4章82話 理科は文系の天敵なのです
まずは言われた通りに銀を溶かす。
一気に全部の銀を溶かしても固まってしまっては二度手間だ。だから、残っている銀を三等分にしてから魔力で融解させて鍋に流し入れていく。熱で溶かしてはいないけれど注ぎ込んだ魔力が外に流れてしまえば固まってしまうからね。
それにしても……固体だと多く見えないのに液体にするとここまで差が出るのか。三等分にしたのに乾麺を茹でられるくらいに大きな鍋の五分の四くらいまで溜まっている。……薄暗い部屋の光を反射して少しだけ綺麗だ。これはこれで他の道具作成に使えるかもしれないとかちょっとだけ違うことを考えてみる。
「皮を出したよ」
【それでは細長く裁断してください。縦が三十センチほどになるようにするとベストだと思います。一枚の皮だけでは長さが目に見えているので一つにつき三枚ほど使用します】
「おっけ」
長めの定規を取り出して縦横を測る。
元の魔物の大きさによって変わってくるけど一番に大きかったものでさえ、八十五センチ×五十センチ程度なので三枚使うという考えはとても良い。小さいものならその四分の三くらいだからね。それにしても鞣して長方形に近い形まで作っておいてくれているミッチェルには感謝しか出来ないな。
時間経過のしない空間をイフに頼んで作ってもらったまではいいけど、そこまででは作った意味が一切ないからね。中に置いておく道具を持ってきてくれる人だったり作ってくれる人がいて、ようやく作った意味が出来てくる。それも僕の空間に置かれている皮とかの素材は、ミッチェルの持っている素材の四分の一にも満たない。なおさら自分の知らないところで色々とやってくれている努力を感じてしまうかな。革製品は作れないけど、今度、ネックレスとかを作ってあげるのはありかもしれない。
ペンを出して三十センチのところに点をつけていってから下敷きの上に置く。ハサミとかだとズレてしまうのは今までの生活の中で分かっている。後は使い慣れているナイフで切っていくだけでいい。定規を添えれば見栄えが悪くなるほど曲がってしまうことは無いだろうし。……この工程を一分で綺麗に切って形を整えてしまうミッチェルは本当に化け物なんだなぁ。
【それでは皮を繋げてください。マジックテープなどは無いので止める部分に関しては後回しにしようと思います。横の長さが九十センチほどになるように合わせればいいです】
「分かった、皮と皮を繋げる時にやってはいけないこととかある?」
【そうですね……電化製品のように魔力を流した際に皮と皮の繋ぎ目にも影響が出ては意味がありません。なので魔力で繋ぐのはあまりオススメは出来ないです】
魔力で止められないか。それは裁縫の技術のない僕からしたらかなり辛いな。魔力で止めるっていうのが僕からすれば一番、楽だし。簡単に言うと個体一つ一つの宿っている魔力を無理やり僕の魔力を流し込んで近いものにするって感じだからね。魔力が近いもの、似ているものはくっ付き合う性質があるってイフが言っていたし。……まぁ、その性質を知っていたら他の人の魔力を受けて作動する道具には使えない技術っていうのはよく分かる。
となると……スライム液とかが使えるかな。
ミッチェルがよく使っているもので一度、熱を加えると強い粘着力で離れなくなる代物だ。ただスライムという存在自体がかなり強く希少なため値は張るけどね。だから、量産する時にはミッチェルに軽く編んでもらうことになると思う。もしくはミシンの代わりになるものを作っておくか、かな。熱に関しては沸騰手前のお湯を湯たんぽに入れて繋ぎ目になる部分に当てればいいから難しくはない。ただ問題になりそうなのは繋ぐ部分だ。普通に折り紙を糊でくっつける時みたいにやっていいのかってことくらいかな。
聞いてはいないけど駄目だと言われないってことは同じような感じでいいってことで捉えるよ。少し分厚くなってしまう場所が出来るから……そこの範囲はかなり小さくなるようにする。レザー関連の知識が僕にあったのならばもう少しだけやり方があったかもしれないけど……これに関しては申し訳ないがどうしようもない。
一応は出来た、少しだけ長さが違うけど近くなるように合わせておいた皮が六枚だ。先から先まで手で撫でて確認してみたけど思ったよりは凹凸が少なくて安心した。そもそも鞣した後の皮の厚さは大したことがなかったからね。それに使った素材が良質なものだから簡単に破けはしないし。巻いたところで違和感はないと思う。……ゼロとは言わないけどさ。
【それでは同じ長さの皮の片方に銀を薄く敷いてください。多すぎてはマスターなら分かると思いますが金属特有の硬さで曲がらなくなります。魔力回路としての役割を担うだけなので任せますよ】
「……頑張るよ」
ここでそんな重大な仕事を任されるとは……。
結構、慣れていないことを続けていたせいで精神的に疲れてきているんだけどな。そんな弱音を吐いてもいられないか。これくらいの仕事をミッチェルとかエルド、キャロはしていたんだ。主の僕がやらないでどうする。
右手に魔力の膜を張ってから銀の中へ突っ込む。
そのまま軽く銀を落としてから皮へと付けた。テーブルの端から端まで伸びている皮だ。それをゆっくりと、それでいて力を込めることなく少しずつになるように銀を付けていく。本当に皮特有の色が見えるくらいに薄く引いていかなきゃいけないから、作ったのが皮一枚分だけでもかなり神経を使うよ。
【出来たら乾かないように魔力を流します】
「……流した……けどさ、これならこんなに多く銀を使わなくても良かったんじゃ」
【ここからです。見ていてくださいね。私がしっかりと仕事をさせていただきます。付与、空間】
一気に吐き気がした。
銀の付けた皮に空間魔法が付与されて、両手の自由が奪われる。再度、銀の中に入れた右手が吸収していくかのように鍋の中が空になっていく。銀を空間魔法を付与した皮の中に入れている最中なんだろう。その後は皮に手を当てて僕でも出来ない精密な魔力操作を施していた。……これに関しては一切の説明が出来ない。電気が通るように電線とかで回路を作るように、いくつもの魔力による線を作っては組ませてを繰り返しているから見ていたとしても言葉にするのは無理だろう。
【……ふぅ、完成です】
「すごい……けど」
【ええ、ポーションを飲んでください。さすがに一つを作るだけでも使い過ぎました】
他の作業で減っていたのもあるけど……消費量がエグすぎる。最大MPの四分の三が部屋に来るまではあったし、回路作成の前までは半分以上は確かにあった。それが六分の一まで減ったのだから気分が悪くなるのはおかしなことじゃない。何だったら今すぐにトイレに行って吐きたいくらいだ。
そんな最低な気持ちをポーションと共に胃の中へと流し込む。こんな気持ちもきっと酸性の強い胃酸が何とかしてくれるだろう。それに……こういう時にイフがエミさん達の顔を見せてくるのだから最後のひと踏ん張りはしないとね。男を見せないといけなさそうだ。
【最後の作業です。別々にエメラルドとアクアマリンを砕いてください。その後に雷魔法を流せば属性が変わるはずです】
「りょう……かい……風と水で雷ね……」
回復はまだ先だ、だけど、今のうちに終わらせられることをしておく。新しく出した小さい鍋にエメラルドとアクアマリンを指定された量だけ出して、無理やり魔力を流して破裂させる。雷自体はそこまで得意な魔法ではないからイフに頼んだら、魔法を使った瞬間に一気に吐き気が迫ってきた。またポーションを飲んで我慢したけど……終わるまで吐かないでいられるか不安だ……。
【その粉を皮の先、十センチほどまで撒いておいてください。それで反対側の皮を置いて固まれば大体は完成です】
「……これでいいの?」
【もう少し粉は多くていいです。砕いた粉の三分の一を使い切るくらいが一番いいと思いますよ。量は三個作れるだけ砕かせましたから】
イフが言うのなら間違いはないんだろう。
何で全体に粉をかけないのかは不明だけど僕が気にしたところで思いつかない。と言うよりも、通常の僕なら考えついたかもしれないけど、今の僕は魔力の使いすぎで頭が眠りたがっているし。言われたようにした方が失敗しないからね。
【ボタンを押すだけで効果を発揮するようにするのですが、満遍なく粉を撒いてしまうと何かの拍子で魔力が流れてしまった場合、魔石としての劣化や長時間の効力発揮によって発火する可能性が考えられたためです。そのため魔石と魔石の部分が重なった時と魔力が流れた時に効力が発揮出来るように、粉は皮の先だけに付けました】
えっと……満遍なく撒かない理由は分かったけど分からないことはいくつかあるな。例えば魔石と魔石の部分が重なった時だけ効力が発揮する理由とかかな。そもそも……いや、そこら辺は作り終えてから聞くことにしよう。今は魔力を回復させることの方が重要だ。
【……ここまで出来れば一つ目は完成です。反対側の皮を上に付けて銀を固めてください。これで性能的には望んだものになるはずです】
「後は……ボタンか。それとこれを二回……うぅ、自分でやるって決めたけど地獄だ……」
さっきよりは楽になったけど……苦しみを二回も味わうことになるのならいっそ辞めたい。一個出来たから作るのを辞めてもいいかなって思うけど、三個あった方が三人に渡せるし作っておいて損は無いからね。……さぁて、味わいますか……。
【ボタンはさっきよりも簡単に作れます。他の面でもマスターが休んでいる間に私がやるので、最後のひと頑張りですよ】
「……はい……頑張ります……」
【同じものを二個作り終えたら膝枕してあげます。他にもお望みのことがあれば少しくらいは聞いてあげてもいいかなって思っていますよ……?】
それは……やる気が出る一言だね。
僕は馬鹿だから目先の欲を叶えられるのならばいくらでも頑張れるし。……イフに膝枕させながら介抱されるのも悪くは無いな。頭とか撫でられながら少しずつ気分を回復させていく。……うん、いいことしかないじゃないか。
また鍋に手を出して銀を溶かしてから次の皮へと手を伸ばす。その頃には僕の頭はもう動いてはいなかった。何も考えられない中で目先のイフが視界の端に見せてくる楽しげな空間を夢見ているだけ。傍から見れば正気を失っている様子だなと時々、目覚める頭で考えながら、最後は無心に道具を作り続けた。
この話……頭を使い過ぎますね。書いている最中に現実的にも納得出来るようにしていたら作っているギドと同じように眠気に襲われました。文章だけだと分かりづらい部分が多いと思いますが次回、自分の中で分かりにくそうな所は説明して書くつもりなのでお楽しみに! ちなみに鉱石(エメラルド等)と魔石の違い、魔石自体の性質などを書こうと思っています。分かりづらい点があれば感想で送ってください!
次回の投稿予定日は水曜か木曜のどちらかです。よければブックマークや評価よろしくお願いします!




