4章61話 忘れられないのです
あけましておめでとうございます
今年もよろしくお願いしますm(*_ _)m
急ぎ足で宿に戻る。未だにエルドは瞳を閉じたままだ。それだけエネルギーの消費量が多かったんだろう。限界を超えて能力を使ったとするのならば起きない理由も分からなくはないからね。
「……ずっと見ていたの?」
「キャロに出来ることはこれくらいなの」
部屋に入ってすぐにベッドの横で面倒を見ているキャロが視界に入る。僕が出かけてからはキャロが面倒を見てくれていたんだろうね。すごく申し訳ないな。キャロはただの仲間でしかないだろうに。……いや、キャロからすればそれだけで十分なのか。
「代わるよ。疲れていないか?」
「大丈夫なの。慣れているから」
僕の方を見て小さく笑う。
どことなく疲れてはいるみたいだね。隠そうとしてもさすがに分かるよ。キャロの隣に座って背中に手を当てる。全回復はさすがに無理だけど少しだけ楽にさせようか。全回復させるとキャロが眠ってしまう可能性があるし。
「これで少しは楽だろ。やりたいのならやっていてもいいけど程々に、ね」
「……ごめんなさいなの」
別に怒っているわけではないけどさ、純粋に執事っていう仲間であり部下が無理して動いたんだ。その責任は僕にあるだろうし、キャロにもあるかもしれないけれど、本当は尻拭いしなければいけないのは僕だ。ここまで切羽詰って看病する必要は無い。やるのなら僕がやるべきなんだよね。
「うーん、少し話でもしないか。集中して看病するのはいいけれどキャロまで倒れたら元も子もないからね」
気晴らしにって程度でいいけれど。
キャロはキャロで濡れタオルを何回も変えているし、僕が話しかけても止めようとはしない。あらら、話したくないって意思の現れかな。そんなことを思っていたけど耳が軽くこっちを向いた。
「……話をするの」
「うん」
どこか追い詰められたような顔をしている。
まぁ、キャロからしたら人族で心を許せる数少ない仲間かもしれないしね。過去に何かあったって言うからそこら辺もあるかもしれない。頭を撫でてやるといつも通り癒されているような顔をしているから、キャロ自体が変わってしまったというわけではない。
「キャロがここまでやるって珍しいね」
「罪滅ぼしなの。いつも助けてくれていたのにキャロは返せなかったから……」
手を止めて僕を見つめてくる。
少しだけ涙目なのが居た堪れなくて申し訳ない。本当は僕が守るべきだったのに。命に別状は無かったとしても傷だらけになって皆を心配させたことには変わりない。ロイスだって悲しんでいるのは寝ているエルドに伝わりやしないんだろう。
「それにしてもだけどね。……うーん、下世話な話だけどエルドのことが好きとかある? 好きならこっちも手助けをするけど」
「あんな腹黒男を好きになるのはないの。ただ男としては見れないけど大切な仲間であって、人族にしては珍しいほどに差別もないから嫌いではないの」
うーん、好きじゃないのか。それはそれでエルドが可哀想だけど。ってか、腹黒男ね……裏でどんなことをすれば仲間からそんな評価が出るんだろう。すっごく気になる。
「腹黒男ね」
「同職相手でも仲間を馬鹿にしたり、主を馬鹿にしたら影で動いているの。どうせ、自分では話そうとしないから心配かけた罰なの」
「はは、酷い言われようだ」
軽く笑いながらエルドのことを話すキャロ。
影でそんなことをしているんだって知ってしまうと、エルドはエルドなりに仲間のことを思っていたのかって辛くなってしまう。皆が僕のことをツンデレだの何だのって馬鹿にしてくるけど……エルドも大概じゃないか。
「……キャロは人が嫌いなの」
「うん、知っているよ」
「主様は吸血鬼だけど人で、それでエルドもロイスも……色んな種族がいながら人もいる。昔のキャロならこんな生活を考えられなかったの」
そうだろうね、初めて話をした時もキャロは開口一番で人を恨んでいるって言ったんだから。詳しいことは一切、聞いてはいないけど冗談抜きでそんなことを言える時点で小さな恨みと高を括ることは出来ない。
「分からないの……キャロは主様のことが好きなの。でも、吸血鬼であって人族と変わりない考えをする主様がよく分からなくて……」
穏やかそうな垂れ目から涙が数滴流れる。
銀色の髪に光が反射していて一枚の絵になりそうな美しさを覚えてしまうのに、なぜだろう、いつもみたいに軽く考えることが出来ない。そうだ、キャロは僕が吸血鬼なのは知っている。だけど、どうして考え方が吸血鬼という思考の範疇であるかは分かっていない。
「キャロは僕のことを好きなんだ」
「当然なの。命を救われて……幸せにさせてもらえて……メイドとして持ってはいけない感情だって分かっていても」
「否定しないよ。キャロに好かれるのは素直に嬉しいからね」
それは本当のことだ。
キャロも、というか、僕の仲間の全員がファンクラブみたいなものがあるほどに人気だしね。なぜか僕にだけはないけれど。まぁ、色々と暴れているから悪いところだけが目立っているんだと思うけどさ。
可愛い子に好かれて嬉しくない人はいない。嫌いだったり興味のない人からの好意ほど気持ちが悪いものは無いけれど。僕はこの考えだけは絶対に曲げられないかな。そして僕は女の子としてでは無いけれどキャロのことは好きだ。
「……エルドは大切な仲間なの。人を相手に初めて信用していいと思ったの。こんな男は好きじゃなくても助けてくれる仲間だから……キャロはエルドを助けたいの」
「大丈夫だよ」
「エルドは苦しんでいたの。心配をかけさせないようにって。きっと主様には自分の過去を話そうとはしないと思うの」
それは……僕もそんな気がする。
信用とかではなくて心配をさせないって考えがまた先行してしまえば話さないはずだ。エルドからすれば自分の過去は誰にも離したくはない悲しいものなんだと思う。ある程度の覚悟を決めた僕だったら楽しい話のように語ることは出来る。苦しくても嗤って話題にも出来るだろう。それだけ日本では在り来りな話だったからね。
でも、僕の事案よりもエルドのは闇が深いと思う。それはキャロのことも同じだ。何となくだけど分からなくはないからね。兎人ってだけで僕のメイドと分かっていなければ誘拐しようとする人は少なくないはずだ。観賞用の奴隷として高く売買されるくらいなんだから。
「キャロは自分の村を燃やされたの」
「……え?」
いきなりの発言に心臓が一瞬だけ止まった。
自分の村を燃やされた……その一言で僕の頭の中をいくつもの言葉が蠢く。右から左に流れては、左から右に流れて、もしかしたら脳から頭のどこかの穴から出て行っている可能性もある。このまま聞いてもいいものなのか、少しだけ疑問に思ってしまう。
いや、ダメだ。キャロが本当に話したくて話しているようには見えない。抱きしめて顔を胸の中に隠してあげる。軽く後頭部をポンポンと叩いて宥めておいた。話し出そうと思ってしまえば過去のことを思い出す。例え僕が主だとしてもキャロは泣き顔を見せたくはないだろう。
「キャロ、無理はしなくていい。話したくないことを、嫌な過去を忘れることも僕は悪いとは思わないよ」
「それでも……伝えないといけないと思ったの。エルドが行動に移したのに……キャロだけが留まっていてはいけないの……」
「そう……」
僕の気遣いは無意味だったかな。
そんな真面目な顔をわざわざ見せられてまで止められないよ。それでも僕の胸の前で俯いているから顔を見せたくないってのは正解だった。良かったよ、僕でもこんなことをするのは恥ずかしいからね。
「ゆっくりでいいよ。自分の調子に合わせて教えて欲しい」
「……分かったの……キャロは自分の村を燃やされたのーー」
静かにキャロの話を聞いていた。
聞けば聞くほどに辛く重い話。簡単に言えばキャロの村が燃やされ家族が逃げる間もなく火災に飲まれて死んだ。そう簡単にまとめてはいけないほどにキャロの話は辛く重い。
「キャロは族長の娘だったの」
「族長の……」
「そうなの、キャロを殺す理由なんて他の部落の敵にはあったの。だから、父様が話していたようにキャロは逃げたの。……でも、違った……」
服を掴む力が強くなる。
薄らと漏れた呪の力が痛い。エルドに当たらないように僕とキャロの周りに風の結界を作った。この痛みは僕が覚えなければいけない痛みだ。それがキャロを受け入れることだから。抱きしめてあげて荒くなった呼吸を整えさせる。
「……有名な商人の下にはお抱えの盗賊がいるの。キャロの村はそいつらに襲われて……若い男は戦闘や労働用に、若い女は観賞用に捕らえられたの。……それだけならまだ良かった!」
「……大丈夫だよ、キャロ」
少しだけ僕の服が破けた。強い力で掴みすぎだって。後頭部を軽く撫でてあげて敵ではないことをアピールしておく。
「……キャロ達を運んでいた馬車がオーガに襲われたの。だいたいの仲間が死んで……族長の娘だからってキャロだけ守られて……応援が来る頃には全員が死んでいて……」
「キャロも四肢が無くなっていたと」
辛そうに首を縦に振る。
さすがに呪が瘴気に変わり始めてきたので回復魔法を風に乗せて流した。僕には呪は効かないだろうけど出している本人には影響がありそうだし。カメムシが閉じ込められたら自分の匂いで死ぬ感じだね。……こんな例えが出るだけ僕はまだ冷静だって思って大丈夫そうだ。
「……エルドはそれを聞いてもキャロには変わらずに接してくれたの。その時に過去のことは聞いたの」
「その言い方からしてキャロでも辛いと思えた過去だったんだ」
反応はない、それなら肯定と取らせてもらおう。
抱きしめる力を強めてあげる。こんな時になんて言ってあげればいいのかな。僕もキャロの話を聞いたら人っていう存在が嫌いになって来たよ。今の僕は人ではないからね。
思えば僕の親も人だったな。でも、助けてくれたおじさんや幼馴染も人だった。見捨てられたミッチェルや虐められていたロイス、そして僕を思って動いていたエルドも、僕の後ろ盾となってくれたセトさんやセイラも、これまた人なんだ。キャロの望んでいる言葉は分からない。だからこそ、僕の言わなければいけないことを言った方がいいのかな。……本当に分かんないや。
「今のキャロは人って嫌い?」
「嫌いなの」
「そう、それならそれでいいんだよ」
これに限ると思う。
嫌いなものをひっくり返したところで好きになんて慣れやしないし。努力して嫌いなものを好きになるなんて精神がすり減るだけじゃん。辛ければ逃げてもいいと思うんだ。ただ逃げたままにしなければそれでいい。
「今のキャロは昔とは違うんだよ。同じだと思っていても傍で見ている人からしたら変わったと思ってしまうくらいに優しくなったと思うよ。キャロ、嫌いなら嫌いでいい。その代わりに今のキャロが好きだと思えるものを守ればいいんだ。少なくとも僕はキャロのことは好きだよ。だから、守る」
これが一番、正しいことかな。
もっと長ったらしく言うことは出来たけど、果たしてそれが正解だと思えない。分からないからこそ、伝えるために必要な最低限の言葉でいいと僕は思う。
「キャロがどうとか、エルドがどうとか。そんな過去は僕にはどうでもいい。僕の過去を皆が気にしないように皆の過去を僕は気にすることはないよ。僕は皆のことが大好きだ。自分のことをあまり好きにはなれなくても皆が好きな自分を愛することは出来るよ。辛いなら泣いてもいいんだからさ」
きっとキャロの言葉をそのまま文字に表したのなら泣いて言葉を理解するには難しくなってしまうだろう。僕も聞いていて分からなかった言葉もあった。それでもキャロは自分の過去を悔やんでいるのは分かった。だから、蛇足かと思ったけど一言だけ付け加えたんだ。自分を責めているんじゃないかって思ったからね。
キャロの耳を優しく撫でてあげる。
兎人の耳を触るってことは、まぁ、愛撫みたいなものだからね。それなりに重いことだっていうのは分かっているけど、キャロなら何も言ってこないだろうし。嫌ならこんなに笑顔を見せてくれるわけがない。
「と、ごめん。イフに話があるから一旦、抜けるよ」
「お疲れ様なの」
「うん、交代に来るからキャロも自分の体を労わって看病してね」
キャロの頭を軽く撫でてから部屋を出る。
「ね、主様はやっぱり気にしていなかったの」
キャロは小さくエルドに言った。
年が変わりユルユルダラダラな生活になりました。これは太りそうな気がしますね。元々、太っていたのでこれ以上、オークに近い体にならないように頑張らなければ。……あー、お布団が気持ち良すぎます……。
次回は来週の水曜日辺りの予定です。書ければ早めに投稿しようと思います。もし興味や面白いと思っていただけたのであれば評価やブックマークなど、よろしくお願いします!