4章38話 小さな怒りです
少し短いです。
振り向く時に黒百合は消しておいた……なんて事はもちろん、せずに背中へと差す。腰に差すには大きすぎる為に背中に背負う形で作られた鞘だ。これは僕の血を混ぜ込んでミッチェルが作ってくれた物で元はドレイン用で作られた。
ただしサイズは違えどサイズ調整が付いているので差せないという問題は考えなくて済む。何より僕の血を混ぜ込んだことで魔力を循環させる形で服の上に貼り付けることも出来る便利なものだ。と、自慢は置いておいても……。
誰かは言葉で分かる。この他人を馬鹿にする感じ……ドリトルとそっくりだ。こんなことで分かりたくもなかったけど絶対に貴族だろうな。後は見た目も金や派手さを重視していて腰に差すレイピアも紋章付き。背後の男二人は美形だしAランク位の強さはあるかな。
「ここはエレク商会の店のはずだが……うーんん? なぜに若さだけが取り柄の存在がいるのだ?」
若さだけが取り柄……いや、それなら若造って言葉で済むよな……。案外とおつむが弱いのかな? 別に意味合いは同じだけど遠回し過ぎて意味が通じづらくなっているし。まぁ、どちらにせよ馬鹿にされる筋合いはないんだけどね。それにコイツよりは取り柄があるはずだ。
『ミッチェル、そう怒らなくていい』
『ええ、堪えてます。今すぐにでも首を跳ねたい気持ちでいっぱいですが』
嫌なオーラを出していたので文章を送っておく。本当は全員に送ろうと思ったんだけど思いの外、慣れているからなのか鉄の処女の三人に怒っている様子は見られない。……細かく見ればある。一緒にいたからこそ分かっているのかもしれないけどね。
普段温和なミッチェルが切れたら止めようがない。それこそミッチェルの本気なら一瞬だ。僕でも止められるかどうか。それなら先に注意すべきだしね。本気で仲間が多くいなくて良かったって思えたよ。僕の仲間は全員が信者って呼べるくらいに本気で切れたら手が付けられないから。特にイフやアキがね。
「まあまあ、そう言わずとも夢で冒険者になった青年でしょう。お好きにさせていいのではありませんか?」
「ふむ、ノートルは優しいな。だがな、あのような青年が複数の美女を連れている。おかしいとは思わないかね?」
うんうん、それは僕でも思います。
好感度とかは魔眼で分かってしまうし信者の区分もそれに近い。好感度が下がれば一発で分かるのに何故か全員が上限突破している状態だし……百を超えるって意味が分からん。ミッチェルなら奴隷から解放したのもあって分かるけどさ……いや! それでもか!
「……純粋にあの青年が強い、それだけのことです」
「ふむ……? 私よりか?」
「嘘はつけません。主が傷つくことが一番に怖いですから」
「……なるほどな」
遠回しに伝えるのか……。
さすがに部下二人は強さを計れる……力を隠していても経験で分かるんだろうね。ステータスでは分からない強さをこの二人は身に付けている。ただそれだけのことだ。事実、エミさんだって似たように相手の力を測れるしね。
剣の持ち手を掴んで軽く捻った。
同時に距離を詰めてきた貴族のレイピアが僕の目の前で止まる。僕は何もしていない。ともなれば気付かせることもないままでこのようなことが出来るのはミッチェルだ。さっきとは違って隠す気もないような大きな殺気を放っている。それはエミさん達も同様だった。目の前で止まるレイピアも結界によるもので間違いはないだろう。
「.......剣の持ち手に手をかけた。それは私を殺すためにやったと捉えるが?」
「嘘をつくのは行けないと思います。その前にレイピアで首を飛ばそうとしましたよね?」
水掛け論になるのは承知の上でそう返した。
ましてや命を奪いに来たのを目に見えて分かるのは相手からだ。僕はただ持ち手に手をかけているだけ。僕からすれば嫌な気配を感じたから武器に手をかけただけだ。何なら弾き返して殺してやってもいい。今、明らかにコイツは僕を殺しに来た。
「ディーニ様!」
「それ以上、口を開くのならば私が貴様の首を落としてやろう」
素直にいけ好かないとでも言えばいいのに。
貴族なのか、それがこの世界ではどれだけ重視されているのか。冒険者で何が悪い。無名で何が悪い。殺しにかかるのなら殺さなければならない。殺さなくて済むのなら殺したくはない。口に出す度胸はあっても、その後をすぐに忘れられるほどの覚悟はないからね。
「ノートルやレートルはどう思う?」
「.......主が望むままに」
護衛二人は表情を変えずに首肯している。
つまり僕とは違う意味でディーニは護衛を従えているのだろう。心無しか返事をしたレートルという男の顔は少しばかり暗く見えた。何かあったのかもしれないと勘繰らざるを得ない。
「……そこまでにして頂けるでしょうか。さすがに領主と言えど限度がございます」
「ふむ、一店員の身分で吠えるな。耳が痛くなる」
一触即発の状態で間に入ったのは銀の鈍い光を放つ槍を持ったミラルだった。手に持つ武器は明らかにディーニの持つそれより高ランクだ。さすがに僕の黒百合には劣るけどね。
それにしてもこの人が領主か.......って、それなら尚更ヤバいな.......。確かにローフは言っていた。この街の領主は酷く女好きで会わせたくないと。それはセイラだけに言っていた感じではなかったから.......きっと.......。
「先に帰っていてくれ」
「帰らせるか.......素直にさせると思うのかね? 今なら女達を渡せば許してやらなくも」
「貴方に許して貰うつもりは無い」
黒百合を抜いて結界を作り出す。
僕からすればいい迷惑だ。僕の仲間を寄越せば何てチンピラと大差ない。いや、権力を使っている部分から余計にタチが悪いな。最悪は男性陣を除いて魔法国に帰らせるか、そこまでやっても僕は良いと本気で思っている。
「.......そこまでにしてもらえますかね。こちらとしても大切なお客様を犯罪者にはしたくないんですよ」
「ミラルさんには悪いですが許せることと許せないことがあるんですよ」
「ええ、知っています。だから援軍は呼んでおきましたよ」
小声で囁くように、冷たくあしらう様にミラルは言い切った。特にマップに変化は無さそうだ。それでもノートルと呼ばれた護衛と、もう片方の護衛は大きく剣を構えディーニを庇っている。
「やぁ、君達だったのか」
「.......そうですね」
結界を難なく壊して入ってきた人物に嫌な顔を一つした。してもいいよね? だってさ、この人の性格は話した時に何となく分かっていたし。というかミラルが繋がりを持っていたことにも驚きだけど。
「さすがにおいたが過ぎますよ? 私達からすれば大切な才能のある後輩達です。領主だから何をしてもいいと言う訳ではありません」
「黙れ、冒険者風情が」
全てを言いきれない。
ディーニの一言に結界を壊した張本人、シードは小さなナイフをディーニの首元に差し出した。少し風が吹いたかと思えば、このような状況になっている。かなりの速度だ。
「次に同じことを言ってみろよ! 私が冒険者風情なら、てめぇは商人上がりの出来損ないだろうがよ!?」
「ッッッ!」
口調からして元の冷静そうな穏やかなシードはそこにはいない。明らかにブチ切れた本性をさらけ出したような獣に近い。それでも小さな理性が働いている、いや、まだ人として繋ぎ止めているのかナイフが動く様子はない。
「言い返せないよな!? お前らのしたことを私は、私達は許していないぞ!」
ディーニは何も言い返せないままでレイピアを下ろす。さすがに分が悪いと感じたのだろう。それでも僕に対する恨みの視線を時折、送ってきて気持ちが悪いけど。
「.......今ならこの刃を振るう気などありませんよ。早くご帰宅願えますか? そうでないと.......本気で怒りに我を忘れてしまいそうです」
怒りに充ちた顔が消え冷えた笑みを浮かべる。それが逆に恐ろしい。逃げ帰るように……ということはさすがにせず、護衛二人に背中を任せながらディーニはスタスタと店を出ていった。胸をそっと撫で下ろす。これもテンプレが引き起こしたイベント事なら本当にスキルを恨むよ。
「助かりました」
「後輩を助けるのが先輩だからね。気にすることは無いさ」
口を隠しながら笑うシードを少しだけカッコよく見えてしまう。おかしい、あの時は適当で変なやつだと思ったんだけどな。まぁ、それを言えば鉄の処女の三人と初めて会った時はあまり良い場面だったとは言えないしね。........いや、素直に感謝しておこう。おかげで........。
「人を殺さずに済みました」
「........あの人が死ぬのは別に構わないが君が罪を被る必要は無いさ。とりあえず........救えたみたいで私としても嬉しいよ。それに........私では君を止められないだろうしね」
そう言って再度、シードは整った顔をクシャりと歪ませた。悪意のない、イタズラっ子がイタズラを成功させた時のような屈託のない顔。どうすればそんな笑顔を浮かべられるのか、本気で不思議に思えてしまった。
週の境目........もう少しで休みなので頑張らなくては。
ここから少しだけ進む速度が早くなるかもしれません。また4章の触れたかった部分に触れる話も多くなっていく予定です。個人的には十一月が終わるまでにはタイトルの意味合いの回収を出来ればいいなと思っています。
次回は土曜、日曜日当たりに投稿する予定です。
遅くても火曜日までには出す予定なので興味があれば読んでいただけると嬉しいです。