4章76話 模擬戦の準備です
話の都合上、少しだけ短いです。
「それで? なんの用で来たんだ?」
「ああ、準備しようと思ったからだよ。エミさんで遊んでいるうちに忘れていた」
黒百合を出して構える。
まずは横に一振、次に縦に一振だ。自分に合わせて作った武器だと言っても、心器とは違って多少は日によって武器に対する練度みたいなのは変わってしまう。日によって具合ややる気が違うみたいな感じだね。コンディションって言えば分かりやすいのかな。僕の場合は二振りで大体は分かった。
十全に測りきれはしなかいけど今日のコンディションは多分まあまあかな。振った後に少しだけ違和感があるから武器との親和性みたいなのが薄いように感じられるし。こういうのを「そんなのがあるわけがない」って馬鹿にする人もいるけど、どうせ違和感でしかないと割り切ってしまうと取り返しのつかないことがあるんだ。……漫画の受け売りだけどね。ただ最悪な状況になるよりは気にしていた方が絶対にいい。
「その手はなんだ?」
「ただの打ち合いだよ」
手をクイクイとさせてエミさんを誘う。
ただ剣を愚直に振る、それを軽視するつもりはないけど打ち合った方が得られるものは多いと思う。切羽詰まって頭がこんがらがった時に気分転換をするように、一人で無心になるために剣を振ったりするのは僕もやっているから分かる。だけど、どうせ一人じゃないなら二人ならではのことをした方がいいだろう。
「僕は攻撃しない。自分なりに守りを崩すために攻撃してきてみてよ」
「……ああ、胸を借りさせてもらおう!」
大振りな心器による一撃を黒百合で流してから、迫ってくる左手に握られた短剣を手を掴んで回避する。初見だったらダメージを受けていたかもしれないがアキとの模擬戦の時に心器だけで戦っていないことは見ていたからね。分かっていれば見てからの回避であったとしても容易い。
すぐに体を捻って背後を取ろうとしてきたけど手を離したら距離を取られてしまった。当然と言えば当然のことなんだけど少しだけ悲しくなってしまう。昨日……あ、お風呂入っていないから結構、臭いかもしれないな。それで距離を置かれた可能性も無くはない。
だけど、距離を置いた点に関しては良しだ。さっきのままで背後を取ることに固執し続けていたら簡単に首を取れていた。もっと言うとそのまま首の周りに結界を作るだけで対処は済む。そこまで背後を取れたことによるアドバンテージが薄いのだから逃げるのは当然だ。
「……やっぱり上手くはいかないか」
「背後を取ったところで不意の一撃でなければ倒すことに繋がらないからね。ミッチェル並の速度があるのなら話は別だけどさ」
もしくは分身系の何かがあるとかかな。
ただエミさんにはそういう小細工に近い能力は一切ない。あるのは脳筋的な身体強化系と心器の結界くらいだ。裏の能力は知っているけど攻めない僕に対して使えるわけではないしなぁ。愚直にも近接特化のエミさんだから小細工をすることに意味は無い。まぁ、鉄の処女の三人からして近接でタンクを担える人の重要性は高いからね。
小細工をするリリや魔法で遠距離攻撃をするイアのことを考えると、ヘイトを管理することの方が重要だ。僕の守りを崩してみろって言うのは他の二人の攻撃を通しやすくするために言ったんだけど……これは必要ない行動だったかな。
「……そうだな、助言ありがとう」
「いいよ、後で本格的に教えるから今はやめようかな。本番前に疲れたら意味が無いし」
小さく頷かれた。あまり良い顔はしていなかったからこうやって良いように扱われたことが辛いのかもしれないな。少なくともエミさんは僕より一回りは年上だろうし。顔が綺麗だから分かりづらいけど三十はいってなさそうだよなぁ。
「そういうことじゃないぞ。上手く立ち回れなくて悔しいだけだ。それとオレは二十四だ」
「……あ、もしかして口に出していた?」
「おう、綺麗って言われたのは嬉しいが三十はいっていないとか考えるのは少しばかり配慮がなっていないな」
うーん、何も言い返せない。
それにしても二十四か、僕より七歳くらい年上って感じだね。……死ぬ前の生きていた時間と合わせて考えると六歳だけど、そこら辺はどういう計算方法になるんだろう。まぁ、二十歳になっていないのは確実か。
軽く伸びをする、これで今日のコンディションの八割は分かった。少しだけ悪いって感じだろうね。パッと動けないから体の方も悪いし、武器でガードした時に柄を持って回したりとかが出来ないから武器としても良くはない。ただ戦えないってレベルには悪くないから少しだけってことにしておく。
「……抜け駆け?」
「違うぞ、稽古してもらっていたんだ」
「……そう……」
いきなり話し声が聞こえたと思ったら僕の横にイアがいた。あまり接する機会がなかったからか距離がいつもより近いけど……実害はないからこのままでいっか。これで抱き着かれていたら解いていただろうけど寄りかかってくるだけだし。それに何よりも可愛いからね。この要素が一番、重要だと思う。
「まあまあ、後で構ってもらえばいい話さ」
「……そうする」
リリに諭されてイアは納得したみたいだ。
うーん、やっぱり素直なところを見ると幼い少女としか思えないんだよなぁ。イルルとウルルみたいに実年齢は高いんだろうけど可愛い以外の言葉が出てこない。……小突かれたって本当のことだから嘘はつけないし。
三人に礼をしてから後にさせてもらう。
イフがいる場所に向かって箱庭を作らなきゃいけないからね。最悪は死ぬ手前になったら外に出すような効力にする予定だし。まぁ、僕とイフがいるんだから危なければ間に入るだけで済むんだけど一応ね。そのためには少しだけ時間をかけないといけないから早めにやっておかないと。
「遅かったですね」
「下準備はイフに任せた方が早いだろ」
「口だけは達者なことで」
本当にコイツは嫌味しか言えないのか。
イチャついていた僕も大概だと思うけどさ、いや、今回は大義名分がある。自分のコンディションを測ることだったりエミさんとスキンシップを取るっていう重要な……あの、そんな気持ちの悪いものを見る目はやめていただきたいのですが……。僕は変態だけど虐められて喜ぶタイプじゃないから素直に悲しい。
「まぁ、いいです。後で二人の時間を作ってくれればそれで許しますよ」
「素直に二人っきりになりたいって言えば済むのに」
「余計なお世話ですよ。あまり煩くするのなら襲いますけどよろしいですか?」
それは面倒だから遠慮したい。
両手を上げて無抵抗の意思を示す。襲うのも襲われるのも僕の趣味ではないからね。僕が好きなのは圧倒的イチャついた甘い空気、そこに黒い要素は一切いらない。ただし他の人の甘い空気は壊させてもらうけどね。
「ほら、魔力はそのまま供給するからさ。今だって二人っきりなんだから怒らないで」
「別に怒っていませんよ」
「無表情だから分かりづらいんだよ」
まぁ、声音からして嬉しいんだろうね。
ただ作業しているイフの手を上から握って魔力をそのまま流しているんだけど。これもまた共同作業みたいなものだ。もし本当に怒っていたなら魔力供給を拒んでいただろうから、よくよく考えてみれば怒っていないのは分かったことか。少しずつ女心っていうものを覚えてきたみたいで可愛いような面倒なような複雑な気分だ。
「ん……温かくて気持ちいいです」
「変な声を出さないでね」
「すいません、我慢出来なくて」
珍しいな、いつもなら狙って言うのに……。
今日は少しだけ恥じらいでみせてくるのだから普段はこんなに意識しないのに……ああ、本当に腹が立つなぁ。狙ってやられた方が幾分か対応も利くって言うのにさ。無意識での可愛らしさをイフが覚えてしまったら心臓がいくつあっても足りないよ。
十数分間くらい経ったと思う。
それでも何をしたのか、何を話したのかは覚えていない。ドキドキしている気持ちを隠すために過ごしていたらイフの反応なんて見てられないし。ただドキドキしていることに対しては何も触れてこなかったのは覚えている。本当にイフかって思ったくらいだからね。
その後は皆を呼ぶために動いた。
エルドとキャロは部屋の清掃で遅れるらしいが他の五人は連れてこれたので、先に指導を始めてもいいだろう。本当はエルドとキャロの指導を含めてやりたかったけど執事やメイドとしての仕事がある以上は仕方がない。僕がやるってことは出来ないからね。僕がどうこうではなくて他の皆が良い顔をしない。主はそういうことをしないとか、尊厳がない主君として他の人達に笑われるとか。別に僕が笑われる分には構わないんだけどなぁ。
「ではでは、鉄の処女三人を冒険者ギルドの面々に負けないように強くさせることを頑張りましょう」
「一言で修行をしようって言えばいいじゃないですか」
「うっさい、言葉が出てこなかったの」
そういう細かいことが僕の心を……。
いや、ユウとイアから白い目で見られそうだからやめておこう。言葉が出ないことは誰だってあるだろう。イフが言葉を間違った時とかに……そんな機会はさすがにないか。
「まず最初に鉄の処女の三人の能力を見ようと思います。僕は大まかに分かっているだけだし、ユウに至っては少しも分からないだろうからね」
「そう言うってことはユウは強いんだな」
「うん、少なくとも僕と同じくらいには強いよ」
僕の言葉に三人は動揺しているみたいだ。
まぁ、強いのは知っていただろうけどユウはなぜかステータスを隠しているからね。それも強さを雰囲気で分かるっていう特技に近いものをエミさんは持っているけど、それすらも騙すくらいに隠す能力が強いし。普通にしているだけなら少し強いくらいの少女でしかないだろう。だから、その気持ちがわからなくは無い。
「……」
「怒らないの、それだけユウの隠す能力が強いって証拠なんだからさ」
「……そうですね……」
強くないと思われているように感じたんだろう。
ユウの表情は曇っていた。僕なりのフォローをしたつもりだけど少し表情が晴れた当たり正解だったってことかな。一緒に頭を撫でてあげたのも高評価に繋がったんだと思う。
「この後、ユウに三人の力を測ってもらう。いいかい、絶対にユウを舐めて攻撃するな。僕が一瞬で三人を潰せるように、気を抜いたらユウなら簡単に三人を倒せる」
「……分かった。ユウ、よろしく頼む」
「……微力ながら……教えます……」
仲が悪いわけではないだろうけどユウと鉄の処女の仲はそこまで良いようにも思えない。単純に他の人達よりも接する機会が少ないからだろうけど。まぁ、そこら辺は鉄の処女に教えている間に解消されていくだろう。そうだと信じたい。
良いところですがやる気を全部、使い切ってしまったので投稿が少しだけ遅れると思います。前に出した話と同じにするかどうかは分かりません。続きは考えてから書くので楽しみにしてもらえると嬉しいです。予定では一週間以内には出そうと思います。もし良ければやる気などにも繋がるのでブックマークや評価などよろしくお願いします。