4章42話 焦る心です
「グルゥ!」
「ふっ!」
アイシクルソードでウルフの攻撃を弾いて蹴りを食らわせる。左手でワルサーを顕現させて撃つ。初期にやっていた戦い方だな。少しだけ懐かしく感じてしまう。
「アキ!」
「分かりました!」
新しく現れたウルフの相手をアキに任せる。
今回はミッチェルの代わりにアキに来てもらった。ダンジョン攻略の続きをやろうと思った時に一人は昔からの仲間を連れていかないとイフがうるさ……いや、ものすごく心配されちゃうからね。
「カルデア!」
「キュウ!」
声に反応したかのように風で目の前が覆われた。
風の結界に近いのかもしれない。アキの攻撃は遠距離の弓が多いし上から降り注いでやっているから風の結界の妨害はないね。ただ精度が高くなければ絶対に出来ない戦い方だ。天井と風の結界との間は数センチしかない。矢は魔力で作っていると言っても一センチはある。針に糸を通すよりも難しそうだ。
「空氷!」
マップがあるからめちゃくちゃ楽なんだよなぁ。
風の結界ごと剣を振って飛ばした氷で撃ち抜いていく。しかもアイシクルソードで作り上げた氷の剣だから剣戟で氷の刃を飛ばすのも楽だし。面倒なのはアイシクルソードの刃先が乱れたり短くなることくらいかな。溶けてしまう。
「……ふぅ、終わりかな」
一段落がついた所で小さくため息を吐く。
ゆっくりとだけど近付いてくるカルデアの首を軽く撫で上げて機嫌を取っておいて……何故か、それを暖かく見守ってくるアキを抱きしめてあげる。別に今は片方が空いているんだから遠慮する必要性がないのに……。
「……ありがとうございます」
遠慮気味の口とは裏腹に尻尾はバッタンバッタンと左右へ揺らめいでいくんだよな。可愛くて可愛くてしょうがない。素直じゃない子ってこんなに可愛いんだなって思えてしまう。アイリのようなツンデレとは少し違うんだけどね。……クーデレとか……それとも少し違うか。
「空いているのなら遠慮はなしだよ」
「……そうですね。私は主の所有物だったのを忘れていました!」
「所有物ではないけど……まぁ、僕には僕なりの独占欲があるし。ミッチェルの次くらいには他の男に取られたくないって思っているかな」
「ふふ……素直じゃないですね」
ほっとけと言いたいけど黙っておく。
言い返したらアキの言葉を認めるようで許せないしなぁ。ぶっちゃけ、ミッチェルの次くらいって言うところが恥ずかしさから来ているって分かっているんだろう。あー、いつからこんなに主イジりが得意になったんだか……。
「イフに似てきているな」
「教育係ですから。教師と言うよりも母親に近い感覚ですよ」
親に似たと言いたいのか、それなら父親は僕とかかな?
「主は主です。私だって愛という感情はあるんですよ」
「アキまで心を読まないでくれ……」
やっぱりイフに似てきているな。
ミッチェルも時々、心を読んでくるから隠し事が出来ない人が増えるのは普通に辛い……。こちらにだって……男子特有のアレとかアレとかあるのにさ……。と、まぁ、アキが影で書いている作品とかの秘密も知っているしどっこいどっこいか。
「……見せつけないで……」
「あいあい、それはイアを抜きにしてってことだろ? ほら、ここならいいぞ」
「……ん」
わざわざと腹目掛けて抱きついてくるのはどうかとは思うけど……まぁ、そこら辺から幼いと感じてしまうんだよなぁ。言ったら怒ってしまうのは目に見えているから言わないけどさ。
「イアは甘えん坊でアキは気を遣いすぎか」
「……甘えん坊じゃない……ふにゃ……」
「頭撫でられて変な声あげる人が言える言葉ではないね。ほれ、ここかな?」
イアが弱いところはそれなりに理解しているつもりだ。特に少し長めの耳が触られると赤く熟れていく感じがして、それを見るだけで声を上げずとも甘えているって分かるからね。当の本人がバレていないと思っているのは若干、滑稽とは言わないけど笑えてしまうかな。
「エミさんやリリは敵を倒せたの?」
「あー、まあまあな。と、それよりもダンジョンでイチャついているのは」
「僕くらいだろうね。でもさ、頑張ったんだからいいんじゃないかなって」
エミさんが言いたいことは分かるんだ。
でも六階層の魔物をほとんど二つのグループで狩り尽くしたんだ。リリがお飾りだと嘲笑った上の階層の冒険者とやっていることのレベルが違う。こういうことなら相手も喜んでくれるし僕へのご褒美にもなるからね。学校帰りのコンビニで買うスイーツみたいなものだよ、知らないけど。
「……それで褒美は……と言いたいところだけどギドから見て難易度は変わったと思うかな?」
「当然。僕が魔法を使うっていうこと、それとカルデアにも戦わせているところで分かるでしょうに」
「一応さ。後、私にもナデナデは頼むよ」
リリに「後でね」とぞんざいに返したけど目を輝かせて喜んでいるから嘘だとは言えないよな。うん、宿に戻ってからにしよう。それにしてもリリが聞くってことは僕が剣縛りと魔法を使うことの違いってあんまりないのかもしれないね。魔法を使っても一段階、上げているとは思っていないんだろうし。
未だにウルフの進化種は出ていないけど……それでも進化一歩手前のウルフがほとんどだ。そこはダンジョン側が調節してやっているんだろうとは思うけど……。それに殺しにかかる気配はないからなぁ。ダンジョン側からも人間が自分を殺す相手ではないと自覚しているんだろうね。良くも悪くも共生が出来ているというか……。まぁ、僕もダンジョンを壊す目的は無いし願ったり叶ったりだ。
「それにしても……カルデアの強さは異常だな」
「新種だしね。もしかしたら魔物としての役割じゃなく別の目的で生まれた可能性もあるし」
実際、カルデアが生まれた場所とかはよく分かっていない。憶測とかでは前の街のスタンピードで生まれた新種、そう捉えていたけど可能性としては無限にあるからね。もしも僕のように転生、それと近い目的で生まれたのなら……と、考えてみたけどどちらにせよカルデアは神様のイタズラで生まれたことになるから僕の知る由もない分野だ。ましてや興味もない。
その人や魔物が誰であろうと僕が仲間にすると決めたんだ。それ以上の目的は不必要だと僕は思っている。なによりこんなにも可愛いカルデアが強かろうが弱かろうが僕のペット、可愛い家族って言った方が正しいかもしれないけど、であることは変わりないからね。愛いやつめ。
六階層の魔物は根絶やしにしたので下の階へと向かった。今日は人が少なかったこととダンジョンが大きいから根絶やしに出来たけど、普通なら他の人に見られるし出来ないんだよね。お金が欲しいわけじゃないし最低限の素材だけ回収していたけど。
「うん、やっぱり魔物が多いよ」
「そりゃあな。わざわざ稼げる奴はここで働くよりもより良いダンジョンに行くだろうし、言っては悪いがここのダンジョンは実りが少ない。時折だが宝箱等で良い物は得られるだろうが」
要は好んで六階層より下に行く人は少ないってことだよね。つまりは根絶やし作戦はここら辺でもやれそうだし。やり過ぎるとダンジョンから敵視されるから程々にだけど。
「あ、エミの言葉だと足りない部分があるから言っておくけどダンジョンに来る人は多いよ。ただそれは自分の力試しや攻略したという証が欲しい人ばかりさ。実りが薄かろうが難易度の高いダンジョンを攻略した冒険者なら将来も明るい。それに最下層に近付くにつれ実りが悪いなんて言えなくなるからね」
強い人はコストパフォーマンスを考えてここで稼ごうとはしない。だけど無視するのならここのダンジョンも悪いところではないということか。それにダンジョン攻略の証……壊したことしかないから攻略してから教えてもらおうか。
「とりあえず倒そっか」
黒百合を構えて戦う準備を始める。
新しく現れた魔物は……ブラックウルフか。ウルフのいくつかある進化の中の一つだ。ブラックウルフの次がブラッドウルフだから次はそっちが出てきそうだね。一階層降りただけなのに強化のされ方が六階層よりも格段と大きい。加えて……。
「カルデア! 相手の後方に」
「キュイ!」
言い切る前に向かい風を作りだしてくれたみたいだ。ブラックウルフだけなら簡単に倒せるけど万が一があってはいけない。後方からノロノロと走ってくるオークナイトもマップで見えたことだしね。
「翔べ」
飛びかかってくるブラックウルフを黒百合の回転斬りで胴体を半分ずつに変えていく。一回で倒せたのは五体だけ。イフがいない分だけ身体強化はないけど速度に関してはカルデアから補助を受けている。そこもあるから魔法がメインだったって言うのもあるけど。
「おらよ!」
「ふっ!」
縦に振り下ろされるエミさんの大剣と正面に突き出されたリリのレイピア。エミさんの縦振りは威力が大き過ぎたのか、突風が起きるかのように後方で走っていたオークナイト達を吹き飛ばす。リリは即座に体勢を立て直してレイピアの横振りで残りのブラックウルフを刈り取った。
「落ちて! ウォーターアロー!」
自分達の後方からの一撃を無視して進む。
イアは鉄の処女にいるだけあって魔法の制御がかなり上手い。あまりそういう場面を見ない甘えん坊ってイメージが強いだけでね。だから信じて戦うというのがエミさんとリリの戦い方だった。僕もそうさせてもらう。
一本道で戦っているから他の道から魔物が来るってことも考えなくていい。横を通り過ぎていく水の矢を横目にカルデアを近くへと転移させる。今出来ることの限界を知りたかったしね。
「吹き飛ばせ」
カルデアの腹より下に竜巻のようなものが巻き付いていく。顔色一つ変えずに小さな呼吸をしたかと思うとカルデアは距離を詰めてオークナイトの首を刈り取っていた。とはいえ、全部というわけにはいかなかったところを見ると範囲攻撃って考え方が正しそうだ。
即座に生き残ったオークナイト達が錆びた剣を片手にカルデアへと向かうが、当然のごとく無意味でしかない。僕達の後方から放たれる矢が見事に頭だけを撃ち抜いて、オークナイト達は後ろへと弾き飛ばされながら光へと変わっていた。
「……即興の割には上手くいったようだね」
「合わせてくれてありがとう」
「普段のリリの動きに比べれば立ち回りやすかったから気にしなくていいぞ」
倒し切れたことを理解してリリにそう言われた。
それにしても普段のリリよりは、か。普段のリリがどれだけ勝手に動いているのか、逆に気になってくるなぁ。それに口振りから察するにそれでも合わせられるってことでしょ。さすがは努力でAランクまで行った冒険者だ。
「さてと、次に行くか」
めぼしい物は拾った。ダンジョンだから倒した魔物の素材じゃなくて武器とかが落ちるかと思ったら落ちないしね。エミさん曰く「ダンジョンで武器や防具などを落とすのはボスモンスターだけ」らしい。それで五階層に入り浸る冒険者もいるとかいないとか……。
「早くないか? まだ倒せる魔物はいると思うんだが」
「うーん、ぶっちゃけて言えば手応えが無さすぎるからかな。十階層目が階層ボスがいるっていうのは知っているから、そこにも行きたいし」
イアの手加減した魔法で一撃、そんな魔物が強いわけがない。いや、僕といることで仲間だけじゃなくて鉄の処女の三人も強くなっているんだよね。前ならそんなことは出来なかったんだろうけど。一緒にいるのならまだしも大体は別々で活動しているからね。よく家に遊びには来るけど。
まさかミッチェル達との模擬戦で……それなら僕も申し込もうかな。僕が戦えば皆の戦い方の幅が……って、それは僕が皆と戦いたいだけか。やめておこう、また戦闘狂扱いされそうだし。
「……あー、でもな、急いでもいいことは無いぞ。ダンジョンだってどこまで想定したことが起こるとは限らないしな」
「うーん……確かにそうか。ごめんごめん、昨日のシードのせいで急いでいたみたい。わざわざ急ぐ理由にはならないよね……」
そうは言ってもどちらかと言うと興奮よりは本当に勝てるのかが不安になってきた、と言った方が正しそうなんだよね。勝つことが目的ではなくても戦いで勝つということを目標にするのは当然のことだし。それにカルデアを連れてきているのだって……。
「ギドと同じことが出来る人なんて限られているんだよ。エミも諭すのはいいけど先に進むべきという点においては理解出来るから、まぁ、急がず焦らずを重視しながら早めに進んでもいいんじゃないかな」
「……別に怒っているわけじゃねぇんだけどな。リリもギドも何か焦っているように見えてしまっているんだよ」
それは……まあ……。
鉄の処女が負けるということは僕にはいいけど僕が負けるのは……僕が許せないんだ。だから早く降りようとして焦っているように見えるって言うのは納得出来る。ただそれって強くなれる最適解なんだろうか……。僕って遠回りして言い訳をしているんじゃないのか……?
強くなるって何だろうね。考えれば考えるほどに分からなくなってくるよ。もしかしてリリも僕と同じような気持ちを抱いているのかもしれない。
「まぁ、あれだ。今回は確かに余裕があるから早く下りることには賛同しよう」
「ごめんね、ワガママ言って」
「それは……」
エミさんの一言はすごく小声で聞こえなかった。
そんな中で軽く肩を叩かれて耳元で囁かれる。
「エミは『惚れた弱みだしな』って言ったんだよ」
そうリリに言われてエミさんに感謝の気持ちでいっぱいになってしまう。その時に優しい目をしたせいか言ったことが分かっていることがバレてエミさんが恥ずかしそうに俯く。確かに生きていく上で分からないことが多いのは仕方ないか。この街を出るまでには答えが見つかっているといいんだけどね。いや……それなら誰も悩まないか……。
私事ですがネット小説大賞にこの作品を応募してみることにしました。力試しという理由が一番ですが出来る限り話を考えて投稿していこうと思っています。もしよろしければ応援して頂けるととても嬉しいです。頑張らせて頂きます。
次回は土曜、日曜当たりで投稿しようと思います。




