4章96話 男は皆、犯罪者予備軍です
ちょっとだけ長いです
外は夕日が落ちかけている最中だった。
見慣れた光景、それを一瞬にして味のある世界へと変えてしまうのだから。この夕暮れだっていつも見ているはずなのに、何度見ても綺麗だなって思えてしまう。これも夕暮れの力なのかもしれないね。……煩悩が薄れていくのが分かる。
ただ、一つだけいつもとは違うことがあった。
静かに隣を歩いてくるセストア、身長のせいで歩幅が合わないはずなのに無理して合わせてくれている。時々、歩く速度を早めているから気を使ってくれているのだろう。
「大丈夫?」
「大丈夫ですよ」
そう言うけど一瞬だけ足を絡ませたのが見えた僕からしたら、言葉通り受け取ることが出来ない。転びそうになったことには変わりがないのだから僕も少しだけ歩く速度を落とす。これがモテる秘訣らしいからね。後は車道を歩くとかもしているけど……これを無意識に出来るようになりたい。
セストアは何も言わないけど同じように足が絡まることが無くなった。少しだけ申し訳ない気持ちになってしまう。家からギルドまでは数分で着く距離、だからこそ、家を出てすぐにやっておけば……。
「すいません」
「え? 何が?」
隣だからこそ聞こえるような声で話す。
「先程のミッチェルとの関係だったり、時間を作っていただいたり、歩幅を合わせていただいたり、気を遣わせてしまったようで」
「別にいいよ。家が燃えるよりはいいし、それにシロとかにはいつも邪魔されているから。気を遣うとか関係無しにセストアは大事なお客様だからね。気にされる方が困るよ」
「……そうですか」
そんなことを気にしていたのか。
まぁ、僕もそうなっちゃうよなぁ。部屋に入ったら幼馴染が彼女とイチャついていたら申し訳ないなって……いや、アイツが彼女を作ったところを見た事がないな。そうなると完全に気持ちを理解することは出来なさそう。妹も……彼氏こそ作れどイチャイチャするような性格ではなかったしな。
「逆にお見苦しいところを見せちゃったね」
「いえ、男女が平等に愛し合っている姿はとても綺麗だと思います。……素直に拍手をすることは出来ませんが」
うん、モヤモヤするって言っていたもんね。
そういうことを咎める気は一切ない。僕も仲間以外の人とミッチェルとかが楽しそうに話をしていたら妬いちゃうし。モヤモヤする理由はどうであれ、同じように拍手が出来ないって言うことは共感出来る。
「セストアってさ」
「はい」
「僕のことどう思っているの?」
「……へ?」
ミッチェルで思い出した。
セストアはミッチェルに対して何て言ったのかすごく気になる。あの僕を一番に考えているミッチェルと話したんだ。セストアが僕のことを何て言ったのか、どうせならばセストアの口から聞きたい。
チラッと横目でセストアを見る。
ちょっとだけドキッとしてしまった。顔を俯かせて、手で隠して、それでも露出している耳や肌が真っ赤に染っているセストアが僕の目に映っている。ドキッとしない方が男としてどうかと思うくらいに可愛らしい姿。小声で何かを呟いているけど上手く聞き取れない。言葉というよりは言葉にするための要素を呟いているような感じだ。
何かおかしかったのかな……。
どうしても首を傾けることしか出来ない。
「それは……異性として……ですか?」
そう聞かれてハッとなる。
変な汗が背中を伝うのがよく分かるよ。これはアレだね、彼女が出来たことが幼馴染にバレた時のような感覚だ。……アイツ、怖いんだよなぁ。応援しているって言いながら一緒に帰ろうとしてくるから嫌われたりとかよくあった……って、今はそうじゃない!
「ごめん、変な意味じゃなかったんだ。男としてどうかとかじゃなくて、ミッチェルと何を話していたのか気になっただけだよ」
「そ、そうですよね! あー! ビックリしました」
一瞬だけ目を合わせてくれたけど、その顔はさっきよりも赤くなっている。こういう姿を見ると余計に勘違いしそうになってしまうよ。本当にセストアは僕を好きなんじゃないかなとか淡い期待が、僕の心臓の鼓動を早めさせてくる。
「良い人だなと話をしました。とても頼りになって、あまり関わりのない私達でさえも助けようとしてくる……お節介焼きな人だな、と」
「ううん、否定出来ない……」
お節介焼きか……。
色んな小説を読んで、ライトノベルでも普通の小説でもよくいるキャラだ。そして僕があまり好めなかった性格でもある。何でも無鉄砲で自分の知り合いのために命を削る行為、生きるので精一杯な僕には分からなかった。
僕もそうはなれないと思いながら生きてきた。
でも、こうやって言われてしまうってことは異世界に来て変わったんだなって再実感させられるよ。僕の中の煩わしいしがらみが薄くなってきた証拠だ。……もしくは環境のせいで本来の自分をさらけ出せなかったとかかな。どちらにせよ、今は直したいとか嫌いだと思う性格ではないから別にいいけど。
「……最初の時は怖い人だなと思っていましたよ。その歳で私より仕事も成長も早い、もしも敵に回ってしまったら、と思っていました」
「うーん、まぁ、僕は少しだけ変わっているからさ。そもそも僕のいた場所なら僕よりも強い人がたくさんいたし、そこなら僕は普通だったからね」
「尚更、怖くなってきましたよ。ですが……」
ピタリと足を止めて僕の方を見つめてくる。
足を止めて見つめ返すと、ようやく治まりかけていた顔がまた赤くなり始めてきた。「なんでもないです!」と少し大きめの声で言いながら顔を背けられてしまったけど、僕の隣から離れようとはしない。
「面白いなぁ」
「からかわないでください! ほら! もう着きますよ!」
「はいはい」
今度は本格的に恥ずかしくなったのか、先に見える距離にある冒険者ギルドへ入ってしまった。特に足を早めたりせずにセストアから少し遅れてギルドへ入る。
夕暮れということもあってギルドは賑わっていた。その日のうちに稼いだ小銭を酒や食料のために使う、それがランクの低い冒険者の生きる喜びなのは僕もよく知っている。飲んで騒いで、そして怒られる。これはこれでとても楽しそうに見えるよ。本当に生を謳歌している。セストアは……少し辺りを見回したけど見つからない。
「お、ギドじゃねぇか!」
「こんにちは」
知らない男に話しかけられる。
一言で言うと酒臭い男だけど話しかけられた以上、無碍には出来ない。小さく会釈して笑いかけておく。こういう時の上手い対処の仕方が分からない。……顔見知りならまだ対処は楽だったんだけどね。
「握手してくれ! 短期間でランクを伸ばした御利益を得られそうな気がするからな!」
「その程度なら大丈夫ですよ」
何か長い間、こうやって冒険者をしているような気がするけど、握手を求められたことは今まで無かった。一応、盗まれたりとかを気にして細心の注意を払いながら握手をしたけど、握手をしたら喜んで席に戻っていくだけ。危惧していたような事は一切なかった。
「それなら俺も握手してぇ!」
「俺も俺も!」
「早くDになりてぇ!」
「キャロさんに触れている手と触れる……つまりは間接的な……」
なるほど、逆にこんなことが起こってしまうのか。
僕のした事のせいで座っていただけの冒険者がいきなり立ち上がって列を作ってきた。いや、別に握手はいいけど最後の人とは絶対にしない。っていうか、僕と握手したら御利益があるとか、そんなジンクスを聞いた事がないのに何故に僕に縋ろうとしているのか。これが賽銭投げられて無理難題を迫られる神様の気持ちか……。後、最後の奴とは絶対に握手しない。
「うおっ、なんかすごいことになっているな」
「え、ええ……」
いざ握手をしようかというところでジオとセストアの声が聞こえた。どうすればいいか分からなくてチラッと二人に視線を向ける、けど、返ってきたのは耳を澄まさなくとも聞こえる大きなため息だった。分かるよ、僕だって一回の握手でこんな事になるとは思っていなかったんだから。
「悪いな、ギドは話があって来てくれたんだ。握手をするのならまた今度にしてくれ」
「マジかよ……」
「くそ、早く行けばよかった」
まさに鶴の一声といったところかな。
ジオのギルドマスターらしい姿は初めて会った時以来、見たことがなかったし。こういうことをため息一つでやってくれるような人が、多くの人の信頼を得られやすいらしい。
「助かりました」
「いや、気にするな。それよりも話があって来たんだろう。奥で聞くからセストアについていけ」
首を縦に振ってセストアの後ろを着いていく。
小さく「キャロさん……」とか言っていたやつの顔は覚えた。犯罪者予備軍の可能性があるからね。もしもストーカーにでもなったら……。
ただまぁ、なんでキャロのファンになったのかはすごく気になる奴だ。僕や仲間以外に無愛想なキャロのどこにそんな魅力が、と思ってしまうよ。口を開かなければかなりの美男子だしステータスからしても才能はある。まさか、裏でキャロはアイツと……いや、それはあるわけないか。人嫌いのキャロに限ってそんなことあるわけ……。
ジオの部屋に通される。
セストアが先に座ったので、そこの隣に腰を下ろして横目で見る。真っ直ぐとしたいつものセストアがそこにはいた。表情を変えず一点を見つめていて少しだけ見とれてしまう。小さく首を横に振って片肘をつきながら反対側を向くように心がけた。
「遅くなったな、ほれ」
「ありがとうございます」
僕達が座るソファの前の机にお茶を出された。
淹れたてのようでまだ熱そうな湯気を出している。チラッと見てからジオへと視線を戻す。特に何かをするわけでもなく、小さく欠伸をしてから対面側のソファに腰をかけた。
「……すいません、私の仕事のはずだったのですが」
「いや、今日は非番だろう。これくらいなら俺にだって出来る。……まぁ、お前がいないせいで男共が暴動を起こしそうになっていたけどな」
ガハハと豪快な笑みを浮かべる。
セストアはどこか冷めた目をしていた。その目はジオに向けられているというよりは、ジオが話していた暴動を起こそうとしていた男達にだろうけどね。セストアの性格からしてそういうことは好んでいなさそうだし。
「そういう目をするものじゃない」
「ですが……愚かだと思いませんか?」
さすがにジオも気がついたみたいだ。
すぐに反論するセストア、それに対してはジオも返答に困っている。短い間だったがジオは冒険者を成り立たせるために頑張っていることは知っているからね。だからこそ、規範を乱すような人達を愚かじゃないとは言えないんだろう。
「……だがな、ギドなら分かるはずだ。もしもセストアがいなかったらギドだって、暴動とはいかなくとも嫌な顔の一つはしそうだからな」
「へ……?」
このオヤジ……! 何ていうキラーパスだよ!
……とはいえ、まぁ、嫌なのは確かだな。どうせ、担当してくれるのならいつものセストアが良いのは当然だ。だからといって、そのままで答えてしまえばさっき見たく勘違いされるのは目に見えているし。……いや、それなら尚更……。
「当然ですね、綺麗な女性に担当してもらって嫌な男はいないですから。もしかしたら僕でも暴動を起こそうとするかもしれません」
「らしいぞ?」
「……騙されませんよ!」
強く反論してきたけど頬はとても赤い。
セストアの方を見ると同じタイミングで目が合ってしまう。面白そうなので笑いかけてみると余計に顔を赤くしてくれた。やっぱり、コレだ。クールな女性の恥ずかしそうな顔ほど可愛くて面白いものは無い。
「セストアは休むと連絡をくれたのだからな。それ以上に求めることは無い。その顔からして大切な何かは解決したのだろう?」
「ええ……どこぞのお節介焼きが手を貸してくれたおかげで何とかなりました」
「アッハッハ! ならいいさ!」
酷く愉快そうに笑ってくる。
本当にジオは良い人だ。もしかしたら、セストア限定なのかもしれないが気を遣わせまいと考えた上で行動している。それでもまぁ、上司にするのなら何をしても怒らず責任を負うと言ってくれるセトさんだけどね。それは譲れない。
「それじゃあ、本題に入るとしよう」
「そうですね……」
「ギド、セストア。今日は何の用でここに来た?」
数十秒間の沈黙が流れる。
僕から話すのは簡単だけど、どこまで話していいか分からないから話せない。そもそも僕もセストアとサクラの関係性を知らないからね。セストアの顔をチラッと見る。少しだけ手が震えているように見えたからジオに見えないように握ってあげた。
小さな深呼吸。
「私、セストアは冒険者ギルドを辞めようと考えています」
「は?」
「ほう……」
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