4章93話 少女の名前です
「どこ……?」
小さな声を出してゆっくりと体を起こす。
まだ僕には気がついていないみたい。上半身を起こしてからボーッと自分の手をグーパーさせている。他の方を見ることは一切しない。こっちを見られたら僕もどうすればいいか分からなくなるよ。気まずくなることは確定だろうな。となれば……。
「おはよう、気分はどうだい?」
大きく身を翻してベットの端へと飛ぶ。
それはもう、漫画の中の風に飛ばされる女性の下着のようにガバッと……なんでこんな例えが一番に出てきたんだろう……。もっと良い感じの例えがあったよなぁ。例えば驚いた猫のようにとかさ。……うん、これだからいつまで経ってもイフに変態だとからかわれるんだ。……まぁ、否定はしないけど。
「……誰……?」
もっと分かりやすく怖がったりするのかと思っていたけど、この世界の幼い子達はどこか大人びているらしい。例え恐怖を感じていたとしても顔に出さないように必死らしいけど……それでも手元が震えているから不安なんだろうな。話しかけるのは悪手だったかもしれない。
「うん? ただの冒険者だよ」
「……そう言う意味ではありませんが……」
少しだけ吊られた目で睨んでくる。
そもそもが若干、つり目だったから僕に対する不安を消し去るために強く出ようとしているんだ。だから威圧したりして怖がらせるつもりは一切ない。とは言っても、ここまで警戒されたらどうすればいいのか分からないな。
「……ただセストアと一緒に君を助けに行っただけだよ。とは言っても敵の大半はセストアに任せてしまったけどね。僕はそのお零れを頂いただけだったから目が覚めるまで僕の家で介抱していただけさ。これなら納得できるかな?」
少しだけ目付きに落ち着きが出た。
それでも考えた素振りを止めない当たり警戒心は未だに強めって感じかな。この子は頭が良い、ユウ並に幼いと言うのに自分を守るために上手く行動している。……この世界だと大人っぽくなければ幼少期は生きていけないのか……? ルールの馬鹿やコーザとかはあんなにも愚かだったのに偉い違いだ。
「……よく無傷でしたね」
「はは、これでも高ランクの冒険者だからね」
笑ってみたけど少女の表情が和らぐことは無い。
どういう風に反応すればいいのか分からない。まるで人形みたいだ。緊張のせいかもしれないけどピクリとも表情が動かない。こういう子への対応って慣れていないからなぁ。……やっぱりセストアを連れてきた方がいいのかもしれない。
少女の気を遣わないようにイフにメールだけ送っておく。目を合わせていながらメールを出せるのはやっぱりいいな。人と話す時に携帯を弄っていたら怒られるけど、これなら怒られる心配もないし戦闘だったり遠距離でも会話が出来るから使い勝手が良すぎる。……すぐに食事を終わらせますって返ってきたからセストアの方は大丈夫だ。
「……すいません」
「いきなり謝ってどうしたの?」
「いえ……助けていただいたのに疑っているのはおかしいなと思ったんです。本当ならばあの時に死ぬはずだったんですから……助けていただいたことには感謝しなければいけないはずです」
うーん……気にしすぎだと言いたいけど、それは少女の謝罪を無下にするから言えない。僕からすれば冒険者の中には性格の悪い人もいるって言うのは知っているからね。そういう輩が僕である可能性が少なからず少女にはあったわけだし、警戒したり敵対視をするのは当然のことだ。特に自分の命を顧みずに助ける価値が自分にあるのかって、少女からしたらそう思っても仕方の無いことだし。
「感謝される理由はないよ。敵のほとんどを倒したのはセストアだからね。僕に感謝するのならセストアに感謝してあげて。誰よりも君を助けたくて無理をしていたからさ」
「……はい」
見て分かるくらいに少女の口角が上がった。
それと同時にベットの上をチラチラ見るようになったから、軽く笑いかけてセストアの寝ていたベットの上に腰を下ろしておく。ベットの上を見てくるのが無くなったし、大きな反応もなかったってことは気にしていたんだろう。ずっと立たせて申し訳ないな、みたいな感じでね。
「あ……!」
いきなり小さく声をあげたのでビックリした。
何かに気がついたようで自分の顔をぺたぺたと触り始めた。……多分だけど顔を取られる時の記憶が残っているんだろう。でも、僕のチートの力の全てを使って治し切った可愛い顔を触る程度では判断することは出来ないよ。僕のワガママで少女のトラウマは消してしまったんだ。
「鏡でも使う?」
「……そんなに私の顔は汚いですか?」
「いや、すごく可愛い顔だと思う」
鏡を取り出したけど受け取ろうとしない。
見るのが怖いんだろうね。僕の仮定でしかないけどさ、もし仮に顔を剥ぎ取られている時の情景を覚えていたのなら自分の顔を見る勇気は出ない。だからこそ、僕は気にせずに鏡で少女の顔を映す。少しでも気にしたら僕の言っている可愛い顔っていう感想が嘘になってしまうからね。
「いやッ!」
「大丈夫だよ」
バッと手で隠した目を解放させていく。
その時に一瞬、鏡に映る自分が見えてしまったんだろう。少しずつ力が抜けてきた。怖がらないように頭を撫でながら鏡を手渡す。何も変わらない顔がそこにはあるはずだ。……そう思いたい、元の顔をしっかりと見れていたわけじゃないからね。完全に治したと思うだけだったら意味が無いんだ。
「どう?」
「……いつも通りです」
「うんうん、可愛い顔だろ?」
小さくコクリと頷いている。
この子……自分が可愛いことを自覚している。絶対に将来は男を弄ぶような悪女になりそうだ。自分が綺麗だと分かっている人は、より可愛くする手立てを探して綺麗になっていくからね。少なくとも僕の周囲にいた綺麗な人は少しは綺麗な方の顔だと自覚している人が多かったし。
「は! 自分で自分のことを可愛いとは思っていません!」
「ふふ、大丈夫だよ。僕の言葉に頷いてしまっただけだって分かっているからさ。だからこそ、君の自分の顔を気にする理由がよく分からないんだよね」
一気に顔が赤くなっていた。
今の顔を見たら人形とは思えないな。本当にお年頃の可愛い女の子だ。こんな子ならシロやアミと仲良くしてくれそうだし、話していて分かるけど可愛げも優しさもある良い子。助けたことへの後悔は一切ないね。
「……治したんですか?」
「え? よく分からないなぁ?」
おどけて笑い返しておく。
何を治したのか分からないし、誰が治したのかも分からない。嘘をつかずに違和感のない反応と言えば、これがベストだろう。もしかしたら、もっといい返事があったかもしれないけど少女が少し不貞腐れ気味に頬を膨らませたってことは追求する気は無いと見れるし。……ってか、可愛いな。眼福の二文字をこの子に与えよう。そう! 名前の知らないうちはこの子の名前は……。
「あの!」
「どうしたんだい、眼福?」
……本当にシーンって聞こえる。
ああ、これが申し訳ないって気持ちか。思ったことを口に出してしまうなんて……すまない。いや、どうせならもっと可愛いあだ名にすれば良かった。何だよ……眼福って……フクちゃんとかで良かったじゃないか……。
「はは、いきなりどうしたんですか」
口元を隠して笑い始めた。
少女のツボに入ってしまったんだろう。一向に収まる気配は無い。……そんな姿を見ているとこっちまで笑顔になってしまうよ。こんな子でも、あんな酷い目にあってしまうんだ。余計にあの転生者を許せはしない。もっと痛めつけても良かったかもしれないと思えてしまう。
「ねぇ、君の名前を教えてくれないかな。ガンフクなんて呼ばれ方だと堅苦しいだろ?」
さすがに返事は来ないか。
そりゃそうだ、会ってそこまで時間はない。僕も少女にしたことを話すつもりもないしね。教えて貰えないのならずっとガンフクって呼んでおこう。
「……サクラ」
「えっ? 桜?」
一瞬、動揺を隠せなかった。
サクラ……その名前をこの世界に来てから聞いたことは一度もない。そもそも名前の由来となる桜自体がこの世界にはいない植物だ。とすれば、この子は僕達のいた世界の関係者か、関係者だった人から名前を付けられたってことになる。……ここに来て魔眼を使わなかったことを後悔することになるとは。でも……本当にサクラと言う名前が似合う可愛い子だ。髪の色も淡いピンクだしね。ただ……。
「……珍しい名前だね」
「はい……」
黙り込んでしまった。
何か失敗したかなと思ったけど、考えれば考えるほどに失敗だった要素が分からない。ここは気にしない方が吉だろう。……少なくとも名前に何かあるって言うことは分かったからね、今度からはそこに注意して話をすればいいし。
「サクラ……って呼んでも大丈夫?」
「大丈夫です。あの……他の人からはサラと呼ばれていたので出来れば……」
「うん、分かったよ。サラ」
サクラという名前に何かあるらしい。
まぁ、稀有な苗字や名前は変な目で見られたりすることもあるからね。日本でもキラキラネームとかDQNネームとかで似たようなことがあったし。もしくは名前自体にサクラの中で何かがあるのかもしれない。サラ、サクラ……どちらにしても可愛らしい名前だ。
「と、来たみたいだね」
「あらら、バレてしまいましたか」
いつの間にか、後ろに来ていたイフ。
そこでバレないようにしている当たり本当にイフらしいよ。それでもその手は何度もやられて来たからさすがに分かる。……とはいえ、入られてすぐに気付くっていうことはまだ出来ないけど。
サクラがイフを見て構えたけどイフが笑みを見せるとすぐにやめた。何となくでイフが本質は、そう、本質は悪くないっていうことが分かったんだと思う。誰よりも面倒くさい人なのは確かだから構えたままでも……って、すっごい背中に悪寒が走ったからそれ以上、考えるのはやめておこう。本当に後ろから刺されてしまいそうだ。
小さく開く扉の音。
ゆっくりと動く時間の中でセストアがサクラに近づいていた。あまりセストアの顔は見ないでおく。後ろにいるイフの顔を見ていても少しだけ見えてしまう。セストアの顔は明らかに涙でいっぱいだった。
「……ごめん」
「……いいの……生きていてよかった……」
サクラから漏れた言葉。
横目でサクラに対して人差し指を口元に当てて笑って見せた。静かにセストアに抱きしめられているサクラが少しだけ頬を赤くしている。今のセストアとサクラの姿は本当の姉妹だと言われても何も違和感を抱かない。ただずっとセストアはサクラを抱きしめながら静かに泣いている。……それだけ大切な存在だったんだろう。
サクラがチラッとこちらを見てきた。
めちゃくちゃ「助けて欲しい」と言いたげな目だったから満面の笑みを返しておく。絶望したような顔をしていたけど心配して、死んでもいいから助けに行こうとしたセストアの気持ちを考えれば止める理由がない。
長く、それでいて止まったような時間が流れた。
もう少しだけセストアの話に付き合ってください。鉄の処女の強化も並行して行われているので、セストアの話が終わればすぐに4章の終わりに続きます。個人的には4章の終わりから本編?に入るのでゆっくり楽しんで貰えると嬉しいです。
次回は少しだけ不定期にさせてください。仕事の方が忙しくなり準備なども必要なので時間がいつ取れるのか分からなくなります。遅くても六月の半ばには定期的に出せるようになるので、ご理解よろしくお願いします。話自体は書け次第、出します。