4章47話 寝言です
朝から少しだけ重いです。
ここまで……重くする予定はなかったのに……。
ファッションショーを終えてもまだ昼前……外ではガヤガヤと人通りは賑わっている。膝上にいるシロもユウも静かにしていて、ユウに至ってはうつらうつらと眠りそうになっている。両隣を陣取るミッチェルやイフも眠りそう……。逆に眠たくなさそうなシロは幼いというか、何と言うか。
「……午後は何をしようかなぁ……」
ボソッと心に思ったつもりの言葉が口から漏れてしまった。大丈夫、三人はまだ夢と現実の狭間を行き来しているみたいだ。……イフも眠そうなのは体と心が繋がった証ってことかな。
僕の独り言に起きていた唯一のシロが膝上から首を九十度に曲げて見上げてくる。これってすっごく顔が近いんだよね。なのにキスもしてこないのはシロの優しさかな。もしくは普通に詰めが甘いか。何となく前者であって欲しいけど。
「ダンジョン攻略?」
僕の顔を軽く両手で触って耳元でそう聞いてくる。他の三人を起こさないように気を使っているんだろうね。まだ生まれて間もないのにここまで気を使えるなんて……日本でも周囲に配慮して行動出来ない人が増えているのに……本当にいい子だ。
ダンジョン攻略……は昨日、行ったからやりたくはないなぁ。それなら他のことをしたい。本音で話すのなら明日も休みたいし。最下層は見えなくても休息をしっかりと終えた上で十階層のボスと戦いたいし。
僕が首を横に振ると悩んだ素振りを見せて前を向き直す。可愛いので頭を撫でながら僕も頭を回してみた。やっておきたいことは何かあるかな。一つ目、商人ギルドへ行く。二つ目、ミレイの店主に会いにいく。三つ目、デート……三つ目はいっつもしているから今日は無しで。そう考えると一つ目が一番いいかな。リリもいるし。
二つ目もいいなって思ったけど明日とかに回した方が良さそうだ。いきなり言って話をするのは人として常識知らずだし。それなら今日か明日にでも店でご飯を食べて、その時に手紙のように話がしたいって伝えてみればいいし。嫌なら断りくらいは来るだろう。
「シロって何かやる予定でもあるの?」
「……特にないよ?」
うん、連れてってくれみたいな視線が痛いな。暇があるのならシロも連れていくか。こう見えてシロはすっごく強いし。後は行きたいって言っていたリリ、そして……ユウとか? ユウに知らない世界を見せても良さそうだ。
と、なると……まずはミラルのいる店に行ってポーションでも渡すか。売るように少しとミラルように高品質なのを少し……もし時間が取れたのならついてきてもらえばいいし。
「午後はリリを連れて外に出るか。シロって用事ある? ないなら一緒にどうかな」
「行く! ……行く……」
耳元でシロに聞くとシロは最初は少し大きい声で、それでしまったと思ったのか、僕の耳元で小声で言ってくる。やっぱり可愛いな。妹は嫌だと思っていたけど、こんな妹なら全然、嫌じゃないよ。
大きな声……ユウが起きたかな。そう思ってユウの方を見たら僕の右胸に頭を置いて眠っている。眠気に勝てずに……それどころか警戒もせずに小さくヨダレを垂らして眠っている姿は初期のシロを思い出してしまう。それに……年相応の姿過ぎて余計に可愛らしいね。変な意味じゃなく普通に。
「……どうかしたんですか?」
空気を読んでか、僕の耳元で聞いてくるイフ。ユウは起こさなかったけどイフは起こしてしまったのか……申し訳ないな。いつもならこんなことはしないのに……いや、僕をからかう時にはよくやるけど意味があってやられたら……これは少しだけ……。
「ふふ、ドキドキしますか……?」
心臓が強く跳ねたのが分かった。
肋骨に強くぶつかる感じがして少しだけ痛い。いつもこうなら……あまり強く言うのはやめよう。ただこういう事をやってくるんだ。やられる覚悟はあるんだろうな。
「ドキドキするよ。ほら」
耳元でそう言って小さく笑ってみせる。
イフに拘束されている腕を解いて惚けているイフの頭を胸に近づけておいた。左胸が一番ドキドキする音が響くらしいからイフが左側にいたのはとてもありがたい。やりやすいし顔だけならユウやシロの邪魔にならずに反撃出来るしね。
「……い、意地悪ですね」
「イフに言われたくはないかな」
ふいと頭を避けたイフの場所にシロが耳を寄せる。僕の心臓の音を聞いて何がいいのかは分からないけど不思議なくらいに笑顔だ。何も言いはしないけど小さく「癒される」って言っていたから何かあるのかもしれない。
僕もミッチェルとかの胸の音を聞いたら……いや、普通に恥ずかしくて顔を見れなくなるからやめよう。ちょっと眠っているミッチェルにやってみようかなって思ったけど……こうしてくれているのは僕を信頼しているからだし。やるのなら聞いて許可を取ってからだね。多分、いや、確実に了承されるだろうけど。
「……お父さん……」
「ん?」
ユウから……だよね。僕に寄りかかってそんな寝言を漏らすって……本当は甘えたがりなのかな。詳しくは知らないけど……こうやってゆっくり眠るのも少ないのかな。軽く抱き寄せてみると顔を埋めてまた寝息だけを立ててくる。あー、これはアレですね。異性をドキドキさせる行動としてはトップクラスのものですよ。相手がユウじゃなければドキドキしていただろうなぁ。
「もう……ひ……は……や……です……」
何かブツブツ聞こえたけど被さるような呼吸の音が遮る。それ以上に小さく回らないユウの言葉が余計に聞きにくさを助長させていた。もう、からしてその上に何かしたいか、したくないかのどちらかを呟いたんだろうけど。やって呟いていたから嫌だって言いたいんだと仮定して……。
「……大丈夫だよ。僕がいるから」
「うぅ……ふふ……」
詳しくは知らないけど喜んでくれたようだし正解を引いたって所かな。時々、ここまで考えてみても一切、当たらないこともよくあるからね。眠っているとは言っても当たって本当によかった。
「……どうしてこんな顔をしているんだか……」
「不思議ですか……?」
ユウの寝顔を見て呟いた瞬間に何か言いたげにイフはそう聞いてきた。さっきまでの表情とは変わって苦々しげにユウのことを見ている。ここまで僕以外のことで感情豊かに表情を変えるイフは初めて見たかもしれない。
「……先程、伝えたかったことでもあるのですが……少しだけ話を聞いていただけますか……?」
さっきまでのイチャイチャムードから寒気を覚えてしまうほどに一気に雰囲気が変わったように思う。イフがそこまで言うからには重要な話なんだろうし。本当に風邪でも引きそうなくらいに部屋の温度が下がった気がする。
「いいよ、話して」
「……先程、ユウの裸を見た時に少しだけ考えてしまいました。このまま預かってもいいのではないかなって」
「……というと?」
本当に小声で顔を近づけ合ってイフと会話する。イフが悩んで提案してくるのは珍しい。というか預かるって言葉自体が割と重くて本気で何かを伝えたいんだろうな。託児みたいなこととは違うんだろうし。
「体、傷だらけでしたよ。普通の傷なら強いユウであれば簡単に回復するはずです。それも傷は見えないところばかりで……股下にもあったんですよ……?」
「……それこそ怪我でつくような場所ではないね」
そう言われてしまえばイフが悩んでいた理由も分かる。明らかな親というか保護者からの暴力だ。逆にそれ以外にイフが言う傷の付き方は絶対にしない。……って、今、流すか。
【申し訳ないですが私からすれば女性としての生き方を奪う人は好きじゃないです。自我が芽生えた時からというよりは多分ですがマスターの好みが反映された結果だと思います。同様に人としての生き方を奪うのも好きではありません】
それは僕の過去が反映されているからだと思う。全然、納得出来るんだけど……今、安らぐユウがいる目の前でユウの傷の箇所の写真を見せてくるのは……。
【私は私で少し特殊な存在です。もちろん、人には出来ないことが出来る機械に近いのですが、ユウには私の能力は上手く発動しません。ユウには何かあります。そうでなければ】
ギフトよりも強いかもしれないイフや魔眼が通用しないわけがない、か……。魔眼も吸血鬼として元からあったとは思えないし……何より僕がこの体になったのは真祖という作られたであろう存在だからだ。普通に考えてそこら辺にいるような存在ではないでしょ。ダンジョンのボスでさえ真祖という単語はついていなかったし。
でもさ……幸せな状況に浸っている時にこれを見せられるのはさすがにキツイって……。昔の自分を思い出してしまうよ。あの時は胸当たりを中心に痣だらけだったしなぁ。よく言われるバレない場所を攻撃しろってやつだ。
【タイミングは悪かったのは重々承知ですが、ユウの呟いた言葉は明らかに「もう一人は嫌です」です。確証はありませんが口の動きからして間違いないと思います。ここまで傷を受けていながら話さないのは何かあるとしか思えません。申し訳ないですが今が話しやすいかと思ってしまいました。早めに話しておいて損は無いかと】
僕から作られたから感性が僕に似ているってことだよね。分かる、すっごくユウを助けたいとは思うんだ。だけど……果たして特別な傷をつけられる人がユウの特別な力を理解していないと思うかな。僕なら暴力と言うよりは……。
教育という名の洗脳に近いような気がするよ。
そこまでして作り上げた存在をお金や言葉で手放す相手ではないのは確かだし、無理やり連れていって不利になるのは僕だ。言いたいことは分かるけど……まぁ、即決は無理かな。果たして僕でも倒せるか分からないユウを傷付けられるような人が相手ってことだしね。
【ユウのことは私には分かりませんが悪い子ではないことは理解しています。それに……】
ごめん、最後のは聞かなかったことにするよ。
もし詳しく聞くのならユウの口から聞きたい。なら尚更、よりユウの心を開く必要があるかな。それならば余計にユウと一緒にいる時間でも増やすか。親よりも僕の方が大切だと思って貰えるようにしなければ何をしても無意味だし。そこまで行ってから預かるかどうかはしっかりと考える。きっとそれは今、考えるべきことではない。
「……と、三人とも起きて。もうそろそろで昼頃だよ」
いつの間にか目を閉じて眠っていたシロ、そして横で小さく寝息を立てるミッチェル、問題のユウの三人。一番に起きたのはユウだったけど一瞬だけ焦ったような顔をして、僕の顔を見て胸をなで下ろしたように笑顔になった。……はぁ、本当に今、聞きたくはなかったな。ユウの見る目が変わってしまう……。
未だにイフは何かを言いたげだったけどユウが起きている手前、それ以上に何かを言ったり心に語りかけてくることもなかった。少しだけユウの目元に涙が溜まっていたのは夢のせいなのかな……そんな考えもさっきまでの僕には浮かびもしなかっただろうから、本当に聞いたり見て後悔しかない。
「ユウ、今日って暇かな?」
「……どうしてですか?」
涙は見なかったふり、悪いことは考えなかったふりだ。一度、忘れてユウに変わりない態度を取らなくちゃ。勘が鋭いのだからポーカーフェイスを装ったところでバレてしまいそうだし。
「今日の午後からね、パトロの商人ギルドに行こうって考えていたんだ。一緒に回ってみたいなって思ったんだよ」
少し悩んだように首を傾げていた。真意でも測ろうとしているんだろうけど実際にそう思っているんだから嘘偽りない。考えたところで無駄なんだよなぁ。
「あ、一応はシロとリリを連れていこうと思っているんだ。ミッチェルは」
「セイラ様に裁縫を教えるので無理ですね。申し訳ないです」
「いや、それならいいんだ。少人数で行こうと思っていたし。それでどうかな?」
「……面倒そうですがユウでよければいいですよ……?」
遠回しだけど……了承は得られた。それなら午後のやることは決まりかな。後はリリ次第だけど昨日の今日だ。特に用事も立てていないだろうし簡単に一緒に行くって言うだろう。この編成だと……リリが奥さんで子供がシロとユウかな。少しだけ外の目線が気になるよ。
シロを一度、下ろしてからユウを抱きしめてあげる。寝ている時とは違ってものすごく嫌な顔をされたけど離れようとはしないから表情と行動が合わないね。しっかりと「頭を撫でてもいい」って聞くと嫌そうに「いいですよ」って言われたから撫でるとより強く顔を胸に填めてきたので本当によく分からないね。可愛いとは思うけど。
もうちょっとで……もうちょっとでパトロの街の話の半分くらいが終わります……。長過ぎて章を区切ろうかとても悩んでしまいますね。頑張らなければ……。
次回は土、日曜日のどちらかに投稿する予定です。
※今回の話に関しては賛否両論あると思いますが、もし苦情や変えた方がいいという意見があると教えて欲しいです。書いているうちにキャラに感情移入してどこまで文章として書いていいのか、分からなくなってきます。もし嫌な気持ちを抱いてしまった方がいた場合、本当に申し訳ありませんでした。