4章55話 セイラとのデートです
前話が終わり所が悪かったので投稿します。
「おー」
セイラがそんな声をあげながら買ったパンをジロジロと見ていた。見た感じタコスのような、おかずクレープのような、どっちつかずだけど美味しそうな食べ物だ。タコスほどの皮のパンっぽさもないし、クレープほどの皮の薄さもない。
巻かれているのは肉と野菜を炒めたもので胡椒のような良い香りがすごくする。肉はオークの肉みたいだけど何か工夫でもされているのか、セイラが口に運ぼうとした数秒間で肉汁が溢れている。それに口に含んだ瞬間にも溢れ出していて食欲がそそられる。
僕も新しいものを受け取って口に含んでみた。割と簡単に出来そうだし特許があるような食品でも無さそうだ。グリフの街で店を出す時とかにも食品としてあっていいかな。いや、食品店にするわけじゃないから売れないか。
味付けは塩胡椒で簡単そうだし食べる時に紙ではない厚い何かで包めばより食べやすそうだし、もっといい出し方はあるかな。多分だけど食材に資金を投じすぎて他のことに回せないんだろうね。銅貨で買える時点でお手軽すぎる。
「……難しい顔をしてどうかしたのかしら」
「え?」
いきなり下から覗き込まれたせいで驚きを隠せなかった。難しい顔を、か……十中八九、商人として売る時のことを考えていたからそんな顔をしていたんだろうけど。まぁ、場違いだ。折角のデートなのに考えていることがおかしすぎる。
「ごめんごめん、関係ないことを考えていたんだよ。こういうのを簡単に作れたら売れそうだなぁとかさ」
「……そう」
素っ気なく言ってから顔を背けてくる。
それでも右手は繋いだままだから怒っているわけではなさそうだね。どこまでが本心なのか、それを言葉や行動で測るなんて圧倒的に考える素材が少なすぎる。ただセイラが本気で怒っていたら手なんて繋いでいないだろうし……今だけはその考えに甘えさせてもらおう。
「他に食べたいものある?」
「うーん……ないかしら」
ということは食べ物で機嫌を取るのは無理と。
一応の保険であったらそれでもう少しだけ疑念を無くせるかなって思ったんだけど。まぁ、そんな漫画みたいに上手くいくわけもないか。他のことで上手くいっているし仕方ない。
「逆にギドはあるのかしら」
「え……うーん……」
そう聞かれてもなぁ……。
個人的には甘いものが好きなんだけど高価だし後でお酒を飲むことを考えると……お腹にたまる物も良くはない。甘いものとお酒って合うイメージが無いんだよなぁ。この世界でのお酒は大概がワインだし。甘味を感じられなくなるのはキツい。
あ、そもそもの話が夜に近いから閉めているか。
どちらにせよ、無理だったね。
「ないかな」
「任せられ過ぎてキツいのよ……。私に任せてくれるのは嬉しいのだけど……」
「あー、ごめん……」
一方的な善意は悪意にもなるのか。
食べたいものを聞いていれば間違いは無いと思ったけど、自分の意思が無いなら押しつけにしかならないんだろうなぁ。純粋に食べたいものがないって言えばセイラも同じ意見だって言われるだけだろうし。
「それじゃあ、任せるかしら」
「うん……って、え……?」
普通に条件反射で答えてしまった。
セイラは何と言った……マカセルカシラと言ったのかな。何を任せるのか……って、一つしかないよなぁ。この先のルートを任せるってことだろうし。
へい、イフぅ? 良いお店を教えて!
【すみません、分かりません】
な、イフでも分からないことがあるだと……。
どうせ、出て来る来ない以前に調てくれていないだけだろうけど。まぁ、そう言わずに調べて欲しいな。お酒を二人で楽しく飲める店だけでいいからさ。
【お酒ですよね……この時間で、となると日本のように早くからやっている店が少ないんですよ。ともあれ……今からでもやっている店ならこちらですね。予約等も必要無い代わりに早い者勝ちなので今のうちに向かってみてください】
おー、ありがとう。とりあえずだけどそこに向かってみるよ。相場とかもあったら教えて欲しいかな。今の僕のお金で足りないってことは無いと思うけど、どういうのでどれくらいとかを頭の中で出して貰えると助かる。場所によっては時価とかもあるらしいし。
【了解です】
「とりあえず店に行こうか」
「あ……わ、分かったのよ」
セイラの手を強く引っ張ってみると少しだけ握る力が強まった。手に持っていたパンは全て食べきったし留まる理由もない。本当はもう少し時間を潰したかった気がしないでもないけど……食べたいものもなかったし仕方ない。それに早い者勝ちらしいし、食べたいものがあってもどっちにせよだったかな。
歩くこと数分間、出店は並んでいても食べたいものは特にない。それに飲みに行く場所だからか、イフが案内している場所は歓楽街だ。首輪を付けている人やバニー、メイドなどのキャッチャーもかなりいて居心地は良くない。
「何をしたいのかしら?」
「飲める場所ならここら辺しかないかなって。別に変な意味は無いけど……逆に何を想像しているのかな?」
「何をって……」
何を想像したのかは分かっていても言わない。
何度も言うけどそういうことはしない。ただ意地悪はいくらでもするつもりだ。こうやって聞き返すと勝手に自爆してくれるし。徐々に徐々に頬が赤くなるのをただ見守るだけ。それによって僕の顔を見てまたフードで顔を隠してくる。
「安心して。何を想像したのかは分からないけどそんなことしないから」
「う、うるさいかしら! そういうことは結婚してからに決まっているのよ!」
なるほど、僕としたくはないとは言わないのね。
これを使えばもっと虐められるけど……セイラが可哀想だし何よりも早い者勝ちだから今はしなくていいや。他のことで虐めたりはするけど。例えば……。
「はいはい、今はしないから安心して」
「今って何かしら!? 明日? 明後日?」
「さぁ、いつだろうね」
いきなりキョドり始めるセイラが可愛い。
本当に可愛い子って虐めたくなるよね。あまりやり過ぎると機嫌を損ねるからやらないけど。いやいや……でも、やりたいなぁ。セイラなら許してくれそうな気もするけど……それは甘え過ぎか。やっぱり無しで。
「ほら、睨まれているよ。そういうことをしない僕達は邪魔でしかないんだから」
「うぅ……」
膨れっ面をするセイラも可愛いなぁ。
この顔を僕にしか見せてくれないのももっとポイントが高いし。フードから見える顔は僕の方にしか向いていない。他の方向から見たとしてもフードのせいで見えづらいはず。絶対に考えてやってはいないよなぁ。小悪魔……は概念が分からないからピタッと当てはまる言葉がないな。
軽く前髪を摘んで目を見ると少し潤んでいる。こういうところは乙女なんだよなぁ。純粋に想像力が豊かなんだろうけど。方向性はどうであれ、想像力が豊かなのは悪いことじゃないしね。いくらでも方向転換は可能だ。
視線が痛い中、歓楽街をまた歩いてようやく見えてきた。未だに日が暮れきっていない……とは言っても六時半ごろだけど人が少しだけ並んでいた。最後尾に並んで数分間で人が少しずつだけど集まってくる。ほとんどが男同士なのでここでも視線が痛い。装備的には冒険者かな。
「あの女……」
「ズルいよな」
そんな声が聞こえてくるけど無視だ無視。
イフからの追加での言葉では料金を追加すれば個室も借りられるし……何より今の順番なら個室が満席になるのはありえないらしい。それを信用するのなら僕とあの人達とでの差がハッキリするだろうから。あの人達からすれば酒を飲むことだけが目的だろうしね。僕の場合のデートとは意味合いが違いすぎる。最悪は……。
「何を怖い顔をしているのかしら?」
「うん? 気のせいだよ」
セイラの顔を見て心を落ち着ける。
最悪はぶっ潰すなんて言えるわけがないし。出来る限り僕も殺さないまでも痛めつけたいなんて気持ちは一切ない。種族が吸血鬼だからといって人を殺すことが快楽みたいなサイコパスではないからね。まだ人としての心は保っている。多分だけど……確証もないし……。
「ん……」
「……いきなりどうしたの」
よく分からないけど距離がもっと近くなった。
さっきまでは片手が空いていたのにわざわざ両腕で僕の右腕に抱きついてきたし。まぁ、左側は通路側だから痴漢とかを考えたら回り込まなかったんだろうけど……ここまで近いとツラいな。何がとは言わないけど色々な意味で……。
「……癒そうと思っただけなのよ。せっかくの主の奉仕で癒されないわけがないかしら」
「ふふ、確かにね」
主だから癒されるってなんだそりゃ……。色々と言いたいことはあるけど荒れているって思ったのかな。気にして何かをしてもらえるだけ華だしありがたく受けとっておこう。僕の肩に寄りかかってきたセイラの頭に頭をそっと乗せ返す。威圧や視線が痛いけど無視だ。そういうことをしたいのなら歓楽街に行ってこい。
「開店しまーす。並び順に進んでください」
元気な女性の声が響いて列が前に進んでいく。横入りとかもされそうな人がいたけど僕達の前にはさすがにいなかった。……誰も威圧感に立ち向かえた人達はいなかったみたいだね。さすがに邪魔はさせないよ。
「二名様ですか?」
「そうです、彼女と二人で飲みに来たので個室を借りられると……」
「なるほど……お楽しみというやつですね」
「な、な……」
店員さんにそう聞かれて普通に返してしまった。本当に言うつもりはなかったからノリっていうのはやはり怖いものだね。こしょこしょと店員さんが耳打ちで聞いてくるけどセイラには聞こえているみたいだし……それなら余計に……。
「防音の部屋で」
「はい、なるべくエチチなことはしないでくださいね。やるのなら歓楽街に戻ってください」
「もちろんです」
笑い返すと店員さんも笑ってくれた。
後ろにいる冒険者達からの視線が余計に痛いんだよなぁ。「俺達の看板娘がぁ」とか「俺達には見せてくれない笑顔を」とか……いや、店員さんの笑顔をいただけて貰えないとかどれだけ酷いことをしていたんだ。この笑顔は明らかに営業スマイルでしょうに……。
そのまま店員さんに連れられて個室に入ってくる。向かう途中でバレないようにそういうことはしてくださいねって言われたけど……申し訳ないね。本気でそういうことをするつもりは無いんだ。店員さんに苦笑で返してセイラの抱きしめが緩まった腕を振りほどいて、そのまま抱き寄せてから歩き直した。
任せられて怒る人と任せなくて怒る人の二つのパターンがありますよね。一緒に遊んでいても分かりづらい人がいるので探りを入れるわけにもいかず……かなり難しいところです。あ、もちろん、同性の話です。異性でそんな贅沢な悩みをしたことがないです……(苦笑)。
次回は書ければ早めに投稿しますが一応、土曜日か日曜日に投稿する予定としておきます。ただ今回の話も本当に書きたい話では無かったので早めに投稿したいなと個人的には思っています。それなりに重要な話にするつもりですが興味が無い方は飛ばしても全然、楽しめると思います。