4章59話 トラウマの中
かなり長いです。後、少しだけ表現を直すかもしれないです。もし直した場合は最新話の後書き内でお知らせします。
「……まずは今いる場所を確認しないとな」
通路をゆっくりと歩きながら周囲を警戒する。
歩幅は普段よりも滑らかで足音を立てないように壁沿いに気を付けながら歩いていた。歩きながら手に持つ戦利品のナイフをクルクル回し手の馴染みを確認している。いつものエルドならばしないような落ち着きのない行動。小さくため息をついてナイフを腰に差した。
「さすがに使いづらいな……。質が低いよりはマシかもしれないが」
分かってはいたことだったがエルドにとっては少しだけ辛く感じた。どこかで売られていただけの槍とはいえ、ギドが渡す武器はそれを凌駕するだけのオプションがついてくる。例えばアミからエルドに武器が渡る際のサイズの調整などだ。
アミとエルドの身長は数センチで済む話ではない。アミに合った槍の長さではエルドにとっては扱いづらく、戦いで使ううちにギドが調整を入れていた。さすがに槍を融解して他の金属を混ぜるようなリメイクはしなかったが、それでも思い出深く何よりも手に馴染む槍がないこと自体がエルドにとっては大きな痛手だ。武器の質としては圧倒的に奪ったナイフの方が高いのだが……。
「まだ倒した敵の武器がナイフでよかったか。考えを改めよう。これで槌とかなら……槍以外の武器の扱いも覚えておかなくては……」
軽い嘲笑、それは自分に対してだ。
ギドと同等の力を欲しているわけではないがギドが簡単に倒せる相手に怪我を負いたくはない。ある意味の意地に近かった。エルドからすれば強くなればなるほどに自分と主との力の差を知ることになる。自分は弱いと笑う主やミッチェル達にエルドは苦笑するしかないのだ。
通路の奥の扉に手をかける。
その奥もさらに左右に通路が分かれるだけだ。右へと進みながら奥を見る。終わりが見えなくなり思えばとエルドは意識を少しだけ他に逸らした。自分と同じ時期に入った仲間達も強い奴が多いなと。キャロは主やフェンリルの三人と同じ呪魔法の使い手で幾度となく助けられていた。呪魔法の怖さも強さも一番に理解している。呪さえ使えればロイスすらも雑魚に等しくなるのだから。
他の二人もそうだった。イルルもウルルもギドに見せない能力がある。二人には真に愛している人には見せたくない能力だと言われていてエルドも少しだけ辛く感じた時があった。呪魔法のような長期戦で敵を確実に倒す力も、見せたくないからと制御して戦うサキュバスの二人も自分には無い稀有な力を持っている。あるとすれば先の戦いでも助けられた縮地のみ。他の三人とは違って簡単に対処されてしまう力だ。
そう考えると、とエルドは再度、自身を嘲笑うしかなかった。このようにワガママを通して武器を奪い返しに行くことも当然のことだが、自分の意思で動くべきではなかったかもしれないな、と思う。ロイスには辛い思いをさせたくないから他の三人が代わりだったら……そう思うと自分のようなヘマはしなかっただろうと悲しく思えてくる。
「逃げようとするな!」
「……来たか」
少し進むと奥から新しい援軍が来た。
エルドの心は揺らいでいるのに相手には一切の動揺がない。それが本当に身勝手だと分かりながらもイラつきに変わっていた。ナイフを構える。その姿はただ生きるために敵を倒そうとするだけだった。……本心を隠すための建前だったとしてもそう思い込むしかなかった。
「ふっ!」
突撃して最前列で戦う男の鎧に傷を付ける。
かなりの重みがあるであろう重装甲のはずなのにエルドの一撃が重いせいか、頭につけた兜のようなものの口元に横一文字の大きな後をつけた。そのまますぐに後ろへ下がる。ギドから教えられたことだ。連撃をしたいのは分からなくもないが見える敵が全てだと思うな、と。
エルドにはギドのような明らかなチートじみた能力はない。他の仲間達のような元から持つ派手な力もありはしない。あるとすれば誰にも負けないくらいに努力して得た経験だけ。そして唯一の能力だと言える縮地だ。だからこそ、自分よりも圧倒的に格上なギドの教えは何にも代えがたい強さへの近道だった。
そして下がったことはエルドにとって良い結果をもたらす。エルドを狙って放ったであろう隠れていた男の仲間達の魔法が外れ、あろうことか重装備だった男へとぶち当たる。風で切れただけとはいえ、これだけで相手の信頼関係には大きなヒビが入った。
「おい! 俺に傷をつけているんじゃねぇ!」
「仕方ないだろ、躱される何て計算外だったんだからな。逆に引き付けられないお前に責任があるんじゃないのか?」
方や怒りながら、方や淡々と自分に非がないと言うだけの会話。それだけで相手が集められただけの烏合の衆だとエルドは確信した。魔法を当てる計画が頓挫し影から現れたのは一人ではないにしても……エルドにとっては練度のない相手ということが安心する材料となる。
総数にして十人、男のように引き付けようとする人がいないことから一番に強いのは最前線の男と、そして魔法を撃ち込んで口喧嘩をしている男の二人であるとエルドは狙いを定める。最初に倒すべきなのは二人で後の敵はただの木偶の坊、最初に倒しに来た男ほどの覇気も感じられないからこそエルドは距離を詰めた。
「……くっ」
「争いも良いが俺を止めなくていいのか?」
厚い小手を切り裂くほどの一撃。
男はヤバいと感じ取り背後につけている丸盾を構えたが遅すぎた。手が空いた瞬間に首元にナイフの柄で思いっきり突く。エルドにとっては殺す価値もない敵。まだ敵にとって良かったことは手を出そうとした相手がエルドであったことだ。
もしこれがギドを愛する仲間達、それも可能性はゼロに近いがミッチェルのような存在だったならば……このように命を取らないでといった優しさは少しも見せはしなかっただろう。だが、それでもエルドを敵に回した、つまり遠回しにギドに迷惑をかけただけでエルドにとっては怒り心頭だ。いや、エルドからすれば災いを起こした存在と自分の慢心との半々だろうが。
「ウィンドーー」
「風ならもっと早く準備をしないとな」
ヘイトを稼ぐはずの男が簡単に落とされ魔法の男がすぐに準備を始めるが、それでは遅すぎる。威力を落とす代わりに詠唱を無くし瞬時に魔法を放とうとしたが、それですらもエルドからしたら遅すぎた。エルドの仲間には良くも悪くも魔法の名前を読んでまで攻撃をする人はいない。それも放てていたとしてもエルドが相手をするような威力が落ちていない魔法が飛んでくる訳では無い。どちらにせよ、無意味だった。
腹を殴打し軽装備の魔法の男を大きく、くの字に曲げる。ただの一撃のはずが男を一瞬で白目にさせて意識を奪った。魔法を使えるだけでかなりの優遇を受けるのに、それすらも使わせてもらえないでやられた男は何を思うのだろうか。エルドは少しだけ気分が晴れた気がした。
「さて、次はお前達だ」
「ひっ……」
残る八名、その中で未だに戦意を保っていられた人は二人しかいなかった。他の六名は先の二人が一瞬でやられた姿を見てへたり込むだけ。戦意のある二名が息を合わせたかのように飛びかかる。戦意があると言っても冷静な判断は出来てはいないことが明確だった。
「縮地」
エルドは躱しただけ。先程までエルドがいた場所に二人が飛びかかり互いの武器が互いを傷付けてしまう。本当に切られる瞬間に飛んだエルドも大概のことだが、その後もしっかりと考えて行動していた。無詠唱……はさすがに出来なくとも小さく唱えた詠唱で氷の壁を作り出す。
切りつけて、それでも軽傷で済んだ二人が見たのは互いを隔たる壁、そして逃がさないとばかりに囲んできた氷だけだ。ここまでされて未だに戦意を保っていられるほどに二人は強くはなかった。他の六名と変わらずにへたり込み、おかしな笑みを浮かべるだけ。自分達よりも明らかに若い男に簡単にやられてしまった悔しさ。男達の精神に多大なダメージを与えるには充分だった。
「……これで怖がるのか。面白くないな」
エルドはつまらなさそうに笑う。
そして何かを思い立ったかのようにへたれ込む男の一人の襟を掴んで持ち上げた。悲鳴とも取れるか分からない声を上げて目元を濡らす。もしかしたら目以外も濡らしているのかもしれない。そんな姿を見ながら一つだけ聞いた。
「俺の槍を知らないか。ああ、嘘はつくな。嘘をついたのならば……分かるよな?」
「り、領主の部屋に捕らえたものの武器を運んだと聞きました!」
「ふぅん」
聞きたいことは聞けた。そう言いたげに用済みになった男をなげつけた。壁にぶつかり恐怖でグチャグチャになった顔。まるでゴキブリのように四つん這いで逃げていくだけだ。他にも逃げ出す男達がいた。……ただ逃げたとしてもエルドの元いた場所に走るだけで追われていれば逃げきれやしないだろう。
「つまらないな」
エルドの背を追うものはいない。
エルドの背を見てただ襲った男達は後悔した。安定した立ち位置、そして十分な収入。現領主の配下につけば苦労しないと思って戦っていたというのに結果はどうだったか。もしも、もしも戦闘をした存在が躊躇いもなく命を奪うものだったならば誰一人としても生きてはいなかったのだから。
踏んだ尾は男達からすれば完璧に猛獣だった。
「……はぁ、行くしかないか。あのクソ野郎のところに……」
最悪、逃げる手段はいくらでもある。
あの時のようにエルドは非力ではなかった。少なくともギドと時間を共にしたことで仲間内では弱い位置であろうと、腐ってもAランクに相当する力を持つ。縮地でどこまでいけるか、そんな自虐をしながら記憶の隅に追いやった道のりを進んでいった。
幸か不幸か、進んで少ししてからエルドも見慣れた道へと足を踏み入れた。途中で領主の配下とも思われる存在がいたがエルドを見て狼狽える者ばかり。当然だ、能力の高い殆どの人材がエルドのいた道に配置されていたのだから。本当に甘い蜜を吸うことしか頭にない人達からすれば逃げることを優先させている。襲うなんて最初っから頭になかった。
「逃げているんじゃねぇ!」
「鈍い」
そんな空気を変えようと飛びかかる者も少ないながらにいた。だが、最初に飛びかかった勇気ある者、いや、無謀な馬鹿と言った方が正しいのかもしれない。その男は飛びかかったはいいものの顔面を殴られて飛ばされるだけだった。
その一件から襲われることも無く階段を上がってすぐの豪勢な扉の前に立つ。先にいるであろう存在こそがエルドに大きなトラウマを植え付けた人であることには変わりない。エルドの額に嫌な汗が流れる。
「いや、逃げない」
小さく呟いた言葉はエルドの体を動かす起爆剤になった。小さな呼吸、そして感覚を研ぎ澄ませるように瞳を閉じた。必要なのは目から入る視覚情報ではない。エルドが真に必要だと感じたのは触覚や聴覚、目に見えない風の流れや音だった。
扉を強く蹴り飛ばして縮地を使った。
「そこにいるのは分かっていた」
飛ぶ前に一瞬だけ見えた領主一人の姿、それを確認してから飛んだのは扉内部の左隅の上にへばりついていた男の眼前だった。掴んでクルリと回転をし地面に叩きつける。すぐさま男を蹴って飛び上がってからナイフを構え直す。
「……やりますねぇ」
「……チッ、嫌でもそいつが考えることが分かるんだよ。自分を守らせるって言うのに誰もいないなんてありえないからな」
エルドの読みは領主を守る存在が数人いる。そして領主を見て油断したところを背後から突く存在が二人はいるだろうということだ。片方がやられても、もう片方が侵入者を潰す。エルドの読みはほぼ当たっていた。外れていたのは護衛が三人しかいなかったことくらいだ。それでも最後の一人はバレていないと考えているのか、姿を現そうとはしない。
「……それが少数精鋭か」
「ほー、分かっていますね。ですが、援軍が来るとは思わないのですか?」
エルドの呟きに背後から攻撃してきた男が楽しそうに聞く。その笑みは明らかに狂気に充ちていた。対照的にエルド、その顔は苦々しげに睨みつけるばかりだ。その笑みもエルドには嫌な記憶を思い出させる要因になるだけ。……エルドの脳裏に殺したいという殺意が過ぎる。
「来ないな、そいつの面子が潰れるであろうことはしない。例え闇ギルドに頼むとしても捕まえた存在に逃げられたっていう陰口を叩かれるのが落ちだ」
「なるなる」
床に叩きつけられた男は起き上がらない。
エルドはそれを見てナイフを投げつけた。そこまで来てようやく危険を感じたのか、男が俊敏な動きで下がる。そのまま隠れていた男が限界だとばかりに突撃をかました。だが、エルドは男の頭に手を置いて飛んで躱す。
「知っているぞ、お前らの戦い方なんて」
反吐が出る。着地したエルドは唾をカーペットに吐き出してナイフを回転させながら構え直した。周囲を敵三人に囲まれて傍から見ればエルドは圧倒的不利なはずなのだが……そのような気配は微塵も感じられない。ただエルドは笑うのだった。
「縮地」
視界の隅に置かれていた槍を奪いガードの体勢をとる。さすがに構え直した段階で攻撃を予想していた護衛三人は面食らった。だが、すぐに攻撃へと転じて騎士のような重そうな男が突撃を始める。エルドのガードを壊すことは出来ずに男が少し仰け反るが、そこを攻撃したのは最初に叩きつけた男だった。
エルドは薄らと笑った。
反射的に男が身を翻そうとしたが少しだけ手間取ってしまう。エルドの槍の石突の一撃をモロに腹に受けて男が飛ばされた。壁に大きな跡がついて領主の顔が歪もうがエルドには関係の無い。
「お前らには何が見える? 不思議とあれほどに怖いと思っていたお前達が怖くはないんだ。いや、あの時にいたのはフィーラだけだったか」
「ほー、私の名前を……」
追撃をしようとしていた男、フィーラは眉をひそめて明らかに怪訝そうな顔をした。侵入者に名前を呼ばれる、これほどまでに経験することがないであろう出来事をフィーラの頭は些細なことと処理出来なかったのだ。
「……もしや坊ちゃんですか?」
「お前に坊ちゃんと呼ばたくはないな。いや、お前らの主と血縁関係があった事実するも消し去りたい自称だ」
「貴様! エルドなのか!? 親に対してなんということを」
「親だというのなら俺に対して何をしてくれたというのか。俺は忘れてはいないからな。きっと俺以外にも恨みがある奴がいるだろう」
騒ぎ立てようとするディーニを軽く一蹴する。
そして武器を構えて敵を強く睨んだ。
「……ノートル躱せ!」
「は……」
何かを察してフィーラが叫んだが無意味だ。
大きな横振りの槍がノートルの、騎士の鎧を大きく凹ませて飛ばされた。フィーラは小さく舌打ちをする。舐めていたのだと、ここまで来たのにどこか過去のエルドと甘く見ていたのだとフィーラは考えを改めた。
「ノートル! 何をやっているだ!? 怪我を負ったレートルや妹が惜しくはないのか? 早く起きて戦え!」
「は……はい……!」
ノートルは剣を床に刺して頭から流れる血に見向きもしないで立ち上がる。だが、体はよろよろで小突いただけで倒れてしまうほどに覇気がない。ましてや最初に壁に飛ばされた男も意識は飛んでいないようでもがいていた。先とは違い、本当に大怪我を負っているのだ。だというのに楽になろうなんて思ってはいない。
ノートルと同様に男は何かしらの弱みを握られているのだとエルドは確信した。それにより余計にエルドの顔が強ばる。槍が氷に包まれて怒りの蒸気のようにエルドから冷気が漏れだした。エルドはそれには気が付けていないようだがフィーラが警戒を強めるには十分だ。
「……眠れ!」
エルドは距離を詰めようとしただけだった。
それだけで氷の柱が二本立ちもがく二人を凍らせてしまう。フィーラは冷や汗をかいた。初めての死の恐怖、今までは誰かにそれを与え続けるだけだったというのに、それを今はフィーラ自身が体験しているのだ。
「……殺す!」
「がっ……!」
滑り込ませた剣、それが無ければ一撃でフィーラの意識は刈り取られていた。それほどまでにエルドの一撃は重い。フィーラは再度、剣を構えようとするがダメだった。背後からの一撃が背中を襲い一瞬だけフィーラの口から吐瀉物が漏れる。
それでも殺すと言いながら死に直結した攻撃を加えないのはエルドなりの甘えなのかもしれない。いや、もしかすれば自分の理性を保たせる最後の希望が殺さないという行動だったのか。フィーラがすぐに意識を向けようとするが見える場所にはいない。
一瞬、勘で振った剣がエルドの頬を掠める。
本当に勘ではあったがフィーラにはありがたかった。一瞬で場所が分からなくなる相手ではあってもダメージは入る。それだけで戦意を失わない理由にはなった。ただ重い一撃を二回も受けていたせいで満身創痍なことには変わりない。
「俺達の恨みを知れ!」
「効か、ない!」
胸を斬らせはしたもののフィーラは体を捻って躱した。逆に剣でエルドの腹を切った。その直線は腹から真っ二つに切れるラインだったがミッチェルの作ったスーツを切るには火力不足だったようだ。フィーラは小さくため息をついてから手元に炎を作り出す。
「焔!」
「くっ……」
直線上に進んだ場所に炎の壁を作られる。
エルドの体を短時間とはいえ炎が襲いエルドは少しだけ距離を離した。エルドが意識的に能力を使い、そして慣れていたのならば直線上に進むなんて馬鹿なことはしなかっただろうが。その下がった姿を見て隙と捉えたフィーラが詰めてエルドの足を斬る。死に直結する攻撃は効かないと踏んでの機動力を減らすためにフィーラは動いたのだ。
エルドもそれを予期してはおらず簡単に足を切られてしまう。激痛、しかし出血はしていない。していないというのは語弊があるかもしれないが流れ出そうになっても冷気が傷を固めてしまうのだ。だが、痛みは健在で助けになりそうなポーションももうない。
進もうとした、エルドは戦おうとした。
でも、それは出来なかったのだ。
「グアァァァァ!」
エルドは倒れ込んでしまった。
無意識にエルドが使っていた力は制御するには難しすぎ、ましてや負荷などを考えずにエルドは動いていた。十が限界だと言うのに無意識に使った潜在的な何かのせいで百もの力を出してしまったのだ。その代償が小さいわけがない。
「ハァハァ……少しだけとはいえ手間取らせてくれましたね……!」
意識を失いそうなエルド、満身創痍とはいえ何とか動くことの出来るフィーラ。フィーラからすれば驚異になりかねないエルドを見過ごせるわけもない。奴隷にする、そんな言葉はフィーラには一切ない。奴隷にしたところでこのような暴れ馬を手馴らすことは領主には無理だと判断したのもあったが、単純に怖かったのだ。生かしておけば次に戦うことになった時に……。
そう思いながらフィーラはエルドの首めがけて剣を振り下ろした。先の焔を作り出した炎の魔剣が真紅に染まり上がり迫る。だが、それは当然のごとく成功するわけがなかった。それも彼の持つ固有スキルのせいなのか。ただフィーラから見た男の顔は酷く怒りに満ちているのだけは分かった。
その後はフィーラ達には理解が出来なかった。
エルドとフィーラの間に入ったであろう男は、エルドと共に消えており何事もなかったかのような静けさが残るだけだったのだから。ただ夢ではなかったことはフィーラには分かる。未だに解けぬ氷、そして癒えきらない傷の痛みこそが否が応でも現実であることを知らせてくる。
フィーラは大きくため息を吐いた。
文字数7800ちょっと。久しぶりにここまで長く書いた気がします。少し用事があるので投稿頻度が今まで通りに近くなるかもしれませんが、その代わりと思って長めにしました。年末だとさすがに忙しくなりますね。食っちゃ寝食っちゃ寝の生活がしたいです(笑)。