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4章70話 無償の覚悟です

「……少しは気分はスッキリしたか」

「ええ……」


 起きたてだからの気分の悪さは時間が治してくれるだろう。それでもトラウマから来る過去の傷は時間が治すなんてことは一切ない。もしかしたら治る人は簡単に治るのかもしれないけれど、僕は治りやしなかったのだから勝手なことを言うと思っていたな。


 人の傷を癒すのは時間なんかじゃない。

 今の生活を経て色々な考えに触れてみて思った。人の痛みを癒すのは確かに時間もなくてはならない要素だ。だけど一番に必要なのは傷を負った者が幸福を感じて、自分の身の安否を確認して安心出来るかどうか。


 その点で言えば、気分が楽になると言ったということは少しは昔のことにケジメがついたってことだ。クサイセリフを吐いた価値はあったと思う。神谷なんて姓はとっくの昔に捨てたと思うんだけどな。……こんな時に思いつくなんて僕が考えていた以上に名前というのは思いらしい。


 あー、恥ずかしい。


「ますたー?」

「ふふ、ガラにもないことを言ってしまって恥ずかしいんですよ」


 傍観者に徹していた二人にからかわれる。

 今までの僕の心理状況を読んでいたシロにしては珍しく、僕が俯いていた理由は分からなかったみたいだ。それはいいとしてもイフは僕の顔を見て分かったとかじゃないからね。心を読んで馬鹿にしようとしてきているだけで……とは言っても、恥ずかしいセリフであったことは否定されなかったから……自業自得か。やっぱり、考えるのをやめよう。


 楽にさせられたっていう成果だけが僕には必要だったんだ。そのためのセリフでエルドはしっかりと前を向いてくれた。それならそれでいいじゃないか。馬鹿にしてくるイフもいて、分からなさそうにするシロがいる。……やっぱり、馬鹿にされるのは癪だから後でやり返そう、うん。


「……さて、本題だ」


 手を一つパンと叩いてエルドを見る。

 怒っていると感じられるかもしれないがそんなことは今更だ。ずっと僕が怒っていると感じながら話をしているわけだしね。ただ僕からしたらこれっぽっちも怒っちゃいない。それだけは勘違いされたくないから頭を軽く撫でておいた。


「……ええ、どのような罰でも受けます。身勝手に行動したことには間違いはありませんから」

「そうだね、それは主である僕に黙ってやったことには限りない。だから、僕は許せない。エルドのことを攫って傷つけたディーニのことを」


 少しばかりエルドに罰は与えよう。

 それでも遅かれ早かれ起こっていた問題にはあるんだ。それだけ僕の陣営に美しい人が揃いすぎている。それこそハーレムだなんだって言われるくらいに好意を持たれているのは肌で感じているし、ロイスやエルドは興味が無いようだけど二人の固定ファンも多くいる。奪いたいと思う人がいてもおかしくはないんだ。


「エルドの痛みは分かる。でもね、その原因となるものと向き合わなければ完全な解決には至らないんだ。だから、エルドも本気でアイツらを殺しにいったんだろ?」


 少なくとも僕はそう感じた。

 僕の言葉に反応するわけではないけれどエルドはエルドで真意を探っているのか、俯きながら考えごとをしている。別に全部が全部当っていて欲しいとか、外れているわけがないとかは思っていない。そこまで自分の考えとか行動に自信があるわけじゃないからね。


 それでも僕の言葉でエルドは悩んでいる。

 僕からしたらそうなったことが嬉しい。自分でも自分の行動に対しての理由が明確になっていなかったってことだ。もし明確になっていたのであればすぐに返答をしてくれる。そしてもしかしたら僕の言っていたことが要素として含まれているかもしれない。それをしっかりと思案している証拠だ。


「きっとエルドのことだから僕のために動いてくれたんだろうね。なんのために死にかけてでも戦ったのかは分からないよ。だけどさ」


 エルドは何も答えない。

 小さく深呼吸する。


「痛みを抱えているからこそ予想は出来る。自分で自分を安心させたくて原因を排除させようとしているようにしか僕には見えない。もっと言うのなら、僕がエルドならば生き残るためだけに戦っていたとは思えないかな」

「……そう……ですね……」


 逃げる手段はいくらでもあった。

 あんな綺麗な部屋だ。わざわざディーニのような自分を優先するような存在が一種の自分の城となる部屋へと、たかだか誘拐しただけの男を連れてくるだろうか。もし性的なことならばベットへ、話を無理にでも聞こうとしていたのなら逃げられないようにする。どちらにせよ、ディーニの近くに置かないで見張りに任せるはずだ。


「それで……エルドはどうしたい? お前は過去のエルドではなくなった。それでおしまいでいいのなら僕は何も言わないよ。だけど、頑張って過去を話したエルドだからこそ、僕は僕なりにエルドの真意を問いたくなってしまったんだ」


 エルド・カミヤ、もとい神谷エルドと変わったのだから他に何もいらないと言うのならそれでいいだろう。僕がここまで言うってことは言わずもがな分かっているんだろうな。


「僕は、僕達は領主を殺す」


 エルドが息を飲む。

 分かっていても口に出されてしまうと感じられるものは変わってくるよな。そうだよ、僕は殺すつもりでいる。異世界に来てから初めて殺意を抱いて殺すと決めた相手だ。自分から起こす殺人なのだから覚悟はある。


「エルドはどうしたいか。別に会いたくないのならそれでいいよ。その時は僕は手を叩いて喜ぶだろうね。ただし、戦いたいというのならば僕は認めたいと思わない」

「……なぜ……でしょうか……」


 なぜか、それはエルドが一番に分かっているだろう。それでも聞いてきたのは確信を持ちたかったのかな。……いや、いい。そんなことを考えたって意味が無いのだから。


「また傷付くエルドを見ろと?」


 そう言われたら何も返せないよね。

 だからこそ、聞いているんだ。僕は動かないで欲しい、休んでいて欲しい。だけど、それだとエルドは成長しないだろう。本当に過去を乗り越えたとは言えないだろう。僕がいくら頑張っても死者を生き返らせることなんて出来やしない。だから、聞いているんだ。


 僕のようにはなって欲しくないから、自分で選べずにトラウマを乗り越えてしまった僕のようになって欲しくないから、選択肢を与える。親を殺すか、もしくは黙って傍観しているかは僕が決めるべきではない。


「……分かりません……」

「ん?」

「……俺の気持ちが……わからないです。だけど一つだけ……分かっているのは立ち止まっていては皆に顔向けが出来ないです。主の気持ちは分かりません、もしかしたら俺の選択は主の気持ちを無碍にする選択なのかもしれないです。……それでも!」


 大きな深呼吸、そして一気に吐き出された。


「俺は後悔したくない!」


 真っ直ぐな目、どこまでも愚直に僕を見ている目だ。僕だけをしっかりと見て自分の気持ちを伝えてくる。……ああ、この目を見たらやっぱり、エルドは自分で過去を乗り越えようとしたんだなって思ってしまう。そこに僕はいらないんだろう。迷惑をかけたくないって思ってしまう馬鹿な弟だから。


「動いたから後悔するかもしれない。戦うからこそ傷付くかもしれない。それでも親と戦うことを選ぶのか?」


 本当に僕は最低な人間だと思う。

 そんなことを僕が分かるわけがないしエルドにだって分かるわけがない。そんな不確定な未来を、運命を引きずり出して心を揺さぶっているのだから。僕だったら本気でブチギレてしまうほどに聞かれたくない言葉だ。


「それでも! ギド様が話した通りに俺は父親を殺したくて戦っていたかもしれません! ここで動かなければ元凶を、過去の自分を本当に忘れられる機会はないかもしれません! それに! 俺が戦わなければ誰が皆の仇をとるって言うんですか!?」


 それが最終的なエルドの考えか。

 さて……それを聞いて僕はどうしなければいけないのか。僕はエルドを家に閉じ込めておきたい。例えそれがエルドの成長になるかもしれなくても、逆にエルドが立ち直れない傷を負う可能性があるくらいならば戦わせたいとは思えない。


 エルドの顔を見る、何を言っても考えを変えたりしないだろう。僕が与えた要素がエルドの考えを左右したかもしれない、だから、僕が余計なことを話したせいで僕の求めていることとは違う結果になってしまったかもしれない。……それなら……最後くらい僕はエルドの敵でいよう。


「エルド」

「はい」

「僕を認めさせてみろ。今から模擬戦をする。一撃でいい、僕は本気でお前を殺しにかかる。一撃でもいいから与えられたら僕はお前が立派に成長したとして最前線に行かせてやる」


 ああ、最初からこうしていればよかったじゃないか。色々と悩んでもいい、それでも僕は皆の前に立ちはだかるだろう。これが親心なのかもしれない。傷があるからこそ、これ以上の傷は手に入れて欲しくない。そんな優しさはエルドからしたら毒でしかないのかもしれない。


 それを僕が決めるのはおかしな話だ。

 だけど、もしかしたら……エルドが宿した覚悟は本当に僕すら……。そうなってしまえば僕はエルドに対して何も言えなくなってしまうな。だからこそ、僕は手加減なんてしない。覚悟のある人に手加減なんて馬鹿にするのと変わらないからね。


「やるか、やらないか。どっちを選ぶ?」

「やります」

「そうか」


 エルドは子供じゃない。

 これ以上の子供扱いは無しだ。


「僕を安心させてみろ」

「倒してみせます」


 綺麗な笑みで返されてしまった。

 楽しまないとな、例え未来を決める重要な戦いだと言っても、弟の覚悟を見定める戦いだとしても、エルドの成長を直に感じられる戦いなのに楽しめないと僕らしくない。黒百合も心器も使って戦わせてもらうさ。エルドの手を掴んで家へと飛んだ。掴まれた手は無性に強く感じられた。

もう一話か二話、エルドの話が続いてから他の話へと移っていきます。果たしてエルドは圧倒的格上であるギドと戦えるのか、そしてギドの新しい武器である黒百合も活躍するので楽しみにしてもらえると幸いです。


次回は土曜日までには投稿します。

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