変わるかもしれねぇ……」


 エミの手を借り体を起こす。

 勝負は一瞬、それを逃せばリリの体は持たないだろう。だが、リリには恐怖は無い。エミの言葉がギドから言われたことを思い出させた。信頼している、その信頼に見合う戦いをしなければなとレイピアを構え直した。


 もしも、仮にもしも自分の欲しい能力が、今のシードを倒せるだけの力があるとすればなんだろうか。一発逆転の力、それはなんだろうか。リリの頭を心器という存在が埋めつくしていく。分からなかったこと、理解できなかったもの。それが手にある心器だった。


「……不確定だが……」

「それに賭けてきて勝っていたのがオレ達だろ。負けたのなら、その時はその時だ。きっとギドが何とかしてくれるさ」

「ああ……そうだな……」


 ギド、その名を聞くと不思議と力が入る気がした。

 体から流れる血は未だに止まない。もしかしたら死ぬ手前の、ランナーズハイに近いものなのかもしれないが、その表情に死や恐怖といったマイナスなものは一切なかった。ただあるのは一点に見つめられたシードの姿。


「躱されるのなら躱せなくすればいい」

「……よく分からねぇが任せろ」

「早く終わらせるから時間稼ぎを頼むよ。……エミ、背中は任せた」


 リリとエミが背中を合わせる。

 それに対立するようにリリの前にはシードが、エミの前にはガルが各々の得物を手に構えを取った。どうすれば勝てるのか、そんな曖昧な考えは今のリリには無い。勝てるのかでは無い。


「勝つんだ、ギドのために」


 その小さな呟きに合わさるように、






 リリの心器が淡い光を持ち始めた。

遂に! 総合PVが1,000,000を超えました!

二年ほどかかりましたが大きな達成感で溢れています。自分なりに面白く書いているつもりでも何度も行き詰ってスランプに陥ることも多々あって……色々なことがありましたがここまで行けたのは読んでくれる人達がいるからでした。本当に感謝の限りです。この調子で今年中に総合PV1,500,000突破や総合評価3,000突破などを目標としていきます。今後もご愛好のほどよろしくお願いします!


次回は木曜日辺りの予定です。もし面白い、興味を持ったなどという方がいればブックマークや評価、感想など宜しくお願いします! 日々の活動の励みになります!

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