4章57話 焦りと褪せり
前半はギド視点
後半は三人称です
「ッツ……」
頭が痛い……時間は……まだ朝焼けも始まっていない頃合か。この痛みは……酒の飲みすぎだな。昨日の記憶は……しっかりとある。大丈夫だ、セイラに手を出してはいない。セイラが寝た後に余ったツマミを食べながらヴァダーを飲んでいて、そうか、帰ってすぐに眠ってしまったのか。
「……久しぶりに飲み過ぎた」
昨日、セイラに飲ませた容量でコップに水を注いで喉に運ぶ。今となっては体を癒す水になっているけど転生したての頃だったら聖水に近いからね。絶対に僕にとっての毒にしかならなかった。やっぱり、僕が作る水は美味しいな。
カーテンを開ける。暗かった部屋に街灯と薄ら登り始めた太陽の光が差す。寝ぼけ眼を擦りながら光になれていく視界。何か違和感があるけど……気にしたら負けかな。とりあえずベッドの端に座った。
室内に……エルドやロイスはいないな。二人の道具も特にない。確かに三人の部屋で寝ていたつもりなんだけど。ただ宿が違うとかではないから純粋に部屋を間違えたかな。毛布を開いていみればミッチェルやシロが眠っているとか。
「……あー、なるほど……」
確かに人はいた。男じゃなくて女性。
これなら下手な行き連れの方がマシだったかもしれない。最悪は昨日の記憶も間違っている可能性があるしなぁ。いや、それなら意気揚々とイフが昨日の行為とかを動画にして見せてくるだろうから、それがない時点で安心か。完全な安心は出来ないけども……。
「ふぁ……」
小さな声をあげた。少し考えながら眠っている女の子を眺めていたら窓から差し込む光が強くなっていたみたいだ。眠っている女の子にだけ光が行かないようにカーテンを閉める。部屋を出るのは……それは相手が変な記憶をそのままにして話さても困るし。誤解だけは避けておきたい。
軽く髪を掻く。いつもならやられることを逆にやってみようか。ここで起こすのも手だけど反応の方が気になるし別に変な噂を流されるくらいならどうってことない。言われたとしても仲間間でしかないしね。
「あぅ……」
「……はい、駄目ですよ」
不意に顔を押さえつけてきた。
心拍数が上がっているとかではない。寝ながら体が動いたんだろうな。顔を近づけられているだけだけど口元に手を忍ばせてキスだけは防いでおいた。こういうのであっても男子の方が悪いって言われるのかな。
本当に可愛い寝顔だな。何で僕の近くの人って綺麗な人ばっかりなんだろう。つくづく思うけど単純に運がいいとかではないよね。ここら辺もテンプレの能力の範囲なのか。固有スキルに関しては分からないことが多すぎるし、何よりも本当に個人的な固有スキルは吸血では会得出来ないからなぁ。知りたくても使えなければ意味が無い。自分の意思で使うと言うよりはパッシブスキルみたいなものだから具体的な能力も無い……。
そもそも何で僕にこれがあったのかな。イフがテンプレに関しては転生前からあったような発言も聞いた気がするし……。ありがたさも確かにあるけどどこまであって良かったのか。前勇者には主人公補正があっただろうから……それよりは確実に強いスキルであることには変わりなくて……。
あー、考えるのをやめよう。宇宙に飛ばされたみたいな感じで終わりが見えなさそうだ。ただそういう絶望的な状況なわけではないから時間をかけて理解すればいい。考えを飛躍させてしまう癖を治しておかないと……また先走りして皆に迷惑をかけてしまうだけだ。反省反省っと。
「離れてね」
「うぅ……」
軽く頭を撫でてあげると拘束を緩めてくれた。そのまま一気に力が抜けて撫でていた頭で支えてあげる。ゆっくりと枕の上に乗せてあげた。そう言えばキスしてきた場所が昨日の僕と同じだ。寝ながらでも乙女な所は変わらないんだな、セイラは。
「……はぁ、起きて」
今だな、絶対に起きた。
頭を撫でた時くらいから少しだけ呼吸のインターバルが早くなっているから合っていると思う。ほら、目が軽く動いた。起きているのはバレバレなんだよなぁ。心臓の音が早くなっているから余計に分かりやすい。
「……バレたのよ」
「そういうのは嫌いじゃないけど言ってくれればいくらでもするよ。隠して何かをするのだけはやめてね。誕生日とかで驚かそうとかしているわけでもないし」
あっ、でも、その言い方ならキスもしてあげるってニュアンスになるから違うか。あの時は寝ていただろうから指摘されないけど。まぁ、サプライズも好きか嫌いかと聞かれたら悩むし。どちらかと言うと無くていいかなって思う。面倒臭そうなのは嫌いだ。
「……何でギドがいるのかしら?」
「えっ? 昨日のことを忘れたの……初めてだったのに悲しいなぁ……」
「ふぇ!?」
まぁ、していませんけど。未だに童から始まる悲しきサイボーグ……もとい吸血鬼ですけど。いや、もしかしたら記憶に無いだけで……考えるのをやめよう。本当にやっていたとすれば僕は責任を取れるのか……取りたくても取れるだけの問題なのかな……。
「嘘だよ。セイラがどんな顔をするのか見たかっただけ。酔い潰れたセイラを部屋に届けた時に一緒に眠っちゃったみたい」
「そ、そう……それならいいのよ」
確証はないけど確信はしている。
未だにイフの気配はあっても何も言ってこないのはそういうこと……いや、逆にやっていたからノータッチを貫いている可能性があるか。疑っていても昨日のことを思い出せるわけじゃないしやめよう。やっていないと言えばやっていないんだ。
「まぁ、次からは気をつけてね。僕だから襲わないけど他の人なら」
「まずギド以外と飲もうなんて思わないかしら。そこまで軽い女じゃなくってよ」
「そりゃ、すいません」
心底、怒ったように、それでも頬を膨らませて抗議してくる。それだと怒りが見えないんだよな。まぁ、こういうところがセイラらしいんだ。名将であった曹操も于禁とかに言ったらしいし。綺麗な戦い方をする于禁が汚い戦い方をすれば、もはやそれは于禁ではないと。同様に成長はしても根本的にセイラを築き上げているものが欠ければセイラはセイラと呼べるのだろうか。
曖昧なアイデンティティを問うことは面倒だししないけど、名将が言ったからではなく本当に納得出来るから僕は皆に変わって欲しいとは思っていない。……あー、また飛躍した。成長しては欲しいけど変容はして欲しくない。ただそれだけのこと。……こうやって裏で考え過ぎている僕を見たら皆は笑うのかな。
「先に行くよ。今日はやりたいこともあるし」
「……次は部屋で飲むかしら」
「うん、楽しみにしているよ。……そうだ、セイラ?」
扉を出る前にふと思ったことがあった。
別に言う必要はない、だから、言った。言う必要が無いということは言わない必要も無いってことだしね。いや、これはイコールになんてならないか。まぁ、口から出たら戻せるわけもないし。
「悩みがあったら言ってね。例えば何てあんまり好きじゃないけど王国や魔法国が敵になろうと僕はセイラの味方だ。逃げたいなら逃げていい。僕が連れ出してあげるから。僕は、セイラが本当に僕を受け入れてくれるようになるまで……僕は待っているから」
よく噛まなかったと思う。
セイラの反応は見ない。
見たらセイラが本当の気持ちを表に出せなくなってしまうから。素直なセイラが今の言葉をどう捉えてもいい。やっぱり、依頼を受けたのは正解だった。こうやってユウと会えたしセイラをより知ることが出来た。勇気のない僕でもセイラを連れ出すくらいなら出来る。
セイラを連れて街を作るのもありだな。魔物を使役して戦闘訓練を積ませるのもいい。ダンジョンもあるから戦闘にも食料にも、何なら素材にも困らない。今ならゾンビウルフも生産可能なんじゃないのかな。燃費は悪そうだけど。
その後は黒百合の整備をしていた。
時間が経つのは早い。整備を終えロイスと戦闘訓練をしたら時刻は七時を超えている。二度寝をしたのか分からないけどセイラは朝食に来なかった。朝食を友にしないのはよくあったから誰も何も言わなかった。もしも僕の言葉で悩むのなら悩んで欲しい。信頼を見せられて見せ返すことが出来ない人にはなりたくない。それをエゴというのなら勝手にすればいいさ。
いつも通り鉄の処女と共にダンジョンへ向かった。特に何かが起こるわけじゃない。向かう最中に「一日しか休みがなかったね」なんて冗談を言って笑い返される。十階層とはいえ三人の敵ではなかったしシロもいるせいで階層の殲滅もかなり早かった。つまらない、そんな一日だった。
そう、それで終わってくれれば……。
「エルドが帰らないのですが!」
宿に帰ってすぐ、本当に入口でだった。
そんなキャロの焦った声が僕の耳を貫いた。
◇◇◇
「ふむ、見たことがある顔だな」
エルドの心拍数が一気に上がった。
頼まれていた仕事は至極簡単なもの。ただ頼まれていたものを買うだけだった。例えばキャロの耳の毛を整えるような櫛。毛が絡まりやすいために安物でもいいと言われて、それでも嗜好品としての側面もある。そのようなものをただ買おうとしていただけだった。
給料は執事で、それもただのいち奴隷である自分にはもったいないほどの給料。使い切ろうにも節制をしてしまうエルドには無理なほどの大金だった。だからこそ、仲間や同僚にでもプレゼントとして買ってやろう。そんなことを考えて少しだけ長く街を見ていただけ。
なんだかんだ言っても大切な同期のキャロだ。キャロが主に愛されて欲しいと心から思い、そして自分も配下としての愛情を貰いたい。だから、必要ないとは思っていても主に合いそうなイヤリングを買っていたのだ。それだけは小さな箱に包装してもらってポケットに入っている。他は粗雑に袋に入っているというのにコレだけは。
それでも忘れていたのだ。エルドがこの街を嫌っていた元凶が街にいることを。何度も思い出して吐き気を覚えるほどの邪悪な存在と認識した相手。間接的にとは言え自分の四肢を奪った人でもある。幸せ過ぎる主との生活で街に入った時の感情が薄れていた。
慢心していた。
「な、何かの間違いではないでしょうか」
「物覚えには自信があるのだが……まさか、馬鹿にしているのか?」
ぎこちない笑顔だ、自嘲しながらも言葉を返すが相手の苛立ちを募らせるだけ。汚い、心まで汚く染ってしまう、嫌だ、死ねばいい……そんなマイナスな言葉が心を埋めつくしていく。こんなにも誇りだけが先立つ、そして他人を見下す人をエルドは内心、自分の使う武器で……いや、護身用のナイフで殺したかった。
得物を使うことをやめたのは主から大切に渡された槍を怪我したくなかったからだ。ナイフは自分で買ったもの。壊れてもいいように、誰かに掴まれた時にでも刺そうとしていた本当に消耗品だった。考えを改めたが……エルドは心の中で首を振ってそれ自体をやめる。行為で迷惑をかけるのはエルドじゃない。主であるギドだからだ。
「まぁ、よい。連れて帰って思い出すまでいればいいのだからな」
「はっ?」
その常人には理解出来るわけがない突飛な考えにエルドは一瞬だけ固まった。それが悪かった。人通りが多いというのに男は笑って人差し指を下に向ける。その一瞬でエルドの背後に何かが現れる。口元を覆われるところまでは覚えていた。それでも、そこからエルドは意識を失った。
誰がエルドを襲ったのでしょうか(すっとぼけ)。
ちなみに4章のメインの話に入ります。ここから今までのトロトロした話が嘘のようにトントンと進んでいきます。後二十話以内には4章が終わってくれるかな……(遠い目)。
次回も三人称視点から話が進んでいきます。次回は四日以内には出せるように頑張ります。エルドの過去と苦しみを書いていく予定なので……少しだけ胸糞注意です。もし面白い、興味を持ったと思っていただけのなら評価やブックマーク、感想などなどよろしくお願いします。