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4章68話 紛い物の愛情

4章の終わりにかけてラストスパート!

エルド視点です!

「お前は忌々しい父親そっくりだ」


 物心ついた時にお爺様に言われた言葉です。

 嫌いだと、死んでしまえばいいといつも言われ続けました。お爺様を殺したいほどに嫌ってしまうのは当然の事だったのかもしれません。将来のためにも冒険者経験のあるお爺様から何度も木刀で打たれ続け、青アザが出来たこともしばしばありました。


「痛かったですよね」

「うん、いつかはぶっ飛ばすから安心して」


 模擬戦の後に消毒をしてくれたのは幼い頃から隣にいたメイドのミナ。何度もお爺様に打たれて、何度も癒されてきました。父から教えこまれた勉強も覚えるにしては難しく、何度も解釈を求めました。いつも優しく癒してくれるミナがいたから俺は笑うことを忘れなかったのかもしれません。


 俺より五歳年上で話しやすく幼い頃からミナを嫁にもらい幸せに生きる、それだけが頑張る理由となっていました。今となっては幼いならではの可愛い夢だと思いますよ。


「これは何と読むんだ?」

氷柱つららです。水の魔法の詠唱の一部ですね。水が滴り落ちて寒さに固まったものだと聞いていますが……実物は見たことは無いです」

「ふーん、見てみたいものだ」


 幼い頃から憧れていた魔法使い。

 特に俺は氷魔法に憧れていました。それは勇者の仲間である賢者が得意としていた魔法が氷魔法だったからです。何も無い存在から力を手に入れた彼が自分の憧れとなっていました。そして彼の力の象徴こそ変幻自在に変わる氷魔法です。


「多数に重なる氷よ、貫き敵を射止める氷柱の束よ……わ、私は……よ、読めない……」

「神をも凌駕りょうがする氷の槍を放つ者なり、アイスアローです」

「むぅ……難しいものだな……」


 今となっては効率の悪すぎる詠唱です。

 想像することさえせず、ただ魔法の詠唱さえすれば魔法が使えると勘違いしていたのですから。本当に何もかもが幼かったと今となれば思えるのですが……それでも幸せでした。


「ミナ! 勇者の英雄譚を聞かせてくれ!」

「了解です!」


 覚えたてのような敬礼をしてミナに膝枕をされながら国を救った勇者の話を聞く。例えば最初に倒したのはワイバーンだったりとか、オークの巣窟に行って犯される少女を助けて泣いたこととか、俺からすれば普通のことです。負ければそうなるだけなのにミナは勇者を思う乙女のような顔をしていました。


 幼い俺には理解出来なかった嫉妬がその時にはあったのでしょう。「そのような人と婚約したいものです」と笑うミナを怒り「恋などで適当なことを言うとは馬鹿だな」と俺は言ってしまいました。それでもミナは優しかったんです。「ふふ、女子は憧れの男性像があるのですよ」と言いながら俺の額をコツンと折り曲げた中指で突いてきました。そんな幸せが恋だということには嫁にもらうと思いながらも当時の俺は気付いていません。だから……俺は最悪な未来を手にしてしまったのでしょうね。


「奴隷達は何を考えて生きているのだろうな」


 父親から教えられた帝王学、その日は階級について学んだ時でした。その頃にはある程度の力がついて剣に覚えもあった頃です。本当に俺には分かりませんでした。その時の俺は食べたものの価値も分からずに食いたくなければ捨てるような人でしたから。


「きっと……楽しいだけではないですよ」


 悲しげに言うミナ。

 それで俺はやめれば良かったんです。


「詳しく教えてくれないか?」


 今なら馬鹿だって思えます。

 俺はただ知らないことをメイドに聞いただけでした。ですが、少し考えれば分かったことなのかもしれません。誰かに聞くことが癖になっていた俺はいつしか自分で考えることをやめていました。


 仮に俺がやられたのなら反論をしていたかもしれません。それでも……ミナは優しすぎました。笑顔で俺を見て「いつか分かりますよ」とだけ言ったんです。そのまま部屋を出てどこかへ消えたミナの背中は消えてしまいそうでした。


 ミナがいなくなって数分後……胸のどこかが、胸の中かもしれません。かけない何かが無性に痒くなって居てもたってもいられなくなりました。足早でミナを追いましたがどこにも姿はありません。きっと寝たのだろう……それで済ませられるほどには俺は出来ていませんでした。


 初めて抱いた後悔、気が付くと俺は庭のベンチの端に座っていました。昔、生前の母が生きていた頃に作ったとされる薔薇の庭園の近くに置かれたベンチは、季節通りに冷たくて体を芯から冷やしてきます。きっと冷えきっていたのは体だけではなかったのでしょう。


 月光が照らす薔薇は赤さが薄れ少しばかり青みがかっているようにも見えました。初めて見たこの世にはあるはずのない薔薇です。少しだけ胸が高鳴って、初めて母について考えました。きっと、虐めてくるお爺様同様に性格の悪い人だったのでしょう。そんなことを思いながら……涙を流しました。母が恋しくて恋しくて……薔薇を一つだけ手に取りました。


「……なぜ、ここにいる?」

「……お爺様……」


 月が頭の上に来る頃、お爺様に話しかけられました。酷く困惑した顔を見て初めてお爺様の動揺を見ました。返す言葉に困っているとため息を一つつきながら隣に座ってきます。クソジジイだとか、ここに来るなとか、そのような負の感情は湧きませんでした。そして……初めて抱きしめられました。


「……うぁ……あぁぁぁああ……!」

「お前に何があったのかは知らない。それでも泣きたいのに我慢してはいけない。大丈夫だ、お前の涙を止めさせるほどに私は終わってはいない」


 いつものような殺しにかかってくるような狂気。

 そんなものは鳴りを潜めてただ優しく抱きしめてきた、お爺様の胸の中で本気で泣いてしまいました。それこそ先程のギド様の胸の中で本気で泣いてしまったように。


「母様! 母様と会いたかった! ミナの話を誰かに聞いて欲しかった! 誰にも話せない! 分からないことを聞く人がいなかったらどうすればいいんだ!」

「……そうだ……ああ、そうだよな……」

「分からないよ! 何も分からないよ!」


 いつものような平手が来ない中で、本当の母のように感じられるお爺様。ディーニからは受けられなかった優しさがそこにはありました。涙は止まることがありません。幼い俺には止める術など一切、思い付きませんでした。感情のままに怖くて殺したいと思ったはずのお爺様の胸の中で泣き続けました。


「エルド」

「え……」


 初めて名前で呼ばれました。

 ずっと『お前』呼びで好かれているとも思っていなかったお爺様から名前を。それがなぜかとても嬉しかったです。無意識に笑ってしまっていました。思えば父であるディーニからも名前呼びはされていなかったように思えます。


「お前はやっぱり母親似だ。あのようなクソ男に似ていたのなら涙なんて流せないさ。すまないと言っても遅いと思う。それでも謝らさせてくれないか」


 あの鉄仮面のようなお爺様が笑ってから頭を下げてくれたんです。初めて見ました。いつも高圧的で俺を殺しにかかる虎のような存在がお爺様でしたから夢でも見ているのか、と。そしてディーニをクソ男呼ばわりしたのもビックリしました。


「クソ男……?」

「ああ、十四のお前には早すぎる話だと思うがな。簡単に言うとエルドの母を殺したのはディーニ自身だ」

「……ッ!」


 言葉が出ませんでした。

 父親を好きだったかと聞かれれば利用する対象としか思っていません。生きるために使ってやればいいと思っていただけでした。それほどに親子としての縁は薄く途切れやすいものです。だからこそ、どこかでしっくりと来ました。ああ、お爺様から嫌われていたのも、と。


「お前の教えてこられたものはな、私達からすれば甚だ馬鹿らしいことなのだよ。そしてそれを雄弁に、博識あるように話す様は孫として見ることが出来なかった」


 当時の俺には分かりませんでした。

 それほどに難しい言葉を使ってきたからです。今ならそれがお爺様なりの優しさだったのだと俺は思います。見合いの際に強姦された娘が格上の商家との縁を結ぶために、そのまま最低な男へと嫁いだと言う話です。そして……それが母でした。


「お前が産まれる時に娘は死んだ。元々、病弱でな。それこそ子供を産むのも不可能と呼ばれたのに頑張って産んだんだ。そして代償は決して小さくはなかった」


 言葉の六割は分かりません。

 ですが、これだけは理解しました。


 母を殺したのは、見殺しにしたのはディーニだと。


「ポーション一つだぞ! ポーション一つで助かったかもしれない娘を……! アイツは!」


 そう言って唇を噛むお爺様は痛々しかった。

 そんな姿を見て恐怖からではなく、悲しみから涙がまた零れてしまいました。怖かったかと優しく言うお爺様の言葉を否定すると……俺の頭に何滴もの雫が落ちてきました。怖いお爺様が泣いたのを子供ながらに理解して本当に悲しくなりました。ここまで思われていた母だったのかと。


「エルド……お前は優しい子だな……」

「俺は……優しくなんて……」

「ああ、今までのお前は誰かを否定して自分の優位性を説く屑だった。でもな、これだけは覚えておきなさい。誰かのために泣けることは簡単に出来ることじゃない」


 初めて褒められた、それがとても嬉しくて。

 泣いてしまった、嬉しすぎて。


 それを叱責するのではなく優しく受け止めてくれるお爺様が本当に、本当に好きになりました。抱きしめながら俺の成長について教えてくれて正しい胸の張り方も覚えました。


「剣に迷いが薄くなってきたな」

「うん! お爺様を倒したかったからね!」


 昔なら殺すために、今なら強さを示してミナを繋ぎ止めるために……そう思って俺は思い出しました。こんな機会を生むことになったミナとの話です。幼いながらにも話すかは悩みましたが、言葉の続きがなくなったお爺様に聞かれてしまいました。


「どうかしたのか?」


 返答に困りましたが自分で考えられなかった俺は覚悟を決めました。ミナとの話を笑われてもいいからお爺様に、本当のお父様に聞いてみようと。だから、大きく笑ってみせました。……すぐに作り笑いとバレてしまいましたけどね。

男キャラで一番に好きなエルドの過去の話だったので少し力を入れて書いてみました。薔薇などもエルドを表すにはピッタリな花だと思って書いてみました。


次回も続きを書きます。次回でエルドの回想や過去のしがらみについては終了の予定です。その後に戦闘会などが増えていくのでお楽しみに! 次回は金曜日に投稿します。




※ この作品とカクヨムで書いている作品がスランプ気味の時に気分転換で書いていた作品が溜まってしまったので投稿し始めました。興味があれば読んで見てください! ですが、「テンプレは異世界最強のようです」をメインに書くつもりなので投稿頻度は溜まり次第放出する予定です。


こちらの作品です→無能から始まる異世界譚

「https://ncode.syosetu.com/n5041ga/」

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