4章64話 本当のワガママです
お久しぶりです。
ようやく仕事に目処が立ったので、また投稿を再開します。
「顔付きが変わったな」
「ん……そうかな?」
エミさんが笑いながら首を縦に振った。
顔つきが変わった……鏡を見たって何も思わなかったんだけどな。それでも経験豊富そうなエミさんだからこそ、何か感じるものがあったのかもしれない。ただ変わろうとした理由がイフに嫌われたくないって言うのが、すごく格好の悪い話なんだけど。
「……キャロだけ楽しく食事なんて……」
昨日ならば気にしなかったであろう一言。
もしかしたら昨日の僕も似たようなことを言っていたのかもしれない。ただただ自分の都合だけを考えて、大っ嫌いだった自分本位な行動をしていたのかもしれない。自分を疎かにしておきながら他人には体を気遣えなんて誰が言うことを聞くんだろうか。
僕はこれでも一つのパーティのリーダーだ。
認めてくれない人も少なからずいるだろう。だけど僕がやりたいからリーダーを務めているわけでは決してない。それに僕が上に立つと決めたからロイス達がついてきているわけじゃない。もしかしたら付いてくる理由なんて金かもしれないし、奴隷という立場だからかもしれない。そんなことは僕には分かりっこないことだ。それでもさ。
「キャロ、楽しめなんて言わない。ただエルドが死んだわけでもないのに、僕達が勝手に倒れてしまったら意味が無いだろ」
昨日と同じ言葉しか並べていないだろう。
だけど、今回だけは違う。僕がエルドを大切に思うようにキャロのことも大切だから言うんだ。同様に僕は僕を大切にしないといけない。エルドの意思を尊重しなければいけないんだ。領主を潰すのは必要性があったから。これからも僕の仲間に火の粉が降りかかるのなら早めに対処しなければいけないからね。
「キャロがそんな顔をしていたら僕が笑えないよ。だからさ、少しだけでいいから自分を労わってくれないか」
僕は全員を見ていられない。
最初こそ一人だったのにミッチェル、アキ……と少しずつ僕の近くにいる人が増えていったんだ。見ていたくても限界っていうものがあるし、言い訳に近くなるが誰かを見る分のリソースとして自分を見なくなっていった。エルドが倒れなければ僕もここまで自分を疎かにしなかったのかもしれない。でも、それはただのifの仮定の話だ。
一つだけよかったのはここまで僕を見限ることなく全員がついてきてくれたこと。そして朝食を取らせることが出来ている事だ。キャロは早くエルドのもとへと行こうとしているけど、それでもシロが代わりに見ていてくれていることが分かっているから食べてはくれている。
「キャロ、仲間を信じろ。今はキャロが一人でいるわけじゃないんだ。キャロが切羽詰まって無理に笑ったって誰も喜ばないぞ」
「ギド様ーケンカー?」
「違うよ」
少し心配したのか、アミが自分の席を立って勝手に僕の膝の上に……って、それはシロがいない時にいつもやっていたことか。フニフニと僕の両頬を掴んできて少し痛い。横に伸ばしたり縦に伸ばしたりで自分でもよくここまで伸びるなって思ってしまう。
「怖い顔はこうする!」
「いたっ! ちょ!」
「キャロを虐めたらダメだよ!」
ゴムパッチンみたいに思いっきり横に伸ばされた挙句に離された。少しだけ赤くなっているような気がする。見てないから分からないけど何となくそんな気がする。そのままアミが僕の膝の上から降りてキャロの膝の上に座って、同じことを繰り返していた。
「キャロ! 苦しそうな顔はダメ!」
「……」
「誰も苦しんで欲しいなんて思っていないんだから! ケンカをしたいならアミが相手してあげるから笑うの! ギド様を悲しませるのはキャロの本意じゃないんでしょ?」
キャロが俯いて小さく首を縦に振った。
アミは思考は大人びているところもあるけど時々、子供っぽさを出してくるな。まぁ、だからこそのキャロも言い返すことが出来ないって状況を作り出しているんだろうけど。やっぱり主である僕が言うよりも幼いアミやユウ、シロが言った方が効くのかもしれない。
「……すいません、従者でありながら主の望むことが見えていなかったの……」
「いや、僕もキャロの気持ちが分かっていながら無理やり休ませようとしていた。本当にごめん」
「……今日は休むの。アミって今日は休み?」
アミが少し考える素振りを見せる。
キャロの顔を見て「ないのだ」と笑ったのを確認してからギューッと抱きしめていた。さっきまでのどこか思い詰めていた顔は一切せず、ただキャロより少しだけ小さなアミを妹のように抱きしめ続けている。時折、「巨乳は敵なのだ」とか言って恥ずかしさを紛らわせているアミを見ると可愛らしさで胸が苦しくなってくる。
「今日は一緒に買い物して欲しいの」
「買い物!」
「それなら私も同伴しますよ。さすがに幼い二人を遠くに行かせられませんから。エルドの件もありますからね」
「アイリも来るのだー!」
そんな感じでキャロとフェンリルの三人で買い物に行くみたいだ。時々、アイリが僕の方をチラチラ見てきたけど首を横に振った。申し訳ないけど行きたい気持ちがあってもやらなきゃいけないことがあるんだ。セイラへの報告だったり鉄の処女の三人との話とかね。セイラにしっかりとした報告は出来ていないから怒られるのは覚悟しておかないと。あっ、でも、今は書類制作でセイラやミド、ジルはいないんだよなぁ。だから、怒ってくるのは三人か。苦笑しながら手作りの箸を食器の上に置いて立つ。
「皆に言っておかなきゃいけないことがある。それは僕自身にも言えることなんだけどさ」
個室だから周囲を気にする必要は無い。
自分で自分を偽るんじゃない。きっとこの小さな出来事も僕が強くなるための、皆と肩を並べられるようになる何かを秘めているんだ。今までに僕が見て見ぬふりをしてきたこと、そして誰かに無意識に強いてきたワガママ……。
「命を大事に、もしかしたら僕の自意識過剰なだけかもしれないけど、皆は僕に死んで欲しくないと思うんだ。だから自分の命を軽んじるかもしれない。でも、それだけは絶対にするな。皆が死んで喜ぶ人なんてここにはいない」
皆の息を飲む顔。
僕はこれに近い顔を一度だけ見たことがある。それでも、あの時みたいな気持ちではない。少しだけ成長出来ない僕に変われる何かの欠片を見つけられた気がするから。そしてもう一人の僕から言われた言葉はそれだけ僕に必要な言葉だったからこそ、ここまで笑顔でいられるのかもしれない。
「僕は強欲なんだ。だから、何もかもを守りたいって思ってしまうんだ。傷付いてしまったエルドだって守りたいし、皆のことも守りたい。それに」
「それに?」
「君も守りたい」
セイラの顔は同じことを言われた皆と似た顔をしていた。その割には少し嬉しそうな顔だ。ずっとこう言われることを待っていたのかもしれない。僕は最低な人だと思う。僕に対して行為を抱いてくれた人全員を身勝手な行動に巻き込んでいるんだから。
そんなワガママな男の声が一室に響いた。
女の子一人が泊まるには少し広めな部屋で椅子に座りながらペンを持っている。幼さがまだ残っているのにやっていることは大人と何も変わりやしないんだ。セイラが優秀なんだって思い知らされてしまう。
「僕は勇者なんかじゃない。それでもセイラの騎士なんだ。エルド達の主なんだ。力がないかもしれないけれども願いだけは人並み以上」
「何を言いたいのか分からないかしら」
「セイラの過去やこれからになんて興味がないってことだよ。例え何を選んだとしてもセイラはセイラなんだから。だけどね、セイラが本当に助けを求めてきてくれる時には助けたい」
まだ頭が上手く回ってくれない。
話しながら言いたいことをまとめていく。面接とかなら最悪な結果だっただろうな。僕が本当に話したいことではないのに機嫌をとるかのような言葉ばかりを先に出してしまう。リセットは出来ていなかったみたいだ。でも、それでいいじゃないか。僕が本当に伝えたいことをセイラに伝えたいんだから。
「セイラ、最後のワガママを聞いて欲しいんだ。僕はこの街を領主を潰す。最初こそ私怨でしか無かったけど今なら他にも理由が出来てしまったんだ」
「……理由は何かしら?」
「君達を守りたい、ただそれだけだ」
誰か一人を愛すことなんて僕には無理だ。それは僕が八方美人だし、何より僕の周りには魅力的な女性が多すぎるんだよ。誰か一人を選ぶことを僕が最愛だと思う皆は許してはくれないだろう。独り占めを許さずにワガママを通そうとする皆なんだから。
だけど、僕はきっとミッチェルと同じくらいにセイラが大好きなんだ。そんなことを言えるわけが無いけどね。セイラは貴族で、僕は名前が売れ始めたと言ってもただの冒険者だ。身分が違いすぎる。だから、遠回しに守ることしか出来ないだろう。
少し前の僕ならここまで本気で思っていなかったかもしれない。……いや、それだけは例え僕であったとしても否定はして欲しくないか。少なくとも本気で守りたいとは思っていた。だけど、今回の件は僕が、僕達が動かなかったからこそ起きてしまった悲劇だ。本当は目の前のセイラに王国に来た理由だって聞きたい。それをしないのは僕が先を知りたくないというワガママのせいだ。そしてワガママのせいでエルドが傷付いたとも言えるからね。
怖いんだ、知らない何かを知って先の見えない不安に襲われるのが。それでもエルドに関してはしっかりと話を聞くつもりだ。セイラにだって領主のことが済めば無理にでも聞かせてもらう。それでクビになるのなら仕方が無いからね。
「……もう諦めているのよ」
「今回はセイラに何かして欲しいとは言わない。ただ僕達のやることを黙認して欲しいんだ。セイラの立場が悪くなるようなことは一切しないからさ」
おどけたように口元に指を当て笑って見せる。
仮面を作ろう、全員分ともなるとかなりの時間がかかりそうだけどね。僕や鉄の処女の三人ならこの街の冒険者ギルドを倒せるだけの力は確実にあるのだから。やらなきゃいけないことは頭に思い付くものだけでも結構あるからなぁ。時間はかかりそうだけど一週間以内には間に合わせる。自分の体も労りながらね。
「……分かったかしら。ただし、全員で帰ってくること。面倒事なんてもうたくさんなのよ」
「大丈夫、僕が面倒事を持ってきたことがあった?」
「いつもなのよ! 馬鹿なのかしら!?」
少しだけ大きな声を出した後に恥ずかしそうな顔をして俯く。距離を詰めて頭を撫でてやると胸の中に顔をうずめてきた。分かっているさ、冗談だとしても本気で僕達に死んで欲しくないと思っているんだって。
「セイラ」
「……うん?」
「僕を信じろ」
セイラの笑顔を確認して部屋を出た。
早く部屋を出たかった。だって、今の僕は自分でも分かるくらいに顔を赤くしている。今まで以上に恥ずかしいと思ってしまう言葉だった。もしかしたら今までの言葉は思いついたことをただ言っていただけなのかもしれないね。本心で話せたことに一切の後悔はない。
「さて」
後は鉄の処女の三人と話をしないとな。
セイラの部屋に来る前、朝食を終えてから三人との約束は出来たし。部屋に行って話をするだけだから難しくなんてないさ。絶対にやらないといけないのは、最初に謝っておかないといけないくらいかな。ジャパニーズ・ジャンピング・ドゲザを見せ付ける機会が来たようだ。
4章のプロットを作っておいたので大体ですが、残り十五話程度で終わる予定です。また書き始めますがブランクがあるので、次回は一週間以内に投稿するということにしておきます。書けたらもっと早く出すのでこれからも応援よろしくお願いします!