4章49話 エレク商会の長です
遅くなってしまったので少しだけ長く書きました!
「ミ、ミラルさん……? どうしてここに」
「いえ、ギルドマスターに話がしたかったのと彼らの話も少し教えておきたいと思ったので来た次第です」
商人ギルドに入ってすぐの受付嬢。
めちゃくちゃ笑顔が引き攣っていたんですけど。え? ミラルってすごく名前が知れていたりとか怖がられているのか? そう聞きたいけど答えてくれるイフがミッチェルに付き添っているし聞けもしない。
「店の方は……」
「気にする必要はありませんよ。どちらにせよ、お客様は少なかったのですから。それに朝から開いたのに誰一人として来やしませんから」
「そ、そうですか。答えたくないでしょうに聞いてしまって申し訳ございません……」
「いえいえ、気になるのは普通のことです。その件も含めてギルドマスターに話を、と」
ミラルの表情が変わらず笑顔だからか、受付嬢がさらに笑顔を凍らせて「よ、呼んで来ます」と大きく礼をしてから下がっていく。これが年功序列か。いや、絶対にミラルが相手だからこうなっているんだろうけど。普通に考えてミラルが満面の笑みを浮かべるなんて考えられないだろうし、裏があるってなってしまうのは仕方がないか。
程なくして未だに笑顔を引き攣らせたままの受付嬢が帰ってきて、ミラルを先頭にして奥へと連れていかれる。少しだけミラルが顔を顰めていたけど何も言わないので僕も何も言わないことにした。いくつか言いたいことはあるんだろうけどね。成り立て商人とは言え少し考えれば分かる事だし。
コンコンと受付嬢がノックした後に扉を開けようとしたが、ミラルが手を前に伸ばして静止させた。その後でもう一回だけ付け加えるかのようにノックしてから「失礼します」と受付嬢に開けさせた。その度に受付嬢が綺麗な顔を歪ませるので入ってすぐの入口付近で、扉を開けたままにする受付嬢に小さく「覚えればいいんですよ」とフォローだけしておく。反応は知らない。別に興味もないし。
「あまり気にせんでもいいのに」
入って早々に奥に座る女の言葉がそれだった。
口調は割と男っぽくて声も少し低め。話し方からしてミラルとの仲の良さも伺える。顔は化粧をしていないようだけど西欧系の美しい感じで若さと言うよりも色気がすごい。肌の露出とかがないのにここまでどうやって出せるのだか。まぁ、僕には聞かないんですけどね。
「お久しぶりです」
「何度も呼んだのに来なかった大馬鹿者はどこの誰だったかね?」
顔色一つ変えずにミラルが女性にそう言うもんだから青筋立てて女性が嫌な顔をしている。いや、分かる。呼んでも来ないのに勝手に来るとか便利な人扱いで嫌なんだろうな。それにミラルはミラルで空気が読めていなさすぎる言葉だし。
ミラルはミラルで「すいません」と悪びれた様子もなく返しているし。実際、それで女性もため息を吐いて座るように合図を出してきた。許したって感じではなさそうだけど。
「それで? 何の用だい?」
「前から話をしていた領主に関する報告書ですよ。それと領主関連の話がいくつかと、こちらの新人さんのお話ですね」
「ふぅん、とりあえず報告書はもらっておくから話したいことを適当に教えてくれ」
ポンと報告書をミラルが手渡し女性が机の上から大きめの丸眼鏡を取り出す。かけたかと思うと小さくため息をついてペラペラとすごい速さでめくっていてびっくりしてしまった。
「ああ、自由に座ってくれ。お前は受付に戻っていいよ。後、ミラルは気難しいんだ。あまり気にするな」
そこまで言ってようやく僕達もソファに腰掛けてミラルは対面の一人用ソファに腰を下ろした。受付嬢も少しだけ表情を和らげてから軽く一礼をした後に部屋を出ていく。出た音の後、数秒が経ってからまたミラルが口を開いた。
「話ですが、まず領主自体はあまり信用が出来ません。これは前回も話した通り豪商からの出世で驕っているようです。もちろん、一部を除く冒険者や商人、民衆からの評判も最悪でした」
「そう……笑えてくるじゃないか。民衆第一を叫びながら人の婚約者を取るなんてね」
苦笑地味た笑みを浮かべてミラルの話を聞きながらも報告書をめくり続ける。十秒に一枚のペースで合計五十枚は有りそうな報告書を、ミラルの世間からの領主に対する視線をしっかりと聞いた上で、だ。一つ言いたい、この人は絶対に人間じゃない……。聖徳太子か何かなのかな……?
「そして本題です」
「……最後の紙に書かれていたことかな」
「そうです」
申し訳ないけどチンプンカンプンにも程がある。
紙を渡されていたならまだしもミラルの一方的に近い発言だけしか聞けず、ましてや発言の順番も文句のような忠告のような順序がバラバラで理解するのに時間がかかってしまう。それが連続なら最初の言葉なんて覚えていられないよ。
膝上に座るシロはもちろんのこと、左右隣に座るユウとリリも頭の上にはてなマークを浮かべていた。見えているわけじゃないけど絶対に分かっていない。シロに関して言えば頭の悪い人みたいな顔をしていて少しだけ面白い。
「……と、まぁ、その話は後にしよう。それよりも自己紹介だ。あらかたミラルの話したいことも分かったからね」
「すいません」
「いいんだよ。お前を部下にすると決めた時からこうなることは分かっていたことだし、何より最後の文がその子の才能を表しているしね」
ダメだ、絶対に今の僕も頭の悪い人みたいな顔をしているよ。だって、超展開すぎて本当に何を言ってんだこいつぁって状況だし。才能……はまだ良しとしてもミラルが文で書く……ってことは付け足しでもしたってことかな。あの枚数を数分で書けるとは思えないし。出来上がっていた書類の最後に付け足しでもしたとか。
「さて、私はケイ・エレクと言ってね。こう見えても異世界人の知り合いに名付けられたのさ。自慢はそれくらいしかないんだけどね」
自嘲気味にケイさんは笑い報告書をトントンとテーブルに当てて整えていた。眼鏡を外したかと思うとすぐに折りたたみテーブルの上に置いて報告書片手にミラルの隣の席に座った。
「まず何を言っているんだと思うかもしれないが割と深いわけがあってね。今のディーニの前の領主は全員、私の家系であるエレク家が担っていたのだよ。つまり私からすればディーニを引きずり下ろしたい考えがあるし、逆にディーニは私がとてつもないほどに邪魔だろう」
要は目の上のたんこぶって話しね。
それは……まぁ、分からないでもないか。口調からしてディーニの政治は民衆の支持を得られていたいようだし付け入る隙はいくらでもある。その時に担ぎ上げられるとすれば前領主の一族に目が止まるってことかな。いや、でもさ。
「それって話していいことですか?」
「そうだね、普通ならば反逆罪になりかねない発言だろうけどミラルが認めた相手なら別さ。この子は不器用で厳格でね。不必要なら真っ先に切り捨てるほどに利益を考える。その人から目が止まるってかなりのことさね」
「それはつまり商人のギドには話しても良くて、関係の無い私達には話してはいけないってことではありませんか?」
リリの一言でケイさんが「確かに」と大きく笑っている。それに対してミラルが苦笑して「まぁ、大丈夫ですよ」と返していた。
「そう考えることが出来るということはやる気がないということですよ。もしやったとしたら私が責任を取るので安心してください」
「はは、ミラルにここまで言わせるなんてね。ということで心配ご無用さ。それで君達の名前は何と言うの?」
ケイさんに聞かれたので僕から順に自己紹介という名の自分の名前を言っていく。詳しい話とかは出していないけどケイさんは全員の名前を数回反芻してから笑顔を浮かべた。
「いい名前だ。名前を鑑定出来るだけの力など私にはないがね。では、聞こう。ギド、君達がここに来た理由は何かな? さっきの反応では私とエルドの関係は知っていても、私達と領主との関係は知っていなかったのだろう?」
綺麗で大きな二重の目を補足しながらこちらを眺めるように見つめてくる。ぶっちゃけ、理由を聞かれても特に詳しいことは考えていないんだよね。あるとすれば本当に軽い商談をしたいってだけ。まぁ、大きく言いすぎているだけで実際はポーションを売りたいだけだし。僕が売るとすればポーションくらいだから。
あれ……よく考えてみれば僕が売ったことのある物ってポーションしかないよなぁ。一番、労力が少なくて安く仕入れ、高く売れるコスパの良いアイテムがポーションだからってのもあるんだろうけど。それでもねぇ……絶対に飽きは来るだろうし。ポーションでさえ、売り切れ続出満員御礼ってレベルらしいけど落ち込む波に飲まれたら売れないよなぁ。今度は武器でも売ってみるのも手なんだろうけど……面倒くさい。
「顔を広げることや商品を軽く売りたいなと考えているくらいですね」
「……信じるにしては簡素過ぎる言葉だな。それでも態度や口調に変化はないし……」
「悩むだけ無駄ですよ。本当にそれ以上のことは考えていないのですから」
酷い言い草だ、と言いたいところだけど本当に他意はないから何も言わずに反応を伺う。ケイさんは少しだけ疑ってはいるみたいだけど九割型は信じたみたいで、手を開けるためか報告書をソファ前のテーブルに投げ付けて強く頭をかいていた。
「信用するしかないよなぁー! ギドをではなくてギドを信用した部下を」
「いいんですか? 商人にとっての信用は店以上に価値のある物だと教えられましたが……?」
「だから、信用すると言ったら信用するんだ。それがエレク商会のやり方だったしな。駄目ならば他のところで稼げばいいだけの事さ」
うーん、なるほど。確かにミラルの上司というか師匠なだけはある。考えや言っていることが何と言うか近いな。ただミラルは自分の才能に対して本気で信用している訳では無いのと、ケイさんは本気で自分の才能を認めているって違いがあるくらいかな。そうでも無ければこんなにも面倒臭げに言えないだろうし。
「……自慢はその位に。それでギドが売りたいという商品は今、お持ちですか?」
「ええ、ここに」
これ見よがしに何も無い空手の状態からポーションを出して机の上に並べていく。もちろん、ミラルは苦笑して僕のことを見ていたけどケイさんは明らかに目の色を変えた。こうするのは礼儀というか、やらなきゃいけないと思ったことだからね。
「珍しいな」
「ええ、空間魔法を持っているんですよ」
「その様子だと……その魔法の価値は理解しているみたいだな。なぜ見せた?」
いや、普通に見せるべきだと考えたからですけど。そう思っても素直にそうは答えない。商人相手ならばしっかりとした理由を説明しなければ納得してくれないだろうし。
「信用には信用で、と僕は師匠から学びましたから。戦闘も常識も、知識も師匠からの受け売りですしね」
「なるほど、私も会いたいものだな。そこまでのことを教えられる人が本当にいるのなら」
目付きが鋭くなって僕を睨むように見てくる。
一瞬、胸が本気でドキッとした。恋とかの鼓動の早さではなくて明らかな嘘がバレた時のような緊迫感。実際はそんなものが流れていなかったとしてもケイさんの一言で僕はそう感じてしまった。
「まぁ、いい。どちらにせよ、確かにミラルが気に入るような人だとは分かった。それにこの商品も普通に売れるようなものでは無いな。ギドが作ったんだろう?」
「……何のことでしょうか?」
これは……すごいな。軽く手に取って見ただけで僕が作ったって本気で理解している。カマをかけているとかじゃない。確信を持って僕にそう言ってきている。鑑定は……悪手だろうけど見させてもらった。鑑定はあれど製作者までは分からないはずだが……。
「不思議そうな顔をするな。普通に考えて廃れてしまった今の薬師ギルドの者達が高価値のポーションなんて作れるわけがない。それを表すように作っていい効力の限度が薬師ギルドで決まっているからな。落ちたものだ」
最後の言葉は残念そうに呟いて頭をかいていた。
「それでも僕が作ったことには」
「なるよ。何度も言うが薬師ギルドでポーションを作る者に高価値な物は作れない。もし作れるとすれば異世界から来た人達か、作れる才能を知らなかった人達だ。そして君の仲間達の自信に満ちた顔からしてギド以外にいると思うか? 女だからと舐めてくれるなよ」
うっわ……それって確証にはならないでしょ。
そこまで来て僕だって確信して、なおかつ気付かぬうちに僕の正体にも気が付いている。異世界から来た人って僕を指しているわけではないだろうけど……この人の前では適当なことは言えないな。絶対に墓穴を掘ることになる。
「女だからと舐めているのなら私はギドについていかないな。例え売り言葉に買い言葉だろうと私も仲間を下げられて喜びはしませんよ」
「……はぁ、悪いな。リリ君も分かるようにどこの国も女の扱いが悪いんだ。どうしても馬鹿にされたような気がすると口から出てしまう。本当に申し訳ない」
「い、いえ。僕も若干、バレないだろうとタカをくくって話をしていた節がありますから」
「そう言って貰えると助かるよ」
そう言って小さく微笑んでから自分の机から紙を取り出してサラサラと何かを書いていく。チラッと見えたのは主に評価点だったけど大概が高評価で少し焦ってしまう。話からして根っからの商人から認められているようなものだからね。
「……ふむ、整理するために書いてみたが書けば書くほどに惜しいな。どうかな? 私の直属の部下になるのは?」
「家があるのでお断りします」
「だろうな。話をしている感じではランクに執着しているとは思えないから、別にこの街の直属の商人になる必要性もない。ミラル並に才能のある人は久し振りだよ」
「ええ、それに……彼はきっと仲間になってくれますから」
ミラルはこれ以上にない満面の笑みを浮かべて僕を見てきた。僕も笑い返すとミラルもフッとさらに口元を綻ばせて、手で口を隠しながら俯いてハハハと笑った。何となくユウの最後の笑みが少しだけ怖かったけど。もちろん、ポーションは普通よりも色を付けて買い取って貰えたので個人的には満足だったけど。
補足です。そのうち領主としての立場、貴族の役職について詳しく書くつもりですが、パトロの街は街に大きな貢献をしたものを領主にします。領主で元から貴族では無い人達は全員が名誉貴族という立場になるので、もし次の領主交代の時に一族の者が領主になれなければ貴族としての立場はなくなります。このような決め方は街として珍しいです。果たしてこれを書く場面はあるのだろうか……?
次回は土曜、日曜のどちらかにする予定です。もしかしたら少しだけ遅れることがあるかもしれません。