4章92話 小さな思いです
すいません、一度出していた92話の話を大きく書き直したので再投稿させて頂きました。理由については後書き内で書くので良かったらお読みください。
チラッと時計を見る。
まだ朝食には時間があるな。もう少しだけ膝枕をしてもバチは当たらなさそうだ。可愛らしく眠る少女の髪を軽く撫でる。くしゃりとむず痒そうに顔を歪めてくるのが何とも愛らしい。深い寝息だけが聞こえる世界、さっきの僕なら難癖つけて集中出来ないって言い訳をしていたかもしれないなぁ。
「はぁ」
小さなため息が漏れてしまう。
やることは終えた、出来れば早く帰った方がいいんだろうな。だってさ、一人でいるには少しばかり静か過ぎるし皆に心配を掛けさせてしまう可能性もある。何より悪い癖が出てくる前にこんな場所はおさらばした方が勝手な行動をしなくて済むだろうしね。少女を背負ってセストアのいる場所まで移動する。少しだけ揺らしてしまったけど薬はまだ効いているようで、一向に起きる気配がない。
「キュイー」
拍子抜けしそうなカルデアの声。
いつもより高めだから喜んでいるんだ。もしかしたら何か心配させてしまったのかな。……全く持って心配しそうな要素が無いから勘が当たっているかどうか分からないけど。まぁ、それは些事たることだよな。
カルデアの首元を軽くかいてあげる。より高い声をあげて瞳を閉じた姿は昔のアイリを思い出させてくるよ。きっと、アイリ達のように進化して人の姿をしたとするのなら負けず劣らずの可愛い少女になる事だろう。
「キュウ……!」
「ん? どうかした?」
いきなり目をキラキラさせてきた。
親を褒められた子供のような、それでいて欲しい物を強請る子供のような……そんな気持ちを感じさせる視線だ。何か変なことでも考えたかな。もしくはそこら辺にカルデアの欲しがりそうな物が置いてあるとかかな。
……でも、マップで確認したけどカルデアの欲しそうだったり、お金に変わりそうな価値のある道具はありはしない。うーん……純粋に僕の考えたことが嬉しかったのかな。というか、そう考えた方が楽そうだ。それ以外に有り得そうなことが無いからね。
「もう少しだけ待っていて」
「キュウ……」
「はは、大丈夫だよ。素材回収してくるだけだから数分で終わるさ」
そんなに悲しそうな目をしないでくれ。
何か、いっつも散歩させてくれない飼い主が久しぶりの散歩の途中で離れようとしているみたいな視線は……いや、最近は僕が構っていないからこんな目をされるのは仕方ないんだけどさ。これからはもう少しだけ遊ぶ時間を増やしておこっと。さすがに回収しない理由はないからね。転生者に関しては特にだ。
カルデアを軽く抱きしめてから歩く。
回収していなかった素材も含めて全部、回収しきっておいた。一応だけどオークアサシンの近くで死んでいた汚い男達の死体も回収しておく。魔眼で正体が分かっているだけに回収しない手はない。身元さえ明かせれば少女のためにもなるしね。
「カルデア、行くよ」
「キュイー!」
回収しきった僕が戻るとカルデアがとても嬉しそうな顔をしてくる。すごく、アレだ……言葉にするのは難しいけど魔物時代のアミを思い出す。純粋に慕ってくれているアミと大して変わらない。
だってさ、手を伸ばしたのにわざわざ首まで来るんだよ……うん、可愛い以外の言葉が浮かばない。そんなに近くにいたいのか。本当に申し訳ない気持ちが強くなるよ。今度からは寂しく感じさせないようにしないと。首元でスリスリしてきているし……ああ、こんな場面でも癒されるなぁ。ニヤけが止まらないや……。
少女を背負ったままでセストアを抱きとめる。
早く帰らないとイフに何を言われるか分からないからね。未だに眠ったままのセストアの穏やかそうな顔を見て気持ちが少し落ち着く。これが僕のワガママの成果、もしかしたら二度と味わえなかったかもしれない穏やかな感情だ。体が光に包まれていく、一瞬の暗転の後に光が見えてくる。
「はぁ……ただいま」
「遅かったですね、浮気ですか?」
言うと思ったよ、どうせ、セストアを連れて帰ってきたからだろう。この穏やかそうな表情……そう見えなくもないけど時間的に有り得ないだろ。冗談だとしても家を出てから二時間ちょっとしか経っていないのに浮気って……短過ぎる。せめて……五時間は必要なんじゃないのか?
ってか、自室だと待ち構えられると思って客人用の部屋に飛んだのに……イフには隠し事は出来なさそうだな。多分だけど遠くから心を読んで移動している。……待てよ、それなら少女を治している時に助けに来てくれても良かったんじゃ……いや、そう考えるのはおかしいか。助けることが僕のためにならないとイフは考えたんだろう。だから、助けに来てはくれなかった。……ちょっと憎たらしく感じるけど本当に嫌いになれないな……。
「セストアをお願い」
「仕方ありませんね。本当は浮気相手なんて床で寝かしてやりたいところですが」
「やったら本気で嫌いになるよ」
しないのは分かっていても釘は刺す。
イフもそうやって返してもらいたくて言っているんだろうし。ましてや、そう言いながらベットに寝かして毛布をかけてあげる当たりイフらしい。純粋に優しい癖に……いや、これ以上は調子に乗らせるだけだからやめておこう。散々、頭の中でイフを褒めた後だから手遅れだろうけど。
隣の空いたベットに少女を乗せる。
抱きしめるものが無くなったせいか、涙目になってきたので少しだけ慌てた。まぁ、すぐにイフがタンスの上の抱きしめられるほどに大きなぬいぐるみを取って渡していたから何とかなったけど。本当にこういう所を見せてくるからイフを可愛らしく思えてしまうよ。
「……頑張りましたね」
「何が?」
「言わずもがなです」
小さく舌打ちが漏れてしまう。
イフは……特に気にした様子はなさそうだ。いきなり褒め始めてどういう風の吹き回しなんだか。てっきり、僕の行動を咎めてくるのかなって思っていたのにコレは……ちょっとだけズルいよ。
「マスターなら戦闘は問題ありません。それは私がよく分かっています。マスターの強みも弱みもよく分かっています。伝えるのは簡単ですが……」
「らしくないね、そうやって褒めるのも言葉に詰まってしまうのも」
「……すいません、マスターの嫌うネタバレに触れないように言葉を考えていたんです。やっぱり、言葉というのは難しいですね」
ネタバレ……うん、確かに嫌いだ。
ネタバレって個人情報の塊だと思うからね。勝手に誰かの心情なんかを知って共感でもしてしまえば、僕はまた勝手な行動をするだろう。それに未確定な将来を明確に定めるような言葉は聞きたくない。
僕の人生が一つの物語だとするのなら先を教えられるのはただのネタバレでしかないからな。過去に縛られていたからこそ、自由に生きていたいんだ。頑張る理由を無くさないために運命を否定したいんだ。……そしてイフが今までに教えてくれることは僕の未来や、他の人の過去に関連したことでは決してない。
「知っていますよ。だから、伝えたいんです」
「……なら、程々に話して」
「一言で済ませます。詳しいことはセストアが教えてくれるでしょうから。いいですか……?」
首を縦に振る、ここまで神妙なイフはあまり見ないから拒否出来るわけが無い。小さく呟いた一言は僕にはよく分からなかった。意味を聞こうにもイフはミッチェルを呼びに行ったし、僕のことを考えて教えてくれはしないでしょう。
『マスターはイレギュラーなんです』
一瞬でその言葉が脳を支配した。
意味の分からない言葉が、それでいてこの世界に僕が生まれてしまった理由がイフの一言だとすぐに理解出来る。馬鹿な僕でもその程度のことは分かってしまう。転生した僕でも、僕に対して不思議だと思うことがいくつもあった。それを僕は見て見ぬふりをしてきただけに過ぎない。
神がいるわけでも、転移させた存在がいるわけでもない。いつの間にか用意された場所へ飛ばされて自由に生きることを与えられた僕。それじゃあ、それを作り出したのは誰なんだろうか。僕は僕を特別だと思わない。いや、思えないと言った方が正しいのかもしれない。僕の持っている力は本当に些細なものだ。日本にいた時に自慢出来ていたことと言えば少しだけ記憶力が高かった程度、そんな普通の僕のどこに特別性があるのだろうか。
イフは本当に底意地が悪い。セストアに話を聞ける性格ならば楽だっただろうけど、そんなことが出来るほどに僕はセストアと仲がいいわけではないからね。それに過去を知らない分だけ傷を抉りたくないという僕の気持ちを、僕自身が裏切ることなんて出来やしない。
【起きてください!】
とても大きな声。
耳元で叫ばれたのとは違う強い声でハッと目が大きく上下に動いてしまう。まるで自分とは思えない感覚に一瞬だけ襲われた。寝ていた……でも、そこまでの記憶が一切、頭の中にない。しっかりと僕はやらなければいけないことをしていたのだろうか。……頭を強く左右に振る。違う、今しなければいけないことは決して考え込むことじゃない。
声の持ち主は分かっている。
大きくて力強い声の癖に優しさの残る声、そしてこんな芸当が出来るのは一人だけだ。その人の元へと向かうだけでいい。起きたてのせいで喉が異様に渇いている。水が欲しい、でも、取りに行く時間がもったいない。不思議とそんな気持ちが先走ってしまう。分かっているんだ、無理やりに起こされた理由が無意識に。例え説明されなくても僕をいの一番に呼んだ理由が。
「……おはようございます」
「ああ、おはよう。いや……まだそんな時間じゃないかな……?」
「そうですね……ええ、そうです」
軽口にしてももっと良い言葉があったと思う。
言ってから後悔したけど戻すことは出来ない。目を覚ました存在の隣へと座る。僕の反対側に僕を起こした張本人、イフが座っているから何か話しをしたのかもしれない。でも、今は別にどうでもいいことだ。
「助けられて良かったよ、セストア」
「……その一言は卑怯です」
小さく頬を膨らませて抗議してくる。
そこまで酷いことを言ってしまったのかな。僕には女心は分からないよ。……ただ出てしまった否定する気はない。それが僕の本音だったから。もちろん、セストアだけじゃない。セストアの救いたかったであろう少女を救えたこと、その両方が出来たからこそ本当に安堵しているんだ。
「マスター」
「うん? ……あぁ、ありがと」
セストアに笑みを見せていたらイフから水の入ったコップを渡された。なるほど、イフはイフなりに僕のことを思ってくれているんだ。眠りから覚めて喉が渇いている僕を気遣って冷たい水を渡してくれる。……あれ? でもさ……。
「……なんで、不気味な笑みを見せてくるの?」
「ふふ、水を飲まないと嫌われてしまうかもしれないと思ったからですよ。こうやって素直に従ってくれるマスターは可愛いな、と」
ふむふむ……嫌われてしまうかもしれない、か。
何がだろう……寝起きで嫌われる理由……寝癖とかは生まれ変わってからつくことがなくなったしなぁ。そういうの以外で有り得そうなことは……あ、コイツまさか……。
「誰の口が臭いって?」
「そんなことは言っていませんよ? そう感じるということはマスターがそう思っているからです。きっと、マスターは心のどこかでそう思っていたんですよ。私はただ綺麗なマスターの声がガサガサになっていては、と懸念していただけで」
「絶対に嘘だな」
転生してからずっと一緒にいるんだ。
イフが嘘をついている時は何となく勘でわかってしまうよ。絶対に僕をいじめるためだけにこうやって渡してきたんだろう。……でも、小さく聞こえてきた笑い声を聞いてそんな気持ちもどうでも良くなってしまった。
少し居心地の悪そうな顔をしていたセストアが、普段ではあまり見ることの出来ない満面な笑みを浮かべている。イフも同じように笑っているのが見えてしまって、こっちまでつられて笑みを我慢することが出来なくなってしまう。イフが最初からコレを狙ってやって来たのかは分からないけど僕はこれでいいと思えてしまった。
「セストア、答えたくないのなら別に言わなくてもいいけどさ。もし教えてくれるのなら聞きたいことがあるんだ」
「……はい、何でしょう」
笑みが一瞬で強ばる。
大丈夫、傷を抉るマネはしない。
「そこの少女が助けたかった子であっているのかな。他の人の死体とかもあったから、少しだけ分からなくてさ」
「……ええ、合っていますよ。他にも聞きたいことはありますか?」
「いや、それならいいんだ。僕が助けられた存在がセストアの助けたかった存在、それが分かっただけで後悔はないからね」
セストアの顔が驚きに染っていく。
うん、僕も悩んださ。聞いてしまえば楽になるって思えば人の事より自分を優先すればいいって少しは考えてしまうからね。だけど、セストアの笑顔を見たらそんな気持ちは一瞬で消えた。悩みを与えてきたイフが作り上げた笑顔で、悩みを無くすきっかけを失うのは思うところがあるけどね。
「ほら、その子ももうちょっとで起きるんだ。何か食べ物でも食べてきなよ」
「……そうですね、助かります」
セストアの過去も、焦りの理由も分からない。
それでいい、後々、聞くことが出来れば、その時に僕の悩みも解決されるだけだ。遅くてもいい、少しずつ自分の生まれた意味を理解していけばいいんだ。部屋を出るセストアとイフの背中を見てから少女の様子を眺めていた。少女が目を覚ましたのはそれから数分後の事だった。
今回、書き直しをしたのは自分なりに読んでいて納得がいかなかった点と、主人公であるギドの性格上、続きを書いている中で上手く描ききることが出来ないと判断して書き直しさせて頂きました。後の話と大きく関係することとなる部分を出すためにも今、このセストアの話を出さなければいけないと考えて書いていたのですが先走ってしまっていたと反省しています。もちろん、「消さなくても良かったのでは」や、「消してしまうのなら出すのを遅らせればいいのでは」と感じる方もいるかもしれません。ですが、自分なりに面白く書くためにもこのようにするのが最善だと考え書き直しをさせていただきました。ご迷惑をかけて申し訳ありません。出来る限りこのような事をしないように頑張りますが、また同じようなことをしてしまうかもしれません。自分でも身勝手だと思いますが御理解の程よろしくお願いします。
次回は二十三日頃に投稿します。
誠に申し訳ありませんでした。