4章94話 身勝手な自分です
「すいません、取り乱しました」
「いいんだよ」
深く頭を下げられてしまった。
大切な人が本当に息をしているって分かったのだから感情の整理が出来なくなるのは当然のはずだ。だからこそ、そこまで深々と頭を下げられる理由が見当たらない。もしかしたら他の冒険者や貴族達はそういう事であっても謝らなければ怒ってしまうのかもしれない。……それなら怒った方が良かったのかな。まぁ、そんなわけないか。
「なんで助けてくれなかったんですか……」
「自分で蒔いた種だろ。自分のせいで起こってしまった出来事で、大切な人を守るために戦ったセストアの気持ちを無碍にする気は無いよ」
半分事実、半分嘘だ。
心のどこかで困り顔のサクラを見るのは楽しいと思えてしまったからね。だから半分半分かな。それに言ったらいけないかもしれないけど僕がサクラを本気で助けたいと思って戦ったわけではない。顔だって何だって自分と重ねてしまったから本気でやったに過ぎないからなぁ。
そういうワガママで出来てしまった気持ちと、本気で助けようとしていたセストアの気持ちを天秤にかけることは……おこがましすぎるよ。セストアが泣いて気持ちを整理出来るのならやるべきだと思う。某議員も泣きながら謝罪して……あれは気持ちの整理では無いか。同じ扱いをするのは間違いなくセストアへの侮辱でしかない。
でも、この世界であの動画を見せたら皆どんな反応をするんだろう。ちょっとだけ興味が出てきてしまったな。テレビみたいな動画で情報を映せる機器を作ってみても良さそうだ。……他にも色々なことで使えそうだしね。イフもいるから日本の文化を異世界へ流すことが出来るし。
「とりあえず助けられて良かったね」
「はい、私にはこの子しかいませんでしたから」
儚げに笑う。
フッと息を吹きかければ消えてしまいそうなくらいに脆い。……まぁ、この状況で息を吹きかければ気持ち悪さ、この上なし過ぎて嫌われることは確定してしまうだろう。少しだけ興味が湧いてしまったけど……背中から酷い寒気に襲われたからここら辺でやめよう。僕だって命が惜しい。
「……それでこの後はどうするの?」
本当は二人の関係だったり、こうなってしまった経緯を聞くのが普通なんだろう。でも……聞いていいのか分からないし、何がセストアやサクラの地雷となってしまうのか少しも予想できない。昨日は死にに行くようなセストアがいたから助けようと思っただけで、もしかしたら期限が近い鉄の処女の強化を優先すべきだったかもしれない。そう考えてしまえば終わりがないからね。正解なんて探そうとしない方がいいんだろう。
ただ、まぁ、昨日の記憶も曖昧なのだから尚更、今日はしっかり教えなくちゃいけないかな。僕から三人を強化するって言っておいて、正しいのかも分からない教えを押し付けるのは確実に間違っているよね。
今のところは……遠回しに聞いてみて僕がいなくても大丈夫そうなら後はセストアに任せる、これが一番に安牌だと思うんだよなぁ。何でもかんでも首を突っ込めばいいってことでは無いし、本来ならば当事者に任せるべきことだ。僕は二人からしたら勝手に間に入ってきた第三者でしかない。やっぱり聞かないって言う手を取るのが良さそうだ。前進もしないけど後退もしない、今はそれでいい。
「……教会に行きます」
「教会……そっか……」
重苦しい顔でそう告げられた。
サクラの顔も一気に歪む。この顔を見るに二人とも行くこと自体は乗り気じゃないんだろう。僕からすれば乗り気じゃないのなら行かない方が賢明だと思うけど……さて、どうだろうか。そもそもの話がサクラが攫われた理由もよく分かっていない。
そこら辺を加味して考えれば……サクラとセストア、教会に何か因縁があって、攫われた理由が教会側にあると考えるのが普通だと思う。……まてまて、それが本当ならば尚更、行く必要が無いよな。言っても同じことを繰り返す理由になってしまうわけだし……。
「それって今日中に行かなきゃいけない?」
「……昨日の今日ですから早めに行かないといけないと思います」
「その割には乗り気じゃなさそうだけど」
セストアにしては分かりやすく下を向いた。
過去は分からないけど予想はいくらでも立てられるからね。それを組み合わせて考えたとしてもセストアの焦りようからして……教会の落ち度でもあったって考えるべきだろう。それにセストアと一緒に誰かがいたわけではないから悪い言い方をすれば「勝手にしろ」みたいな感じだったんだろうな。
一番、分かりやすい考えとしては二人が教会出身とかかな。それなら教会が目を離した隙にサクラが攫われたとか、色々と考えも思い付くし。でも……それだけでここまで重苦しい顔をするんだろうか。ましてや、セストアを心配そうに見詰めるサクラを見ると……。
「行きたくないのなら行かない方がいい。それに僕からすれば昨日の今日だからこそ、二人には休んでいてもらいたい。仮に何で何でと聞かれたら、倒れて動けなかったとか言い訳はいくらでも付けるからね」
「でも!」
「セストア、昨日のことを思い出して欲しい。考えなく突っ込んだとしても自分のしたい未来を得る事なんて出来やしない。高ランク冒険者であった君ならよく分かるはずだよ」
はぁ……これも僕のワガママなんだろうなぁ。もしかしたら行かせてしまった方が二人のためになるかもしれないけど、それでも心配しながら戦闘訓練とかしたくはない。頭の片隅に二人のことを考えながらやってしまったら昨日の二の舞になるのは目に見えているし。
「ですが……住む場所が」
「ここで休めば? 僕の仲間からしたら病人が二人いるって考えるだけだし痛手では無い。それなりに稼いではいるからね」
こう見えてもそこら辺の貴族と同じくらいには資産がある。騎士だって何だって、僕の仲間達がいれば同じか、それ以上の戦力を誇っているし。何なら騎士の大将クラスがウチにはゴロゴロいるわけだし。いつも寝てばっかりのシロだって本気を出せば、真っ白い見た目を真紅に染めるくらいの活躍を見せてくれるだろう。
すっごく驚いているみたいだけど……まぁ、普通ならそんなことをする人はいないんだろうね。セストアからすればそこまでしてもらう理由が分からないんだから当然か。……僕も別に一切の心配がないわけではないし、ぶっちゃけてしまえば理由も話してもらえないのに家に泊める理由がない。裏があると思われても仕方ないよなぁ。
それに……自分で厄介事が嫌いだって思っている癖に、やっている事は厄介事に巻き込まれようとしている現状。僕ですら自分のことが分からなくなっている今は良いとは言えない。……いや、違うか。そういうことでワガママを通す自分が揺らいではいけない。どこまでも他人事、そんな姿は自分で消し去ったはずだ。
「イフ、もしも僕の友人二人が泊まるとして何か不都合なことってあるかな?」
「ありませんね。一人や二人は誤差でしょうし、何よりも話し相手がいないと嘆いていたミッチェルが喜ぶでしょう」
少しだけ大きな声が出てしまった。
だけどイフは変わらず笑いながら返してくれる。見えにくいように小さくウインクをして来たから確認とかは取ってくれたんだろう。イフの言葉で自分を勇気づけないといけない。すぐに判断を教えてくれたミッチェルにも……あれ、よくよく考えてみればミッチェルに許可を取るにしても数十秒間しか時間は無かったよね。
ということはメールを見て数秒で返ってきたってことだから……うん、面倒くさがりの僕には絶対に出来ない。本当にそういう小さなところで自分は皆に叶わないんだなって理解させられるよ。そうだ、僕が決めたのならば皆は付いてくるんだ。自分が助けようと思ったんだ、覚悟を示せ。
セストアの表情が少しだけ変わった。一瞬だけ見たサクラの顔が明らかに暗くなっていたからだろう。本音で言えば甘えたいんだろう。それでもまだ悩んでいるって感じだ。そりゃあね、関わりの薄い人から家にいても良いと言われても困るよね。遠慮だってしてしまうだろう。……でも、そういう顔をしたってことは押せば何とかなるってこと。
「サラは教会に行きたい?」
「サラって……いや……」
セストアが驚いた声を出している。
色々と考えた。その結果、やっぱり今は別にどうでもいいって思えてしまう。子供を間に挟むやり方は良くない。ただ冷静でいられなさそうなセストアを行かせるくらいよりはまだマシだ。もちろん、それだけじゃなくて二人のことを知る機会が欲しいっていうのもあるんだけどね。サクラを見て笑ってみせると首を小さく横に振った。正解は分からないからこそ、このサクラの気持ちを重視しないといけない。
最初は大人っぽいと思ったけど怖いことは怖い、年頃の小さな女の子だ。ユウやシロとはまた違う。本当に背伸びしているだけの幼子だ。否定されようと僕にはそう見えてしまう。頭を撫でられて、大切な人に泣きながら抱きしめられて恥ずかしがりながらも受け止める姿は、どう考えても優しい少女だ。
セストアの事をジッと見詰める。
「セストアは僕の家に来るのが嫌?」
「そんなことありません!」
「じゃあ、いいじゃん」
サクラの頭を軽く撫でてセストアを見る。
僕も人間だし頭が悪いしで考えたとしても何がいいのか、何が悪いのかは分からない。というか、未来が見えるわけではないんだから、これが正しい選択だなんて言えやしない。それでもこうやって知り合えたことも何かの縁だろうし、そのうち何か僕にとって重要なことに関わってくる可能性もある。幼馴染だってそうだったんだ。僕の勘や、大っ嫌いなテンプレを信じる。
「ゆっくりしていってね! 楽しめるものは少ないと思うけど美味しいものは出せるからさ!」
「……ええ、お邪魔します」
「よろしくおねがいします!」
二人の満面の笑みが見えた。
……あーでも、よくよく考えてみれば、こうやってポンポン人を招き入れるのは良くはないな。アレと一緒だ、あの、結婚してから「同僚を呼ぶわ」とかいきなり言ってくる身勝手な夫。……うーん、僕が女だったらそんな夫、嫌だなぁ。また謝ることが増えてしまったよ。
「セストア」
「何でしょうか」
「夕方、一緒に冒険者ギルドに行こう」
耳元で一言だけ告げる。
なんてことは無い、ここにいるのならば絶対にやらなければいけないことだ。セストアだって仕事をしているのだから職場に話をつけにいかないといけない。小さく首を縦に振ったから了承してくれたんだろう。……だからこそ、何で頬を少し赤くしたのかが分からない。多分だけど異性に顔を近づけられることが今まで無かったんだと思う。
小さく深呼吸してマップを確認する。
もう皆が起きている時間だ。早く皆のところにいかないといけないな。二人に手を振ってから部屋を後にする。最後にサクラが大きく手を振ってくれたのが見えてすごく嬉しくなってしまった。今は聞けなくてもエルドの時のようにいつかは聞ける。そう信じている。
前回の終わりだと少しだけ区切りが悪かったので、日曜日の空いた時間で書いてみました。平日から休みが本格的に無くなるので次回は六月の半ばまでお待ちください。後、セストアと鉄の処女の話は十話以内に終わります。次回をお楽しみに!
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