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4章53話 夜長の始まりです

少し長めです

「また面倒事を……」

「本当にごめん」


 二人っきりの空間だと言うのにこれっぽっちも甘い空気は漂っていない。他の人がいると上手く怒れないと思ってセイラの部屋で二人っきりになったけど……怒られるわけではないし。怒られると思って構えていたのに拍子抜けというか、嫌われたのか……そんな二つの感情がごちゃ混ぜになって気持ち悪い。


「……その巻き込まれ方は一種の才能、だと言いたいけれど今回は別かしら。謝るのはこちら側なのよ」

「と、言うと?」


 叱責の言葉は二の次と言いたげに謝り返されてしまう。僕からすればセイラが謝る理由も分からないので本当に困惑している。明らかにまた面倒事を持ってきたことに対して嫌な気持ちを抱いていると思ったのに……。


「普通は騎士に面倒事を任せてしまう主なんて失格かしら。私が心配させないように領主と話し合えればギドだって」

「それでセイラがセイラじゃなくなってしまったら意味が無いだろ。王国に来てから魔法国の貴族に対するやり方も見てきたし……」


 話し合わせるのは絶対に無い。

 そうするくらいならセイラを幽閉してでも会わせられないようにして、法に違反しないやり方で殺すだけだ。あまり殺人をしたいって思いは……ぶっちゃけて言えば有るのかもしれないし無いのかもしれない。言いきれないのは吸血鬼としての性と日本人としての常識が争っているから。強く言いきれないのは僕の弱いところだけど仲間のために人を殺す勇気くらいはある。


「セイラが望まぬ暴行を受けるくらいなら護るって言うのが騎士じゃないの? それにこれに関しては僕の才能を見てケイさんから持ちかけられたことだし。後さ」

「領主が変わって仲間になれば王国での立場も楽になる……ってことかしら?」


 セイラの言葉に首を縦に振る。

 僕はセイラが大好きだ。従者として言うこともしないし付き合いたいって言う話でもないから何も言わないだけで、仲間としても女の子としても可愛くて助けたいって気持ちに自然となってしまう。その子が暴力を振るわれたら?


 セイラが僕のことを異性として見ていてくれているのは知っているから余計に……ね。嫌いな女子からの好意ほど気持ちが悪くてやめて欲しいと思ってしまうけど、好きな女子からなら話は別過ぎる。


 好きな女子が襲われるのを覚悟して自分のために動こうとするのなら護りたいと思うのが普通だと思う。いや、他の意見なんてどうでもいい。僕は例え何を言われても考えを曲げない。貴族のセイラには相手がいるのだろう。僕とは一緒になれないのだろう。もしかしたら相手は王国の人なのかもしれない。……それでもセイラはセイラだ。かけがえのない存在なんだ。


「……ギドは暇なのかしら?」

「ん? ……別にセイラが相手ならミッチェル達も何も言わないと思うよ」


 いきなりセイラからそう聞かれた。

 返答には悩んだけど当たり障りのないように返せたと思う。本当に違うことに集中している時に関係の無いことを聞かれると焦ってしまうな。すぐに返答が出来ないし聞きたいことを返せていない可能性もあるし。


「ちょっとだけ付き合うかしら」

「いいけど何をするの?」

「……お酒でもあるといいのだけれど流石に忙しくて買っては」


 その程度ならと思って瓶に入ったお酒を二本だけ取り出した。片方は日本酒に近い味わいで、もう片方はワインだ。ワインの方は少し渋みが強いけど甘さも割と感じられて後味も悪くない。というか、二本とも俗に言うブランド品でルークがポーションで黒字だからとくれたものだ。一口だけ飲んでしまっていたんだよね。ワインは結構な年代物だからこれ以上に熟成させるつもりもないし倉庫の中なら時間は停止しているから大丈夫。


「……よくこんな名品があるかしら」

「曲がりなりにも商人だよ? それも他の街でも勧誘が来るくらいのね」


 セイラに笑い返すと苦笑された。

 自分で自分の評価をするのは僕はしない。評価したところで二極化するのが目に見えているし、良いところばかり見てしまえば悪いところは忘れてしまう。逆に悪いところばかり見てしまえば良いところなんて眼中に無い。


 それでもセイラから、ルークから、ケイさんからみたいな立場が上の人からの評価は努力だけで何とか出来るものじゃない。頑張ってきた功績を褒められているんじゃなくて元からある才能を褒められているんだから。いくら否定しても才能は才能だ。僕から切り離せるものでは無い。例えそれが誰かから植え付けられたものだったとしてもね。


「……渋いのは苦手かしら」

「確かに……不味いとは言わないけど好き嫌いが分かれるよね」


 チーズとかはあるにはあるけど地球のやつよりも美味しくはないんだよなぁ。だから高いワインでも渋いとか苦み、酸味が強く残るし美味しく思えないのは仕方ないと思う。となると、日本酒に近い方を出した方がいいかな。


 果汁水というか、果物の果汁と砂糖水を混ぜたものがあるからそれを混ぜればいい。僕が出した片方の酒は日本酒に近い味わいだけど焼酎にも近いから上手く合わせれば飲みやすくていいと思う。ただ何となくで混ぜると酒本来の甘みや香りとかも消し去ってしまうから入れすぎ厳禁だ。そこら辺の安い酒とは本当に違うし。


「飲みたいんでしょ?」

「……仕事ばかりで気が詰まるのよ。そうやって面倒事を持ってくるのなら付き合ってくれるのもいいと思うかしら」

「悪いとは言っていないでしょうに。素直に二人で飲みたいでいいんだよ」

「う、煩いかしら!」


 そうやってすぐ怒る……って、からかいたかったけど顔は真っ赤だし元はと言えば僕が持ってきた厄介事も多いんだ。それを嫌な顔せずにこなしてくれて代わりに僕からすれば大したことのないことで償ってと言われる。さすがに馬鹿にするようなことは言えないかな。


「……でも、一つだけお願い出来るなら」

「うん? 何?」

「まだ夕暮れなのよ。外で飲まないかしら」


 ……何だろう、すごく考えてみたけど悪い意図が見えやしない。一番に有り得そうなのは気分転換に外へ出るって話なんだろうけど、ただ気付いているのか気付いていないのか遠回しに高い酒よりも一緒ならいいって言われている。こんなに良い子が多くいるのだろうか。いや、いない!


「二人なら危険だと思うよ。領主の件もあるんだし」

「あら、数ヶ月で冒険者ランクをAにした私の騎士様が弱音を吐くのかしら」


 一応で言ったことだけどセイラには効くわけがないか。言っていることも確かだし仮に本気で止めようとしているのなら、無理にでも外には出させないって言うことが分かっているからだろうけど。


 それに僕が倒される相手ならもっと早くに注意喚起でも何でもしているし。僕を倒せるだけの能力を持つのは味方のユウやイフ、後は冒険者のギルドマスターくらいだし。ユウみたいに上手く隠している人がいないとは言いきれないけど……逃げることに関しては僕の右に出るものはいない。空間魔法で一発だ。


 少し悩んだ素振りを見せて頭を搔く。


「はぁ、良いけど僕から離れたらダメだよ。それが良いのなら構わないけど」

「当たり前かしら」


 それでも心配は心配だから分かりづらいようにイフは連れていくつもりだけど。二人っきりは二人っきりだし茶化さないように言えばきっとイフだって……静かにしそうとは思えないな。まぁ、よく聞く酔わせてどうこうみたいなことはする気がないし無視すれば大丈夫だろう。


「それなら少しだけ準備させて」

「分かったのよ。二十分以内に玄関でいいかしら」


 デートの約束みたいな言い方だけど……いや、デートか。夜の街に繰り出すわけだし子供がよくやるようなデートとはまた違うけど。後は酒に酔わないようにしとかないと。日本なら未成年なわけだからアルコールに耐性があると言いきれない。


 セイラに追い出されるようにして部屋から出てイフの元へと向かう。何で二十分という長い時間を要求したのかは分からないけど……あ、説明しておいてってことかな。それなら納得出来るわ。


 夜の街に繰り出すということに胸の鼓動が早まっていく。何度か日本にいた時もやったことがあったけど……それは補導対象ものだったし同じとは言えないからね。結構、楽しみかもしれない。


「マスター、準備は出来ていますよ」

「ん、早いね」


 部屋に入って早々に目をキラキラさせたイフが待機していた。宿の一部屋だと言うのに整理整頓されていてとても綺麗だ。脱いだものとかは綺麗に一纏めにされてい……と、危ない危ない。


「見ました? 見ましたよね!」

「何のことかな」


 とぼけよう、都合の悪いことはなかったことに。それが一番いいと思う。僕は決して見ていない。多分だけどミッチェルが脱いだであろう黒いパンツが広げられて一番上に置かれているなんて……そんなまさかぁ。僕が知るわけがないじゃないですか。


 ぬかった……絶対に罠だ。罠じゃなきゃ何で一度は履いたであろうパンツが着替えたであろう、それも着ていたのを見た服達の一番上に広げられて置かれているんだか。さすがに二度目はない。見たからと言って興奮とかも特に……ないとは言いきれないけどないね。


「まぁ、そういうことにしておきますよ。今日はセイラとマスターがそういう関係になる日ですからね。イチャイチャを超えて夜の帳を」

「それは無いから安心して」


 速攻で否定しておく。

 それはしてはいけない。貴族のそれもご令嬢を襲うなんて頭がおかしすぎる。絶対にセイラのような立場なら婚約者はいるだろう。それを僕が破談にさせて奪いさるなんてセトさんやセイラに申し訳が立たない。


「どうせ、心の中で言い訳をしているのでしょうが……何も望んでいないのであれば部屋飲みで片付けていますよ。良くも悪くもセイラは王国で有名ですから。もし相手がいたとすれば異性と二人で夜の街に出るなんて」

「だとしてもだよ」


 本当に僕ってヘタレだなって思う。

 だってさ、別にミッチェルとかイフとか、いや、その括りで考えるのもおかしいくらいに僕が襲ったとしても何も言わない人は多いと思う。だからって、好きだからそういう関係になるのは僕としてはおかしいと思っているんだ。そういうことをすれば愛し合っているとか、それは第三者側の意見だしそういうことをしていても愛し合っていない例だって多くあるからね。


 ましてや、僕が誰かと結婚したとして……果たして相手を幸福にさせることが出来るのかな。例えばミッチェルと結婚するとして……ミッチェルの愛おしすぎる笑顔をいつまでも保たせることなんて僕に出来るのだろうか。


「好きでも付き合うのとは違うだろ」

「ふぅ、身勝手なマスターを主に持つと従者は大変ですね。いえ、身勝手な従者を持つ主も大変みたいですけど」

「……そうだね」


 分からない、何でここまでイフがセイラと関係を持たせたがるのか。いや、セイラだけじゃなくてミッチェルとかとの関係も強く持たせようとしてきている。余計に分からない。だってイフは僕から生まれた存在のはずなのに考えが合わなさすぎる。……意図せずなんてことは絶対にありえないけど。


「とりあえず今日はただのデートだよ。それを曲げる気は無い」

「……仕方ないですね。良いですけど代わりに心の底から楽しんで、セイラを楽しませてくださいね! 他のことは任せていただいて大丈夫ですから」

「迷惑かけてごめんね」

「いつものことです」


 イフがいつもと変わらない笑顔を浮かべる。

 やっぱり僕の好みから作られただけあって少し笑うだけで胸がドキドキしてしまう。ミッチェルとかが笑うのとかはまた違った、直に心臓を掴まれてしまうような感覚でキツい。そっと目を逸らしてイフの体に触れる。


「あっ……そこは……」

「強く掴まれても力なら負けないから」


 無理やり胸まで手を連れていかれそうだったけど負けない。誰がこの場面で胸を揉むんだか。というか、そのワキワキしている手を見て何かを察するのは当然のことだ。何を被害者ぶって変な声を出しているんだか。


「もぉ……いけずです」


 ブツブツ呟くイフを後目に頭の上に手を置く。

 そのままイフを収納してからスキル体に戻しておいた。傍から見れば吸収するように見えるだろうけど実際は元に戻しただけだ。まぁ、イフが外に出ようとすれば簡単に出られるしね。この時にイフの精神だけを戻せば体は残るから自由に出来るし。する気もないけど。……する気ないんで視界の隅にジト目の顔を出すのやめてくれません?


 セイラが来るまでの数分間、ただただイフにジト目をされる時間が続いた……。

次回は土曜、日曜日のどちらかに投稿する予定です。

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