4章63話 愛の裏返しです
「……あまりいい朝じゃないな」
寝るには寝れた、だけど、起きるにしては早すぎたような気がする。イフは……未だに帰ってきている様子はないね。キャロのためにエルドのことを見ているのかもしれない。とはいえ、疲れとかは特にないな。頭も幾分か楽になった気がする。
リセット……出来ているかは分からないな。
「……起きたの?」
「うん、起きた」
ベッドの上でモゾモゾしていたから僕の腹上で寝ていたシロを起こしちゃったみたいだ。小声で聞いてくるあたり眠っているミッチェルに配慮してのことだろう。すやすや眠っているからね。シロのように旅に出てから寝てばっかりの子とは違って。まぁ、パーティとしての活動が少ないから仕方がないんだけど。
それにしても意識的にか、無意識的にか、そこで動かれるのは困るな。首元で擦り付けるようにされると擽ったくて笑えてしまう。……一回、起きようかな。もう少ししたらミッチェルも起きる時間になるだろうしね。
「ねぇ、デートしない?」
「……普通なら喜ぶけど今はいらないよ」
こういう時にはすぐにイエスって言ってくれないんだね。もっと簡単に許可を取れると思っていたんだけど。どう言えばいいのかな。本当に自分の中で考えをまとめるために外へ出たいじゃ、ただデートとかこつけているだけだし。上手く扱っているようだよね……。
いや、僕の本心はそうだったんだ。簡単にいいと言われていれば良いように扱おうとしていたんだよ。わざわざ曲げて言ったところで最初がそれなら意味が無い。もしかしたらイフが言いたいことはコレだったのかな。それなら……僕がここにいる意味は無いような気がする。
「……金属を取りに行きたいなって。最初は自分が悩んでいたからシロを連れて行けばミッチェルから文句を言われないって思っていた。別にデートとかだと思ってはいなかったよ」
今は風魔法でミッチェルに声が聞こえない。
それでもシロには本心を伝えたつもりだ。隠して話すのはやめよう。今は本音で話してシロが許可をくれるかどうかで考えればいい。シロなら勝手についてくるじゃなくてシロについてきてもらえるようにするんだ。
「ただ、今は少しだけ違うかな。考えてみればシロなら僕の悩みを聞いてくれるだろうし、集めながらシロと話をすれば解決の糸口が見つかるかもしれないって思ったんだ」
「それならミッチェルでもいい」
「うん、でも、今はシロしかいない。それにシロなら僕の言うことを聞いてくれるからね。久しぶりにモフモフを楽しむのも悪くないなって」
シロからしたら嬉しいような、そうじゃないようなって感じだろう。僕が最初に考えていたことを話した後だからね。そこでダメだって言われたらそれまでしかない。ただ嬉しそうなのは自慢のモフモフを楽しみたいって言われたからだろう。何なら手入れとかも夜な夜なやっているのを知っているからね。
こういう時に限って僕は屑なんだなって思ってしまうけど後悔はしたくない。今だって悩むだけの要素をシロはくれたんだ。もう少しだけ話して考えたい。シロを抱きしめてみる。屑男の特権は誰にも渡さないからね。
「仕方ない、ついていってあげる」
「さすがはシロだね」
二人揃って口元を隠して笑う。
朝ご飯までは三時間くらいか。今、イフに会うのは何か違う気がする。僕なりに考えているのにイフに会えば答えを聞いているように思えるからなぁ。僕は僕なりの答えを出してからイフに会いたい。シロを抱きしめながらベッドから出る。
そのまま飛んだ場所は何度も行ったことのある鉱物を手に入れられるダンジョンだ。あまり時間は経っていないのにプラチナとかを落としてくれる魔物も多くいるからね。
「……ここは?」
「鉱物を取れるダンジョンだよ。鉱物を落とす敵には物理は効かないから魔法で倒すように。シロも魔法が使えないわけではないだろ?」
「苦手だけど……出来るよ」
そう、それでいいんだ。
そうやって何事にも本気で立ち向かう姿がシロらしくて愛らしいんだ。こうやってエルドのことも大切だった。だから、傷つかないようにしようとしていただけ。それがイフの言うように成長に繋がらないとしても僕は……。
「アイシクルランス」
僕の得意な氷魔法、それを放つのはシロだ。
シロなりに強くなるために練習をしているんだ。そうでなければダメージすら与えられないだろうね。攻撃を当てたのはミスリルロックだ。すぐに連撃として氷魔法を放つ。そう言えば僕が最初に助けたのはミッチェルだったな。
あの時は仲間とかの話の前に異世界について一切の知識がなかった。知識を覚えられたのはセイラと出会ってから。セイラが僕の基礎を作ってくれたから今だって楽しくいられる。優しくしてくれるから僕もセイラを助けたいと思える。エルドにもそれを返したくて優しくした。
「……マスター?」
「うん? どうかした?」
「……うーんん、何でもない」
いきなり話しかけられて少しビックリした。
何でもないなんてありえない。絶対に僕に何かを言おうとしていたけど飲み込んだんだ。またおかしな顔をしていたのかな。笑っていないのかな、僕っていったいなんなんだろうね。戦う度に雑念が入ってくる。こうやって躱しながら戦うシロを見て本当に僕のためにいようとしてくれているんだって実感する。
「いた……」
「お兄ちゃん!?」
「はは、大丈夫だよ」
後ろに魔物がいたのか。僕らしくないな……傷は簡単に治るんだけどさ。ただ……こうやって戦いながらも僕へ意識を向けているシロを見ると申し訳なさだけが募ってくる。……痛い、体がじゃなくて心が。……ああ、そうか。これをエルドも僕に味合わせたくなかったんだろうな。だから、僕のように無理をした。子は親の背中を見て育つなんて言うけど、さしづめ部下は主の背中を見て育つか。
「……僕は幸せになりたいだけ。そして皆を幸せにしたいって思っていただけなんだ」
それは過去の僕が幸せじゃなかったから。
楽しくないと思える時間が長くて、助けてくれる人達がいても根本的な解決にならない。そんな時間を過ごして苦しんだからこそ皆へと強制していたんだ。……そう、僕は僕じゃなくなることを皆に強制していた。そこに皆の自由はない。
「……アイシクルランス」
僕のように傷付いて欲しくないからこそ、シロの前にいる敵を殲滅させた。援軍が来る様子がないことを確認して壁際に座り込んで上を見て考えてみる。僕がエルドに本気で生きて欲しいと思うようにエルドも僕に生きて欲しいと願っている。それが僕の思っている信者のエルド、そしてワガママなエルドのはずだ。
「……幸せってなに?」
「……え?」
僕を見つめながら聞いてくるシロ。
どこか悲しげな目は本気でそう思っていることを表しているのだろう。幸せってなにか。僕も分からない。幸せなんて抽象的過ぎてどういうものかって言葉で表すことは難しいだろう。だから、そう思って考えをやめる。今、明らかに僕は考えることを放棄しようとした。それならシロの聞いた意図も何もかもを無視したことになる。そう、昨日のイフの時のように。
「日頃、シロが感じているものかな」
「……そうなんだ」
それしか思いつかなかった。
もしかしたら幸せでは無いのかもしれない。それならこの返答は失敗だったかな。僕じゃシロを幸せになんて出来ないのかもしれない。エルドを不幸にさせてしまったように、実は皆にだって幸せの押しつけをしていただけかもしれない。シロが伝えたいことはそれなのかな。
「それじゃあ、忠誠って何かな」
「忠誠……?」
「うん、シロね、いつも思うんだ。ダンジョンだからマスターには忠誠心っていうものを持たなきゃいけないって。エルドとかを見るとシロの忠誠心ってないように思うから」
そっか……シロはシロなりに悩んでいたのか。
忠誠心……って何なんだろうね。僕もセイラに仕えている身だからそれに近いことを話せばいいのかな。僕がセイラのためにしていることって何なんだろう。もしくはエルドが僕のためにしてくれていることって……ああ、共通点って少ししかないな。
「主を大切にする心だと思う」
「……お兄ちゃんの持っている忠誠心って本当に言っていることと同じなのかな」
脳がフリーズしてしまった。
考えていなかった、セイラへは本気で助けようと思って行動しているつもりだ。それは今までに助けてもらったから返そうと思って動いているつもりだけど……それは本当につもりででしかないのか。助けたいという気持ち……エルドは僕に対して持って接していてくれただろう。
果たして僕が持っているのか。忠誠心って何なのかと聞かれて僕は大切にする心だって言った。それを僕が持っているのか。……違うよな、幸せを強制していたように僕なりの忠誠心をセイラやセトさんに押し付けていただけ。僕は僕なりに幸せにさせるために、自由に楽しんで生きさせるために動いていたつもりだった。それは……エゴでしかなかったのかな。
ああ、そっか。だから、イフは僕に休めって言ったんだろうな。僕はずっと冷静だと自分に押し付けていて、本当は冷静じゃない心を無理やり偽っていたんだ。思えばギルドマスターと話した時だって怒りをぶつけていただけ。僕の都合を押し付けていただけなんだから。……きっと冷静さを欠いている僕は誰かを助けられないだろう。
「……シロ……」
「なに?」
「シロって、今を楽しいって思えるか?」
大きな返事、そして肯定。
免罪符でしかなくても縋ろう。そしてこれが見たくて僕は仲間と一緒にいたいって思えたんだ。尊重しないといけないよね。僕が助けられなかったんじゃない。エルドが僕を助けてくれたんだってさ。ボロボロになってでもエルドなりの忠誠心を見せつけてきたんだ。僕なりに返してやらないといけないな。
僕は独りじゃない、僕の解釈は正しくないのかもしれない。そんなことは今はどうでもいいんだ。僕なりに考えられたこと、それが僕には重要なことだったんだ。少なくとも考えてから見るシロはいつもと違うように見えている。怒りに飲み込まれてしまうな、殺したい気持ちを消せとは言わないが必要なのは今じゃない。エルドが目を覚ましてからでも構わないんだ。
少し考えていた隙にシロがドロップ品を集めておいてくれたようだ。そのまましまってからシロを連れて部屋へ飛ぶ。どこへ飛ぶのかは僕が一番に分かっている人だ。そして今、会いたいと思える人。
「……イフとキャロ……」
「あら、起きていたんですね」
昨日のことが嘘のような無表情。
だけど笑顔を見せてくれているわけではない。僕が変わったかどうかなんてイフには分からないから仕方ないだろう。そして……キャロも僕が寝た後に見ていてくれた。起きているような、寝ているような、そんな半々の顔をするキャロの頭を撫でてイフの隣に座る。大丈夫だよな、僕なりの考えを話すだけでいいんだよな……。
「……大丈夫だよ」
ギュッと掴まれた袖、小さなシロの声がすごく頼もしかった。もしかして心を読んでいるのかな、なんて思ったけどそんなことは些細なことでしかないんだ。一度、大きく呼吸をしてからイフの顔を見る。
「朝ご飯の時まではエルドを見ているよ。その後は少しだけ鉄の処女と話をしたいからね。キャロに任せたい……って、言いたいけど今回はシロに任せるかな」
「……そうですか」
「うん、これは僕のワガママではないよ。純粋にキャロを休ませたいんだ。そしてイフも」
表情を変えてはくれない。
それでもイフが少しだけ疲れているのは見ていて分かる。こう見えても一緒にいる時間は長いんだよ。……とか、心の中で胸を張っていたらイフが頭を倒してきた。何も言わないし表情も変えないくせに目を閉じて小さく息をしている。初めて見るイフの本当に寝る姿だ。
「……起きていないと……いけないの……」
「キャロ、今だけは寝てくれないかな」
キャロの頭を撫でて無理やり寝かしてあげる。
小さく耳元で「ゆっくり寝てね」って言っていたらキャロは抵抗はしても眠気には勝てずに目を閉じている。キャロを寝かしたいのは僕のエゴでしかないのかもしれない。だけど、キャロがエルドを助けたいのもエゴでしかないんだ。エゴを通すために自分を壊していては意味が無い。
「イフ、僕は脆いんだ。次からは少しだけ優しく言ってくれよ。……もう二度と自分のことを疎かになんてしないから」
それが全てではないと分かっている。
だけど、僕を心配してくれる人が多くいるというのに自分のことを雑に扱うのは違う。イフが少しだけ怒っていたのは僕のことを嫌いになったからとかではなくて……スキルならではの不器用な返し方だったんだと思う。だからこそ、笑いかけた時に笑ってくれたんだ。まだぎこちない笑顔でも今まで以上に可愛いと思えてしまう。僕はもう末期なのかもしれない。
重要な話です。前話で二週間ほどの休みをいただくと言ったのですが申し訳ありません。予定が一月いっぱいまで続くようで小説を書けません。そのため次回の投稿日は二月の中間あたりになると思います。早ければ二月の初めに出せるように頑張りますが、おそらく出来ないです。誠に勝手ながら小説投稿を休ませてもらいます。本当に申し訳ありませんでした。