4章85話 負けられない戦いなのです
区分された自分達の位置へ飛んでからすぐに準備をする。とは言っても武器を構えて他の二人が向かってくるのを待つだけだけど。いや、一つだけ違うことがあるか。羽織っているコートの裏側にスイッチを隠しておく。これがいかほどに効果を示してくれるのか、それが今は重要な事だからね。……使わなくて済むのが一番だけどね。まぁ、そんな事これっぽっちも思っていないけど。
「……準備が出来たら来て」
「それなら……行くぞ!」
一瞬だけキャロに視線を向けてエミさんから合図をしている。一人で攻めないことは重要だからね。戦闘を多くこなしているエミさんが理解していないわけもない。僕が直したいのはこういうことじゃなくてもっと直りづらい癖だ。
まずは一度、大きく後退してから目の前に結界を張っていく。二人がどのように動くのか、少なくともさっき注意した戦い方はしないだろう。だから、こちら側もさっきとは違う戦い方をしたほうが勉強になると思うしね。結界はかなり見えづらく工夫して張ったけど二人にはバレバレだ。こうやってすぐに詰めてこないところを見れば探りを入れているのはよく分かる。でも……それは後手に回るだけ。
「ミラージュ」
今回は若干、搦手を使って試す。
前衛として守りに徹する戦い方ではなく中衛として状況に応じた攻めの戦い方だ。久しぶりにこの魔法を使った気がするけど、やっぱり使い勝手がよすぎる魔法だ。かなり少なめの魔力で長時間の幻覚を見せる、それだけの魔法だけど。
「どこまで騙されるかな」
「くっ!」
偽物の僕に攻撃をされて、受けると同時に消えてしまうのを繰り返す。中には遠距離から氷魔法を放つ僕もいて、それを何とかしようと動くがほとんどが偽物なことにはかわりない。僕のミラージュ自体に実体は一切ないからね。本当に惑わす限定の技にしかならない分だけ……魔力消費も少なく持続力も高い。エミさんの目は一点に集中しているが……残念ながらそこにいるのは僕ではないね。
わざと作り出した結界内の偽物。
本物の僕は僕で遠目から二人を見ている。そもそもの話が傷を承知の上で動く魔物との戦い方の矯正だからね。対人戦としての仲間を守る、時には無視して倒すための戦い方を覚えてもらう。この偽物達は本物を見極める目を養わせるために作った。……と言えば良いように聞こえるけど、実際は思い付いたから試しに使っただけだけど。
氷の魔法を展開、同時に偽物達も視覚でしか分からない氷を作り出していく。四方に並んでいく氷がエミさんやキャロを包むが変わらずエミさんは結界の僕から視線を離さない。つまり……放てばチェックメイトというわけだ。
「そこだな!」
「……バレたか」
いきなり距離を詰めてきたエミさんの攻撃を受けて下がる。内心、驚きはあったけど小さな呼吸とともに忘れ去る。どこかに欠点があったからエミさん達にバレたということだ。それにさっきの注意を理解しているからか、攻撃も振り下ろすものだった。もしも僕が攻撃の姿勢を見せれば手首を捻ってしまえば守れるし一番、安牌な攻撃方法をしてきていると思う。まぁ、大剣特有の隙の大きさはカバーし切れないけどね。
「アイシクルランス」
「それは守れるぞ!」
「そうだろうねッ!」
結界に突き刺さる氷の刃の上から蹴りを入れて破壊しておく。すぐに心器でガードの姿勢をとるけど遅すぎる。軽く力を入れた蹴りが大剣にぶつかるが本気ではない分だけ崩されない。でも、僕の狙いはそこにある。膝を曲げて近付いた両手の先から氷魔法を展開していく。
「これはどう対処する?」
「大丈夫だ!」
「はっ?」
強い衝撃を受けて吹き飛ばされてしまった。
全部が全部、計算内だとは思えないけど片足で立っているという弱点をつかれてしまったみたいだ。両足ならガードで対応出来た行動が、片足だったせいで飛びやすくなってしまった。そして、それだけの威力を誇る攻撃が出来るのは合わせるように言ったキャロだけだろう。いいね、しっかりと仲間との連携を考えて戦っている。……ただなぁ……。
「そこで攻めるのは危険だって」
「くっ!」
チャンスと捉えるのは別にいい。実際、こういう小さなチャンスを逃そうとしないのはいい事だから否定はしないよ。だけど、それで向かってくるのは少しだけ違う。攻めあぐねているのを見て分かっている僕視点からすれば、ここでの直線上の突撃は予想出来ているし、何よりバランスこそ崩れたものの怪我などを負った訳でもない。
横に結界を張って地面にぶつかる前に結界にぶつかって倒れ込むのを防いでおく。それを見て突撃をやめようとしたみたいだけど遅い。もう手の届くところまで近づいてしまっている。そのまま首を手で掴んで黒百合の刃を当てた。……その後すぐに首から手を離してスイッチを付けてみる。
「へっ? ……ひゃ……ぁ……」
イフをも落とすほどの効き目、エミさんが感じたことの無い快感……と言えばいいのかな。そんな感覚に襲われて立ち上がることもままならないみたい。そうだろうなぁ、僕だって初めてトイレのビデを使った時も同じようになった。興味本位でボタンを押してみたから……ああ、思い出しただけでも後悔してしまうよ。
「と、止めてくれぇ……」
「……まだ駄目だよ」
ニッコリ笑ってエミさんの願いを断る。
当然だろ、途中まですごくいい動きをしていたのに最後の最後でこれだ。追撃にしても遠距離、中距離の攻撃が出来ないエミさんが向かってくるのは悪手過ぎる。せっかくサポートとして優秀なキャロがいるのに勿体なさすぎるよ……。
「もう少し味わっていてね。また行動で失敗したら同じようにするから」
「い……や、やだぁ……」
……くっ、可愛いな……。
グッと勝手に動き出しそうな手を止めてエミさんをジーッと見つめてみる。徐々に湧き上がってくる変な気持ちを深呼吸して鎮めた。キツい、小さく声を出して、それも息絶えだえな感じで艶めかしさが襲ってくる。止めるのは楽なんだけど建前……じゃなくて! 本心はエミさんが同じようにしてしまったらこうなるって体で覚えてもらうためだから、止めてしまっては効果は薄いからね! エミさんのエッチい姿をこのまま見たいからでは、決して! そう決してないから!
「……楽しんでいるの?」
「いや……ちょっとだけ楽しいです……」
否定しても良かったけどキャロなら引かれることもないと思ったから認めた。実際、少しだけ楽しいっていうか、このまま見ていたいって気持ちがあるのは事実だからね。それにキャロも「程々にしないと嫌われるの」と言うだけで大槌の土を拭っているだけだった。なので、数分間だけエミさんのベルトを作動させたままで見守ってみる。
「し……死ぬかと思ったぞ……」
若干、睨みながら言われてしまった。
それでも少しも後悔は無い。そう、これはベルトの効き目を見るために必要な事だったからね。そう言っても信じてくれなさそうだから言わないけど。ただちょくちょくスイッチを見ているのは逃していないから。きっと付けてくれって……さすがに思ってはいないか。このままベルトの感想を聞くのもありだけど、それは恥辱的な行為になりかねないしさすがにやめておこう。自分で試せば分かることは聞かなくていいや。……恥ずかしそうな顔を見たいけど我慢、我慢っと。
「もしも同じように動いたり、対人戦においての悪手を選んでしまったら使うからね。まぁ、今回みたいに戦闘中じゃなくて終わってからにするけどさ。ただし、次はもっと長い時間つけているかもしれないから気をつけるように」
「……恨むぞ……」
「その恨みの分だけ僕を潰すために頑張って」
「……ああ、この恨みはしっかり返す……」
大したものだ、ベルトをつけていた時間よりも短い時間で動けるくらいには回復している。きっとそれだけ僕への恨みが強いんだろう。ただ女の人としてみている人に恨まれるだけの価値が、このベルトにあるといいんだけど。黒百合を構えて少しだけ下がっておく。
「スキルや自己強化はしない。それでも二人からしたらキツイだろうから傷をつけられたら、何かご褒美をあげるよ」
「ご褒美……なの! エミ様! 早くやるの!」
「お、おう……」
うん、エミさんがそんな反応をするのは分かる。
そこまで喜ばれたら変なことを願われそうで怖いけど……頼まれたら頼まれた時だ。とりあえず言った通りスキルや強化の制限はするけど、その状態の本気で戦わせてもらう。……スキルだから武器の能力は使っても大丈夫だろうしね。倒すくらいなら難しくはないだろう。
ちょっと下卑た考えかもしれないけど、落として落として、そして上げたい。願い事を叶えて貰えないと思わせてから願いを聞いて、変なものじゃなかったら叶えてあげよう。悲しそうな顔を見てから打って変わって喜ぶ、そんな姿を見たいと思ってしまったからね。
「行くの!」
「いいよ、来な」
キャロの一振を黒百合で流してから空いた手で飛ばそうとしてみる。予想通りエミさんが結界を張って弾かれてしまったので、大槌の持ち手の端、キャロの持っている方の反対側を持って引きながら蹴りを入れる。これでようやく結界が割れた。
ステータスの強化がなければエミさんの結界を一撃で壊せないみたいだ。それだけエミさんのステータスが上がってきているってことなんだろう。僕が見ていないし数値でしか見れていない成長、こうして体で分かることが出来るのは嬉しい。でも、これじゃあ駄目だろう。
「連続で張れないだろ、それ」
「でも、強化していない主様ならこれで十分良かったの」
大槌を強く引かれたせいでキャロの方に倒れそうになってしまう。それでも足には力を入れていたから軽くよろけただけだ。すぐに両側に結界を張っておく。そして来た追撃、エミさんの横振りの一撃が簡単に結界を壊してしまう。それを無理やり腰を曲げることで躱しきる。魔物と戦う時の癖だ、首を落とすことを重視し過ぎて腰を曲げれば躱せる高さを斬ってしまっている。
「悪い癖だ」
「あぅ……」
黒百合の腹の部分でキャロを殴り飛ばしてから前に回って、エミさんのいたであろう場所を向く。躱した時に僕から見て左後ろに刃が見えたから、おそらく僕の背後にいたんだろうという想定の元で動いてみた。……当たっていたみたいだ、振り向いてみると心器を地面に置いて両手を挙げているエミさんがいる。
「降参?」
「さすがに、な……。同じことを何度も出来る確証があるのなら降参しなかったが、ここまで連携が上手くいった動きをまた出来るとは限らない」
模擬戦なのだから自分の力試しのために続けるっていうやり方はあるんだけど……それをしないのはこの戦いでは勝つことは困難だって考えたからなのかな。ここまで追い詰められたら続けたとしてもいいようにやられるのが目に見えているからね。
「……キャロには悪いが続けるだけ無駄だ」
「それが見えているのはいいことだよ」
「……そうだろうな……武器だけでここまで圧倒されるとは……」
顔を歪ませているってことは悔しいのかな。
別に気にすることではないと思うんだけどね。悔しさをバネにとか言う人もいるから悪いとは思わないけどさ、少なくとも強くさせるために僕が教えるって決めたから、ここで悔しく思わなくてもって僕からしたら考えてしまうな。制限をかけても負けないって人からじゃないと教えてもらうのは苦となりかねないし。
まぁ、どちらにしても……。
「動きは悪くなかった。ただ少しだけ甘いかな。直接的な攻撃ばかりで搦手というか、相手の思考を複雑にさせたりとかはなかったし」
良くも悪くもエミさんは真っ直ぐ過ぎる。
素直に前衛として戦って、後衛を守りながら重い一撃を与えることに執着しているように感じてしまうからね。思考を複雑化させることで相手の動きに小さなミスを起こさせるられる可能性もある。鉄の処女の役回り的にはエミさんが敵を押えて、そこを魔法に弱かったり全体除去をするのならイアが突くって感じだったんだろう。役職的には惑わす戦い方はリリが得意そうだしね。
もしもエミさんが守りながら惑わす戦い方を臨機応変に出来るようになれば……ただ、それを教えたところで簡単に戦闘スタイルは変えられないだろうしなぁ。意識し過ぎて前衛としての立ち回りを忘れてしまったら本末転倒だ。今はもっと簡単なところから治していかないといけないけど、そこを変えればより鉄の処女は強くなるだろう。
うん、やっぱり強化期間とかを作って正解だった。普通に遊んだり生活したりしているだけなら見つからなかったアラだったからね。敵目線で考えて嫌なことっていうのは本当に敵に回らないと見つからないし、普段の模擬戦なら多対多をやってしまうから一人に対する意識も分散されちゃう。鉄の処女って縛りを付けたのは今更ながらナイス判断だったって自画自賛しておこっと。
「キャロも早く起きて。次も勝てたらお願いを聞くってことでいいからさ。二人とも本気で来な」
瞬きを終えると直ぐに立ち上がって大槌を構えるキャロがいる。そこまで元気があったのなら倒れてすぐに向かってくることも出来ただろうに……とか思ったけどやめておこう。別に聞かないと死ぬ訳では無いし、キャロが何かよからぬことを考えていたかもしれない。意識的なのはいいけど無意識的に言葉責めみたくなるのはなんか嫌だ。恥ずかしそうな顔を見るのなら自分の意思で作り上げたい!
エミさんとキャロが武器を構えたのを見てから黒百合を構える。僕の考えや行動が間違わないとは思わないけど、それを言ったら学校に先生は要らない。自分の教えられる限りのことを教えて戦いに臨もう。背後に結界を張ってからエミさんの懐へと飛び込んだ。
私事ですが総合評価が二千に近づいてきていてとても嬉しいです。この調子で伸び続けてくれるといいなと心から願っています。
次回は体調も考慮して来週の土曜日までには出せるようにしたいと思います。書ければ早めに出すのでよろしくお願いします。自分なりに面白く、粗野な書き方も多いですが小さな伏線なども出していきますので、良ければブックマークや評価などもお願いします。