4章87話 友達とトモダチです
三段に集められた材木に腰掛ける。
この硬さは家の近くの公園のベンチを思い出させるのだから余計に寂しさが募ってしまう。あの時は何にも希望を見い出せないほどに影のある少年だった。家にいたところで殴られて、酸素を吸うことすら拒ませようてしてくる狭い世界。
「……お前、何でいるんだ?」
そんなことを聞かれたような気がする。
公園を通ったのだって本当に偶然だ。でも、そこで幼馴染と、シュウと出会えたことは未だに感謝している。聞かれて僕はなんて返したかな……えっと、そうだ!
「お前に関係があるか?」
感じの良い返しでは決してなかったはず……。
だって、僕の思う最初のシュウへの印象は最悪だったからね。勉強でも優秀で、運動でも類まれなる才能を見せつけてくるような奴。無自覚に心を抉ってくるような最悪な奴だ。今でも覚えているよ……ただの馴れ合いでしかないトモダチと共にサッカーをしていた時、アイツは僕に玉を当ててやるって言った。そして、しっかりとキーパーでもない僕にボールを当ててきたんだ。
そんなことをされて良い印象は持たないよ。
それに僕もシュウもまだ小学四年生位の幼い時だからね。考えが定まってもいないような本当のガキでしか無かった時代、全てを恨んで、憎んで、才能も力も無い自分を殺したくて仕方がなかった時代。
「お前こそ、何でここにいるんだ?」
「それこそ関係が無い」
玉を持ち睨み付けてくるシュウ。
僕には分からなかった、優秀なシュウが朝早くに一人で玉を蹴る理由が一切。遠目から見た時には蹴り続けていた玉を蹴らない理由も何もかも。馬鹿な僕には何もわかるわけがない。それでも一個だけ分かったことはあった。
「……お前さ、暇なのか?」
「……何でだよ……」
一人、一人でのサッカーなんて楽しくない。
記憶は曖昧だ、でも、ハッキリ覚えている。一言一句、何を言ったかは覚えていなくても遠目で見たシュウは寂しそうだった。だから、玉を奪って蹴ってみたっけ。
「お前!」
「パス練習しようぜ」
強く蹴った玉は思いの外、高く飛んだ。
百五十あるかないかのシュウの身長よりも高いのにアイツは軽く飛んでトラップしたっけ。初めて嫌いだと思えたシュウをカッコイイと思える瞬間。
「お前よ……ふざけんじゃねぇ!」
「うおっ!?」
やり返すように高く飛ばされた玉。
それでも僕が蹴り上げた時よりも少しだけ低い玉を胸で受け止めるのは難しくなかった。すごく重くて痛い玉、普段なら怒ってしまいそうなくらいに重く感じられるはずの玉……。
「何でキレているんだよ!」
「くっ! うるせぇ!」
蹴った玉がすぐに帰ってくる。
本気で蹴られたことに腹が立って僕も本気で蹴り返してしまう。それが何度も続いた。何十と往復した玉は最後はシュウの足で抑えられ、そして僕もシュウも息切れを起こしてしまう。本当に初めてパス練習で死にそうだと思ったな。
「ハァハァ……お前……やるな」
「はっ! 俺を舐めるなよ!」
「舐めるも何も、そこまで出来るって言うのは初めて知ったぞ。そんなに出来るんなら何で学校では何もしないんだかな」
何を言っているのか分からない。
今ならともかく、小学生の僕が理解するには難しすぎた。だけど、どこか悲しげな顔をしていることはさすがに分かる。良くも悪くも人の顔色を伺って暴力を回避していた生活だったから、分かりたくなくても分かってしまった。
「……お前には分からないよ。やっても何かいいことが起きるわけじゃない。努力は全て無駄に終わるんだよ」
「はぁ?」
実際、僕が努力した時はあった。
両親に認めて欲しくて、妹にカッコイイお兄ちゃんだと思って欲しくて……かけっこで一位だとか、幼稚園で賞を取るとかしたっけ。だけど、何も変わらなかったんだ。最初こそ僕にベッタリだった妹も父親に洗脳されて……僕だけが狭い世界の敵へと変わってしまった。
「逆にお前はいいよな? そうやって才能があれば幸せに生きられるんだからさ」
家庭だったり、才能だったり……全ては持って生まれたものでしか無い。だけど、その持って生まれたものの価値が大き過ぎる。授業参観で両親に可愛がられるシュウ……本当に腹立たしかった。痛くて苦しくて消し去りたい胸の鼓動が、本気で僕には不必要に感じられる。息をすること、生きること、心臓が動くこと……それらがイコールで結ばれない。
「てめぇに」
「ん?」
「てめぇに何が分かる!? 一位じゃなければ話しかけても貰えなかった俺の気持ちの何が分かるって言うんだ!? そうやってのうのうとトモダチに囲まれるてめぇに! 俺の! 何が!」
胸ぐらを掴まれて木に押し付けられる。
本気で怒る理由が分からない、どうせ誰もかもが暴力を振るうんだと思うと悲しかった。本気で僕と向き合おうとしていたシュウはカッコよかったのに力で何かをなそうとするシュウは……。
「……分からないよな」
「ああ!?」
「幸せな奴には分かんねぇよ! 俺だってな! 努力して認められたかったさ! トモダチ? アイツらがトモダチなら何で助けてくれねぇ!? こんなに苦しんでいる俺を見てみぬ振りなんて! 本当の友達なんかじゃねぇ!」
「幸せだと!?」
本気で殴られた頬、苛立ちのままで殴り返した右手はすごく痛い。シュウが強いからとかでは決してない。殴った後の僕は……実の父親と似ていただろうし、自分が嫌だから殴らないと幼いながらに決めていたはずなのに、感情のままで流されてしまうのは実の母親そっくりだったと今更ながらに思う。
「……お前さ」
「あ?」
「何で泣いているんだ? 痛かったか?」
長い沈黙を破ったのはシュウだった。
涙を指摘するシュウ、意味が分からない。
「……お前が言うなよ」
「はぁ!? これは痛いんじゃねぇよ!」
「なら俺も違うな!」
「減らず口を……!」
またパスが来た。
今度は受けやすい高さ、それを軽く利き足である右で捕らえてバウンドさせる。すぐにシュウの左足に合わせて蹴り返した。意識はしていない、でも、どこか本気で蹴ってやろうと思えはしなかった。
一時間はパスを続けていだと思う。
シュウとのパス練習に没頭していて詳しいことは分かっていない。だけど、初めて楽しいと思える長く短い時間。何をするにしてもチラついていたシュウの影、それが見えないくらいに僕はシュウとの時間が楽しいと思えてしまった。
「……また明日、来いよ」
「暇ならな」
「はっ! 期待せずに待っているわ!」
期待を裏切らないために努力していたシュウ。
期待を欲して努力していた僕。
とても遠い存在とは思えなかった。
だけど……僕は何もしていない。
恨むだけ、自分から変えようとなんてしない屑でしかない存在。初めて接することでアイツはアイツで苦労していたんだって初めて理解したんだ。天才や秀才が何もしないでいられるわけがない。それこそ立場を維持するために、大きなプレッシャーに負けないように努力する。
こんな話はどこにでもある在り来りな話だ。喧嘩して仲良くなるなんてどこにでもある話。だけど、あそこで僕が散歩をしなければ大切だと思えるシュウという幼馴染を、生きる希望を与えてくれたシュウを得ることなんて出来なかった。
「……アイツ、今頃なにやっているんだろうな」
ボーッと白け始めた空を見つめる。
もしも、シュウに会えたのなら僕は幸せに生きているって言えるんだろうか。自分で決めた非暴力を捨てさった僕に、あの頃のような純粋さはあるんだろうか。人を殺した僕には分からない。ただ殺したことへの後悔はないな。
小さなため息が漏れてしまう。
分かっている……きっと、日本に帰らなければ会えない存在だって。それでも唯一、心を許したと言い切れる相手がいないのは……寂しいな、本当の友達と会えないのは。シュウは変わっているからな。僕がいなければ本当の自分を曝け出せないような人柄だ。もしかしたら……。
そこまで考えてやめた。所詮、考えは考え、予感は予感でしかない。普通なら会えないと思ってしまうような状況でもアイツならやりかねないと思えてしまう自分がいる。本気でまた会いたいと思うのならば日本に行く手段を見つければいい。もしも異世界にい続けることに後悔があるとすれば真の友達と、血の繋がり以上に大切なおじさんおばさんに会えないことだけ。それ以外はハリボテの友情や親子関係があるだけの世界だ。そんなのは僕には必要が無い。
木材から立ち上がって灯りの消えた街をゆっくりと歩く。どこかへ行こうなんて考えは少しもない。やりたいことも特にないままで歩くのは本当にいい。自分の気持ちをしっかりと自覚させてくれるんだからね。この気持ちがあるってことは……まだ僕は人として生きているってことだ。今はそれだけでいいと思う。
「……あれ? セストア?」
不意に小走りなセストアの姿が見えた。
どこか焦っているような、恐れているような顔のセストア。視界からは簡単に消えてしまったけど頭からは簡単に離れない。少しだけ無視して歩いていたが僕には我慢が出来なかった。セストアの魔力を探知して背後へと飛ぶ。誰かの家ならば飛ばなかったと思うけどセストアが向かったのは森の中だ。嫌な予感がした。
いつかのおばさんが刺される前のような嫌な予感。
傍から見たらストーカーにしか見えないんだろうなと少しだけ自分を気持ち悪く思ってしまう。だからと言ってセストアらしくない表情を見たら話しかけようという気にはなれない。完全に心を開いてくれているとは思えていないし、セストアは冷たい印象を最初は抱いても優しいからね。はぐらかされることは目に見えているから、これくらいは許してもらいたいものだ。
森の奥まで来たところでセストアが腰を下ろす。
変態ならば座った丸太を羨ましがるだろうが僕にはそういう趣味はない。さすがにあの息の切れようはずっと本気で走っていたんだろう。あまり言いたくはないけど少し遅いな。エミさんの方が早かったように感じる。
「……早く行かないと」
集中させた耳では確かにそう聞こえた。
まだ息は切れたままみたいだけど無理して走ろうとしている。……このまま見ていていいのかな。あの姿で走ったところで途中でバテるのが目に見えているし。かと言って話しかけるとしても……。
ああ、考えるのが面倒くさい!
「あれ? 何やっているの?」
「えっ……?」
横に回ってから偶然を装って近付く。
すごく驚いているようだ。まぁ、急いでいる時にこうやって知り合いに会うとは思わないよね。それは置いておいて……おし、これでよしっと。
「ほら、疲れているのなら飲みなよ」
「えっと……すいません」
体力回復ポーションを投げて渡す。
考えた素振りを見せてきたけど、すぐに口を付け始めた。やっぱり疲れていたんだな。魔眼でHPが削れていたからまさかとは思ったけど……この目の下の隈を見たら分かる。寝ていないのに本気で走ったらセストアでもバテるよなぁ。
「ちょっと話そうよ」
「……いえ、急いでいて」
「どうせ、その疲れようだと意味が無いよ。回復させるから座って。急いでいたとしても本人が倒れたら意味が無いでしょうに」
「……手間をかけさせるわけにはいきません」
うん、そう言うと思っていましたよ。
セストアは決して信者のような人ではない。だけど、外国人が描く日本人のような奥ゆかしさとかがある。何よりも躊躇や焦りが僕の回復を拒ませてしまうんだろうね。仕方が無いと思うが……僕も簡単に許せるわけが無い。
「無理をしたらダメ」
「……だからと言って抱きしめるのはおかしいと思いませんか?」
「離したら逃げるだろうに。僕の師匠の言葉で短気は損気っていうのがあってね。自分勝手にやったせいで損をする、失敗をするって言葉があるんだ。さっきのまま進んだって倒れていたでしょ?」
セストアを後ろから抱きしめながら丸太に座る。
僕の言葉に言い返せないようで力を抜いていた。そのおかげで簡単に回復させられたからいいけど。問題はここからだよなぁ。果てさて、このまま急いだ理由を聞いたところで話してくれるかどうか。
という事で話していた人物はセストアのことでした。ちなみにシュウと仲良くなり始めたのがこの時で、もっと前から交流自体はありました。詳しいことは後々、書いていこうと思うので楽しみにして貰えると嬉しいです!
次回も一週間以内の投稿という形にします。もうそろそろで4章(恐らく百話くらいまで)が終わり、5章から本格的な話へと変わっていくので書けるように頑張ります。