4章65話 ワガママの理由です
部屋を三回ノックする。
小さく「どうぞ」と帰ってきたのを確認してから扉を開けた。少しだけ胸がドキドキする。思い返してみると割と長い時間を過ごしているようなのに三人の部屋に来たのは初めてだった。そんな状況のせいで変に緊張してしまうな。
「どうかしたか?」
「いや、三人の部屋に入るのは初めてだったからさ」
「さすが純粋なだけはあるね」
一気に緊張がリリへのヘイトに変わった。
誰が純粋なんだか、それにその目はどういう意味なのかな。どうせ、もっとストレートな言葉で言おうと思ったけど、何かされるのが怖くて分かりづらくしただけだろ。
「ひ、ひはひ……」
微笑じみた笑みを左右に引っ張って見るも無残な状態にさせる。僕にマウントをとるなんて数年早かったようだね。すぐに離して回復魔法をかけながら撫でてあげた。それだけでリリは顔を赤くして本当の笑顔へと変えてくれる。いつもこうなら可愛さで心がやられてしまいそうだ。
「ごほん」
「ああ、ごめん」
大きな咳払いをされて咄嗟に謝ってしまう。
それをした張本人はベットの隅に座って笑い始めているんだけどね。何がそこまで面白いのかは僕には分かりっこない。純粋に笑われてしまうとこっちが恥ずかしくなってくるんだよなぁ。エミさんにも後で仕返しをしないといけないね。
「ん!」
「はいはい、失礼します」
隣をバンバンと叩いて膨れっ面をするイア。
軽く会釈して座ってイアを持ち上げる。どうせ膝の上に座るんだろうって思って運んだら予想通りだった。ただ嬉しいのは分かったから足をバタバタさせないで欲しいかな。さすがに痛い……とまではいかないけど座りづらく感じてしまう。
「それで話って何だ?」
「ああ、イフから聞いていると思うけど僕から話しておかないといけないなって思ったんだ。頼むのは僕なのに他の人に任せるのは責任逃れしようとしているだけだと思うし」
「……気にすることか?」
目をしっかり合わせ首を縦に振る。
律儀なことだと言われようとも僕が決めたことなのにイフに任せるのはおかしいからね。それに話すことで僕が見つけた何かが本当に正しいのかを見極めたいし。全部が全部を正しいって僕自身が決めることは出来ない。なおさら、仲間であってもう一人の僕であるイフの言葉は僕には欠かせない忠告だ。
「僕はワガママだ。ワガママを通すのに僕が何もしないし言わないのはリーダーとしておかしいだろ」
「確かにそうか。……それなら聞かせてもらおうか。なんでダンジョンの攻略も途中だというのに冒険者ギルドとの戦いを早めた?」
一気に表情が変わってエミさんの視線が鋭く僕へと突き刺さる。分かっていたことだ、ここまで僕のやりたいことを通させるような身勝手すぎる行動に疑念が生まれるのは。それを知らないフリして従ってくれようとしていた三人が真剣に僕の言葉を見定めようとする理由だって、それは嫌いだったら生まれない現象のはず。
「僕の親は親としての役目を果たしてくれなかったんだ。僕は僕の過去を話したいと思わないから僕も誰かの過去を無理に聞こうとはしない」
「それがなんだ?」
「僕が僕と言うようになったのは何も顔が女っぽかったからじゃない。好き好んで僕なんて言葉を使いたいわけじゃない。何度も何度も僕は男としての僕を否定されてきた」
そこまで言うとエミさんは何も反応しなくなった。あまり過去語りなんてしたくはないんだけどね。それでも話さないと僕がエルドを本気で守りたい理由が伝わらない気がするし。何度も助けて欲しくて話したことがあった。でも、対して反応は酷いものばっかりだったんだ。
過去を語ると二つに分かれる。
地雷男だと思われてハブられるか、哀れみの視線を向けられるかだ。両方とも幼い僕には耐え難いほどのストレスだったから僕は僕の過去を話すことをやめた。俺と言わなくなったのだって何だって尾を引くのはいつも親、トラウマだ。
「それで本題だよ。なんで早めたか。僕なら、いや、俺なら親のことが関わると吐き気がするほどに逃げたいとか、殺したいとかそういう負の考えしか頭に浮かばないんだ。それは何年経っても変わらない。今でも思い出すと殺したいって思ってしまうからね」
「……苦労したんだな」
「生きているなら誰だって苦労はするよ。エルドが領主とどういう関係なのか何て僕には一切知らない。聞くつもりもないからね。ただ僕はエルドが過去から逃げるか、立ち向かうかの選択肢を選べる状況が作りたかったんだ」
僕にはそんな状況は回ってこなかった。
一度、おじさんが児童相談所に相談をしに行ったらしいが大したことはしてくれなかった。助けてくれるなんて生易しいことは起こらない。児童相談所が作ってくれたのはただの紙切れ一枚。いや、もっと言えばそれで済むならどれほど良かったか。
「僕の場合は助けようとしてくれる人はいたんだよ。でも、本当に動いてくれるべき人がやってくれたのは最悪な出来事を招くだけの給料泥棒としか言えない仕事だった」
あろうことか児童相談所が行ったのは注意だったんだ。警察と連携するとか、保護とかならおじさんも動いてくれただろう。何なら「お前が望むのなら俺の息子になりな」って笑ってくれていたからね。
なのに注意だけで済まされてしまえば起きる現象は僕やおじさん達家族への身勝手な攻撃。もしかしたら表向きの仕事柄、両親の立場が揺るぐことは無かったし。それに痣があるみたいな検査もされなかった。一度、幼馴染の母が襲われかける出来事もあったからね。それも注意の後にこれみよがしに起こった出来事だ。犯人は見つかっていないけど状況証拠的に……。
だから、僕は誰かに頼ろうとなんてしないし大人を信じたりなんかしない。信じるのは本当に僕が騙されてもいいと思える相手だけだ。鉄の処女の三人なら騙されてもいいと思ったから僕もこうやって話せる。思いっ切り深呼吸して笑顔をうかべて見せた。
「それでね、エルドの先を絶やさないためにも僕は地固めをしたかったんだ。そんなことを言ったって三人が動いてくれない、そう思っていたわけではないよ。きっと三人なら話さなくても動いてくれると思っていた。だから、甘えたんだ」
「現状、言われなくても動いていたことには変わりないしな。それに……信じられていたんだって思ってオレは嬉しいぞ」
「うん、ごめんね。本当は話せばよかったんだろうけど……怖かったんだ。本当の僕を話したら距離が遠くなるんじゃないかって」
現に何度も体験したことだからね。
嫌だったんだ、せっかく仲良くなれたのに嫌われてしまうことが。地雷だって思われてもよかったから仲良くしたかった。別に男として見られたいとかではない。友達でもいいから一緒にいたいって僕も思ってしまったんだ。……そこまで気を許してしまった僕が悪いんだろうけど。ここまで来ると僕は仲間の女性陣で女の子として見ていないのはいないんじゃ……ああ、イルルとウルル、イアとシロがいたわ。
「……何か酷いことを」
「考えていないよ。ワー、イアハカワイイナー」
「……隠す気なし……」
どうしてもさっきの四人は女の子と言うよりも妹としか思えない。本当の妹とは違う、心から可愛がりたいと思える妹。もっと言えば血の繋がりよりも大切だと思える繋がりが今の僕にはあるんだろう。いや、どうでもいいか。もとより家族よりも幼馴染の方が大切だったし。
「イアのことは好きだよ。それは何があっても変わらないと思う。エミさんやリリだって女の子として大好きだ。こう言って皆を惑わすつもりで悪いけど、好きだから話す気が起きなかったんだ」
「やった!」
「は、恥ずかしいことを……」
「し、知っていたさ! もちろんね!」
反応はもちろん、一緒じゃない。
そうだよ……こうなることが分かっていたのに怖がっていたのは僕でしかない。本当に僕は馬鹿でしかないよな。僕はあの時に俺という存在を消してしまった。もしかしたら最初にイフを産んでしまったのだって必然だったのかもね。無意識にもう一人の僕である『俺』を重ねてしまったんだ。
「だからね、お願いがあるんだ。ダンジョン攻略は途中だけど明日からは冒険者ギルドと戦うために一緒に戦闘訓練をして欲しい。練度はある程度は分かったし、もっと効率的に強くなりたいからね。僕は弱いんだ、だから……手助けして欲しい」
エルドに僕と同じ道を辿って欲しくない。
それが親心なのかもしれないし、もしかしたら僕のワガママでしかないのかもしれない。それでもエルドが苦しむ姿は見たくないし生きていて欲しいと思ってしまうんだ。死んでいい人間なんていないとは絶対に思わない。世には生きているべきではない人も少なからずいる。愛されていない人はいなくていいのかもしれない。でもね、エルドのことを僕は愛している……は語弊があるけど大切なんだ。
「本気で三人を強くさせる。心器の扱いだって二人は微妙だろうし、イアの心器を発現させるきっかけも作らないといけないからね。僕とイフが本気で三人をフェンリルすら倒せるようにしてあげるよ」
「……普通なら笑ってしまうんだろうけどギドが言うと嘘だと思えないね。私からすればギドという人は未だによく分からない。だけど、身も心も君に捧げよう。ここまで心を昂らせた責任は取ってもらおうか」
「身も心も責任を取ってもらわないとな。愛の告白もしてくれたんだし」
「エッチなことはしないよ。ミッチェルともしていないのに」
「そういう関係にならないって否定しないんだ。本当に愛されているようだ」
まぁ、一夜の過ちというか。一緒の布団で寝てしまったり好きだとか言われたら絶賛、僕もだよとか言ってしまう自信がある。その度にミッチェルが頭を過ってエッチなことはしないんだろうけども。ってか、しない。自分で今はしないって決めているだけだし。
「明日からよろしくね。もしかしたら僕の家で泊まり込みになる可能性もあるから」
どうすれば三人を強くできるか。
少しスパルタだけどやらせてもらおう。本気で勝ちにいくつもりだしエルドのことだって僕なりに終わらせるつもりだ。さてと、もう少しだけ三人と話をしようかな。膝上のイアをギュッと抱きしめて覚悟を決める。早くエルドの目が覚めればいいな。
「……痛い……」
「嫌だった?」
「……そんなことは言っていない」
分かっていますって。嫌ならもっと表情を歪めるだろうにそんな気配はないし。こうやってやられて嬉しいことは僕でも分かるんだぞ。まぁ、やっている側の僕も楽しいし嬉しいからやっているんだけど。
「うう……」
「エミさんもして欲しい?」
「……」
変な呻き声をあげるエミさんが面白くて聞いてみる。当然のごとく返事はない。あるのは首肯だけだから首を傾げてみせる。えー、僕には分からないですよーって感じで。悪気はないだろうけど僕をからかった罰を受けてもらおうか。
「えー、聞こえないなぁ。リリはしてもらいたいの?」
「ふふ、頼むよ」
「了解」
返事をしてくれる人にはすぐにしてあげないと。
こうやって唇を噛み締めてどうすればいいのか分からない顔をしているエミさんを見るのは楽しいな。やり返せた気がするし。まぁ、こんなことで不協和音を作り出すのは嫌だからリリを軽く抱きしめた後でしてあげたけど。予想通り顔を真っ赤にしてくれたからやって正解だったね。
二週間ほど書かない期間ができると書けなくなってきますね。次回は土曜日に出せるように書いています。楽しんで読んでもらえれば嬉しい限りです。
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