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4章66話 考える葦です

「遅れてごめん」

「誰も待ってなどいませんよ」

「イフは怒ると怖いからさ」


 軽口を叩いて笑いかける。

 キャロは……いないか。アミのおかげらしい。シロを抱えて膝の上に座らせる。それにしても綺麗な寝顔だな。僕の弟、もとい仲間なだけはある。冗談半分でケイさんに女装させたらみたいなことを言ったけど……本当に女装させたら女の子になってしまうかもしれないな。


「……エルドさ、一回でも起きた?」

「いえ、寝ていますよ」


 笑って言ってくれるのはいいんだけど。

 ……本当に僕のやった治療法は正しいんだよね。エルドは生きている、それでも植物状態になってしまったんじゃないかって不安になってしまう。よくある疑問だけどさ、こうやって眠っているだけの人を生かすのは正しいのかな。まぁ、イフがこの先も目覚めないって言っているわけじゃないから、そこまで深刻なわけではないんだろうけどそんな選択をいつかは僕がするようになるのかもって不安になってくる。


「大丈夫ですよ。少し前まではノンレム睡眠でしたがレム睡眠の時間が増えてきました。通常の病人などの睡眠状態は知りませんが少なくとも体を癒すためにエルドが動き出した証拠です」

「……それならいいけどさ」

「案外とキスをしたら目が覚めるかもしれませんよ」


 悪いね、僕にそんな趣味はない。

 僕はあくまでも女の子にしか興味はないしエルドを見たところで「僕と似た運命を持った子なのかもしれない」って思うだけだし。「可愛い」って言われ続ける可哀想な子なんだなって思うと涙が出てきそうだ。……最初は褒め言葉だと思うけど言われ続けると馬鹿にしているのかって思えてしまうんだよなぁ。


「それをされたいのはイフじゃないの?」

「バレましたか。いいですよ」

「……目を閉じてもしないから」


 少しだけしてもいいかなって思ってしまったことは内緒だ。……あ、頭に浮かんだだけでイフにはバレバレだったんだよな……。この笑顔、守りたいの反対の言葉が浮かんでしまう。本当にキスしたらどうするんだか。


「……シロにもする?」

「しません。チューならいいよ」

「キスでお願い!」


 キスならしませんっと。

 キスとチューの違いってあんまり分からないけどさ、何となくキスは好きな異性とする愛情表現であって、チューは家族とか友人にするような愛情表現だと思うんだ。この定義で考えたらシロに対して女として見てはいないからチューの方が絶対に合っている。イフ相手ならまだキスというのは間違っていないかもしれないけど。


 ……って、そう考えてみればもう一人の僕に対して僕は恋をしていることになるな。あれ、文章的にはナルシストとかのレベルではないような気がするんだけど……。やっぱりイフに対して女性として見るのはやめた方がいいかもしれないな。


「……そう言えば鉄の処女の三人と話をしたんですよね。どんな感じでしたか?」

「ん? 普通だよ。ちょっと怒られたけど三人を強くさせるって約束をしておいた。僕とイフなら短期間で強くさせることが出来るって自信もあったからね」

「また勝手に約束をしたんですね。へぇー」


 あ、やべ……そう言えば許可を取っていない。

 いや……ここまで怒らなくてもいいじゃん。何で一気に距離を詰めて顔を近づけてくるの。人形みたいな顔だから恐怖でしかないんだけど。可愛いんだけどさ、表情を買えないから能面みたいに見えてくるし。……って! いってぇ!


「誰が能面ですか」

「ヒヘヒヘホンハホホハホホッヘハヒヘフホ」

「ええ、そうだと思います。きっとそんなことを思うようになってしまったのは私の愛が未だにマスターに届いていないからでしょう」

「え、ちょっと!」


 抓られていた頬をいきなり離したかと思うと後ろから抱きしめられた。いつもみたいに思いっ切り力を込められて抱きしめられるのかと思ったら、普通の愛情表現に近いような抱きしめられかたですごくドキドキする。


「うー……」

「シロも同じように抱きしめてあげてください。きっと愛が足りないから失礼なことを考えるようになったんです」

「そっか!」


 そっかじゃないんですけど……。

 ただ前からシロが抱きしめてくれたおかげで、イフのせいで抱いてしまった変な気持ちは抑えられたから良しとしよう。……まぁ、僕ならこんなことをするわけがないからなぁ。イフは僕であって僕じゃないんだって実感出来る。ああ、なんだ。イフだって一人の普通の女の子だったね。忘れてしまうところだった。


「そうですよ、私は私です。マスターの分身であって一人の女の子です。安心してください。マスターが望むのならば私は鬼にでもなれるのですから」

「鬼になんてならなくていい。ただ足りない僕に力を貸していて欲しいんだ。こうやって弱いのに誰かを守ろうとする僕を」


 イフが鬼になるのか、それはそれでコスプレさせてみてもいいかな。モフモフもいいけれど普通のピンク系の服装もイフには合いそうだし。「〜〜だっちゃ」みたいな語尾を使わせてみたいな。イフなら魔法も使えるし雷で……いや、これ以上は紳士な僕が壊れていくだけだからやめておこう。


「……また仲間外れ……」

「ごめん、シロのことも大事だよ。こうやって口にするのは恥ずかしいから言えないけどね。なんだかんだ言って助けてくれる頼りになるシロだから、ぞんざいに扱ってからかいたくなるんだ」


 シロも同じように僕の分身に近い。

 もっと言えばシロは無機質な存在から人へと姿を変えた存在だ。それを従えさせただけだと言えばそれまでだけれど……一緒に過ごすうちにシロが人ではないと疑う人なんていなくなったと思う。楽しい時に笑って、辛い時に泣いて、そんな誰よりも人らしいシロがダンジョンなら我慢をし続けてきた僕は人じゃないってことになるしね。


「シロのことも大好きだよ」

「なのに抱いてはくれない」

「うん、妹にそんな感情を持ちはしないだろ。それにシロは未だに成長段階だ。幼子に性的な感情を抱くほど僕は落ちぶれていないんだよ」


 幼女に対して性的な感情を抱くか。

 僕は少なくともそういう気持ちは分かりやしないかな。詳しいことは分からないけどシロと性的なことはどうしてもしたくないって思えるんだ。本当の妹だと思っているって言うのは建前かもしれないし、そうじゃないかもしれない。考えれば考えるほどに自分の気持ちに疑念を抱くだけだから考えないようにしているけどさ。


 そう言えば……少しだけ身長が伸びたかな。

 いつかは……僕の身長も越されてしまうのかもしれないな。本当にアキを超える逸材なのかもしれないけれど果たしてその時まで僕は生きていられるのか。ダンジョンならば僕と同じように歳を重ねていくとは限らない。きっと僕よりも先にミッチェルが死んで……その後にアキ達が死んで、僕の最後はイフが看取ってくれるのかもしれない。


「……ん?」

「なんでもないよ」


 そう、なんでもない話だ。

 もしかしたらシロの最後を僕が看取れないのかもしれないな。ワガママを言えるのならば僕は誰よりも先に死にたい。最後の最後まで愛しい人の死に様なんて見たくはないな。ヨボヨボで昔の面影もない皆を僕は見ていたくない。苦しむ姿なんてもってのほかだ。


 この笑顔が本当に僕の思い浮かんだ比喩と同じならば僕は焦がれてしまっているんだ。恋なんてものだったらもっと簡単に考えられただろう。自分のものにさえ出来れば、あるいはその逆でもいい。恋の成就でも失恋でもすればここまで考えさせられないんだから。シロは太陽だ、そう考えると僕が吸血鬼として産まれたのもよく分かる。そこまで考えて僕が生まれたとは思えないけどね。


 思えばシロの好意に対してたくさんの返答をしてきたと思う。時にはまたかとか、それ以外に思うことがないのかって思う時もあったけど、それは僕目線ではそんな適当な考えが浮かんでいるだけ。シロからすれば本当に僕とそういう関係になりたいのかもしれない。確証を持てるイフやミッチェル達はそこまで思い悩みはしないだろう。生半可な希望がある中で想いを伝えきれなければ、とシロは焦っているんだ。目線さえ変えてしまえば……僕もシロも大して違いがないのかもしれないな。


 僕のせいで悩ませているんだ。

 だから……適当な返事はもうしない。


「……シロ」

「……」

「今だけは大好きって言葉で納得してくれ」


 分かっている、これも単純なワガママだって。

 でも、これ以上に良い言葉が見つからなかったんだ。僕はタラシなんかじゃないからね。女性経験も多いわけじゃない。あっても人並程度なんだ。現状を見れば疑う人も多いけれど。もっと僕が頭がいい人だったら、冷静でいられる第三者だったら適した言葉も見つかったかもしれない。けど、今の僕にはこれが精一杯だった。


「仕方ない」

「ありがと」


 いつも以上に強く、長く頭を撫でた。

 グリングリンと動くのにやられているシロは本当に嬉しそうだ。こういうところのせいなんだよなぁ。女性というよりも子供だと思ってしまう理由が多すぎる。……逆にシロ以外だとどういうのが正解なんだろう。


「ふふ、気持ちいいですが後ででお願いします。髪型が崩れてしまいます」

「あ、はい」


 なるほど、イフの場合は喜んだ素振りは見せるけど髪を気にして止めさせるのか。それとも僕の考えを読んで正解を導き出したとか。そんなわけのわからないことで能力を使ったのなら結構、無駄遣いが激し過ぎるけど。いや、イフ自体がスキルではあるわけだし人の状態の今、やったからこそ能力の無駄遣いとは言えないのでは。


 まぁ、どちらにせよ……こっちの方がドキッとするね。特に止めさせた後に笑いながら横髪を耳元まで掬う姿が色気があって個人的には好きすぎるな。……あれ? 僕って気持ち悪すぎない?


「ふふ……それと、いつまで気を使っているのですか」

「うん?」

「いえいえ、こちらの話です」


 笑顔でそう返してくるイフだけど……。

 さすがに言葉からしてどういう意味なのかは僕でも分かるよ。気を集中させてエルドの方へと向ける。……確かに呼吸が少しだけ早い気がする。イフにバレて焦ったのかな。どちらにせよ、そっかそっか……。


「目が覚めたんだな……」

「……」

「……何も……言わなくていいよ」


 そっとシロを下ろすと気を使ったのか、イフも拘束を外してくれた。ゆっくりと横になるエルドのもとへと歩いて軽く抱きしめた。抱きしめたエルドの体が妙に細く感じたのは僕だからなのかもしれない。こんなに細い体であそこまで戦ったエルドがどれだけ男らしいのか、それを少し前の僕なら気が付けたのだろうか。……ああ、本当に僕は馬鹿だな。小さなイフの優しさに感謝をしないといけない。


 こういう時は……。


「おはよう、寝坊しているぞ。もう朝は終わって昼食の時間だ」

「……そうですね、いただきます」


 ゆっくりと体を起こして目を擦るエルド。

 見間違えではないはずだ。その時に目元に溜まっていたのは明らかに涙だった。寝ている時も孤独を感じていたのかもしれない。未だに立ち上がれないエルドをもう一度だけ抱きしめてから頭を軽く撫でてあげた。……早く粥のようなものでも作ってあげないといけないね。数日、ご飯を胃に流していないだろうから、胃に優しいものをあげないと食べれないだろうし。


 そのまま隠すことなく泣き始めたエルドを見ないようにイフにその後を任せた。僕だったら泣き顔を多くの人に見られるのは嫌だからね。シロと一緒に家へと飛んで鍋で簡単な粥を作っておいた。エルド一人を失いかけただけで色んなことを考えさせられたな。ボーッとキッチンの窓から外を眺めながらそんなことを考えていた。


 シロの顔を見る。目が合った瞬間に笑いかけてくれた。

 ああ、エルドが目覚めた今、僕は確実に幸せを感じているんだ。偽らない、僕はこの気持ちを守りたいから戦うんだ。今はそう思っているんだからそれでいいじゃないか。考えを疑っても、今の気持ちを疑うことは僕には出来ないだろ。少なくともこの気持ちに嘘はない。

ようやくエルドの目が覚めました。次回はエルドの過去について書く予定です。エルドに関しての話が後三話くらいある予定ですが、そこまで長くするつもりはありません。


少しだけ長ったらしくなってしまいましたが、もうそろそろで4章が終わります。終わった後に閑話ココとシュウを書くかもしれませんが、そこら辺は気分次第ということで。


次回は月曜日から水曜日の間の予定です。書ければ月曜日には出すつもりです。

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