4章86話 戦う価値です
「うん、お疲れ様」
「い……一度も攻撃を当てられなかったの……」
「さすがだな……これがSランク以上の領域か」
夕暮れが近づいてきた時に二人との模擬戦を終了した。さすがに汗は流れているし動き回ったせいか疲労感もある。思い返してみれば……合計八回はやっていたかな。そのうちベルトをつけた回数は二回だけだったけど。
「能力がどうこうというよりはエミさんの動きに甘いところがあっただけだよ。魔物だったり人とだったり、どっちかに特化した戦い方じゃない分だけエミさんより僕の方が上手く立ち回れているだけだからね」
実際のところはそうだ。
結界以外を使えない僕と、本気を出したキャロとエミさんのコンビなら倒せなくはない。もちろん、僕が本気を出していたのなら負ける要素はないと思うけどさ、結界だけならやれることが限られているせいで対処の仕方が少な過ぎる。次に繋げられる一手を見出しづらい分だけで二人が弱いなんてことは一切ないね。
「これで分かっただろ。二人はもっと強くなれるってことだ。僕は最強じゃないけど人並みな立ち回りくらいなら出来る。少なくともそれを覚えれば魔物以外と戦う時にも困らないと思うよ。まぁ、完全に人を倒すことに特化した人だったり、両方とも得意な人だったら難しいだろうけど」
それでも知識として何も無いよりは、あった方が動ける範囲を増やせていい。覚えるつもりがなかった知識がどこかで役立つこともあるからね。魔物よりも人の方が考えて攻撃するんだ。つまり見せる隙さえ減らせれば勝つ見込みも増やせる。
一応はグリフ家の騎士としてパトロの街の冒険者ギルドに負けたくないって気持ちがある。エミさん達ならグリフの冒険者ギルドの看板を背負っているから余計にだろう。僕達が負ければパトロの街の冒険者の方が優秀って思われてしまう。まぁ、街の大きさや繁栄度的には当たり前なんだけど僕はそれを許せない。街を繁栄させてきたのがセトさん達とクソ野郎で、どちらの方が人格的に優れているかってところでも負けた気がしてしまうからね。実際はそんなことを競っているわけではないんだけどさ。
これに関しては僕のワガママだけどさ、それでもグリフ家に助けられた者として負けるわけには決していかない。どれだけパトロの街のギルドマスターが強かろうとテンさん程は強くないだろう。僕でも倒せる相手だと思うから戦いを許諾したわけだし。
「今日はこれでおしまいだ。班はどうするか分からないけど明日も頑張ってね。僕も含めて皆、成長段階なんだから頑張れば頑張るほど強くなれる。そう思っているから一緒に頑張ろうよ」
天才だから、頭がいいから……それだけの、元からの才能だけで何とかなる世界ではない。所詮、天才であろうと努力した秀才に負けることはいくらでもあるだろう。もしかしたら非凡な存在にも負けかねない程にこの世界では努力が意味を成す。
僕は秀才や天才よりも悪質だ、僕が持っている力は元より持っているものでは無い。ゲームの世界なら忌み嫌われるチートを持った、完全な世界から嫌われてもおかしくは無い存在だ。恵まれた環境と神からの加護、そしてスキル創造……制限はあれどあって困ったことなど一度もない。
だからこそ、生きるために努力しなきゃいけないし負けないようにしないといけない。努力に関しては自分が強くなるためにしたこと、そして強くなる時の補正は僕が元から持っていた才能だからね。
それでも未だに強くなるべきか悩む時はある。強くなったとして何になるのかって。いくら考えても無限に強くなったから、それならその先はどうなるのかって言うビジョンが見えてこない。もしかしたら考えていることと悩みの本質は違うのかもしれない。それで悩みは解決されないのかもしれないけど……。
まぁ、それはいいや。どちらにせよ、今はディーニを潰すために、エルドを傷つけた存在を社会から消すために僕は強くなりたい。悩みの解決よりも仲間の方が僕にとっては大切だからね。もしも、ディーニを放ったらかしにして仲間を傷付けられたり変なことをされたら溜まったものじゃない。それこそ傷付けられでもしたら……街一つを潰すだけの覚悟はある。何千、何万の人を殺そうとも、例え女や赤子相手であろうとも僕は暴れ続けそうだからね。
二人の反応は見ていない。もしかしたらやる気を削いでしまった可能性もあるから顔を見ようとは出来なかった。僕が強くなれると言っても二人にはそう思えないかもしれない。ましてや僕なんて生まれて十数年しか生きていないガキだ。ガキに上から目線で言われても嫌な気持ちにさせかねない。
そこまで来て首を横に振る。悪い癖は治らない、こうやって考え過ぎるのは毒だ。仮定だけで見えないものを判断するのは良くない。もしかしたら、あのアイテムを一番に使うべきなのは僕なのかもしれないな。
その後はミッチェルが作っておいてくれたらしい食事をしてから、早めにベットの中に入った。イフに聞きたいことや、やりたい事は多くあったけど体が言うことを聞かない。自分で考えていたよりも疲れていたのだとそこでようやく気がついた。思い返してみれば模擬戦で魔力を使って、長い時間を動き回って、そして精神をすり減らすようなアイテムを作ったのだから何ら不思議じゃない。チラッと時計を見てからボーッと見慣れた天井を見つめる。それでいい……それだけで勝手に眠れる……。
瞼がすごく重い……すぐに目を開けた。
体を横に倒して時計を見る。よく見えない、ボヤけてしっかりと時計の方向を見ているのかも分からない。それでも少しづつ目が慣れていって、ようやく時計が見えた。
「……午前……三時……」
寝ていた……時計を見るまでは記憶が鮮明だったから頭では起きていると思っていた。だけど……どこか悲しいな。起きていると思っていたのに実際は九時間も寝ていたなんて。夕方からここまで長い時間を眠って過ごしていたなんてさ……。
「……吸血鬼とは正反対の生活じゃないか」
僕の中で吸血鬼は夜の王ってイメージがあった。
だから、今の僕の姿は吸血鬼と呼ぶわけにはいかないだろうな。血を吸うことも大してしないし、夜になる前に眠ってしまう。……となると、まだ夜と呼べるこの時間に何かをしておくべきなのかな。
「……何をしよう……」
考えてみたけど何も思い浮かばない。
まずは……まだ眠っている頭を覚まそう。そう思ってベットを出る。……少しだけ予期していたことがあったけど、それもなかったみたいだ。さすがに疲れている僕に配慮してくれたんだろう。台所へ行って水を汲む。前みたいに誰かさんの美声が聞こえてきたり……なんてことは無い。ただただ続くのは無音。本当はいるはずの皆の面影すら見えなくて少しだけ寂しく感じてしまう。
「……あ、お風呂入らないと」
「いえ、入らなくてもいい匂いですよ」
「そうだとしても体が痒いから入っておきたいなかな……って、盗み聞きは趣味が悪いよ」
振り返って人の独り言を盗み聞きしている犯人の顔を見る。まぁ、今、家にいる人の中でこんなことをするのは一人しかいないから話しかけられてすぐに誰かは分かったけど。
「イフ……起きていたんだ」
「マスターの中に入って寝ていましたよ。マスターが活動を始めたのを確認して体を出したに過ぎません」
ふーん……だからと言って背後にいきなり現れる理由にはならないね。まぁ、幽霊とかではないから少しも驚きはしないけど。もしかしたら本物の幽霊が現れたとしてもどうせ、またイフが悪戯してきたんだろって思ってしまいそうだ。それは怖いな、慣れって本当に恐ろしいもの……忘れないようにしておこう。
「はぁ、いいや」
「はい、言っても無駄ですから」
「腹立つなぁ……」
思っていても自分で言うな!
それでも……この笑顔には勝てそうにない。本当に僕の好みを映したような顔だ。よく言う惚れた弱みというか、可愛いと思ってしまった僕の負けは確定している。別にイフにからかわれること自体は嫌なわけではないしね。どちらかというと、からかう方が好きだから、そういう意味では嫌かな。
「この後はどうするのですか?」
「うーん……それを決めようと思って起きてきたんだよね。まずは眠気をとることから始めたかったわけだし」
本当に何も決めていない。
日本にいた時に空腹で早く起きることは何度もあった。後は親の都合に合わせて早く起こされることも多くあった。早く起こされて一時間くらいは準備をするって言われて暇を作られる。本当に忌々しい記憶だよ。
そういう時は……散歩かゲームをしていたな。後者はこの世界なら無いから出来ないし、それなら前者の散歩が一番かな。異世界に来て朝早く起きた時はいつもそうしていたし。
「散歩してくるよ」
「それなら七時までには帰宅してください。エルドやキャロはもっと前に起きると思いますが、その頃に食事の準備を終えていると思います」
なるほど、それならそうさせてもらおう。
まぁ……行くのはいいし、帰る時間も分かった。だけど、一つだけ疑問がある。本当にどうでもいいのかもしれないけど僕にはすごく不思議に思ったことだ。
「一緒には行きませんよ」
「そう、いつもなら無理にでもついてくるから少しだけ疑問に思ったよ。口振りからしてついてくる気配は無かったからね」
いつもなら付いてきながら何時までには帰りましょうって決めてくる。それが無い時点でイフについてくる意思がないのかって……いや、考えていて思ったけど気持ち悪いな。どこか束縛する彼氏みたいな些細なことで反応を見ている男のようで好きじゃない。
「浮気はしませんよ。さすがにこちらの体の魔力が無くなってきたので睡眠をするだけです」
「そっか……」
「寂しいと思ってくれているんですか? 別に僕の体の中で眠ってくれていても同様に回復するんじゃないかって」
こいつ……考えを読んできやがった……!
ああ! 思ったよ! 少しだけ付いてきて欲しいなって思ったさ! 結果的にイフが眠れていれば魔力は回復するだろうって、僕の体の中で寝ていたイフのさっきの話からして思った!
「ふふ、いつもいつも一緒にいたら珍しさが減るじゃないですか。いくら好きでも私の悪いところを見てしまって嫌われても困ります。もしかしたら寝ている最中にマスターの元カノのなま」
「それじゃあ、行ってきまーす!」
嫌な予感がしたからササッと上着だけ羽織って外へ出た。昔なら一人でいることの方が慣れていたはずなのに今は逆だ。淡い街頭の光、そして月が照らす街を見て寂しさが増してきた。家に帰ったら誰もいないんじゃないかって思ってしまう自分もいる。
「……大丈夫だよね」
小さく深呼吸をして考えを改める。
そんなことを考えていても何もいいことは生まれない。こんな時だからこそ、珍しい一人の時間だからこその楽しみ方をしよう。今はただ散歩をして楽しむんだ。
「まだ四時前……」
それでも街灯りのおかげで裏道にでも入らなければ明るいね。ぼんやりと裏道と表道の間くらいを歩く。中間のはずなのにしっかりと視界が取れるほどには明るい。……吸血鬼の特性のせいで少し明る過ぎるようにも感じられるけど。
少し脇道に目を逸らすと色々なものが入ってくる。大人の男性が行きそうな店だったり、普通の飲食店、飲み屋、そして建物の資材を置いてある広場……思えば、こんな少しだけ明るい時……まぁ、日本にいた時は街灯りじゃなくて太陽が少し顔を出していた時だったけど、そんな時だったはずだ。僕が初めて幼馴染と仲良くなり始めたのは。
少しだけダレてきていたので、ここからは少しだけテンポが速くなります。後、ギドと幼馴染との話を書いて、あの人との話を書くつもりです。どのような話になるのかは楽しみにして貰えると嬉しい限りです。
次回は来週の水曜日までには出すつもりです。今の体調やペースでは土曜日か日曜日には出せそうな気がしますが、気長に待って貰えると助かります。
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