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4章60話 これは怒りを覚えている時の味だぜです

タイトルだけは平常運転……。

「……間に合ったか」


 宿の一室でため息をつく。

 これも全部、イフのせいだ。そもそもの話がエルドに頼まれたからって僕に教えてもくれなかったから。死にかけているのを理解してから場所を教えるなんて心臓に悪すぎる。これもエルドの考えを優先させるのはまだいい。せめて少しだけでいいから早めに教えて欲しかった。


 それがエルドの望みではなくても僕のことを大切だと思うのならば、僕の精神的なことも考えて行動して欲しかった。槍なんて捨てても新しく作ればいいだけだと言うのに。


「イフ……分かっているよね」

「今回ばかりは何の言い訳もしません。結果論だとはいえエルドが死にかけたことは事実です。いかなる罪でも背負いますよ」

「……ああ、まずは怪我を治してあげよう。それからイフへの処罰は出す」


 未だに苦しんでいるエルドを見るのは辛い。

 間に入っただけで戦うことはしなかった。それは戦いが怖いからじゃない。僕が勝手に動いてはいけないからだ。それでも見殺しなんてするわけがないし、それ以上にエルドが危険な状態だったならば構わずに殺していた。簡単に言えばまだその時ではないと思ったんだ。殺すことの大義名分が無ければ悪者扱いをされるのは僕やエルド、そんなことを許すわけがないだろう。


 今までは少し緩く動いていたけどエルドの怪我を見て簡単に考えるのはやめた。領主は今までの考えよりも危険度の高い人だとしておこう。エルドが攫われるなんてヘマをすること自体が不思議だったけど、まぁ、攫おうとした方が明らかに頭がおかしい。


「……練った。早く楽になれ、大回復」

「痛みを奪います。鎮痛」


 エルドの頭に触れて少し怖いことを言う。

 実際、それを使った後はエルドの表情が一気に楽になった。そう考えると僕の言葉もエルドからすれば少し怖いかもしれないけど。ただエルドの顔を見るに意識があるとは思えない。一瞬だけ見えていたけど最後に見せていたエルドの姿……成長なのかもしれないね。これをイフは狙っていたのかな……いや、どちらにせよ、大怪我を負ってまで成長するくらいなら無い方がいい。


 弱かろうとエルドは仲間で、それでいて何にも代えがたい存在だ。家でも執事として才能を見せているし戦闘でのオーダーはかなりのものだと皆から聞いている。イフが褒めるということ自体が凄いことだからレベルが本当に高いんだと思うよ。


「……イフはどうしてエルドのワガママを許したの?」

「マスターもワガママを言うようにエルドが本当に成長するためには必要なことでした。一種の自分で考える要素ですね。きっかけ無くして隠していることを話すとは到底、思えません。エルドの考えからしてマスターに迷惑をかけたくないということが先行してしまいますから」

「……それだけじゃないんでしょ。言わなくても分かるよ」


 僕の言葉にイフは「さあ」と知らないフリをする。分かっていますよ、色んな理由があって許したってことくらい。僕への戒めとしてもあるって事わさ。いや、それだけではないかもしれないけれど……。


「……安らかな顔だなぁ。本当にどうすればあそこまで体の内部が壊れるんだ」

「それはよく分かりません。スキルの変化もありませんし未だに開花されていない才能が死から逃れるために発動した、と言ったところだと思いますが」

「それは僕もそう思うよ。何よりエルドがあそこまで巨大な氷を作り出せたことも……」


 僕でも出来るか……いや、出来はするか。それでもニブルヘイムみたいなのは僕の魔力に頼っただけの魔法ではないし、申し訳ないけどエルドに僕ほどの氷魔法への適性はない。それに魔力もそこまで多いわけじゃないからね。あれだけの力があるのならワンチャンス……僕を殺せるだけの力はありそうだし。


「……いや、やめようか。考えても分からないことを長考したところで変わりはしないし」


 考えれば分かることはいくらでも考える。

 だけど聞かれたくないことを聞いたり、分からないことをただ考え続けるのは馬鹿らしい。時間の浪費は好きじゃないんだ。そういうことで浪費するくらいならゴロゴロして時間を無駄遣いした方が僕らしいしね。


 どちらにせよ、テンプレのせいもあるのかは分からないけどエルドを仲間にしておいてよかったってところに着地するし。何よりもエルドが僕に対して人並外れた忠誠心を持ってくれていることもあるから謀反はありえない。それに性格上、エルドが何も言わずに僕から離れることは無い。律儀だからね、敵に回る時でも謝ってから消えていきそうだ。


「エルド、お前は頑張りすぎだよ。僕からしたら仲間が生きていることが一番に嬉しいことなんだから。トラウマを乗り越えるだとか、僕から貰った武器が大切だとか、そんなことで悩むのなら捨て去ってしまっていいんだ」


 何て言ったとしてもエルドには聞こえていないか。それでいいんだけどね、ただ同じことをもう一度言うような格好が悪いことはしないけど。結果論であれども生き残ったのは確か。それと思いの外、領主達は本気で僕を怒らせてくれたようだし。


「……イフ、尻拭いのチャンスをあげるよ。エミさんを説得してきてくれ。認めさせることは一つだけでいい。一週間後にはローフ達と戦う。明日には約束を取り付けてくるしケイさんにも話をしてくるつもりだ。最悪は二人で暴れよう」

「要は鉄の処女の三人に一週間後には冒険者ギルドとの約束の模擬戦をするから準備をしてくれということですね。その程度ならマスターが話すだけで済むと思いますが?」

「……意地悪いことを言わないでくれ」


 確かに僕が話せば簡単に了承は得られるだろう。

 ただ今の僕が話したところで私情が絡んでくるのは間違いないし、何よりも感情論で話したいとは思っていないんだ。許可が得られないのなら僕とイフだけでも戦う。模擬戦に託けて領主を倒す作戦を早めるだけだからね。


 本当は明日にでも潰しにかかりたいんだ。それだけ苛立っているし……ぶち殺したいほどにしてやってくれたなと思っている。だけど僕やセイラの立場上、勝手で済むことと済まないことがあるのは確かだ。ここで勝手に動けばケイさん達の今まで立てていたことが全て無駄になるから。


「いいかい」


 大きく深呼吸をした。


「僕は領主を潰す」


 そう言った時にローフの表情は明らかに変化していた。背後で笑っていた三人も同じように驚きを隠せないものだったし。やっぱり、こういうところでイフとの違いを認識してしまうな。昨日のイフは言われても「そうですか、尽力しますよ」って笑っていただけだったし。


「それは……なぜだ?」

「先日、私の配下であるエルドが領主の手によって攫われました。一日経った今でさえ、瞳を閉じたままです。治療は施しましたし命に別状はないにせよ、発見した時には領主の護衛二人を凍らせて本人も体がボロボロでしたよ。分かりますよね、ギルドマスターなら仲間が痛めつけられた時の気持ちが」


 自分なりに淡々と話しているつもりだ。

 それでもローフの眉はあまり動かない。最初の言葉よりはインパクトが薄かったのかもしれない。腹の探り合いをするつもりは無いんだ。単純に理由を聞かれたのであれば報復のため。それ以上の理由なんてない。


「配下の痛々しい姿ほど見たくはないのは確かに同感だな。だから、なんだ。これからすることを見過ごせとでも言うのか?」

「違いますね。先の模擬戦の話、それを進めようとしているだけです。ここまで言って分からないなんて嘯きは出来ないですよね?」

「……ああ」


 笑いかけると苦笑で返された。

 そこで分からないと言われていれば僕も少しだけ荒っぽいやり方になっていただろう。勝手にやるのは駄目だろうけどバレなければ問題は無いんだからね。それでも面子を考えて言ってあげているんだ。そこまで分かっているからローフは否定も出来ないし肯定も出来ない。どちらにせよ、僕達が領主を潰しにかかっていることには変わりないんだから。


「やりますか? やりませんか? 僕としてはどちらでも構いませんよ。良くも悪くも僕達の根城は王国にはありませんから小さなことで帝国の罪として裁くことは不可能です。それにローフさんなら分かりますよね。僕がそんなヘマをすると思いますか?」

「やるに決まっているだろう。俺も戦いたかったんだ。それにケイから話も聞いているからな。手を貸してくれることには変わりがないのだろう」


 だろうね、ローフの本質的に断らない。そこまでは見えていたからこそ、脅しを入れなくてもいいとは思っていた。ただそれでも入れたのは覚悟を見せるためだ。何事にもやる気を見せなければ上の人は動いてもくれない。……下手をすれば立場は僕もローフも変わりないかもね。


「一週間後、それが僕が提示する模擬戦の日程です。そちらの仲間達の日程調整や模擬戦の場所の確保などは任せますよ。それだけの期間があれば簡単なはずです」

「ふっ、任せてくれ。後輩君のためならいくらでも場所や日程は作ってあげよう」

「男に言われると気持ちが悪いですが頼りにしていますよ」


 シードの言葉に返してあげると拍子抜けしたような顔をされた。それからフッと笑って「そのような笑顔をされたら先輩として困ってしまうね」と嬉しそうな顔をして部屋を出ていく。ああいう人でも恥ずかしいって感情は残っているみたいだ。リリと似たような感じかな。


「それでは今日は帰らせてもらいます。ケイさんにも話をしておかなければいけないので」

「あい、わかった。ケイにもよろしく言っておいてくれ」

「ええ、分かっていますよ」


 軽く例だけしておいて飛ぶ。

 飛んだ先は宿の自室だ。冒険者ギルドからよりもこちらからの方が近い。ケイさんの目の前に飛ぶのもありだったけどさすがに常識が無さすぎる行動だからね。そのまま飛んで商人ギルドまで走っていった。


「おはようございます。今日はどのようなご要件でコチラへ?」

「すいません、ギルドマスターに話を通してもらいたいです。ダメ元で構いませんからギドが大切な話があって来たとお伝えください」


 今回はミラルがいるわけではないし確実に話が出来るかは分からない。だから可能性を高めるためにイベント事になりやすそうな言葉を選んで話しておく。話が出来て当然な相手ではないからね。ローフの場合は行ったとしても勝手に時間を作ってくれるけどケイさんはどうか分からないし。イベント事になればテンプレが働いてくれるだろうからね。スキルも使いようだ。


「どうぞ、通して良いとのことでした」


 まぁ、働いたのかは分からないけど受付嬢に連れられてケイさんの部屋の前まで来れた。話している雰囲気がないから客を返してとかではなさそうだね。そこまで配慮している可能性もあるかもしれないけど配慮してくれたのを無下にしているような気もするから遠慮はしない。


「一人でここに来るとは……どうした?」

「ええ、少し話があって来ました」


 ここぞとばかりに愛想笑いで返した。

 その笑顔で察してくれたのか、少し驚いた表情を浮かべて頭を搔く。そんな反応じゃ悲しいじゃないかとか思ってしまったけど遊びじゃないと考え直して頬を叩いた。


「すいません、領主のことで話が出来てしまったんですよ。もっと言うのなら彼は完全に僕を怒らせてくれました」

「……可哀想な奴だな。初めてだぞ、私が笑顔一つで怯んでしまうなんて」


 へー、驚いたんじゃなくて怯んだのか。

 歴戦の商人だと思っていたから本当に屈辱的なのかもしれないね。いや、屈辱とは少し違うのか。僕がケイさんなら上手く言葉で表せているのかもしれないけど、あいにくとケイさんのように頭がいいわけでも、もっと言えばケイさんでもないから何も言えない。


「ところで何があったのかな? 怒らせたということは並大抵のことではないのだろう?」

「ええ、僕の配下を誘拐したようです。攫われた仲間も命に別状はありませんが未だに眠っています。見つかった時はボロボロでして……だからケイさんには悪いですが潰させていただきます」


 ケイさんに対しても淡々と……だけど、それが逆にケイさんの恐怖を煽ったみたいだ。だんだんと唇が少しずつ青ざめている。別にケイさんに対して怒っているわけではないのに、ステータスが低いと近くにいるだけでも来るものがあるみたい。強ばるだけで済んでいたローフももしかしたら怯んでいたのかな。どうでもいいけどさ。


「……パトロへの客である貴族の令嬢、そして令嬢の騎士の配下を攫うか……救えないな。情報を得ようとはせずに自分の欲望のままに動いているようだ。本当に気持ちが悪い」

「一つだけ言いますと攫われたのは男ですよ。次は女だけではなく男が攫われるようになるかもしれません」

「……ミラルにも危険があるのか」


 あの女好きが男も好きだとは思えないけど一応は不安感を煽っていく。どことなくミラルとケイさんには配下と主だけの関係ではないような気がしないでもないからね。いや、気のせいな可能性も全然あるけど。ただケイさんの反応からしてケイさんは何かあるみたい。


「あくまでも可能性ですよ。僕の配下も美しい顔立ちをしていますし、女装させれば女とも見えなくないですから」

「……そうか、分かった。とりあえずはローフにも話をしよう」

「話はつけてきましたよ。ただし模擬戦をして完膚無きまでに僕の要望を押し付けるつもりです」


 先にローフ達に話していた理由だ。

 わざわざ長引かせるつもりもないし潰すなら早く潰したい。当然のことだ、今度は女性メンバーが攫われる危険性もあるし、何ならロイスが攫われる可能性だってゼロではないのだから。


「待て、頼むからそれ以上は威圧を強めないで欲しい。さすがに周囲に害が行く」

「……すみません」


 威圧か、意識はしていなかったから無意識的に強めていたんだろうな。いや、駄目だね。仲間のこととか、弟だと思っているロイスが関わるとどうしても怒りが強くなってしまう。エルドだって弟みたいなものだ。家族が攫われて喜ぶ人がどこにいるんだ。血の繋がりはなくとも実の親以上に家族だと思える存在だと言うのに。


「分かった、準備が出来次第に知らせてくれ。それとも何か。話を早く付けたいのならば模擬戦の時に私達も同行した方がいいか?」

「なるほど……」


 そこは考えていなかった。

 確かに僕からすれば早く話をつけたい。領主を早くぶっ潰したい。殺しても良いのなら僕がこの手で殺してみせよう。それだけに苛立ちはあるし恨みもある。ここまでの怒りは親の時以外に覚えた記憶はないぞ。


 うん、そうした方がいいね。模擬戦の後に領主を倒す計画を立てて日程を整える。やるということさえ分かっていれば準備は少なくて済む。そう思って首を縦に振る。ケイさんも首肯で返してきた。


「一週間後です。ただどこでやるのかは分かりませんので、その日を空けておいてくれればそれで構いません。迎えを出します」

「了解だ。……頼むから勝手な行動はやめてくれよ。まぁ、勝手な行動をするのならば律儀に話をしに来るわけがないが」


 豪快に笑ってケイさんが席に戻った。

 話は終わりだと言いたいんだろう。「時間を割いていただきありがとうございました」と言ってから扉の前で礼をする。そのまま部屋を後にして宿へと戻った。ここまでしたんだ、後はイフの説得次第だろう。まぁ、あのイフのことだから失敗するわけがないだろうけどね。

今年最後の投稿です。来年もよろしくお願いします。

このまま行けば大会の終わりまでには4章を終えられそうです。二つの投稿している作品を書いているので、もしかしたらカクヨムに出している作品の方を書くようになるかもしれないです。もし仮にそうなったとしても週二以上の投稿は頑張りますので応援よろしくお願いします。


次回は一月の二日か三日頃の予定です。よければ評価やブックマーク等よろしくお願いします。

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