4章100話 戦う意味
太陽も頂点に昇る頃、一人の男が腕組みをしながら野原に立っていた。男の隣には背丈以上の大剣が地面に突き刺されている。時折、男は足でパタパタと地面を叩きチラチラと周囲を見渡す素振りを見せていた。
「ローフさん、急いでもすぐには来ませんよ」
「ああ、分かっているつもりだ」
ローフの近くから聞こえた声、剣の隣で寝転んでいた男が発したものだ。少し長めの草によって見えづらいが数度、欠伸をしながら下からローフを眺めている。
「……ああ、楽しみだ」
「あー、風が気持ちいいですねー」
噛み合わない二人、それでも寝転がる少年は少年で寝ながら足を忙しなく動かしていた。きっと彼も表に出さないように、これから起こることを楽しみにして……いや、鼻に掠めた草木のせいでクシャミをしたため、そんなことは無いのだろう。
「シード、お前も楽しみなのだろう」
「楽しみと言えば楽しみです。冒険者として命の心配なく格上の人と戦えること、これほど楽しそうなことはありませんからね。貴方と戦った時から私も戦うことを楽しめるようになりましたから」
クックックと寝転んだままに笑う。
それに対してローフは気にせずに大きな笑い声を上げた。初めてローフが心から信頼出来る配下を、もとい仲間を手に入れた時のことを思い出していたのだ。その時は今のように優しさを持つ存在では無かったシード、それを今の寝転がるシードの重ねて笑いを我慢することが出来ない。
「お前はアイツらが俺達の恨みを晴らせる存在だと思えるか?」
「……分かりませんよ、神のみぞと言った話ですから」
少しだけシードは嫌な顔をした。
だが、ローフは気にした様子もなくシードの隣に腰を下ろす。ただ何も気にしていないわけではないらしく、すぐに何かを聞くことは決してしなかった。少しだけ続く沈黙、それがシードの小さな言葉で掻き消される。
「ただ……今からそれを測ればいいんですよ。私達の、俺達の思いを託せる相手かどうか」
「はは、違いない」
手を使わずにスっと浮くようにして起き上がるシード、そして剣を掴んで起き上がるローフ。二人はすぐに視線を元から見ていた方へと移した。光が強く差し込む中で女性に連れてこられた人達が現れ始める。
「お久しぶりです」
「ああ! 待っていたぞ!」
男達の固い握手、現れた黒服の青年ギドとローフはそれだけで力量を測った。一瞬とはいえ、本気で握った手同士だ。少なくとも痺れたりするはずなのに……二人は笑っている。それだけ楽しみだということなのだろう。
「グリフ対パトロ、とても楽しみな組み合わせですね」
「そうですね、どちらが強いかを競うためではありませんが、こちらとしても意地はありますから」
シードとリリが睨み合う。
笑みを浮かべているとはいえ、心の底から笑っているわけでは決して無いだろう。だが、全員が戦闘を行う存在ではない。二人から放たれる威圧に身震いしている存在がいた。
「そこまでにしておいてもらえるかね。私の体が持たなさそうだ」
「失敬、楽しみで我を忘れていました」
商人ギルドの長であるケイから一言あり、シードが笑みを浮かべながら返す。だが、その返しに対して来たのは大きな舌打ちだった。
「薄汚い笑みだ」
「はは、確かにその通りですね。否定はしませんが……いい気はしませんよ? ですが、ここで仲違いする理由は無いでしょう。大人しく引かせていただきます」
「すまないね、シード」
ミラルの言葉に今度はシードが舌打ちをした。
「そう思うのなら威圧を解いてもらいたいね。その女性を大切に思うのはいいが、勝負の前に戦いたい相手が変わってしまうのは良くない」
「ふふ、なんのことでしょう」
「白々しい」
明らかにシードとミラルの間にバチバチと火花が散る現状。それを傍から見ているが誰も止めようとはしない。いや、ギド達が動かないのはローフが何も言わないからだろう。そしてローフはシードの本質を理解している分だけ止める必要が無いと判断していた。
「まぁ、いい。今回の戦いは私達が取り仕切るつもりだ。元よりローフ、貴様から頼まれていた依頼がそうだったからな」
「ああ、よろしく頼むよ」
「……任せておけ、私だってお前と同様にこの日を待ち望んでいたからな。ギド、君がその大きな口に合った活躍が出来るかどうか、私もしっかりと考えさせてもらおう」
その目は確かに人を試すような目、それこそ大手へ就職する際の面接官の目よりも辛く厳しいものだ。それをギドは笑みで返す。予想だにしない返しで少しだけケイは動揺したが「ふん」と小さく鼻を鳴らして離れた。
「イフ、頑張ってくるよ」
「ええ、こちらとしても結界を張るので中で手を貸すことが出来ませんが……勝つことを祈っておきますよ。とりあえず、ミッチェルにはお赤飯を炊くように指示しておきました」
いつもと変わらぬ適当さ。
それがギドにとってはとてもありがたかった。スケイル程度ならば三人でかかってきたとしても気負わずにギドは倒せるだろう。それを物語るように最初の攻撃の際に余裕でシードをねじ伏せていた。だが、ローフに関しては違う。ギドが身構えるほどにはローフは強い。それこそ三人と比較するのが間違っているほどに別格だ。
小さな呼吸の乱れ、それを治すのがイフだった。
小さく単純なことほど気付きにくく治しにくい。ギドの近くにいる時間が長かったからこそ、イフは笑いながらギドを癒したのだ。最初こそ共に戦うつもりだったイフは使えない。使えればローフを倒すのは簡単だっただろうが、それでは意味が無いとギドは思ってしまったのだ。
鉄の処女の三名と共に奥へと進む。
片手にはワルサーと黒百合、他三名も思い思いの武器を取り出していた。ローフは出していた大剣、シードはナイフとレイピア、ウルは杖、ガルは片手剣と少し大きめの丸盾だ。
「それでは勝負を始めます。危ないと感じれば間に入りますが、頭の片隅に殺さないことだけは入れておいてください」
イフのいつも通りの言葉。
そして天に火の球が撃ち上がる。
「構え……始め!」
その言葉と共に天の球は弾けた。
初級の魔法とは思えないほどの威力と風圧を起こした火の球。ミラルは少しだけ身構えたがすぐにやめる。イフに他の何かをする素振りは無かったからだ。例えイフが完全に気を許せる存在ではないとしても、自分の余裕が無いことに嫌な気しかしない。
ミラルは視線を元に戻した。
薄く、それでいながらも固い結界の中。ギドならばそれを箱庭だと理解出来るだろうがミラルには分かるわけが無い。……圧倒的な力の差をイフに感じて胸が小さく痛んだ。
ミラルが箱庭を見たのはシードとエミがぶつかり合った直後だった。両手でやっと持てるような大きな剣と、手ほどの大きさしかない刃がぶつかり合っている。だというのに小さな短剣を扱うシードが弾かれる様子はない。
「やるじゃないか」
「嬉しくないな」
普段のシードなら見せることの無い白い歯を剥き出しにして笑う姿、それを見て焦りを覚えたリリが横から攻撃を喰らわせようとする。だが、シードにぶつかる手前で他の何かに当たる。無機質なものへと当たるようなカンっという鈍い音。
「させない」
「そうか」
ガルの腕に付けられた盾で力任せに弾かれる。
一度、縦に回転してしまったものの地面に手を当てて体勢を立て直す。そこへ飛んでいく火の槍、もちろん、それを放ったのは少し後ろで杖を構えているウルだ。小さく笑みを浮かべたが、それはすぐに消え去ってしまう。
「……さすがにですね」
「この程度なら」
一瞬にして作られた土の壁。
いくつもの火の槍が飛んだとはいえ、イアの土の壁を貫けるだけの力は無かった。小さな舌打ち、行った人物は一瞬の戦いの場にいた人ではない。他でもない戦いを望んでいたローフだった。
ローフは始まってすぐに戦闘を起こそうと構えていた。だが、ギドがとった行動は拍子抜けするような、スケイルと鉄の処女を観戦するという行動をとったのだ。戦いが好きとはいえ、覚悟を示していない存在に不意の一撃を加えるようなことは戦士としてローフには出来ない。……そのため少しだけ足でバタバタと地面を叩いていた。
「助けに行かないんですか?」
「ふん、配下を信頼出来なくてどうする」
ギドの一言に心底、気分悪そうに返した。
ウルの悪い癖がその一撃に多かったのだ。もう少しだけ時間を二人で稼ぐことは出来ただろう。それならば第二、第三の矢を用意しとけば良かったものをウルは勝ちを急いでしまった。……それでも少しも心配した様子はない。応えるようにシードがエミの背後を取る。
「お前こそ行かなくていいのか?」
「三人で充分な相手ですから」
勝ち誇るような顔、一人でも落ちればすましたようなギドの表情も変わると思っていた。だが、それは「グハッ」という大きな声によって否定される。視線を戻すとシードがエミによって吹き飛ばされた直後だった。もちろん、シードへの追撃はウルの火の壁によって誰も行えない。それでもシードの腹が少しだけ切られて出血も起こっている。現状は今、スケイルが少し不利になりながらも振り出しへと戻った。
「僕らが入れば今の一瞬の戦いすら意味が無くなってしまいますよ。それに僕は貴方と戦いたいですし仲間を信じているので間に入る気なんてありません」
「……同意見だな」
ギドの呟く言葉にローフは普段よりも少し高めになった声で返す。ローフは地面に大剣を刺して柄の部分に肘を乗せた。ギドもそれを見て同じことを行った。……攻撃する意思がないことを相手に示す行動は仲間を信じているからこそだろう。もしくは……それだけ自分の力に自信があるかだ。
それを測るのも一興とローフは頬を緩める。
何も戦えないと言ったわけではないのだ。楽しみな闘争の時間が少しだけ遅れるに過ぎない。まずは配下が勝利を掴んでから……ギドを倒す。ローフの頭に負けの二文字など浮かばない。
そして攻撃を受けてしまったシードもまた負けの文字など少しも浮かんでいなかった。
「結界は考えていませんでしたよ」
「これくらいしか能がないからな」
「……信じられませんが」
口から少量の血を流しながらも笑う。
決してシードは戦闘狂の類ではない。今までだって幾度となく他の冒険者達と模擬戦を行い、そして三人の連携によって圧勝していた。だが、今のシードが感じているものはその時には味わえなかったものだ。明らかにシードは今の交わりで異様なほどの興奮を覚えていた。
「おい! ガル!」
「……分かっている」
シードの言葉にガルが動き出す。
ウルはハァと小さくため息をついて杖を再度、構え直した。ガルが突っ込んだのはエミのもとだ。それを見て焦りを覚えたリリが横から一撃を当てようとレイピアを放つが、それは振り上げられた一撃によって失敗する。
「さすがに許さないよ」
「チッ!」
キザなウインクと共に攻撃が弾かれる。
チラリと見たエミの姿、後悔してしまう。丁度、ガルのシールドバッシュによって吹き飛ばされた姿がリリの目に映る。すぐに展開された結界によって追撃は無いものの、自分が間に合えばエミはダメージを負わなかったとリリの胸に小さな痛みが走った。
「油断は禁物だ」
「知って、いるさ!」
突かれたレイピアがリリの頬を掠る。
その一閃は突いたことさえ分からぬほどの速度を誇っていた。ほんの一瞬でも首を捻るのが遅ければ当たっていた場所は……そう、シードは本気で命を取りに来ているのだ。それは攻撃をされたリリ自信がよく分かっている。
即座に放たれたリリの突き。
だが、シードほどの速度はそこには無い。難無く左手に握られた短剣により弾かれてリリの目でもようやく追いつける速度の反撃が来る。今度はしっかりと傷つくこと無く躱した……はずだった。そこに一瞬の隙が生まれてしまったのは言うまでもない。
「大砂嵐」
リリの周囲を土を纏う竜巻が現れ始めた。
そこを外側からシードが突きを放つ。先程と違って逃げ道などない、完全に竜巻の中へと閉じ込められたリリには躱せやしない。シードの目的は前衛職であるエミとリリを行動不能にすることだった。どちらかさえ、落としてしまえば堀を埋められた大阪城のごとく勝利を得ることは容易になる。もちろん、このやり方が効果的なのは鉄の処女に限った話ではない。前衛がいなければ後衛の動きが極端に制限されるのは当然のことだ。
だからこそ、勝利を確信したようにシードは笑みを浮かべた。後はガルの加勢に行けば勝利は目前、もしかすれば一対一で全員を倒しきる結果になるかもしれないな、と砂嵐に背を向けた。
そこを一閃が走る。
「なっ!」
「油断は禁物だったはずだ」
肩や腹、口といったあらゆる場所から血を流しながらも立つリリがいた。確認することを急ぎすぎてシードの肩へとレイピアが突き刺さる。勝利の笑みが苦笑へと変わり始めた。辛い、痛い……そんな負の感情がシードの胸に流れ込む。感じる異様な気持ちの悪さ、それをシードは知っていた。
「……倒しきれなかったか」
「最初こそ受けたが……ギドほどではないな」
無理に笑うようなリリの表情。
よくてかすり傷、悪ければ体の一部に小さな穴が空いているのだ。攻撃を返せるだけリリの覚悟はとてつもないものだろう。対してシードも同様にダメージが無いとは言えない。先の油断から来た一撃と今の肩への一撃。鬼気とした風格、流れるような突きの連打……シードは一転して守りを固め始めた。
ちょっとした話なのですが五章に入るか入らないか辺りで98.5話をもしかしたら書くかもしれません。書いたとしてもサラッと読めるようなものにするつもりです。今、書くことは出来るのですが後で出した方がネタバレにならず面白く読めそうなので後回しにしようと思います。
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